5/31(日) 15:00配信 毎日新聞
◇黒川氏個人の資質問題へ「すり替え」ならず
時の政権による検察人事への政治介入が問題なのに、東京高等検察庁の黒川弘務検事長が賭けマージャンで辞職したことにより、焦点が黒川氏個人の資質問題にすり替えられてしまったのではないか。世論の認識はどのあたりにあるのかを探ろう。そう思って臨んだのが、社会調査研究センターと毎日新聞が5月23日に実施した全国世論調査だった。 結果として、焦点はすり替わってはいなかった。 安倍内閣の支持率は27%と、前回調査(5月6日)の40%から急落した。不支持率が前回の45%から64%に跳ね上がったのにも驚いた。 資質に欠ける人物が東京高検検事長をしていたというだけではここまで内閣支持率は下がらないだろう。多くの人が安倍内閣、特に安倍晋三首相の責任は重いと考えたことが内閣支持率を直撃した。
通常の世論調査は内閣支持率の質問を必ず最初に置く。政策課題などの質問を先に置くと、調査で取り上げたテーマの印象によって支持・不支持の回答が影響を受ける可能性があるからだ。 今回の調査では2問目で、黒川検事長の辞職をどう思うかを尋ねた。「当然だ」は33%にとどまり、「懲戒免職にすべきだ」が過半数の52%に達した。この結果だけでは、批判が黒川氏個人に向けられているのか、政権に向けられているのかが判然としない。
そこで3問目。「安倍内閣は黒川検事長の定年を今年の2月から延長していました。あなたは、安倍内閣の責任について、どう思いますか」と尋ねた。 検察を所管するのは森雅子法相だ。しかし、「法相に責任がある」との回答はわずか3%。「首相と法相の両方に責任がある」が半数近い47%を占め、「首相に責任がある」の28%と合わせると、75%が首相の責任を重く見ている。
黒川検事長の定年延長に対しては、首相官邸に近いとされる黒川氏を検事総長に就ける狙いがあるのではないかとの疑念が持たれていた。検察庁法では検事長の定年は63歳と定められていて、検察庁法が戦後に制定されて以降、ずっと厳格に運用されてきた。突然、法解釈を変更したと言って異例の定年延長に踏み切ったのが安倍内閣だ。
ただし、質問でそういった経緯に触れれば、定年延長手続きの問題を意識していなかった人の回答を誘導することになる。黒川氏の定年を延長した安倍内閣の責任という聞き方であれば、それが資質に欠ける人物を重用した責任なのか、脱法的に検察人事に介入した責任なのかは回答者の認識に委ねられる。
調査結果から言えるのは、少なくとも黒川氏の定年延長を主導したのは首相であり、法務省がそれに従ったと多くの人が見ているということだ。時には政治家の犯罪も捜査する検察組織のトップに、政権に都合の良い人物をゴリ押ししようとしていたのだとすれば、その狙いは何なのか。最長政権の終わりを見据えた「保身」のにおいをかぎ取った人も少なくないのかもしれない。
◇検察庁法改正案批判も支持率に影響
この問題では前回の調査後、「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグをつけたツイートが拡散し、著名人や芸能人からも政権批判が相次いで社会現象化した。 検察庁法改正案は、国家公務員の定年を65歳に引き上げる国家公務員法改正関連法案の一部として国会に提出された。だが、検察官の定年引き上げに加え、内閣や法相の判断で検察幹部の定年を延長できる規定が盛り込まれていた。 法務省が昨年秋にまとめた改正案にこの規定はなかったことから、黒川検事長の定年延長を後付けで正当化し、将来的にも検察幹部人事への政治介入に道をひらくものだとして批判の声が上がった。
だが、一見すると、少子高齢化時代の働き方改革として定年を引き上げる法案だ。国会で野党が求めていたのは検察幹部の定年延長規定の削除であって、法案自体に反対していたわけではない。こうした論点がどこまで一般に認識されているかも調査する必要があると私たちは考えた。
調査では「国家公務員の定年を65歳まで引き上げる法案について、政府・与党は今国会での成立を見送りました。あなたは、どう思いますか」とざっくり質問したうえで、選択肢を工夫した。 選択肢の一つ目は「政府が国会に提出した法案のまま成立させるべきだ」で、これを選んだのは12%だった。
二つ目は「検察幹部の定年延長規定を削除して成立させるべきだ」で回答は36%。黒川検事長の定年延長に絡む問題意識を持っている人はこれを選ぶだろうという想定だ。 三つ目は「国家公務員の定年引き上げに反対」で38%。この回答者には、そもそも政治家や公務員に反感を抱いている層が含まれるだろう。
選択肢の文言をかなり複雑にしたので、四つ目の「わからない」を選ぶ人が多くなるかとも思ったが、13%だった。 この結果の分析を複雑にしているのは、安倍首相が国家公務員の定年引き上げ自体を見直す考えを示したことだ。政府・与党として採決を強行する構えまで見せていたのに、黒川検事長の辞職が決まった途端の豹変(ひょうへん)には驚くほかない。論点を検察幹部の定年延長規定から公務員全体の定年引き上げにそらす狙いがあるのではないかとも感じる。
2番目と3番目の回答が拮抗(きっこう)したことの評価は難しい。はっきりしているのは、どちらの回答者も大半が政権に批判的なことだ。「定年延長規定を削除」と回答した人の内閣支持率は18%、不支持率は77%。「定年引き上げに反対」は支持率16%、不支持率73%だった。
ちなみに、黒川検事長の定年を延長した責任が首相にあると答えた層の内閣支持率は10%、首相と法相の両方にあると答えた層では14%だった。
◇「国民より保身」への不信感
今回の調査の大きなテーマはもちろん、新型コロナウイルス対策だ。緊急事態宣言の解除について「妥当だ」が53%を占める一方、「解除を急ぎすぎだ」との回答も31%あったことをどう考えるか。
緊急事態宣言が解除された地域で「経済活動の再開を優先すべきだ」は23%にとどまった。「感染対策を優先すべきだ」が42%、「どちらとも言えない」が33%だったことを考えても、感染への不安がなお根強いようだ。 新型コロナ問題で安倍政権への対応を「評価しない」は59%と過半数を占め、「評価する」は20%だった。評価しない層の内閣支持率はわずか5%、不支持率は90%に及ぶ。逆に評価する層の支持率は84%、不支持率は10%だ。
気になるのは「評価しない」が前回調査の48%から11ポイント増えた要因だ。人々がコロナ感染の不安におびえ、生活や仕事の苦境にあえいでいたこの間、安倍政権は黒川検事長の定年延長にこだわり、第2次補正予算案の編成より検察庁法改正案の成立を急いでいたように映る。
それが「国民より保身」と受け取られ、コロナ対応の政権評価を悪化させ、内閣支持率の急落につながったのではないか。コロナ対応と検察人事問題の相乗作用で政権への不信感が一気に高まったと言えそうだ。
◇新方式の調査3回、データは安定
内閣支持率が3割を割り込むことは調査前には想定していなかった。冒頭に書いたように、検察人事問題の焦点が黒川氏個人の資質問題にすり替えられたのではないかとも考えていたので、大きく下がっても30%台前半だろうという相場観だった。
新しい方式の調査は3回目だったので、予期しないデータの偏りが生じた恐れも考えたが、回答者の年代や居住地域、職業などの構成に変化は見られなかった。 自由記述の回答が可能な携帯調査では前回に続き「コロナ対応で最も評価している政治家」を挙げてもらい、上位5人は全く同じ。トップの吉村洋文大阪府知事を挙げた人の割合も33%で変わらなかった。
つまり、同じ方式で無作為抽出した調査において、明らかに内閣支持率が急落し、コロナ問題の政権対応評価が悪化した。そう結論づけるほかない。
ただし、新方式の特徴は検証を続けなければならない。コンピューターで無作為に組み合わせた数字に電話をかけるRDS方式を用いる点は従来の電話調査と変わらない。新方式は家庭の固定電話と個人の携帯電話に自動音声応答(オートコール)機能で電話をかける。固定の場合は自動音声の質問に答えてもらう。携帯の場合は、調査を承諾した人にショートメールで回答画面へのリンク情報を送る。固定調査では選択肢から回答を番号で選んでもらうが、携帯調査では回答画面で自由に文章を入力してもらう設問も可能だ。
知らない相手先からかかってきた電話に出て調査に応じる人、つまり「答えたい人」の声を集めて世論調査と言えるのかという批判があることは理解している。ただ、その問題点は従来の電話調査にも共通する。調査員が対象者を電話で説得する従来方式の方が「答えたがらない人」の声も集められるとの見方もあるが、自動音声の方が特殊詐欺の危険が少なく、回答しやすい側面もある。一概にオートコールの方が回答が偏るとは言えない。
携帯調査の場合、オートコールで調査を承諾し、送られてきたショートメールのリンクから回答画面にアクセスするという2段階の手間を要する。迷惑メールが氾濫する現状で回答画面までたどり着いてもらうハードルは低くはない。一方、音声通話よりSNSのやり取りに慣れた30代以下にはそうでもないかもしれない。
◇ショートメール調査に「先取り」傾向?
埼玉大学と調査会社「グリーン・シップ」が2年前から重ねてきたショートメール調査の実験では、報道各社の調査より内閣支持率の増減を先取りする傾向が見られた。見方を変えれば、ショートメール調査に積極的に応じる層は政治や社会問題に対する関心が高く、日本社会の政治意識の変化に敏感な人が多いのかもしれない。
そもそも従来方式の電話調査においても、調査に応じる層は選挙で投票に行く層と重なるのではないかという仮説が調査の正当性を支えてきた面もある。 今回の調査結果を調査方法別に見ても、内閣支持率は携帯27%・固定26%、不支持率も携帯66%・固定61%と傾向は変わらない。違いが目立つのは政党支持率くらいで、以下に上位5党の支持率を紹介する(カッコ内は前回調査)。
▽自民党
<全体>25%(30%)<携帯>24%(30%)<固定>25%(31%)
▽立憲民主党
<全体>12%(9%)<携帯>8%(4%)<固定>15%(13%)
▽日本維新の会 <全体>11%(11%)<携帯>13%(12%)<固定>9%(9%)
▽共産党 <全体>7%(5%)<携帯>4%(3%)<固定>9%(7%)
▽公明党 <全体>4%(5%)<携帯>3%(3%)<固定>4%(6%)
▽支持政党なし<全体>36%(33%)<携帯>43%(39%)<固定>30%(28%)
自民党は携帯・固定で変わらないのに対し、立憲民主党は固定で高く、日本維新の会は携帯で高い。立憲民主の支持層は60代以上の高齢層が多く、維新支持層では40、50代が多いことが反映されている。支持政党なしの無党派層は40~60代が6割以上を占める中で携帯の数値が大きくなっている。
この結果は、携帯と固定の回答を合わせた全体として年代バランスの取れたデータが得られていることを意味する。前回調査と傾向が変わらないことも調査の安定性を裏付けており、その中で自民党支持率の低落傾向が示された。
回答者の男女比では携帯で男性が、固定で女性が多くなる傾向がある。これまでの調査で性別や年代の構成を国勢調査に合わせる形で数値を補正する検証も行っているが、結果はほとんど変わらなかったことから、社会調査研究センターとしてはあえて補正は加えず、単純に合算して集計したデータを発表している。今後もさまざまな検証を重ねながら、同じ方式で調査を続けていくことが重要だと考えている。【世論調査室長・平田崇浩】