トランプ大統領の「永久垢バン」問題。日本メディアとトランプ支持者に曲解されたメルケル発言
これまで4人の死者を出し、アメリカはもとより世界中を震撼させた米連邦議会襲撃事件。同事件で襲撃を教唆したとしてトランプ大統領のツイッターアカウントが永久停止されたこと受けて、ドイツのメルケル首相の発言が注目を浴びている。
ツイッターが「垢バン」に踏み切った理由とは
表現の自由の侵害か、暴力賛美のポリシー違反か……。アカウント停止に踏み切った理由として、ツイッター社は次のような声明を発表した。(参照:Twitter Inc.) (以下引用) @realDonaldTrumpの永久停止について アカウント、@realDonaldTrumpからの昨今のツイートとその周辺の状況(具体的には、それらがツイッター内外でどのように受け取られ、解釈されているか)を精査した結果、さらなる暴力行為の扇動の危険性があるため、アカウントを永久に停止することにしました。
今週、恐ろしい出来事が起きたことを受け、私たちは水曜日にツイッターのルールへのさらなる違反は、このような行動に帰結するとハッキリ述べました。私たちの公益の枠組みは、選挙で選ばれた役人や世界の指導者から直接話を聞くことができるようにするために存在しています。これ(ツイッター)は人々がアカウントに対して、公の場で支配権を持つ権利があるという原則のうえに成り立っています。 しかし、私たちは、これらのアカウントが完全に私たちのルールを超越しているわけではなく、暴力を扇動するためなどにツイッターを使用することはできないと何年も前から明らかにしてきました。私たちは、私たちのポリシーとその実施について透明性を保ち続けます。
以下は、当該ケースにおける当社のポリシー施行についての包括的な分析です。
<概要> 2021年1月8日、ドナルド・J・トランプ大統領はこのようにツイートしました:
”私に、そしてアメリカ・ファースト、メイク・アメリカ・グレート・アゲインに投票してくれた7500万人の偉大なアメリカの愛国者たちは、未来永劫、大きな声を持つことになるだろう。彼らはどんな形であれ、見下されたり、不当に扱われたりすることはないだろう!”
その後まもなく、大統領はこのようにツイートしました:
”お尋ねの皆様へ、1月20日の就任式には出席しません”
米国内で緊張が続き、2021年1月6日に連邦議事堂を暴力的に襲撃した人々に関する世界的な話題が急増していることから、この2つのツイートは、国内のより広範な出来事や、大統領の声明が暴力を扇動することを含め、さまざまな聴衆の動員を引き起こす可能性があること、およびここ数週間の当該アカウントの行動パターンの文脈を踏まえたうえで読まれなければなりません。
これらのツイートに含まれる文言を当社の「暴力の賛美」ポリシーに照らし合わせて評価した結果、これらのツイートは「暴力の賛美」ポリシーに違反しており、ユーザー@realDonaldTrumpは直ちにサービスから永久停止されるべきだと判断しました。
就任式欠席がさらなる暴力の引き金に
<評価> 当社は上記2つのツイートを、他者に暴力行為の模倣を促すことや、暴力の賛美を防止することを目的とした「暴力の賛美」ポリシーに基づいて評価し、2021年1月6日に米国の連邦議事堂で行われた犯罪行為の模倣を人々に奨励して、鼓舞する可能性が高いと判断しました。
この判断は、以下のようないくつかの要因に基づいています:
・就任式に出席しないというトランプ大統領の声明は、多くの支持者に選挙が正当なものではなかったことを追認するものとして受け入れられており、以前表明された、1月20日には「秩序ある政権移行」が行われるとするダン・スカビーノ大統領次席補佐官の2つのツイートを否定していると見られています。
・2つ目のツイートは、彼(トランプ大統領)が参加しないことで、就任式が「安全な」ターゲットになるだろうという、暴力行為を考えている人たちへの鼓舞になりかねません。
・彼(トランプ大統領)の支持者の一部を表現する「アメリカの愛国者」という言葉の使い方も、米国の連邦議事堂で暴力行為を行う者を支持していると解釈されています。
・彼(トランプ大統領)の支持者が「未来永劫、大きな声」を持っており、「彼らはどんな形であれ、見下されたり、不当に扱われたりすることはないだろう!」という言及は、トランプ大統領が「秩序ある移行」の促進を計画しておらず、代わりに彼が選挙に勝ったと信じている人々を支持し、力を与え、保護し続けることを計画していると解釈されています。
・2021年1月17日の米国連邦議事堂や州議事堂への二次攻撃が提案されるなど、今後の武装抗議行動の計画はすでにツイッター内外で拡散され始めています。
このように我々の判断では、上記2つのツイートは2021年1月6日に行われた暴力行為を模倣するように他者を鼓舞する可能性が高く、また、そのような行為を促すものとして受け取られ、理解されているという複数の指標があると考えています。 (引用終了)
「垢バン」そのものには反対せず
さて、話を冒頭に戻すと、トランプ大統領のアカウントの永久停止措置を受け、ドイツのメルケル首相が声明を発表した。このニュースについて、日本国内のメディアは次のような見出しを掲げている。(参照:時事通信、日本経済新聞、テレビ朝日、Newsweek Japan)
「米ツイッターにメルケル首相苦言」(時事通信)
「メルケル独首相、Twitterを批判 意見表明の自由重要」(日本経済新聞)
「トランプ氏のアカウント停止 『問題』と独首相懸念」(テレビ朝日)
「独メルケル、ツイッターのトランプアカウント停止を問題視」(Newsweekjapan)
この見出しだけ見ると、「ツイッターアカウントを永久停止するのは表現の自由の観点から見て、行き過ぎだ」とメルケル首相がツイッター社の判断におかんむり……という印象を受ける人がほとんどではないだろうか。
しかし、実際にメルケル首相の発言を見てみると、その印象はだいぶ変わってくる。(参照:Bloomberg)
「ドイツのメルケル首相は月曜日に、表現の自由に関するルールは私企業ではなく法律家が定めるものであるべきだと、(ツイッター社の)判断に反対した。
『首相は、選挙で選ばれた大統領のアカウントが完全に停止されることを問題視しています』。ベルリンの定期会見で彼女のスポークスマン、シュテッフェン・ザイバートはこう述べた。表現の自由の権利などは『干渉することもできますが、企業の判断ではなく、法と立法府によって定められた枠組みによるべきです』」
リテラシーを麻痺させるメディアの「味つけ」
まず、発言はメルケル首相本人によるものではなく、スポークスマンを通したものであるのもポイントだ。この時点で、同メッセージの重要性がそこまで高くないことがうかがい知れる。
そして、こちらがもっとも重要なのだが、メルケル首相はアカウントの永久停止そのものについては反対していない。というか、「干渉できる」と明言しているのだ。
彼女が「苦言を呈している」のは結果ではなく、過程であることを理解しなければ、このニュースは「メルケルのトランプ擁護」にも見えてしまうし、「表現の自由を盾にしたヘイトの野放し」にもつながりかねない。 というか、「法と立法府によって定められた枠組み」の部分を見過ごせば、「政府による言論弾圧の肯定」にも曲解することができる。
「良薬は口に苦し」とはよく言われるが、「噛み砕いた」ニュース報道に慣れきった読者・視聴者は、こうした細部にまで目を配って自ら情報を咀嚼する能力が低下しているように思えてならない。もちろん、ニュースの「美味しいところ」だけをピックアップし、好みの「味つけ」をして、読者・視聴者の口元までスプーンを運ぶメディアも同罪だ。
何より皮肉なのは、こうした議会襲撃につながったフェイクニュースの乱発、ファクトチェック機能やメディアリテラシーの低下が終わるどころか、加速している点だ。2021年に生きる我々はコロナウイルスだけではなく、こうした問題にも立ち向かっていく必要がありそうだ。
<取材・文・訳/林 泰人> 【林泰人】 ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン