とおいひのうた いまというひのうた

自分が感じてきたことを、順不同で、ああでもない、こうでもないと、かきつらねていきたいと思っている。

母、車椅子で孫の結婚式へ出席

2008年06月06日 10時18分21秒 | 老人介護・心の不調・ストレス
 91歳の父が手厚く介護している母。
5月末日、弟の娘(=私の姪)が結婚式をあげることになりました。
そこで問題になったのが母をどうするかでした。
皆は無理だとあきらめディケアに預けると考えているのを知った私は反対し、私が責任をもって介助するから是非出席させてあげて、無理なようだったら私が連れ帰るから、としゃしゃりでました。

 歩行困難な母は、少し動くだけで疲れ果て、とにかく横になりたがる。

 しかし、父は「おまえを守り抜く」と宣言していらい6年以上の涙ぐましい介護を続けてきた。
 食事は宅配のお弁当を主にし、その他栄養を考えてビタミンなどのサプリメント、ちょっとしたおかずなどを加え、ずっと寝たがる母を起こして必ず3度の食事をさせてきた。
 転んで脊椎をつぶした時も、その他突如めまいがして倒れた時も、入院したときも、タクシーを使って今までずっと本気で面倒をみてきた。

 その成果が最近あらわれはじめた。このところ母が健康的で落ち着いてきたのだ。ディケアに通い続けてきたせいか、認知力も悪くない。あのまま母を寝っぱなしにさせておいたらこうはならなかったのではないだろうか?ずっとあきらめずに、女房を介護し続けてきた父に乾杯!

 だが、まだほとんど歩けない母だ。だから、皆、結婚式に出席は無理だと判断したのだ。

 いいえ、ひっこむ生活はよくない。車椅子に乗れば出席は可能だ。疲れた、耐えられないと言ったら連れて帰ればいいはなしだ。

 私はベッドの上で母に鏡を持たせ、久しぶりに薄化粧を施した。母もその気になって鏡を覗いてまんざらでもないという気になってきた。母はおしゃれだったのでレースの洋服などたくさん洋服ダンスに眠っていた。それをひっぱりだしてきて着せてあげた。真珠のネックレスもし、最後の仕上げが終わる頃には立ち鏡をみせたら自分で裾をなおしたりしていた。

 結婚式はアーメン式の結婚式場だった。私は母を車椅子にのせて、神父か牧師か知らぬけれども、とにかく祭壇のすぐ前でバージンロードとやらを弟にエスコートされた姪がまっ白なウエーディングドレスをひきづりつつ白いレースを頭からすっぽりかぶり祭壇に向かって歩いてくるところを見せた。

 イギリス人(?)の神父か牧師か分からない人が、
新婦・新郎を前にして、例の「なんじは、健やかなる時も病めるときも....共に支えあい、生涯を共にすることを誓いますか?」と誓いの言葉を求めるのを母はじっと見ていた。夫婦生活の大変さを身に沁みている私は、思わず深く心をうたれた。不覚にも涙がこぼれそうになるほど感動を受けた。キリスト教の教えもいいところがあると思った。

 母はみんなの予想をうらぎって、式後のパーティも最後まで楽しそうに参加した。とにかくみんなそろった楽しい結婚式だった。

 最後に、式場の従業員に、「ここはカトリックですか?プロテスタントですか?」と聞いたら「さぁ~、わかりません」という無関心そのままの答えがかえってきたので、質問をしなければ良かったと思った。またきちんとした回答があったとしても、私にいかほどのことが分かっただろうか?

 
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