下手から佐助が登場。祭衣装。法被を前であわ せにして紐で縛っている。
佐助 (くたびれた様子) ああ……今日も一日が終わった。明治になって世の中が変わったけど、わしの暮らしは相変わらずの貧乏やがな。神も仏もあるかいな。さあ、さあ、帰って屁ーこいて寝よ。
舞台の下手で寝る。 上手から神様が登場。 白のシーツを頭からかぶり、腰で帯を結んでいる。
神様 おい、佐助。おい、佐助。
佐助 (眠そうに目をこすり、ハッと気づいて) なな、なんやお前!
神様 神さんや。
佐助 神さん? 間男してるとこを丹那に見つかって逃げ出した男にしか見えん。
神様 あほ言うな。おまえが神も仏も無いと言うさかいに、出てきたったんや。
佐助 ほんまかいな。
神様 ほんまや。佐助、毎日精出して、正直に働いとるさかいに、ええ目、見さしたろ。
佐助 ええ目に……ほんまかいな。
神様 よう疑うやっちゃな。ええか、二上山から朝日が昇る頃に、石川の渡し場の東の浜へ行け。そこに、地蔵さんが祀ったる。そこへお参りせえ。(かわいく) ほなまたね。(上手に引っ込む)
佐助 もし……ああ、行ってもたがな。嘘か誠か、明日いっぺん試したろ。
下手に引っ込む。上手から、あくびをしながら幸平が登場。佐助と同じような格好。
幸平 ああ……毎日、毎日、この石川の川面の渡し場から、二上山から昇る朝日を見て、今日一日の始まりや。それも、もうじきあの橋ができたら、渡し場の舟頭も終わりや……。
下手から佐助が登場。
佐助 ええ目にあわしたるさかいに、東の浜の地蔵さんにお参りせえて、ほんまかいな?
幸平 おっ、喜志の佐助やないかい。
佐助 なんや、正直もんの幸平やないかい。渡し舟の舟頭やってんのかいな?
幸平 そやがな。祭ぐらいでしか会わんもんなあ。なんや今日は?
佐助 東の浜まで渡してくれるか。
幸平 用事か?
佐助 ああ……太子のおばはんの具合が悪うてなあ。
幸平 見舞いかいな。まだ早いさかいに、ほかの客はおらんやろ。ほな、舟出すで!
竿を突いて船を出す。太鼓が、ドドンドンドンドン……(波音)。しばらくして、
幸平 さあ、着いた。気いつけて行きや。
佐助 おおきに。(下手に引っ込む)
幸平 おっ、こっちの浜には、お客はん来てるがな。さっ、乗った乗った。ささ、出しますぞー。
太鼓が、ドドンドンドンドン……(波音)。こぎながら、上手に引っ込む。
十日経つ。下手から佐助が登場。
佐助 (ためいき)ああ……、地蔵さん参りも、今日でもう十日目やがな。あの神さん、嘘かましやがったんとちゃうかいな。まあ信じてお参りしよ。
上手から幸平が登場。
幸平 おはようさん。毎日、ご苦労さんやなあ。言うとくけど、この渡し舟も今日でお別れやで。
佐助 なんでやねん?
幸平 知らんのかいな。今年は明治の22年や。あの橋……なんでも河南橋いうそうやが、明日がその開通式や。そうなったら、渡し場はなくなってわしはお払い箱や。剣先船も、いずれは汽車や車にとってかわるやろなあ……。
佐助 そうか、寂しいなあ……。
上手から、親父(神さん)が登場。法被のかわりに背広を着ている。
親父 すんまへん。わたいも渡しとくなはれ。
幸平 はいはい、乗っとくなはれ。
親父 (佐助を見て指を指し) あんたは、毎日、東の浜の地蔵さんにお参りしたはるお人でんな。
佐助 なんで知ってるねん?
親父 いつも見てますがな。何んぞおましたんかいな?
佐助 へい……、実は、十日ほど前に、寝よと思うたら、白い髭はやした神さんが出てきやはって、二上山に朝日が出る頃に、東の浜の地蔵さんにお参りしたら、ええ目にあわしたると……。
親父 (大笑い)アッハッハッハ。あんたもかいな。私も、だいぶ前に、寝よと思たら神さんが出てきて、こない
したら大金持ちにしたると……。せやけど、あほくさいさかいに、やりまへんでした。
佐助 (驚いて) エエッ。ほんで、その神さんに何んて言われましたんや?
親父 なんでも、川面の南のはずれの、中野村の境にある城の淵とかいう所や。
幸平 あるがな。昔、楠木正成、大楠公が造ったお城喜志城があったとこや!
親父 そこに祠がある。
佐助 あるがな。「シンメイさん」と言うてた。
親父 その裏手に竹藪に囲まれた深い谷がある。
幸平 あるがな。子どもの時にあこでよう遊んだがな。
親父 その谷の底に大きな石がある。
佐助 あるある。あの石にけつまずいてこけたがな。
親父 その石をのけたら、宝ものがあると……。
二人 (顔を見合わせ)
エエっ! 宝物!
佐助 行くで、幸平!
幸平 わかった、佐助!
親父 おいおい、待ってくれ。わしも行く。
佐助 さあ着いた。
親父 (息を切らして)えっ、えらい速いな。
佐助 にわかや。さあ、石を探すで!
二人が中央で草をかき分 けて石を探す。幕の間に見つけて、
幸平 (親父に向かって大声で)あった!
佐助 (親父に向かって大声で)あった!
親父 (落ち着いて)あったやろ……。石をのけてみ。
二人が必死で石をのける。大きな巾着袋を発見。
幸平 (親父に向かって大声で)あった。
佐助 (親父に向かって大声で)あった。
二人 (前を向き) あた、あった、宝物や!
親父 (落ち着いて)どや、あったやろ。中を開けてみ。
二人が巾着の紐をほどき、中を見て
幸平 こここここ、小判や!
佐助 ききききき、金や!
親父 どや、言うた通りになったやろ。
幸平 ほんまやがな、そういうあんたは?
親父 忘れたんか? (ひげを付ける)神さんや。
佐助 あっ、あの時の間男の神さん!
親父 けったいな覚え方すな。やっとわかったか。わしの言うこと聞いて正直に地蔵さん参り続けた佐助と正直者の幸平にプレゼントや。
「神」と書かれた紙を幸平の頭に貼り付ける。
幸平 なんや、なんや? 人の頭にけったいな紙を貼り付けてプレゼントとは、はて?
佐助 はて?
幸平 はてわかった。正直の幸平に紙やどたわい。(正直の頭に神宿る)
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