プーチン時代の終わり方、英国の諜報機関MI6・ロシア担当官が公式に言及
「西側諸国はプーチン政権の終焉に備える必要がある」
英ロンドンの情報局秘密情報部(MI6)でロシアデスクを担当していたクリストファー・スティール氏は7月末、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領(70)が今後1年以内に政権を追われる可能性あると英メディアに語り、波紋が広がっている。
20年以上もの長きにわたってロシアのトップに君臨してきたプーチン氏だが、いよいよ幕が下ろされる日が迫ってきたというのだ。
プーチン支配の亀裂は、民間軍事会社ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジン氏(62)によるクーデターが頓挫したときに露呈した。
スティール氏の上司で、MI6のトップであるリチャード・ムーア長官は今年7月、プリゴジン氏のクーデターが今のロシアのエリート層の深い亀裂を示していると指摘した。
これはロシア政府内部が腐敗しているということに等しく、プーチン氏は対応できていないというのだ。
スティール氏によれば、プーチン氏が政権の座から退く理由がいくつも指摘できるという。
最初に挙げたのがロシア政府内の反乱分子による暗殺の可能性である。
同時に、ロシア国外で練られた陰謀によって暗殺されるシナリオもあるという。
さらに国内の反プーチン派による武装蜂起によって大統領の座を追放される可能性にも言及した。
プーチン氏が2022年2月、ウクライナに侵攻する決断を下して軍事行動に出た時、政権内部だけでなくロシア国内にも迅速な勝利が可能であるとの見方が大半を占めていた。
だがウクライナ全土を占領するという野望はすでに実現不可能となり、ロシア側にも多くの死者が出て、兵士の士気は大きく低下している。
ロシア国内には侵攻に対する不穏な空気が高まり、スティール氏は次のような展開になる可能性が高いと述べる。
「暴力的にプーチン氏を殺害、もしくは失脚させて、別の政治家かオリガルヒを政権トップに据えるという流れがあり、すでにそうした動きが見て取れる」
オリガルヒはロシアの民営化が進行する中で急速に富を蓄積している大富裕層のことだ。
オリガルヒという言葉は以前からあったが、ここで使われているのは新興財閥で、ウクライナ戦争から距離を置ける人物であり、西側諸国と終戦に向けて交渉のできる者ということになる。
スティール氏によると、そうした要望に応えられる最有力候補は、ロシア連邦保安庁(FSB)のアレクサンドル・ボルトニコフ長官(71)だという。
プーチン氏と同じくKGBの元将校であり、側近としてプーチン氏に長年仕えてきた人物だ。
2008年に同庁の長官職に就いて以来、ボルトニコフ氏は絶大な権力を思う存分に使ってFSBを「懲罰の剣」に変えたといわれている。
英シンクタンク「ドシエセンター」によると、FSBはいまや「プーチン政権の頭脳であり心臓と呼ぶことができ、国家の中の国家といえる存在になった」という。
別の後継者候補としては、オリガルヒの中からイーゴリ・セチン氏という人物の名前も挙がっている。
同氏は現在、ロスネフチというロシア最大の石油会社の社長で、第2次プーチン内閣では副首相を務めたこともある。
またプーチン政権でロシア首相を務めたこともあるビクトル・ズプコフ氏(81)や、モスクワの南に位置するトゥーラ州の知事であるアレクセイ・ダイミン氏も後継者候補に挙がっている。
前出のMI6のムーア長官は7月、米政治メディア「ポリティコ」主催の講演で、プーチン氏の政治的な「寿命」がそれほど長くない理由として、プリゴジン氏のクーデターでの対応があまりにも脆弱だった点を挙げた。
プーチン氏はロシア内部の騒乱に適切に対処できていなかったというのだ。ムーア氏はこう述べる。
「プーチン政権は内輪揉めや不正、悲惨なほどの無能さに蝕まれている。これはプーチン氏が明らかに政治的プレッシャーに晒されていることを意味する」
「プーチン氏が統率する不安定な独裁政治がどうしようもなく衰退していることが露呈された」
筆者の知人のロシア人にこの点を尋ねると、次のように返事をしてきた。
「私を含めて、多くのロシア人は自国の兵士が隣国を武力で荒らしまくる様子をぞっとする思いで見ている」
「これは正直な思いだし、率直に述べればプーチン氏にはもうお引き取り願いたい」
ムーア氏はプリゴジン氏のクーデターが西側の諜報機関の協力があったという指摘には否定してみせた。
そして、ウクライナでの戦争を終わらせるために英諜報機関の力が本当に必要であると考えるロシア人がいたら、「門はいつでも開いているので参加してほしい」と呼びかけた。
そして流血に終焉をもたらせるために、英国と手を組むように促した。
ほとんどの戦争は何らかの交渉で終結するものである。和平への条件を決めるのは当事国であって、英米ではない。
ただ、ウクライナが強い立場で交渉するために、日本を含めた西側諸国が手を貸すことはできるはずだ。
ムーア氏は言う。
「誰もプーチン氏に屈辱を与えたいと思っているわけではない。ロシアという偉大な国家を貶めることもしたくない」
ムーア氏のこうしたコメントは諜報機関のトップとしては珍しく公的な呼びかけとして発信されている。
さらにムーア氏は、2024年3月のロシアでの次期大統領選挙で、プーチン氏が自ら退陣するというシナリオもあると予測する。
その時にプーチン氏が自ら後継者に道を譲る選択肢を選ぶのか、それともこれまで歩んできた道に固執するのか、いまは静観するしかない。
ただ、米ハーバード大学ケネディ行政大学院のカルダー・ウォルトン研究員は、ロシアが変わっていくことには否定的な見方をする。タイム誌に述べている。
「ロシアは独裁者の束縛から解き放たれ、西側諸国との関係を正常化し、民主主義の道を進むと考えたくなる。だがその考え方は間違っている」
「歴史が示唆するように、ロシアがそうなる見込みはほとんどない」
プーチン氏が去っても、ロシアという国家は強力な保安機関であるため、西側のような民主国家にはならないというのだ。
ロシアはこれからどういった道を歩むのだろうか。