月のひびき (徳正寺だより)

“いま”出遇えた一瞬をパチリ
それは仏さまとの日暮らし…

表現方法

2012年07月18日 20時03分16秒 | 仏々相念(住職日記)

いいもんだな~・・・

 

今日の御昼の番組に浄土真宗の女性僧侶が出演されていました。

シンガーソングライターでバンド活動をず~っとされておられたそうです。

 

3人きょうだいの末っ子さん。

小さい頃から私が寺を継ぐんだって思っていたそうです。

兄姉がおりつつも「何で?」って思わなかったのだろうか・・・

コイツと同じで小さい頃からレールの上走らされていたのでしょうか・・・

「我慢しなさい!我慢しなさい!・・・」

親からいつも言われてきました、いまだにそんなところを感じてやりきれなくなります。

 

でも、この方とコイツの違うところは、

仏法を根底におきつつ自分の好きなことを通して伝えたいことを表現していることでしょう。

音楽、歌を通して伝えていくのです。

 

自らの大きな病と向き合いつつ、「これ伝えたい!」というところを優しい歌で表現されるのです。

いいな~・・・

素直にそう思いました。

 

いろんな表現があっていいと思うのです。

音楽が好きなのであればそれを通してお伝えすればいいし、

植木が好きなのであればそれを通してお伝えすればいいのです。

それぞれが好きなモノを通しお味わいし、「ここ伝えたい!」1つを表現すればいいのだと思います。

 

テレビのアナウンサーが言うのです、「普通の人なんですね!」

「普通」という言葉がいいかどうか分かりませんが、確かに普通の女性でした。

法衣を着けていないと「僧侶」なんて分からないのです。

コイツもそうです・・・

法衣を脱げば誰も気付いてくれません・・・

手を合わせられることもありません・・・

そんな「普通」のまんまで優しいお心をお伝えできるのですから・・・いいですよね!

 

コイツは、「普通」の人では何もお伝えできません。

それどころか、目立たぬことをいいことにウダウダ、グダグダになってしまうことです。

だから法衣を着けさせていただき「恐ろしき腹汚き」人を知らしめられつつお伝えさせていただくことです。

「こんなコイツでもこのひと時をよろこばせて頂きました」

って、合わさん手を合わさせていただいたこのひと時をこそお伝えさせていただくことです。

 

回らん口で・・・

これがコイツの精一杯の表現。

冒頭のトンボ、ニコニコのラジコンアンテナから離れません。

摑まり具合がよかったんでしょうか・・・