新型コロナウイルスの感染拡大におけるイタリアの研究が大きな衝撃を与えている

 いま、世界でコロナ対策が抜本的に変化しつつあるのを、ご存じでしょうか?

 

「コロナで変わる私たちの暮らし」また「コロナで変わる私たちの仕事」を正確に理解するためには、人類規模でのコロナ対策そのものを、最初に押さえるのが大前提です。

 幸い、日本での新型コロナウイルス感染症による死者は、いまだ少ない数にとどまっています。

 しかし、そのために日本政府のコロナ対策や、各自治体のパンデミックへの取り組みは、世界の先端的なソリューションとおよそかけ離れたものになっています。

 

 大変残念なことですが、事実と言わねばなりません。

 日本国内では、政府が率先して観光勧業キャンペーンを張っており、それが引き金になって、今まで感染者ゼロだった「イワテ・プリフェクチャ―(岩手県)」も汚染地域になった、などと外国の有識者に話しても、ただ単に「インクレディブル(信じられない)」と肩を竦められるばかりです。

 今回は、急激に進む「PCR革命」と呼ぶべきコロナウイルス検査の変化について、ご説明しましょう。

 いままでの「点で考える」パンデミック対策とは全く異なる世界の潮流が動いています。

下水の水をPCR

 2020年6月26日付で発表されたジュゼッピーナ・ラ・ローザ以下イタリア衛生省グループの論文(https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.06.25.20140061v1)は欧州ならびに米国の先進的なブレインたちに衝撃を与えました。

 イタリアグループは別の感染症研究のために2019年10月から2020年2月にかけて、北イタリア数都市の下水の水のサンプルを取っていました。

 具体的にはロンバルディア地方のミラノ、ピエモンテ地方のトリノ、そしてエミリア・ロマーニャ地方のボローニャで、下水道の水サンプルを定点観測していました。

 この下水の水サンプルにコロナウイルスが含まれていないか、ラ・ローザたちのイタリアチームはPCR検査を系統だって実施してみたのです。

 結果は驚くべきものでした。

 合計15のサンプルから「新型コロナウイルスのRNA」が検出されましたが、その過半数は、イタリアでコロナが蔓延するより、よほど早い時期のサンプルから検出されたのです。

 最初のサンプルは2019年12月18日、ミラノとトリノ双方のサンプルから、また2020年1月29日からはボローニャのサンプルからも検出されました。

 イタリアで公式に最初のコロナ患者が報告されたのは2020年2月21日のことですから、これらは発症者確認の2か月以上も前ということになります。

 ミラノとトリノの間の距離は約150キロ、これは東京と日光の距離と大体同じスケールです。

 これだけ離れた都市の間で、同じ日に生活排水からコロナウイルスのRNAが発見されたとすれば、同じ人、同じグループからのサンプルと考えることには無理があるでしょう。

 つまり、イタリアで感染者が発見されるより2か月も前に、ミラノとトリノという全く離れた地域で、コロナウイルスのキャリアが独立に存在していたことになります。

 イタリア・グループは衛生省の研究者たちですので、過去にさかのぼって下水のサンプルを系統だってストックしていました。

 2018年の同じ地域、同じ場所のサンプルなどとも比較した結果、イタリアに新型コロナウイルスが蔓延し始めたのは、最初の感染者が発見されるよりも数か月単位で早かった。

「PCRって、病気に罹ってるかどうかが、分かる検査じゃないの?」という方には、別に平易な解説を準備したいと思いますが、ここでは結論のみ記します。

 PCRで分かるのは、病気の有無ではありません。

 下水道を流れる汚水は、病気に罹ったりしません。そこに流入する生活汚水、とりわけ居住者のし尿や糞便など、生理的な廃水の中に含まれる「コロナウイルスの破片」、具体的にはコロナの「RNA」があれば、それを鋭く見つけ出すことができる。

 それをイタリア・チームはフル活用したのです。

 また、そのような「潜伏期間」中のコロナの蔓延を、下水を対象としたPCR検査によって確認できることが明らかになりました。

 ラ・ローザたちイタリア・グループの論文は、まさに革命的な影響を及ぼしたのです。

「PCR革命」は個人情報革命

 イタリア・グループの発見は様々な反響を呼び起こしましたが、特に私たちグローバルAI倫理コンソーシアムのチームにとっては革命的な意味を持ちました。

 実際、新型コロナウイルス対策における「PCR革命」として、この業績を高く評価しています。

 何が「PCR革命」なのでしょうか?

 それは、私たちデータやAIに関する情報を扱う専門家にとって、コロナ対策で最も鬼門となっていた「プライバシーの壁」を打ち破るものになっていたからにほかなりません。

 具体的にご説明しましょう。

 厚生労働省が推進する、新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」というものがあります(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/cocoa_00138.html)。

 スマートフォンのアプリで、ユーザが各自自分のスマホにインストールして登録する仕組みになっていますが、基本的に個人情報の壁があり、大半が自己申告に任せるというのが精度の難点になっているのが第一。

 7月28日時点での「陽性報告」は63件とのこと、これは積算の全合算値です。

 ちなみに同じ日1日の新規感染者数は東京都だけで266人、日本全国では972人。COCOAは全部合わせても63件で、日本全国の1日の増分と比べても6%程度、日本全国の積算数3万961人と比較すれば0.2%で、99.8%の確認済陽性者は引っかかってこない。

 それから、何といっても普及しないのです。

 7月28日夕刻17時時点でのCOCOAの普及は約888万件(https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1267852.html)で、日本国民約1億2700万人の6%程度にとどまり、そこでは確認済みのコロナ陽性者の99.8%が素通りする。

 要するに、意味をなしていないのです。

 中国やイスラエルが典型的ですが、政府が強権をもって個人情報を管理し、コンタクト・トレースすれば、コロナの感染は抑え込めるという考え方がありました。

 それを模倣して上記COCOAのような仕組みに、少なからざる金額を投入しているはずですが、成果が出ていると言えるでしょうか?

 判断は読者にお任せします。結論としては「次、行ってみよう」としか言いようがありません。

「世田谷=ミラノ・モデル」への期待

 世田谷区で推進されている「誰でもPCR」の取り組みは、それをほんの少し外延して、環境PCRの定点観測を付加すれば、世界に関たる最初の「コロナ・レジスティブなスマートシティ」の取り組みになります。

 上記のイタリア、ミラノなどの事例を基に、日本国内で現実的に可能なコロナ対策の「世田谷=ミラノ・モデル」が現在開発中で、私たちは大いに期待しています。

 私自身は疫学の専門でもなく、医師でも生物学者でもありません。むしろ生物は実験など微妙に苦手な物理出身の教官です。

 しかし、データ駆動科学やAIの倫理、ここ数年はELSI(ethical, legal and social implications=倫理的・法的・社会的な課題)などと呼ばれる問題には四半世紀コミットし続けてきました。

 2011年の福島第一原子力発電所事故以降も、低線量被曝の問題など、我々に固有に可能な領域で、できる範囲の貢献を続けています。

 グローバルAI倫理コンソーシアムも2019年の初めに構想したものでしたが、当初は自動運転車事故の責任案分、過失割合など別の喫緊のテーマを扱っていました。

 ところが、今回のコロナ・パンデミックとなってしまった。

 こんな状況はあらゆる専門の人が予想していませんから、本質的な意味で「専門家」は不在で、SARSなどを念頭に「専門家」によって立案されたはずの対策がどの程度有効であったかも、読者の判断にお任せします。

 個人情報や、そうしたパーソナルドキュメントを含むビッグデータを解析し、本当に有効な対策を立てるうえで、イタリア・チームの「下水PCR」は様々な意味で革命をもたらしました。

 もし病気を確実に診断するのなら、PCR検査は残念ながら不完全な方法になります。

 私が仮にコロナウイルスに罹患しておらず、ただコロナウイルスの死骸、ばらばらになったRNAを、たまたま今日食べたホウレンソウか何かとともに摂取して、それが検体に混ざっていても、私は「陽性」となってしまう。

 擬陽性ということです。

 しかし、下水の水は新型コロナウイルスに罹患したりはしません。PCR検査はただ、あくまで、そこにコロナのRNAが存在していることを報告するだけです。

 つまり、ここで問題になるのは「病気か? 健康か?」という1か0の問いではなく、「そのエリアがどの程度危険か?」という「リスク評価の確率」を評価する目安になっているのです。

 私はギャンブルを一切やらないので、その実態をよく知らないのですが、パチンコに「確率変動」という概念があるらしい。

 従来のPCR検査は、一個一個球を弾いて、それが「チューリップ」に入るか、ちょうどビリヤードと同じように、古典的に「追跡可能」なものを追いかけていた。

 しかし2020年後半からのPCRは、そうした「手打ち式パチンコ」の対策ではなく、ハンドルを握って球を射出し、遊技台中央の液晶画面を注視して遊技する「電動ハンドルパチンコ」と同様、「確率的PCR対策」でコロナウイルスを封じ込めていく作戦に、本質的に転換していくでしょう。

「PCR革命」以降の、確率的にウイルスを封じ込める「スマート防疫」の実際については、続稿でご説明したいと思います。

(つづく)