登ってみたくても、中々チャンスに恵まれない山がある。その一つに札幌の円山・藻岩山があった。北海道に行くとどうしてもメインの山に目が向いてしまい、低山に登る機会は少ない。10月の末、予定していた山行が中止になり、ぽっかりと空いた一日、やっと念願が叶った。
円山は標高225m、藻岩山は531m、大正10年、共に天然記念物に指定されている。外国に行くと市街地の真ん中に広大な公園があったりして羨ましく思う事がある。例えばロンドンのハイド・パーク(253ha)、ニューヨークのセントラル・パーク(337ha)、ニュージーランド、クライストチャーチのハグレイ公園(150ha)等だ、因みに広いと思う皇居は115ヘクタールでハイド・パークの半分の広さである。円山と藻岩山は市街地を挟んではいるが一帯の物と考えれば、天然記念物の指定区域だけでも広さは約327haだからセントラル・パークとほぼ同じ広さだと言える。円山・藻岩山共に開拓時代から保護され「原始林」と呼ばれてはきたが、厳密に「原始林」と言えば、それは「過去において一度も人間による破壊を受けていない森林」と言う事になる。実際の所は人の手が全く入っていない訳ではなく、「原始林」に近い、「天然林」と言えよう。平地はカツラ、上部にはミズナラ、山腹にはシナノキ、エゾイタヤ、オオバボダイジュ等が生育している。一帯には学術的に貴重な植物が生育していると共に、藻岩山だけに限っても、植物の種類は400種以上にも及んでいると言う。そんな所が、地下鉄の駅から歩いて10分も掛からない所にあるのだ。
飛行機、バス、地下鉄を乗り継いで最寄りの地下鉄「丸山公園駅」に着いたのは朝の10時過ぎ。Tシャツ1枚ではちょっと肌寒い感じだったが、抜ける様な青空が気分をウキウキさせた。デイパックを背負った人達や小学生の一団が、同じ方向に向かって歩いている。登山口のある公園の入り口までは地下鉄を降りて7分程度。公園に入ると背の高いスラリとした巨木が林立している。紅葉も丁度真っ盛り。積もった落ち葉も美しい。
数分で「円山八十八ヶ所」と呼ばれる登山口に着く。四国の八十八ヶ所に因んで道中に八十八体の観音像が祭ってあるのだ。登山口の大師堂を抜けるとすぐ登りに入る。向かう円山はその昔、アイヌの人々に「モイワ」(小さな山)と呼ばれていたほんの小さな山なのだ。途中の木々が実にすばらしい。長く保護され、原始に近い姿を保っているからだろうか。市街に近い山だけあって、散歩がてらに登る人や子供連れも多い。抜ける様な青空に反し、濡れた落ち葉が滑る。思わず、下って来た人に聞いてしまった。「どうして、こんなに落ち葉が湿っているのですか?」、曰く、「今朝まで雨が降っていたからですよ!」、どうして、お前はそんな事を知らないのか、と言わんばかりの顔をしていた。横浜は雨は降らなかったんだけどな~。頂上には40分で着いた。少し速足だったとは言え、40分で登れるなら、散歩気分もうなずける。頂上にいた人から「旦那さん、若いね~」、声が掛かる。私のTシャツに目が留まったのだ。いや~、お兄さんじゃなく、旦那さんと言われたのがちょっと気に入らなかったが、「これしかないんですよ~」と応じた。頂上には目の前にビルで埋め尽くされた札幌の市街が広がる。本当に目の前なのだ。今日はもう一つ登らなければならないので長居は出来ない。下りは円山動物園経由の周回ルートで下山。25分で大師堂のある八十八ヶ所に着いた。週末だった為か、沢山の人が三々五々歩いている。市街地に出ると円山の淵に沿って歩き、旭山公園にある登山口に向かう。街路樹の紅葉も綺麗だ。45分程歩いて登山口に着いたのは丁度12時過ぎ。そろそろお昼だ。羽田で買った鯖寿司を登山口に座って食べ、腹ごしらえをして歩き出す。頂上までは約1時間半、幾つかのピークを越えて行く。円山ほど樹相は濃密ではないがさすが天然記念物に指定された区域のある山、しっとりとした趣がある。前夜の雨の為か、地面が少しぐちゃぐちゃして滑り易かったが、青空や紅葉と木々の間から見える市街地のビル群のコントラストが面白い。だが、頂上は別世界だ。頂上直下に大きな駐車場があるのに加えてロープウェーまであるから、「札幌の展望台」に観光客が溢れていた。眺望は360°。市街地の反対の西側には山々が見渡せる。余りの喧騒に早々に退散する事にして南東の下山ルートを取る。2~3分もすれば、元の静寂が戻る。紅葉が逆光に映え、真赤に燃えている。45分程で下山口に着いた。舗装道路を歩いて札幌駅に行くバス停に向かった。午後3時過ぎ、北の大地は早い夕暮れの雰囲気を既に迎えていた。札幌駅からはJRの「快速エアポート」が出ている。飛行機が新千歳の空港を離陸する頃、夕闇がもうそこまで迫っていた。