侘寂菜花筵(わさびなかふぇ)

彼岸の岸辺がうっすらと見え隠れする昨今、そこへ渡る日を分りつつ今ここを、心をこめて、大切に生きて行きたい思いを綴ります。

かぐや姫の物語

2013-12-20 00:07:57 | Weblog
  沢山の不思議を秘めた「竹取物語」を下敷きにした映画「かぐや姫の物語」は、21世紀を生きる私たちに

 深く、広く、わすれたものをおもいおこさせ、何が大切かを今一度思い起こさせてくれる映画だった。

 アニメーションだからこそ違和感無く受け入れられる数々のファンタジックなシーンに
 魅入られた。

 月からの使者たちはあたかも宇治の平等院阿弥陀堂の壁面の天女たちさながらに
 うたい、踊り、楽を奏し、動き出す来迎図に見とれてしまった。

 ああして阿弥陀さまにお迎えに来ていただけるのならなんとありがたいことだろう。


 かぐやの葛藤は今を生きる私たちの中に潜在する葛藤と共通する。

 鳥、虫、けもの、

 春、夏、秋、冬

 めぐる、めぐる、

 生態系ピラミットが自然の移ろいの中でめぐることで
 自然循環している地球の摂理が

 わらべ歌として全編の基層低音として歌われている

 このわらべ歌こそが、この映画のテーマだと直感した。

 野生のモノノケのように山を目指して疾駆するかぐやの姿に
 自分を重ね合わせたかった。
 般若のような形相で疾駆するかぐや、
 私も駆けたい!とねがった。

 時に人は鬼となる。
 ならねばならぬ時がある。

 底知れぬ哀しみにうちひしがれる時もある。

 止めどなく流れる涙で自らを浄化したくなるときも、、、

 それら全てが生きるということであり、生きる事にはそのような側面が常につきまとう、、のだろう。

 それらを包摂し、めぐる、めぐる

 いのちはめぐるのだ、、


 美しい、静謐な映像はアニメーションならではのはてしない可能性を魔法のように逐一実現していた。

 4次元的シーンすら可能にしてしまう。


 閉塞観を打ち破り、風通しを良くしてくれた、、


   TUTAYA100円シネマでは得られなかったカタルシスを味わった.

日本のアニメーション映画の最高傑作だと私は思う。

 忘れていた物を思い起こしてくれた。

 その忘れ物をもう一度しっかりわが胸に抱き、明日から又生きていこうと思う。


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