北からの風、女(短歌研究新人賞応募作)
駅までを冬の濃霧のただ中に急ぐあなたの影なき背中
満員の電車のなかの距離感は恋人達とまるで同じで
腕時計外側に巻く君ならばこんなに深く愛さなかった
オレンジに染まる川沿い指先が触れてあなたは北風になる
タイミングだけが足りない僕たちの背中を押した混み合う人等
北風のようなあなたを捕まえるために握った右のてのひら
饒舌な君が突然黙り込み唇を噛む顔を見ている
るるるるとあなたが夜に堕ちるなら背中を僕が押したのだろう
浴槽に君を立たせて正座して愛撫するとき懺悔の姿勢
鮮烈な光とともに爆ぜるとき愛はひとつの頂きを越ゆ
ブラジャーのホックを探す時の間に消えてしまったピアスの一つ
テトリスのように体位を変えてする長い夜にはわたくしは消ゆ
どんぐりを集めて数を競うよう互いに傷を見せ合う夜明け
二回目の夜から愛は冷めてゆく
冬は無言のまま冬である
逢うという漢字は夜の匂いして君を抱きたい時だけ使う
二つ切りされた苺の断面をした後濡れたあれかと思う
手づかみでじゃれあいながらお互いの口へと苺入れ合う真昼
長い指とても綺麗と告げたときかすかに動く小鼻を見たり
ゴーギャンの描く女のような眼で見られ続けている恐ろしさ
背中から君を抱くとき捕われた蛙のような抵抗をする
「今日だけは抱かれたくない」そう言った人を無理矢理犯す優しさ
早朝のバスを並んで待つ君は椿の如くただ無口なり
どこまでも繋がれぬまま過ぎてゆき君を抱けない夜に伸びる髭
よく晴れた冬の日君の下手くそな鼻歌聴きにドライブに行く
唇で放電するということも冬の二人の約束とした
柔らかな胸に頭を押し付けてそうして寒い冬は終わった
停まってるエスカレーター昇るよう君の記憶を反芻してる
波のある性欲ももう謎になり月光深く湖を射す
風かなと思えばあなた、あなたかと思えばいつも風、風が吹く