先日(2021年6月12日・13日)、金武湾(周辺)から浮原島辺りでの海自と陸自(水陸機動連隊)の共同演習を追いかけた。そこにきていたのは「LST4002・しもきた」だった。これは三井玉野造船所(岡山県玉野市)で造られた艦船だ。
私はこの三井玉野造船所に行ったことがなかったので、ネットで調べてみた。そしたら造船不況により発注が減ったのか、同社は造船業界から撤退するらしいと知った。民間船は、提携企業にお任せ、軍艦は三菱重工に事業譲渡するという。
造船業界も厳しいようだ。それも軍事は三菱重工というところが、意味深だ。軍事産業は寡占化が進むということであり、企業と国家の癒着が強まり、国家の軍事化が勢いを増していくのだろう。正に戦争の足音が高まっていくのだ。戦争準備が経済を回すという構造をやめなければ、自ずから戦争を呼び込んでいく。冗談じゃない!
イヤなことを知ったなと思っていたら、玉野と言えば、近くの笠岡市の干潟にカブトガニが居たのだがと言うことを思い出した。私がカブトガニを知ったのは、未だ中学時代。野鳥に興味を持つようになった頃だ。瀬戸内の干潟に「生きた化石」と言われていた、カブトガニがある天然記念物の本の中に載っていた。そんなことを私はすっかり忘れていた。これまたネットでしらべたら、笠岡市立カブトガニ博物館があると知った。何とカブトガニは現存していることを確認できたのだ。私はとうに絶滅したとばかり思いこんでいた。近くの水島はコンビナートになり、環境は激変しているだろうし、と思っていた。
こちらは嬉しい話だ。しかしカブトガニは生き延びているが、沖縄のジュゴンは足蹴にされ、「絶滅した」とレッテルを張られさえしてきた。トキもコウノトリもカブトガニも地元の人達の努力が国を動かしてきた。しかしジュゴンは基地の島であるが故に邪険にされ、追い出されてきた。人々の関心も決して高くなっていない。これはどうしてなのだろう。私が知るトキやコウノトリは1960年代に地元の人達の努力が、世論を動かし、市町村から県政(トキは新潟県、コウノトリは兵庫県)を動かしてきた。しかし沖縄ではこうなってこなかった。無論、ジュゴンは水の中を生活圏にしており、人目に付きにくいこともマイナスに作用してきただろう。
しかしカブトガニが「生きた化石」だとすれば、ジュゴンは進化の不思議な綾をなす生物だ。ジュゴンはああみえても祖先は意外にもゾウなのだ。海から陸に上がり、再び海に生活圈を変えた生物なのだ。そして海草を餌にしており、遠泳能力はない。だからこそ、地球上のジュゴンのなかでも地域的な隔離が進んでおり、個体群は地域限定となっている。
地球の歴史とジュゴンという研究テーマは、とても興味深いものだ。これが沖縄は基地の島とされているので、生存への圧力が増している。こうした事情は、人間の勝手で、安保がジュゴンを脅かすという構造を改めるべきだ。私はジュゴンの生存を確保し護ることは、安保という政治に翻弄されていることに臆することなく、地球の未来を考えていくことに通じていると思っている。私たちの努力は、まだまだ足りていないのだと私は思うのだ。