寿子さんが船窪小屋の経営を引き継いだのは18歳の時だったと言う。小屋を建てた翌年、父親が雪崩で亡くなって突然の引き継ぎだった。戦後の登山ブームの始まった昭和30年の事。ブームが始まったとは言え18歳の若い女性にとって「山小屋」の経営は楽な事ではなかっただろう。営業的に小屋の立地はお世辞にも良いとは言えない。最短の七倉尾根を登っても標高差1400m、6時間の急登。北からは針の木の雪渓を登り蓮華岳から「蓮華の大下り」を下るルート、西からは殆ど歩く人の無かった針の木谷を辿るルート、そして南からは不動岳、船窪岳を辿る難路。どれをとっても一筋縄では行かない道だ。だから、寿子さんが「うちの山小屋は不利な立地でしょう。労多くして利なし」と嘆いたと言うのも頷ける。しかし、その事が逆に幸いし寿子さんを「身の丈に合った営み」に導いた。ハンディを意識し克服する努力が小屋の今に繋がっているのだ。だから、小屋は今でも定員50人の北アルプスでは一二を争う小さな小屋でもあり、最初から「女性」の視点で営まれた小屋だとも言えるのだ。
立山や槍・穂高を一望できる七倉岳(2509m)の尾根筋に建つ小屋は、長年の創意工夫の甲斐あって今では多くの「船窪小屋」ファンがいる。利益に直接つながらない登山道の整備や手の込んだ料理に力を注ぐ事に「自分が手伝わなければと言う気になる」と言うファンもいると聞く。だから、宿泊客が多いと常連客が手伝う事も多いとか。そんな常連客は小屋に滞在する事目的に山を登って来ると言う。
小屋の「売り」は何と言っても、今では「山の上のお母さん」と呼ばれる寿子さんが60年近く工夫を重ねた品数の多い手の込んだ料理だろう。食材も山で採れる山菜を瓶詰にして保存したり中華等多種に渡る。普通の山小屋の食事に慣れた登山者にとって、それは新鮮な驚きに違いない。そんな手間暇掛った料理でも「昔から日本の主婦がやっていた事。不便さは感じない」と言うのだから、長い間ずっと続けられたのだろう。
「数」を求めるより「いかにもてなすか」に努力した結果、立派に「小屋」のブランドを確立した「小屋の方針」はユニークだ。私も嫌いな、どの小屋にもある「発電機」の騒音は此の小屋には無い。今でも昔ながらのランプが二つ、囲炉裏の上に灯る。多くの小屋で男女共用のトイレは多い。此の小屋は明確。女性は小屋の中、男性は外。これ程、はっきり分かれている小屋も珍しいだろう。私が一番びっくりして感心したのがトイレットペーパーだ。普通はロール状のトイレットペーパーだが、ここは20cm四方の和紙が束ねて杉の箱に入れられている。それもただの和紙ではない。「皺紙(しぼがみ)」と言われる縮緬のようにしぼ(皺)が入った和紙だ。これが実に「お尻」に優しく使い心地が良いのだ。小屋の「配慮」はこの「紙」に象徴されていると言っても過言ではないだろう。普通の小屋では「分別」する使用済みの紙もここでは違う。「自然に返る」紙を使っているからだと寿子さんから聞かされた。
登山者が小屋に着くと鐘が鳴らされる。そして発つときもまた。その鐘の音は苦労して登った登山者をねぎらい、発つ者を勇気づける。「カーン」、澄んだ鐘の音は今日もまた鳴っている、のかな?
立山や槍・穂高を一望できる七倉岳(2509m)の尾根筋に建つ小屋は、長年の創意工夫の甲斐あって今では多くの「船窪小屋」ファンがいる。利益に直接つながらない登山道の整備や手の込んだ料理に力を注ぐ事に「自分が手伝わなければと言う気になる」と言うファンもいると聞く。だから、宿泊客が多いと常連客が手伝う事も多いとか。そんな常連客は小屋に滞在する事目的に山を登って来ると言う。
小屋の「売り」は何と言っても、今では「山の上のお母さん」と呼ばれる寿子さんが60年近く工夫を重ねた品数の多い手の込んだ料理だろう。食材も山で採れる山菜を瓶詰にして保存したり中華等多種に渡る。普通の山小屋の食事に慣れた登山者にとって、それは新鮮な驚きに違いない。そんな手間暇掛った料理でも「昔から日本の主婦がやっていた事。不便さは感じない」と言うのだから、長い間ずっと続けられたのだろう。
「数」を求めるより「いかにもてなすか」に努力した結果、立派に「小屋」のブランドを確立した「小屋の方針」はユニークだ。私も嫌いな、どの小屋にもある「発電機」の騒音は此の小屋には無い。今でも昔ながらのランプが二つ、囲炉裏の上に灯る。多くの小屋で男女共用のトイレは多い。此の小屋は明確。女性は小屋の中、男性は外。これ程、はっきり分かれている小屋も珍しいだろう。私が一番びっくりして感心したのがトイレットペーパーだ。普通はロール状のトイレットペーパーだが、ここは20cm四方の和紙が束ねて杉の箱に入れられている。それもただの和紙ではない。「皺紙(しぼがみ)」と言われる縮緬のようにしぼ(皺)が入った和紙だ。これが実に「お尻」に優しく使い心地が良いのだ。小屋の「配慮」はこの「紙」に象徴されていると言っても過言ではないだろう。普通の小屋では「分別」する使用済みの紙もここでは違う。「自然に返る」紙を使っているからだと寿子さんから聞かされた。
登山者が小屋に着くと鐘が鳴らされる。そして発つときもまた。その鐘の音は苦労して登った登山者をねぎらい、発つ者を勇気づける。「カーン」、澄んだ鐘の音は今日もまた鳴っている、のかな?