2010年10月22日(金)
ハハの病院へ行くと、ハハはナースステーション前の食堂にいた。
テーブルの上には、おやつのゼリー。
「あら、誰かしら・・?」と言われ、
「おねえちゃんだよ」というと、にっこりしたけれど、・・・・思い出したかな?
ハハは、ゆっくりゆっくりゼリーをスプーンですくっては食べていた。
一人で食べられるんだね・・・。(^^)
ほんの2年半前、老人ホームにいたころはハハは、おやつのパンを楽しみにしていた。
その頃書いたおやつのエッセイ・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「パン屋さん」
母が入所している老人ホームでは、せめてお昼だけでも家族と一緒にと、面会室で、
父、母、私の三人で昼食をとれるよう配慮してくれている。母はホームで用意されるミキサー食
(ミキサーですり潰されている)、父と私は来る道筋にあるパン屋さんで買ったサンドイッチなどであり、
食べるものは違うが、母は、
「家族で食べると美味しい」
と言う。その向こうで父も頷く。昼食を半分ほど食べると母の手がぐずぐずと遅くなるので、
残りのおかゆや形なくぽってりとなったおかずは隣に座る私がスプーンで食べさせている。
そんな折り、父が食べているパンが気になったのか、母は、急に、
「パン屋さんにパンを買いに行ったの」
と、言いだした。
「この先のパン屋さんで、パンがいろいろ並んでいて、選ぶのよ」
と続けるが、車椅子の母がパン屋さんに買いに行けるのだろうか。いや、狭い店内を車椅子で
動きまわれるとは思えない。これはいつもの母の“妄想力”のなせる業と、私は、母の言葉を軽く受けた。
「ああ、あそこのマンションの一階のパン屋さんのこと? おじいちゃんと私もいつも
そこのパン屋さんでお昼のパンを買うのよ。いろんなパンがあるのよ、ねえ、おじいちゃん」
と、さりげなく現実の方向へと母の話を逸らし、母はつられたように、
「うん、あそこのパン屋さん」
と、答えた。
家に戻ると母のホームの広報紙が届いていた。見開きの頁に「パンの移動販売車を囲みパン好きの
入居者たちが買物をする写真」が載っている。週一回、移動販売のパン屋さんがホームの玄関前で
店開きをするのだという。母はこのパン屋さんのことを言っていたのだ。しかも、満開の枝垂桜を背景に
カメラに向かいにっこり笑うおばあさんの奥で、並んでいるパンを眺めている車椅子のおばあさんは、
母のようだった。付き添っている介護士さんと相談してパンを選んでいるのだろうか。
ホームに入所すると自分で買物をする機会がなくなる。私のように
〈つい可愛いTシャツやスカートを買い込み、溜まったストレスを発散して晴れ晴れ〉
というわけにはいかないのだ。だからこそ、時には買物の楽しみをと、ホームの方々がパン屋さんの
移動販売を計らってくれたのだろう。パン代の支払はどうしているのだろう。いろいろと覚束なく
なっているホームの入所者にお金を持たせるとは思えないから、ホーム側がパン屋さんに一括で払うのだろう。
そういえば、ホームに預けてある母の通帳のコピーが残高確認のために時々送られてくるが、そこに、
「おやつ百円」という引き落としがぽつぽつとあった。そのおやつとは、このパンのことだったのだ。
自分で好きなパンを選ぶ時間も、それを頂くおやつの時間も、きっと楽しく、だから何でも忘れていく
母の記憶に残っていたのだろうか。
翌日も母は、父が食べるサンドイッチを見ながら、
「パン屋さんに行った……」
と、言う。
〈やっぱり、パンを食べたいんだろうな。家族と同じものを……〉
「パン、売りに来てくれるんだね。おばあちゃんは、何パンを買うの」
と、私が聞くと、母は少し考えて、
「甘いのや、しょっぱいのや、いろいろあって……。中味はどれも一緒よ」
と、言い出した。思い出して説明する気力がしぼんだようだ。
「え~っと、そうなの」
と、こちらもあいまいに頷いたとき、
「おままごとのようなものよ」
と、母は秘密を打ち明けるように身を乗り出して囁いた。
〈直接お金を払わないから、おままごとのようね〉
と、私もこっそり思った事を母に言い当てられた気分だ。母と私は目を合わせて、
〈おままごとのようって気がついちゃったけど、二人の秘密にしておこうね〉
と言うように微笑みあった。おまけの秘密と、私が、私のサンドイッチのパンを小指半分ほど
「はい」と、母の手に渡すと、母はぱっと歯の無い口に入れ、目を細めてもぐもぐと食べた。
帰り際、ホームの玄関先で見上げた枝垂桜はもうすっかり若葉になっていた。今度の月曜日にも、
パン屋さんがこの木の下でお店を開き、母もパンを買いに来るのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
時はしっかり流れていくんだなあ・・。
それでも、ハハが自分で食べている姿に、ちょっとほっとしている。
ハハの病院へ行くと、ハハはナースステーション前の食堂にいた。
テーブルの上には、おやつのゼリー。
「あら、誰かしら・・?」と言われ、
「おねえちゃんだよ」というと、にっこりしたけれど、・・・・思い出したかな?
ハハは、ゆっくりゆっくりゼリーをスプーンですくっては食べていた。
一人で食べられるんだね・・・。(^^)
ほんの2年半前、老人ホームにいたころはハハは、おやつのパンを楽しみにしていた。
その頃書いたおやつのエッセイ・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「パン屋さん」
母が入所している老人ホームでは、せめてお昼だけでも家族と一緒にと、面会室で、
父、母、私の三人で昼食をとれるよう配慮してくれている。母はホームで用意されるミキサー食
(ミキサーですり潰されている)、父と私は来る道筋にあるパン屋さんで買ったサンドイッチなどであり、
食べるものは違うが、母は、
「家族で食べると美味しい」
と言う。その向こうで父も頷く。昼食を半分ほど食べると母の手がぐずぐずと遅くなるので、
残りのおかゆや形なくぽってりとなったおかずは隣に座る私がスプーンで食べさせている。
そんな折り、父が食べているパンが気になったのか、母は、急に、
「パン屋さんにパンを買いに行ったの」
と、言いだした。
「この先のパン屋さんで、パンがいろいろ並んでいて、選ぶのよ」
と続けるが、車椅子の母がパン屋さんに買いに行けるのだろうか。いや、狭い店内を車椅子で
動きまわれるとは思えない。これはいつもの母の“妄想力”のなせる業と、私は、母の言葉を軽く受けた。
「ああ、あそこのマンションの一階のパン屋さんのこと? おじいちゃんと私もいつも
そこのパン屋さんでお昼のパンを買うのよ。いろんなパンがあるのよ、ねえ、おじいちゃん」
と、さりげなく現実の方向へと母の話を逸らし、母はつられたように、
「うん、あそこのパン屋さん」
と、答えた。
家に戻ると母のホームの広報紙が届いていた。見開きの頁に「パンの移動販売車を囲みパン好きの
入居者たちが買物をする写真」が載っている。週一回、移動販売のパン屋さんがホームの玄関前で
店開きをするのだという。母はこのパン屋さんのことを言っていたのだ。しかも、満開の枝垂桜を背景に
カメラに向かいにっこり笑うおばあさんの奥で、並んでいるパンを眺めている車椅子のおばあさんは、
母のようだった。付き添っている介護士さんと相談してパンを選んでいるのだろうか。
ホームに入所すると自分で買物をする機会がなくなる。私のように
〈つい可愛いTシャツやスカートを買い込み、溜まったストレスを発散して晴れ晴れ〉
というわけにはいかないのだ。だからこそ、時には買物の楽しみをと、ホームの方々がパン屋さんの
移動販売を計らってくれたのだろう。パン代の支払はどうしているのだろう。いろいろと覚束なく
なっているホームの入所者にお金を持たせるとは思えないから、ホーム側がパン屋さんに一括で払うのだろう。
そういえば、ホームに預けてある母の通帳のコピーが残高確認のために時々送られてくるが、そこに、
「おやつ百円」という引き落としがぽつぽつとあった。そのおやつとは、このパンのことだったのだ。
自分で好きなパンを選ぶ時間も、それを頂くおやつの時間も、きっと楽しく、だから何でも忘れていく
母の記憶に残っていたのだろうか。
翌日も母は、父が食べるサンドイッチを見ながら、
「パン屋さんに行った……」
と、言う。
〈やっぱり、パンを食べたいんだろうな。家族と同じものを……〉
「パン、売りに来てくれるんだね。おばあちゃんは、何パンを買うの」
と、私が聞くと、母は少し考えて、
「甘いのや、しょっぱいのや、いろいろあって……。中味はどれも一緒よ」
と、言い出した。思い出して説明する気力がしぼんだようだ。
「え~っと、そうなの」
と、こちらもあいまいに頷いたとき、
「おままごとのようなものよ」
と、母は秘密を打ち明けるように身を乗り出して囁いた。
〈直接お金を払わないから、おままごとのようね〉
と、私もこっそり思った事を母に言い当てられた気分だ。母と私は目を合わせて、
〈おままごとのようって気がついちゃったけど、二人の秘密にしておこうね〉
と言うように微笑みあった。おまけの秘密と、私が、私のサンドイッチのパンを小指半分ほど
「はい」と、母の手に渡すと、母はぱっと歯の無い口に入れ、目を細めてもぐもぐと食べた。
帰り際、ホームの玄関先で見上げた枝垂桜はもうすっかり若葉になっていた。今度の月曜日にも、
パン屋さんがこの木の下でお店を開き、母もパンを買いに来るのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
時はしっかり流れていくんだなあ・・。
それでも、ハハが自分で食べている姿に、ちょっとほっとしている。