ゆうちゃんの独り言

モーツァルトが大好きで毎日欠かさず聴いています。人生の生き方は仏教で毎日般若心経を唱え、時間を見つけて寺巡です。 合掌

1億人の中の無縁社会!!

2010-02-07 11:32:04 | Weblog


 先日NHKで無縁社会を扱った番組を見ました。見終わって感じたことは、人間としての
一つの命とこの命に繋がっている他の人との関係でした。TVの中だけの事実をもとに考え
れば、確かに無縁社会が広がっていると思います。

 しかし、このような状況になった真の原因は分からないままとなっています。個人的には
個人と個人をつなぐ手段があまりにも多様化したことにより、最も重要である本来の人間の
心と心の触れ合いを基盤とした仕組みが薄れてしまったのだと思っています。

 世の中で生きていくには、普通は働かなければなりません。働くということは、何らかの
形で他人との接点がでてきます。一緒に仕事をするとか、また作ったものを他人に買っても
らうとか、他人のために何かをしてあげることで生計を立てるなど、何らかの形で人間とし
ての繋がりが発生します。

 ところが最近の世の中は、他人との直接の接点を持たなくとも生きていけるような時代に
なりました。それを支えているのがITだと思います。ITが進めば進むほど、従来の人間
としての係わり合いがだんだんと薄く疎になって来ています。

 極端な言い方をすると、ITが発達し便利になればなるほど従来の人間の直接的な関係が
薄らいでくるのです。もっと言えば、情と愛が無くなって行く傾向にあると言えます。

 また、他の人間と係わりを持たずに生きていくことが出来ること自体が問題だと思います。
しかし良く良く考えると、どんな場面でも生きている以上、他人との接点があるのですが、
それを本人とその関係した人が意識を持たずに対応しているから、その時点で縁が切れてし
まうのです。

 確かに人間は生まれてくる時もまたこの世を去る時も一人であるという大きな真実があり
ます。しかし、この世に生きている間は決して独りで生きているわけではなく、他の人の力
を借りて生きています。また、この他人の力を借りて生きていることに何も気づかづに生き
ている人間が多過ぎるのです。

 さらに自分自身も何らかの形で、他人が生きることに際して力を貸していることにも気づ
いていないのだと思います。なぜならば、人間は自分のことを中心に考えるので多くの場合、
自分にとってメリットのあることを考えながら行動するからです。即ちまず自分が良くなる
事を考えて行動するのが基本であり、そこに自分としての正当性を確立するのだと思います。

 今の世の中の風潮は、めんどくさいことを如何に避けて、快適で自由な生き方をしたいと
思っている人があまりにも多すぎるのではないかと思います。多少苦労してでも、他人のた
めに何かをすることを自ら進んで行うところから、他の人間の大切さが実感できるのだと思
います。

 人間は不便であれば不便であるほど、関係する人との連携が必要となり、そこで本来の人
間としての交わりが出来るのですが、今の世の中は凡夫の年代からすると余りにも便利すぎ
る世の中となってしまいました。

 この便利に成り過ぎた世の中で生まれた時から育ってきた人は、人間との関係で何も苦労
せずに人生を歩んでいることになります。これでは、他の人間を敬うような考え方は出てこ
ないと思うのです。

 もっともっと不便でお互いに直接話さなければ解決できないような状況であれば、人間は
もっとお互いの距離が縮まって、そこに情や愛を基盤とした縁の関係ができるのだと思いま
す。

 NHKの番組を見ながら、無縁社会を報道することは重要であるが、いま世の中が置かれ
ている状況をもう少し深掘りした内容になっていると、見た人が次のアクションを打つきっ
かけが多くなると思いました。

 世の中の人間の関係をもっともっと暖かくする流れになるようにしたいものです。 合掌