明治時代の小説家、評論家、翻訳家、劇作家。近代日本文学の成立や演劇改良運動に大きな影響を与えた坪内雄蔵(坪内逍遥)による高等科女子用の国語教科書にある桜の詩。軍国主義に偏る前の国粋主義(日本の文化・伝統の独自性を強調し、保守しようとする思想)的な誌です。
桜の歌
我が国は、桜名高き花の国。
都も、ひなも春くれば、
朝日ににほふその花の
風情ぞ、やがて国ぶりと、
昔の人の歌言葉。
咲いては、かをる花の雲、
塵もとどめぬ薄くれなゐ、
すきとほる程うつくしく、
散ってはこごえぬ花ふぶき、
しべも残さぬいさぎよさ。
桜こそ、よそには咲かぬ国の花。
薔薇はかをり高けれど、
枝にとげあり、木もちさし。
桃はその実の甘けれど、
木ぶり、花ぶりひなびたり。
ああ、さくら花、国の花、
そのいさぎよさ、うつくしき。
実をむねとせで、此の花を、
めずるけだかき心こそ、
やまと心ぞ、此の心、
夢失うな末長く。
※国立国会図書館デジタルより