「今すぐ沖縄に行きたいです」
そんなLINEが赤木雅子さん(50)から届いた。財務省公文書改ざん事件で夫を亡くし、国などに裁判を起こした原告。その人がなぜ、事件と関係のない沖縄をめざすのか?
◇ ◇ ◇
沖縄タイムスが「赤木ファイル」の開示を求める社説を掲載
雅子さんの夫、赤木俊夫さんは、上司にさせられた改ざんの詳細を職場で記録に残していた。「赤木ファイル」と呼ばれるその記録の開示を裁判で求めると、国は人名などを黒塗りにしてから出すと通告してきた。それでは誰がどう改ざんを指示したのかわからない。
これに対し「国は疑念に応えるため、すべてを開示するべきだ」と求める社説を、沖縄県の地元紙、沖縄タイムスが掲載した。
「遠い沖縄でも関心を持ってくれた」
これをきっかけに雅子さんは5月、生まれて初めて沖縄を訪問。新聞社を訪れ感謝を伝えた。その際「せっかく来たのなら」と、沖縄タイムスの阿部岳記者の紹介でお会いしたのが、戦争の遺骨収集をボランティアで続けている具志堅隆松さん(67)だった。
「不条理のそばを黙って通り過ぎるわけにはいかない」
沖縄戦で犠牲になった住民。日本軍や米軍の軍人。激戦地だった本島南部のいたるところに遺骨は埋まっている。いくら収集しても終わりはない。ところが国はこの地域の土砂を、辺野古の米軍基地建設の埋め立てに使おうとしている。戦死者の遺骨を、敵だった米軍の基地のために埋め立てるとは、本来なら保守派や右翼・愛国者が真っ先に怒りの声をあげるべきところだろう。しかし実際に声をあげたのは具志堅さんだった。「遺骨の混じった土砂を埋め立てに使うのは人道上許されない」と訴えたが、国からはまったく誠意ある返事が返ってこない。
雅子さんも、夫の死を招いた改ざんの真相を知りたいと訴えているが、国から誠意ある答えはない。立場が同じだと感じる。だからこそ具志堅さんに尋ねた。それでもくじけず、国に訴え続けるのはなぜなのか?
「……不条理のそばを黙って通り過ぎるわけにはいかないからです」
簡潔だが真理を突いた答え。「自分もくじけずに訴え続けよう」と誓ったのが、ひと月前のことだった。この模様は、沖縄に始まった赤木雅子さんの全国行脚を描く6月24日発売の週刊文春の記事「赤木死すとも自由は死せず 『赤木ファイル』雅子さんを励ます地方紙の声」に詳しく記している。
ハンストで埋め立てに抗議
それからひと月、具志堅さんがハンスト=ハンガーストライキに乗り出した。6月23日は沖縄戦で組織だった戦闘が終わった沖縄慰霊の日。その日まで5日間ハンストを続け、遺骨を含む土砂を使う埋め立てに抗議する。
雅子さんはこれを開始当日の19日にネットのニュースで知った。それが冒頭の「今すぐ行きたい」というLINEになる。23日に雅子さん自身の裁判を控えタイトな日程ではあったが、私は答えた。
「行きましょうよ。きっと喜んでもらえますよ」
出発前にPCR検査を受けた上で、日帰りで沖縄を訪れることになった。
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「今度は私が応援したいと思って飛んできました」
6月21日午後2時、沖縄戦の犠牲者を悼む本島南部の平和祈念公園。23日に追悼式典が開かれるこの場所で、具志堅さんはハンストを続けている。その日、朝の便で沖縄に着いた雅子さんは、そっと近づき声をかけた。
「具志堅さん、赤木雅子です。ひと月前にお会いしました。遺骨収集の様子を見せて頂いた……」
「えっ、いやあ~いらしたんですか?」
「あの時はありがとうございました。すごく励ましてもらって。今度は私が応援したいと思って飛んできました」
具志堅さんは、改ざんで死に追い込まれた赤木俊夫さんを、沖縄戦の犠牲者に重ね合わせた。
「国の不条理を背負わされて、つぶされてしまったと思うんですよ。こういう不条理のそばを黙って通り過ぎる訳にはいかない。二度とこういうことを起こしてはいけない、ということが生かされない。沖縄戦の犠牲者も同じです」
「はっきり間違っていると言い切れることはそうそうありません。でも戦争で亡くなった人の遺骨を埋め立てに使うというのは、はっきり間違っているんです」
「一体何度殺したら気が済むんだろう」
ハンスト会場には、遺骨入りの土砂による埋め立てについて「戦没者を二度殺すようなもの」と書かれていた。これに雅子さんは目をとめた。
「夫の作った赤木ファイルを黒塗りして出すのも、夫を二度殺すようなものです。沖縄の遺骨もそうだと思いますが、一体何度殺したら気が済むんだろうと思います」
それに具志堅さんも「国は間違っていたということを示すために、黒塗りなしで書類を出すべきです」と共感を示した。
ハンストはこの日で3日目。雅子さんは体調を気遣った。
「ニュースで見て駆けつけたんですけど、お元気そうでよかったです」
「から元気ですよ」
「そうですよね。お腹も空っぽですよね」
「国会議員が来てくれるより力が出ます」
具志堅さんは、ハンストが終わったら沖縄料理の「フーチャンプルー」を食べますと、にっこり笑った。そして感謝の思いを伝えた。
「激励に来てくれたとわかって『人間生きてるといいことあるな』と感じましたよ。国会議員が来てくれるより力が出ます」
その言葉に逆に力をもらった雅子さん。
「やっぱ来てよかったわ」
滞在わずか8時間の弾丸ツアーで駆けつけた甲斐があった。
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国を相手にした二人の闘いが迎える大きな節目
あす6月23日の裁判本番を前にしたきょう22日、雅子さんの代理人弁護士に国からの書面が届いた。期待と不安に胸を高鳴らせながら封筒を開くと、518ページに及ぶ大部な書類の束が出てきた。これが赤木ファイルだ。
雅子さんの目は真っ先に書類に書き込まれている手書きの文字に吸い込まれた。趣味の書道のくせがあらわれる崩し字。私にしか読めない。
「これ、夫の字です。すぐにわかります」
改ざんを指示するメールの差出人はほとんど黒塗りにされている。それでも多くの新事実が含まれている。最大の新事実は、首相の妻だった安倍昭恵さんの名前を含む部分を示し「削除した方が良い」とはっきり指示している本省からのメール。受取人の一人だった俊夫さんが、この改ざんを実施させられたとみられる。ほかにも麻生財務大臣、安倍晋三首相(当時)の名前が記された部分も「修正の必要がある」とされている。
夫を死に追いやった改ざんの真相を知りたい赤木雅子さん。戦没者への冒とくとなる遺骨の埋め立てを食い止めたい具志堅隆松さん。国を相手にした二人の闘いは、ともにあす23日、大きな節目を迎える。
写真=相澤冬樹
(相澤 冬樹)