「自分で不幸と思うから不幸になる生き方になるのだ。」
(私)
占いをして何度もアドバイスしても、不幸の種を探しては心配症になる。
与えられている幸福を感じる感性を磨いてください。
川は下に流れ
大海にそそぐ
できた人も同じ
下に流れ
上に留まることはない
たとえ上に
留まったとしても
人はその重みを
感じることはない。
川のように
生きよう。
「酒なくて
何のおのれが
桜かな」
(江戸時代の滑稽本)
酒や金のない花見など、いっこうに面白くないという意味。
私などいつも何もないので、一層自然の草花や月に心癒されていることだ。
「酒なくて
娘と仰ぐ
月見かな」
(私)
古代では「日なたぼこり」と呼ばれていました。
平安時代の今昔物語に
『春の節になりて、日うららかにて、日なたぼこりもせむ』とあります。
日なたは「日向」と書きひのあたる方向、場所を表す言葉です。
ぼこりは「誇り」のことですが、当時は心が浮き浮きする、心が晴れ晴れする時にも使われていました。
日が当たる場所で、心が晴れ晴れした時に「日なたぼっこ」と使われたようです。
お年寄りには縁側でのんびり日なたぼっこして欲しいものです。
皆様はここで日なたぼっこしてください
「幸せになりたければ、手を開け、苦しかったら手を合わせ。」
(私)
握ったこぶしを開けば怒りも消える。
平和を願うなら手を開くこと。
心のこぶしも開きましょう。