筆者は、少し早い夏休みで、6月からニューヨークに来ている。
大袈裟かもしれないが、今回の旅に出ることは、筆者にとっては、清水の舞台から飛び降りるような決断だった。
なぜかと言うと、とにかく全てが「高い」からである。
ニューヨークまでは、飛行時間が短い行きの便でも東京から12時間以上かかる。エコノミークラスは体にこたえるので、ビジネスクラスを使うことにしたが、コロナ前には50万円しなかったJALやANAの便が、今では1人100万円前後かかる。
妻と2人で200万円。
少しマシなホテルに泊まると1泊5万円くらいはかかるので、Airbnbで探したら、キッチン付きでツーベッドの広い部屋が1泊1万5000円という安宿を見つけた。マンハッタンからハドソン川を隔てたジャージーシティにある。少し不便だがやむを得ない。それでも1カ月滞在すると50万円。
旅費・宿泊費だけで250万円の計算だ。
さらに、ここから先は皆さんご存じのとおり、飲食費がとにかく高い。ラーメン3000円などというニュースに慣れていたので、驚きはしないが、日本で外食するのに比べて、感覚的には全てが約3倍という感じだ。歩いていて喉が渇いたと思って水を買うと300円から500円。
最初のうちは、頭の中ですぐに円換算してしまうので、何も買う気が起こらず、食欲も失せてしまう。仕方なく、宿のキッチンでテイクアウトした惣菜に少し手を加えて夕食という日が続いた。
2018年、19年に来たときは、1ドル110円程度で、それでも高いと感じたが、今回のように絶望的な高さではなかった。わずか5年で1ドル160円にまで円の価値が落ちた日本の惨状を痛感させられる毎日である。
海外が高いと痛感しているのはもちろん私だけではない。
■米はタワマン住まいが「標準タイプ」
今年の夏は、日本からの海外旅行客はかなり増えるが、コロナ前の水準には届かない見通しだという。しかも、欧米などへの旅行者はコロナ前に比べて大幅に減っている。円安と実質賃金低下で、海外旅行、とりわけ欧米への旅行は夢の夢という人が増えているのだ。
ニューヨークのお隣ジャージーシティを歩いていると、昼間からジョギングをしている人が多い。見ていると、彼らは30階から50階以上あるようなタワーマンションに吸い込まれて行く。この10年くらいの間にタワマンが次々に建てられたようだ。ちょうど、東京の豊洲や川崎市の武蔵小杉のようなものかもしれない。
筆者は、近くのタワマンに住む知人の部屋を訪れる機会があった。3階分はあると思われるガラス張りの吹き抜けのあるタワマンのエントランスを入ると、コンシェルジュがいて、にこやかに挨拶をしてくれる。そこでは、宅配ロッカーに入らない大きな宅配便の荷物などを預かったり、よろず相談係をしてくれたりする。
タワマンの8階には、とにかく巨大な共用スペースがあり、屋外にバーベキュースペース、プールやプレイグラウンドがあり、泳いだり、ガーデン用のソファに寝そべったりしている住民がいる。屋内には、設備の整ったスポーツジム、パーティーや大きな会議に使えるラウンジが三つほどあり、個室も含めたコワーキングスペース、プレイルーム、ビリヤードやゲーム台なども揃っている。もちろん、住人は無料で使える。1階には幼稚園やカフェもある。
知人の部屋は、120平方メートルで家賃は約80万円。リーズナブルだと言っていた。小さな子供を車で5分ほどの幼稚園に預けているが、7時半から18時までの延長保育を頼むと月謝は50万円ほど。2人目の子供が生まれたので、4カ月目からまた幼稚園に入れるそうだ。家賃と幼稚園代だけで年間2000万円以上の固定費がかかる。さらにお手伝いさんも雇うというから大変な出費だ。それでも生活できるのだから、「貧しい」日本人から見ると大したものである。
■損をしている日本の労働者
現地のテレビ放送によれば、最近は、こうした公共の施設を備えたタワマンが増えていて、徐々に「標準タイプ」になりつつあるという。知人のタワマンも標準ということなのか。大規模な図書館が設けられているところも増えているそうだ。
中流の中でもやや上のクラスが住むところという感じだろうか。その多くは夫婦ともにマンハッタンで働いている人が多いようだ。
テレビの言葉では、このようなマンションに住むことを「Affordable Luxuries」と表現していた。贅沢ではあるが、お手頃あるいは手が届かないものではないというニュアンスだ。
「高い」という話ばかりしたが、それにはもちろん理由がある。
それは、日本の労働者が、世界の中で見たときにいかに虐げられ、損をしているかを端的に示す話だからだ。
円安は単なる日米金利差のせいによるものではなく、構造的な日本経済の凋落を反映したものだという指摘が最近になってようやく広く理解されるようになってきた。
それを一番痛感できるのが海外旅行に出た日本人だ。留学したり、留学を諦めたりした人たちも同じだろう。
さらに最近は、インバウンドの外国人観光客が、数千円の串焼きの肉を「安い」と言って食べ歩く姿を見たり、外国人と日本人向けに二重価格制を取る店が出てきたりということで、国内にいても、日本人は「貧乏なんだ」と思い知らされることが普通になってきた。
一方で、政府・日銀は、これだけインフレが続いて市民が生活苦に陥ってもなお円安是正には動かない。それどころか、政府日銀が、とにかく企業が値上げをすることが良いことだという雰囲気を作り、それに乗せられて、企業は一斉に値上げに動く。今までと同じものなのに、なぜか値段が上がって当たり前だということになってきた。
■「好景気」のはずなのに悪くなる市民生活
企業業績が良くなったというが、輸出企業などが円安効果で直接的に潤っている他に、今では、「値上げ」で大幅増益という企業が続出している。もちろん、原材料高や人件費増分以上に値上げするから大増益になっているわけだ。
その結果、33年ぶりの高い賃上げ率などと騒がれた春闘を経てもなお、実質賃金は26カ月連続マイナスで市民の購買力は低下を続ける。実質消費支出もマイナス基調が続き、市民が以前よりも少額しか消費できないことを示している。
史上最高の企業利益、33年ぶりの賃金上昇率、バブル後最高値更新を続ける株価、地方を含めた地価の大幅上昇という「好景気」の中で、どうして市民生活だけは悪くなるのか。多くの人々は、肌感覚でそれを理不尽だと感じるようになってきた。そして、その原因が、日本の経済の仕組みやそれを形成してきた政治の構造にあるのではないかと疑っている。
もちろん、それは自民党政権への批判につながっているのだが、この理不尽さを正してくれるのが立憲民主党なのかというと、これまた、否定的な人が多い。自民の支持率がこれほど下がっているのに立憲の支持率はそれほど上がらない現象がずっと続いているのはその証である。
立憲は、前述の「理不尽さ」を正すための政策として、分配政策に重点を置くが、そのことが逆に分配の利益を享受する取り残された人々さえ不安に陥れる効果を持つことに気づいていない。分配すれば経済が良くなると言われても、立憲や共産党のコアな支持者以外はほとんどこれを信じない。そんな安易な政策を掲げることの方が胡散臭いと思っているのだ。
だから、裏金批判をして若者支援などの分配政策ばかりを強調した蓮舫前参議院議員は都知事選で大敗した。旧民主党の幹部であった蓮舫氏を旧民主党転落のA級戦犯である野田佳彦元首相を前面に出して戦ったのも驚くべき戦略ミスだ。
■沈没する日本経済を救うのは誰なのか
今年に入り、一般市民の多くがNISAを使って投資を始めた。株式などに投資する層は急増している。そうした普通の人々は、立憲の議員が経済の最先端の話をする姿を見たことがない。立憲のイメージの中にAIや先端半導体の話は全く入ってこない。
私は、立憲の議員とも自民の議員ともよく話をするが、残念ながら、自民議員と最先端半導体の世界の動向について議論することはあっても立憲議員がその話題について雄弁に語る姿を見たことがない。一般人のイメージも私のそれと大差ないだろう。
政府の「貯蓄から投資へ」の掛け声は、働いて裕福になるのは難しいから投資をして裕福になろうという国民への呼びかけだと人々は理解している。老後に備えるためには、自分の力で投資して稼ぐしかないと考える層が急速に拡大しているのだ。
自民の議員たちは、彼ら彼女らに「立憲政権ができたら株が暴落する」と囁き続ける。しかし、立憲の政策を見る限り、それを打ち消すようなメッセージはない。結局、経済のためには自民しかないということになるのだ。
9月には自民の総裁選と立憲の代表選が行われる。自民には、既得権層を守る政策を止めることはできない。したがって、総裁選で誰が勝っても、日本の沈没を招いた政策の抜本的変革は期待できず、日本復活につながることはないはずだ。
だからこそ、立憲にはチャンスがある。
立憲代表選では、政策論の前に、まず、野田佳彦元首相や、(本稿を執筆後に出馬の意向を表明した)枝野幸男元官房長官などの古き民主党のA級戦犯たちが、引き続き偉そうな顔をして立候補することは絶対にあってはならない。そんなことになれば、誰も相手にしてくれなくなるのは必至だ。
■経済政策をわかりやすく熱く議論できる若手議員が必要
ではどうするのかと言えば、これまで名前を知られていないが、経済にも詳しく、旧民主党とは縁のないバリバリの実力のある若手が名乗りをあげ、経済復興策を熱く語るような論戦を展開すればよい。
できれば、明日からでも、そういう議員がSNSなどで、新しい立憲の経済政策についてわかりやすく、専門家を交えて議論する動画などを拡散してほしい。
日本復活との関係では、例えば、1ドル160円まで進んだ円安やそれを背景とした欧米への日本人旅行客の減少は諸外国との比較の中での日本沈没のわかりやすい証拠である。
そこで、立憲が政権を取ったら、日本人が外国に行っても惨めな思いなどせず、また、留学を諦める学生も大幅に減らすようにしますという目標を掲げたらどうか。「欧米への旅行客の数」がコロナ前の水準を超えるところまで戻すというのも良い。
1ドル100円でも十分に儲けられる産業を育成するというのもわかりやすい目標だ。
そんな議論ができる若手議員がいるのか?
今は名前をあげないが、少なくとも、野田氏や枝野氏や蓮舫氏より何倍もその能力が高い人がいるのを私は知っている。日本に帰ったら、そういう議員に決起するようお願いしてみたい。