ひとりよがり。

日々のことや思い出などを書きます。
個人的な覚え書き、日記のようなブログです。

ミルクティーを飲んだこと。

2023-02-23 21:41:00 | 思い出
神保町に用があり、
数十年振りにその界隈を歩くも
方向もわからない、
懐かしい場所も見つかりません。

マップを頼りに
お茶の水の駅まで歩きました。
たしかこの辺りに
喫茶店があったはず、と
思いながら歩いていたら
そのお店は昔と変わらない佇まいで
そこにありました。

そのお店には
昔、
白いポロシャツを着て
黒縁のメガネのマスターがいて
私は
いつも
コーヒーを頼みました。
そのコーヒーは
少し分厚い白いカップの中、
黒々と苦みのある
煎じた薬のようなコーヒーでした。

今回はミルクティーを頼みました。
ああ、
そのお茶の美味しかったこと。
やさしくも
しっかりこくのある紅茶の味がして。

どうして
昔、ミルクティーを頼まなかったのだろうか、、

やさしさを求めていなかったのかもしれないなぁと思いました。




うれしかったこと。

2023-01-10 21:24:00 | 思い出
登録していない電話番号から
二度電話があり、
出るのを躊躇していました。

けれど勇気を出して
折り返し電話をしてみました。

相手は
電話に出るなり勢いのある声で
親そうに
「Eだよ〜Eだよ〜」と繰り返す。

私は下の名前を聞いてもわからない。
苗字を言ってくれて
やっと彼女だとわかった。

40年前、
2年間だけ勤めた会社で知り合った
彼女だった。

彼女はいつもほがらかで明るい。
友だちも多い。
お化粧もきちんとしてとてもおしゃれ。
どうして
どちらかというと暗い私と
仲良くしてくれていたのか、
わからない。
性格が全く違うように思う。

あの2年間の苦しい平塚時代、
時々
私は彼女の運転するジープに乗せてもらった。
それは
振動が直に感じる乗り心地で
乗馬の気分がして
とても好きだった。

平塚の会社を私の方が先に辞めてからの約40年の間、
年賀状は続いていて、
実際に会ったのは2回だけ。
けれど
とても大事な人。

電話では
私の今の状況、抱えている問題や
カヤックのことなどを簡単に話した。
彼女は明るくガハハハと笑う。
健康なのが一番だよ〜と
またガハハハと笑う。

その一見大雑把に感じる笑いの奥に
彼女のきれいな心があることを
私は知っている。
彼女のその透明なきれいな心が好きなんだと思う。

*****


見出し写真は
先日の息子とUちゃんの
焚き火体験で
大成功した焼き芋の図です。















ミーシャのこと。

2022-10-14 22:33:00 | 思い出
今日はミーシャのお墓をつくりました。

梅の木の近く、
ブンタのお墓の隣です。

掘りはじめは夫、
あとは
私が掘りました。
深く
できるだけ深く。

ミーシャのからだは
土に還ります。

そして
ミーシャの存在は
いつまでもこころに
生きます。


息子帰省の3日間。

2022-09-20 20:09:00 | 思い出
息子が
彼女のUちゃんを連れて帰省しました。
バス停から
家に向かう車の中で
「わぁ山だぁ〜ブロッコリーみたい」とUちゃん。
街に住んでいると
山しかない風景は新鮮なのだと思います。

土間の台所も「映画の中にいるみたい」と言っていたけれど、
土間の台所も私たちには普通のことだけれど
新鮮なのかもしれません。

今回は
少しの晴れ間に
皆でバドミントンをして汗を流し、
ハンモックを紹介し、
息子はハンモックでユラユラ昼寝をし
その間に私はUちゃんとおしゃべりをして
たのしく貴重な時間を過ごしました。

夜は
Uちゃんのギターの弾き語りコンサート。
彼女のとてもすてきな歌声が
心に沁みました。
私の約50年前のギターの音色が
とてもやさしくて
こんなふうにギターが生きて
うれしかったです。

翌日は、
少しの晴れ間に
不動堂へお散歩をして
水量が多くなった滝の
マイナスイオンをたっぷり浴びました。



おやつは私の手作りのマーマレードケーキを
皆でいただき、
息子とUちゃんに
絵本の読み聞かせをしました。
「きつねの窓」安房直子作
「じいさとばあさ」梶山俊夫作
「山男のてぶくろ」松谷みよ子作
「あたまに柿の木」望月新三郎作
以上、私がとても大事にしている絵本を読みました。

私は久しぶりに絵本の読み聞かせをしました。
こういう世界からずいぶん離れていたので、
たのしい時間でした。

夕食は
餃子を作りました。
餡作りも包む作業も
息子とUちゃんが参加してくれて
とても美味しい餃子ができました。

夜は
私の強い希望で
花火大会をしました。
締めは
皆でそろって
慎重に
線香花火で今年のたのしい花火大会は終わりました。

そして
Uちゃんとトランプのスピードをしました。
中学生の時、とても流行ったそうで
学校の机がスピードにとても良いサイズだった、と話していました。
私は数十年ぶりにスピードをやりました。
5回勝負で、私は一度だけ、勝ちました。

最後はオセロ。
Uちゃんが一番強かった〜


3日目は
台風の影響を考えて
彼らはお昼前に帰っていきました。

とてもたのしい時間を過ごすことができて、
このしあわせな時間は
その時だけの時間、
とても良い思い出ができて
その思い出で
私はこれからもがんばれると思いました。



ワンピースの続き、50年と40年。

2022-08-30 05:31:00 | 思い出
数字にとても弱いという自覚はある。
20代の時から
自分の正確な年齢がわからなかった。
生まれた年はわかるのに。
おおよその歳はわかる。
けれど正確な歳はすぐには
わからない。

どういう計算をしたのか、
見出し画像のインド綿のワンピースを
着はじめたのは、
50年前ではなくて
40年前。

その間違いに
夜中に山崎ハコを聴いていて
気がついた。

40年も50年もたいして
違いはないかもしれない、
でも
大きな違いがあるのかもしれない。

悪い思い出があるかのように
このワンピースを捨てて、と言った
母。
この先の10年、
どんなふうな10年だろうか。

10年はひと昔って
どういう意味なんだろう。

私の場合、
40年はひと昔、のような気がする。