日本で最初に桜の咲くのは沖縄の寒緋桜が有名ですが、さてその次に控えしは、九州か四国かと思っていましたが,四国は土佐の高知,須崎市吾
桑(あそう)の桑田山(そうだやま)に咲く、その名も『雪割り桜』があることを知りました。
須崎市の情報によると,2月の中旬から3月の中旬に,濃い桃色の美しい花をつける雪割り桜。
正式には『ツバキカンザクラ(椿寒桜)』と言うとのことですが,2月のまだ雪のある頃から咲くことから、雪割り桜と地元の人々に親しまれて
いるという。
桑田山の雪割り桜はシナミザクラ(支那実桜・実は食用になる)とカンザクラの交配種らしく、70年ほど前に松山市から分けてもらい台木に接ぎ
木したと言われているという。
*
桑田山全体に1,000本近くの雪割り桜があり、今年は2月の末に見頃を迎えたとのことで,その名に魅かれて出掛けることにしました。
また、土佐は牧野富太郎博士の出身地であり、博士がこよなく愛されたという『シコクバイカオウレン』も、群生地から『牧野植物園』に移植し
たのを見られそうだとのことでスケジュールに組み込みました。
*
須崎市(すさきし) 人口 : 23,904人、面積 : 135.46?
高知県の中部に位置し、太平洋に面する市。
市内を流れる新荘川にはニホンカワウソが生息している痕跡が近年まで報告されており、「須崎市ニホンカワウソ保護基金条例」を制定し市を挙 げてニホンカワウソの住める環境整備に取り組んでいるという。
*
羽田から高知へ飛び,高知からJR土讃線の普通列車で無人駅の吾桑へ。
ホームには雪割り桜の開花状況の掲示板がありましたが,記入されておらず,何とも気掛かりでした。
*



*
無人の駅舎を出て右手の桑田山を望むと、中腹付近のピンクが折からの春の日差しを浴びているのが目に入り,ホッとする。
現地まで約2kmある登り坂はとても歩く気になれず、タクシーを依頼する。
その路もようやく平成22年に開通したとのことですが,1車線なので車の擦れ違いはできない。幸い今日は平日とて車が少なかったが,それで
もすれ違いに度々待機させられました。
*
現地に着くと,段々畑に植えられた桜はまさに満
開。
濃いピンクで花びらが八重なので見応えがある。
山の斜面にあるので、立体的に見られるのも一
段と華やかさに溢れている。
*

テント張りの地元の売店が売り,そこで手作りの
桜餅や手巻き寿司を求め,見晴しの良い場所にあ
るベンチを利用して昼食とする。
近くにおられた方と言葉を交わすと、高知市内か
らハイキングがてら見物に来られたとのこと。
見物客も幼稚園の遠足以外はそれほど多くはなく,
静かな雰囲気でじっくりとお花見をすることがで
きました。
気が付くとベンチの脇に『シロバナタンポポ』が
" 私もいますよと " ひっそりと咲いていました。
*



*
食事をしながら花を愛でた後、しばし雪割り桜の下を歩きながら、その花の色に酔い痴れることにしました。
*


*

かくして満開の雪割り桜を充分に堪能して桑田山
を下り、吾桑駅へと戻りました。
この後は高知へ戻る途中、牧野博士の出身地であ
る佐川町に立寄ることにしました。
この佐川町には牧野博士がこよなく愛したという
『シコクバイカオウレン』が群生する場所がある
とのことでしたが、花の最盛期が2月半ばとのこ
となので、まだ見ることができるかと心配でした。
*


佐川町 人口 : 13?898人、 世帯数: 6?223戸、
2013年3月1日現在
高知県の中西部、仁淀川の支流である柳瀬川沿い
に開けた盆地の町。
佐川町上町地区は、江戸時代領主である深尾家
(土佐筆頭家老)の城下町で、主に商人が居を
構えた町でした。
その佇まいは、現在にも受け継がれ、伝統的な商家住宅や酒蔵などが街並みを形成しています。
平成20年度には歴史的風致維持向上計画の重点区域に認定されました。
佐川町には、藩政時代からの伝統ある造り酒屋があります。
高知を代表する蔵元が醸造する地酒(司牡丹)は広く全国で愛飲され、町の中央にある酒蔵は、落ちついた情緒を醸し出し、文教の町のイメージ
を引き立てています。 【佐川町資料による】
*
駅を出て直ぐ右に曲がると間もなく『佐川町鳥瞰図』があり、その先にある『酒蔵の道』の両側に伝統的な商家住宅や酒蔵などがあり、時代を遡
った世界に入ったような気分にさせられます。
*


『青山(せいざん)文庫』 は、幕末志士から宮内
大臣となった田中光顕が収集した志士の墨書や史
書を所蔵する。その他,領主深尾氏の具足,坂本
龍馬の手紙,「セルボーンの博物誌」訳者西谷退
三の蔵書などがあるとのことです。
【佐川町資料による】
*



*
上記画像の左は國重要文化財の竹村家住宅で、幕府の巡見使を迎えた高い格式の住宅。和紙張り仕上の貼り付け壁付書院の花頭窓は土佐でしか見
られない特有の様式とのこと。
真ん中は國登録文化財の旧竹村呉服店、現在は書家・北古味可楽のアトリエ兼ギャラリーになっている右は淡麗辛口の土佐酒を代表する銘柄、司
牡丹酒造の建物で,江戸期から現代に至るまで様々な時期の蔵が立ち並んでおり,その歴史を伺わせている。
*
目的の『シコクバイカオウレン』は、その先の金峰神社の境内に見られるとのことだが、何と急な165段ある階段を登ることになる。その階段を
少し登ると、その両側に点々と白い小さな花が目に付くようになる。ただし最盛期は過ぎたようでまともな花が中々見付からない。どうにか見付
けた花が画像のものだ。牧野博士は生地の近くにあるこの神社の境内で花を見て,植物に興味を持ったのだろうか。
*

シコクバイカオウレン
(四国梅花黄蓮)キンポウゲ科、オウレン属
早春2月、湿り気のある薄暗い木陰でよく見られ
る草丈5~15cmの多年草。四国に産するものは
バイカオウレンの変種シコクバイカオウレンに分
類される。花の形がウメに似ており,黄色いヒゲ
根を出すことからこの名が付けられた。白い花び
らに見える部分はガクが変化したもの。
【土佐の植物図鑑より】
*


どうにか目的の花を見られたので、感謝の気持を
含めて神社に拝礼して,急な階段を降りて駅へ戻
る。
この往復にすっかり汗を絞られる。ジャンバーは
お荷物になってしまった。
*
牧野富太郎博士 1862年-1957年 植物学者。
造り酒屋の一人息子として西町に生まれ、名教館で学ぶ。
明治14年(1881)家業の造り酒屋を処分し上京。以後植物分類学に人生を捧げる。
明治21年(1888)「大日本植物志図編」を自費出版、同22年には日本人として初めて新種発見の植物「ヤマトグサ」を発表する。
「-志図編」を第11集まで出版するなど貧困窮乏に耐えながら独力で「植物学の父」と呼ばれるほどの権威となった。
博士が採集した標本は60余万点、命名発表した新種は1,000種を越える。
町花・町木の「サカワサイシン」「稚木の桜」も博士の命名によるもの。
佐川町名誉町民(昭和30年)。 【佐川町資料による】
*
サカワサイシン 佐川細辛、ウマノスズクサ科、属名 : カンアオイ 学名 : Asarum sakawanum
四国の高知県を中心に徳島県、愛媛県に分布、低山の林の中に育つ多年草で大きさ・高さ5~10cm。
花の開花時期は4~6月で、特徴花径は3~4cmくらいあり大きいが、あまり開かず花筒がくびれる。
萼裂片の内側は暗い紫色で、縁は白ないし淡い黄色の縁取りがある葉の特徴葉は心形で分厚く、白斑模様が入るも
のもある。 葉の表面の葉脈の上や縁には短い毛が生える。
和名の由来は、高知県の佐川で発見されたことからきている。 発見者は牧野富太郎博士である。
【みんなの花図鑑より】
*
第1日の予定はこれで終わり、宿泊場所の高知は『ホテル日航高知旭ロイヤル』へ。
夕食は、地上100mの展望スカイレストランで、のんびり夜景を眺めながら土佐名物の鰹のタタキを中心に戴く。
部厚く大きい切り身が何とも豪快だ。その他小鯛の煮付けなどと最後に茶そばで満足。
*


桑(あそう)の桑田山(そうだやま)に咲く、その名も『雪割り桜』があることを知りました。
須崎市の情報によると,2月の中旬から3月の中旬に,濃い桃色の美しい花をつける雪割り桜。
正式には『ツバキカンザクラ(椿寒桜)』と言うとのことですが,2月のまだ雪のある頃から咲くことから、雪割り桜と地元の人々に親しまれて
いるという。
桑田山の雪割り桜はシナミザクラ(支那実桜・実は食用になる)とカンザクラの交配種らしく、70年ほど前に松山市から分けてもらい台木に接ぎ
木したと言われているという。
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桑田山全体に1,000本近くの雪割り桜があり、今年は2月の末に見頃を迎えたとのことで,その名に魅かれて出掛けることにしました。
また、土佐は牧野富太郎博士の出身地であり、博士がこよなく愛されたという『シコクバイカオウレン』も、群生地から『牧野植物園』に移植し
たのを見られそうだとのことでスケジュールに組み込みました。
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須崎市(すさきし) 人口 : 23,904人、面積 : 135.46?
高知県の中部に位置し、太平洋に面する市。
市内を流れる新荘川にはニホンカワウソが生息している痕跡が近年まで報告されており、「須崎市ニホンカワウソ保護基金条例」を制定し市を挙 げてニホンカワウソの住める環境整備に取り組んでいるという。
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羽田から高知へ飛び,高知からJR土讃線の普通列車で無人駅の吾桑へ。
ホームには雪割り桜の開花状況の掲示板がありましたが,記入されておらず,何とも気掛かりでした。
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無人の駅舎を出て右手の桑田山を望むと、中腹付近のピンクが折からの春の日差しを浴びているのが目に入り,ホッとする。
現地まで約2kmある登り坂はとても歩く気になれず、タクシーを依頼する。
その路もようやく平成22年に開通したとのことですが,1車線なので車の擦れ違いはできない。幸い今日は平日とて車が少なかったが,それで
もすれ違いに度々待機させられました。
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開。
濃いピンクで花びらが八重なので見応えがある。
山の斜面にあるので、立体的に見られるのも一
段と華やかさに溢れている。
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桜餅や手巻き寿司を求め,見晴しの良い場所にあ
るベンチを利用して昼食とする。
近くにおられた方と言葉を交わすと、高知市内か
らハイキングがてら見物に来られたとのこと。
見物客も幼稚園の遠足以外はそれほど多くはなく,
静かな雰囲気でじっくりとお花見をすることがで
きました。
気が付くとベンチの脇に『シロバナタンポポ』が
" 私もいますよと " ひっそりと咲いていました。
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食事をしながら花を愛でた後、しばし雪割り桜の下を歩きながら、その花の色に酔い痴れることにしました。
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を下り、吾桑駅へと戻りました。
この後は高知へ戻る途中、牧野博士の出身地であ
る佐川町に立寄ることにしました。
この佐川町には牧野博士がこよなく愛したという
『シコクバイカオウレン』が群生する場所がある
とのことでしたが、花の最盛期が2月半ばとのこ
となので、まだ見ることができるかと心配でした。
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2013年3月1日現在
高知県の中西部、仁淀川の支流である柳瀬川沿い
に開けた盆地の町。
佐川町上町地区は、江戸時代領主である深尾家
(土佐筆頭家老)の城下町で、主に商人が居を
構えた町でした。
その佇まいは、現在にも受け継がれ、伝統的な商家住宅や酒蔵などが街並みを形成しています。
平成20年度には歴史的風致維持向上計画の重点区域に認定されました。
佐川町には、藩政時代からの伝統ある造り酒屋があります。
高知を代表する蔵元が醸造する地酒(司牡丹)は広く全国で愛飲され、町の中央にある酒蔵は、落ちついた情緒を醸し出し、文教の町のイメージ
を引き立てています。 【佐川町資料による】
*
駅を出て直ぐ右に曲がると間もなく『佐川町鳥瞰図』があり、その先にある『酒蔵の道』の両側に伝統的な商家住宅や酒蔵などがあり、時代を遡
った世界に入ったような気分にさせられます。
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大臣となった田中光顕が収集した志士の墨書や史
書を所蔵する。その他,領主深尾氏の具足,坂本
龍馬の手紙,「セルボーンの博物誌」訳者西谷退
三の蔵書などがあるとのことです。
【佐川町資料による】
*



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上記画像の左は國重要文化財の竹村家住宅で、幕府の巡見使を迎えた高い格式の住宅。和紙張り仕上の貼り付け壁付書院の花頭窓は土佐でしか見
られない特有の様式とのこと。
真ん中は國登録文化財の旧竹村呉服店、現在は書家・北古味可楽のアトリエ兼ギャラリーになっている右は淡麗辛口の土佐酒を代表する銘柄、司
牡丹酒造の建物で,江戸期から現代に至るまで様々な時期の蔵が立ち並んでおり,その歴史を伺わせている。
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目的の『シコクバイカオウレン』は、その先の金峰神社の境内に見られるとのことだが、何と急な165段ある階段を登ることになる。その階段を
少し登ると、その両側に点々と白い小さな花が目に付くようになる。ただし最盛期は過ぎたようでまともな花が中々見付からない。どうにか見付
けた花が画像のものだ。牧野博士は生地の近くにあるこの神社の境内で花を見て,植物に興味を持ったのだろうか。
*


(四国梅花黄蓮)キンポウゲ科、オウレン属
早春2月、湿り気のある薄暗い木陰でよく見られ
る草丈5~15cmの多年草。四国に産するものは
バイカオウレンの変種シコクバイカオウレンに分
類される。花の形がウメに似ており,黄色いヒゲ
根を出すことからこの名が付けられた。白い花び
らに見える部分はガクが変化したもの。
【土佐の植物図鑑より】
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含めて神社に拝礼して,急な階段を降りて駅へ戻
る。
この往復にすっかり汗を絞られる。ジャンバーは
お荷物になってしまった。
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牧野富太郎博士 1862年-1957年 植物学者。
造り酒屋の一人息子として西町に生まれ、名教館で学ぶ。
明治14年(1881)家業の造り酒屋を処分し上京。以後植物分類学に人生を捧げる。
明治21年(1888)「大日本植物志図編」を自費出版、同22年には日本人として初めて新種発見の植物「ヤマトグサ」を発表する。
「-志図編」を第11集まで出版するなど貧困窮乏に耐えながら独力で「植物学の父」と呼ばれるほどの権威となった。
博士が採集した標本は60余万点、命名発表した新種は1,000種を越える。
町花・町木の「サカワサイシン」「稚木の桜」も博士の命名によるもの。
佐川町名誉町民(昭和30年)。 【佐川町資料による】
*

四国の高知県を中心に徳島県、愛媛県に分布、低山の林の中に育つ多年草で大きさ・高さ5~10cm。
花の開花時期は4~6月で、特徴花径は3~4cmくらいあり大きいが、あまり開かず花筒がくびれる。
萼裂片の内側は暗い紫色で、縁は白ないし淡い黄色の縁取りがある葉の特徴葉は心形で分厚く、白斑模様が入るも
のもある。 葉の表面の葉脈の上や縁には短い毛が生える。
和名の由来は、高知県の佐川で発見されたことからきている。 発見者は牧野富太郎博士である。
【みんなの花図鑑より】
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第1日の予定はこれで終わり、宿泊場所の高知は『ホテル日航高知旭ロイヤル』へ。
夕食は、地上100mの展望スカイレストランで、のんびり夜景を眺めながら土佐名物の鰹のタタキを中心に戴く。
部厚く大きい切り身が何とも豪快だ。その他小鯛の煮付けなどと最後に茶そばで満足。
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