トレース

昨年現役引退したミハエル・シューマッハーが、
まだベネトンの青いマシンに乗っていて、
２年連続チャンピオンに輝いた１９９５年のこと。
僕は鈴鹿サーキットで、Ｆ１日本ＧＰを観戦しました。
そのとき、後に「皇帝」と呼ばれたＦ１パイロットの、
格の違いを見せつけられた思いがしました。

特にすごいと感じたのは、なんといっても、
精密機械のように正確無比なドライビングです。

どんなに上手いドライバーでも、
過酷なレースを何十周も走っている間には、
時々クリッピングポイントにつけなかったりして、
走行ラインが多少乱れることがあるものですが、
ミハエルだけは違いました。
僕が見る限り、トップを独走しながら、
目の前のコーナーを通過するたびに、
まったく同じラインを、まったく同じスピードで、
寸分の狂いもなくトレースし続けているのです。

その様子を見ながら、
「う～ん、ここまで完璧にミスのない走りをしたら、
他のドライバーが逆転するのはとても無理だろうな」
と思い、ほとほと感心したものでした。

まだ若かった頃からそんな超一流のテクニックと体力、
精神力を身につけていたわけですから、
ミハエルがずば抜けたドライバーだったことは間違いありません。
もちろん、そのレースでは当然のように優勝しました。

ライバル車との接触の仕方やチームオーダー問題などで、
現役中に何度か物議を醸したこともあるミハエルですが、
その卓越したドライビングテクニックはやはり別格。
こんな人は、Ｆ１の歴史の中でも数えるほどしかいないでしょう。