nemo 折々の自然

折に触れて観察した自然などの記録

西九州紀行 3

2014-02-25 00:00:00 | 旅行記
 今日も天候は良いようだ。3日とも好天が続いたのは幸運だった。
 今朝は出発が遅いので、食事の前にホテルの前方にある『西海パールシーリゾート』が見える海沿いの遊歩道を散歩する。
 こちらへ来て期待の野鳥の少ないのにはガッカリしていたが、この海沿いの林の中でやっとツグミを見ることができた。その他、イソヒヨドリ、
 シロハラ、イソシギ、コゲラ、トビ,ウミネコなどが見られた。
 ヨットハーバーの奥には、今日九十九島遊覧で乗船予定の『パールクィーン号』が停泊していた。
     *
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     *Img_okiuto
 朝食はバイキングスタイル、今日も和食中心にする。その中に『おきゅうと』という見慣れない一品があったので、それも
 選んでみる。
     *
 おきゅうとは、 海藻のエゴノリを煮溶かしてところてんのように流し固めたもの。
 ひも状に切るなどして,酢醤油や酢味噌,ショウガ醤油など をかけて食べる。
 ところてんに似ているが舌ざわりがややあらい。 【百科事典マイペディア】
     *
 早速食べてみるが、食べ馴れないせいか,小生には余り美味とは思えなかった。
     *
 今日は先ず『九十九島遊覧船』に乗船することになる。ホテルの前にある『西海パールシーリゾート』までバスで行くと、既に数台の観光バスが
 到着している。   
 ここで『パールクィーン号』をバックに、恒例(?)の集合写真を撮る。
     *
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     *
 乗船して2階の座席に座ったが、視界が狭く写真も思うように撮れないので上部甲板に出る。
 上右の画像は、出航前にマストの見張り台から撮ったもの。
 出航すると未だ海風が 冷たいので、後部甲板に風を除ける。 
     * 
九十九島
 九十九島は、佐世保港の外側から北へ25kmにわたり島々が点在する海域のことで、島の密度は日本一といわれています。
 九十九とは数がたくさんあるという意味で使われる例え言葉で、実際の島の数は208あります。
 また、小佐々町・鹿子前町・田平町の海域を「北九十九島」、佐世保市周辺を「南九十九島」と呼び分けており、北九十九島は、岩肌が厳しく、
 男性的な景観の島が多く見られますが、南九十九島は、優美で女性的な島々が多いのが特徴です。          【観光案内パンフ】
     *
九十九島遊覧船 ・航路は青コースです
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     *
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     *
 出航して間もなく、港の奥に昨夜お世話になった
 『九十九島観光ホテル』の建物が見えてきました
 遊覧船は、鏡のような穏やかな海面を滑るように
 進んで行きます。
 次々に現れる島の名前などを船内放送で紹介して
 いましたが、とても憶えられません。
 確かにあの松島から較べると島の数が多いようで
 す。
     *
 ふと上空に目をやると、ミサゴが何やら脚に下げて飛んでいます。距離があるので双眼鏡でもそれが何か分かりません。舟が進んで行くと、その
 先右手の小さな岩礁の上に巣があり、2羽の雛がいます。
 これで先程のミサゴが雛に与える餌を運んでいると分かりました。思わぬ出来事に写真を撮るのを忘れていましたが、良いお土産ができました。
     *
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     *
 かくして一時間ほどの遊覧を終え、元の港へ戻りました。
     *
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     *
 バスは西九州自動車へ入り、右手に佐世保港のドック群、左手に米軍住宅地を眺めながら進み、武雄南 I.C.から今日の昼食の【嬉野温泉湯豆腐御
 膳】の料理店『よこ長』へと向かいました。 
     *
Img_0773 Img_0774 嬉野温泉豆腐
 温泉湯豆腐は、かの遣唐師が豆腐の製法を日本にも
 たらしたものと伝えられています。
 その後、嬉野の里で、製法に手が加えられ、現在の
 とろける湯豆腐ができあがりました。
 温泉水で豆腐をコトコト煮込むと、あら不思議!煮
 汁が豆乳色に変わり、とろとろの豆腐に仕上がりま
 す。実はこれ、嬉野の温泉水だからこそできる奇跡
 温泉の絶妙な成分バランスが、豆腐のたんぱく質を
 分解し、とろりととろけさせるのです。飲めば胃腸
 にも優しい温泉水と栄養満点の豆腐とが見事に融合
 した健康フード。その食感と味わいはやみつきになりますよ。  【嬉野温泉観光協会】
     *
Img_3596 Img_3597 Img_3598  その豆乳色した煮汁の中から湯豆腐を取り出し口
 に入れる。とろとろの湯豆腐の甘い味と舌触りの
 心地良さは初めての食感。なるほどこれは自慢す
 る筈だと納得。
 皆さんも何か言葉を発しながら只管口に運んでい
 る。また一つ、美味しい食べ物を口にすることが
 できた。気が付くと、店内はほぼ満席、待ち行列
 ができており圧倒的に女性の方が多い。
     *
 店を出た直ぐ先に足湯がある。ここに初めて見る足の蒸し湯がある。個別に椅子が用意されてあり、その前にある蓋を開けると両足を入れる穴が
 あって、そこから蒸気が出るようになっている。
 小生も体験するべく靴を脱いでいると、何と集合時間になってしまった。これは残念でした。
     *
Img_0775 Img_0776 嬉野市 人口 : 27,927人、面積 : 126.51?
 佐賀県西部の市。島根県の斐乃上温泉、栃木県の喜
 連川温泉と並んで『日本三大美肌の湯』に選ばれた
 嬉野温泉のぬめりのあるお湯は、ナトリウムを多く
 含む重曹泉。皮脂や分泌物を乳化して洗い流し、湯
 上りはまるで一皮むけたようなつるつるスベスベの
 肌になるという。    【ウイキペディア】



     *
 バスは長崎自動車道に入り、右手に大村湾を眺めながら諫早 I.C. で一般道へ降り、杉谷本舗へ。
杉谷本舗の長崎カステラ
 創業文化8年(1811年)という老舗ならではの伝統の製法と、独自の技術によって作り上げたカステラを「長崎カステラ紀行」と銘打ち、豊富な
 種類の味覚で表現いたしました。  
 現在、蜂蜜・抹茶・チョコレート・ざぼん・チーズ・青梅・五三焼き等を取り揃えております。
 異国の文化と長崎の伝統がとけあう豊かな味わいを、心ゆくまでご賞味いただければ幸いです。          【杉谷本舗パンフ】 
    *
Img_0778 Img_0777  種類の多いカステラは、試食品が大きいので総てを
 試食することはできなかったが、しっとりとしたほ
 ど良い甘味で美味しかった。また〈おこし〉の名店
 でもあるとのことだ。「身を興し、名を興し、家興
 し」と縁起のよいお菓子として愛されているという





     *
諫早市 人口 : 138,857人、面積 : 321.26?
 諫早市は、長崎県中央部にある市。長崎市、佐世保市に次ぎ長崎県第3位の人口を有する都市である。
 市域北東部は北西部で大村湾・東側で有明海(諫早湾)・南側で橘湾の3つの海に囲まれる。
 諫早湾には諫早湾干拓事業がある。               【ウイキペディアより】
     *
 今日の最後、いやツアー最後の観光長崎は南山手地区へ。
 バスは南山手地区の登り口にある駐車場に到着。ここからは自由時間となり各人が思い思いの場所を散策することになり、小生は大浦天主堂へ向
 かう。       
長崎・南山手
 長崎港と市街地を見下ろす素晴らしい眺望。
 安政の開国以降、長崎の町にはこれまで交流があった中国、ポルトガル、オランダ以外の海外文化の風が吹いた。長崎に新たなビジネスチャンス
 を求め移住してきた外国人達は主にこの南山手の丘に住居を構え、彼らもこの素晴らしい景観を日々見つめていたのだという。
 今もその名残を見せるこの丘には、グラバーをはじめとした貿易商達が住んだ洋館や、居留地に住む外国人のために建てられた国宝・大浦天主堂
 が現存している。       【長崎市観光ガイド】   
     *
Img_0780 Img_0781  階段を上ると聖堂入口前に『日本之聖母像』がある
 聖堂内に入ると、白を基調とした清楚な内装で、ス
 テンドグラスからの柔らかい光に満ちている。
 (堂内撮影禁止)
 正面祭壇奥に掲げられたステンドグラス『十字架の
 キリスト』像は、1865年天主堂の建立を記念して
 フランスのマン市のカルメル修道院から寄贈された
 もので、日本で最も古いものに属するといわれてい
 ましたが、原子爆弾の爆風によって大破し、今日の
 それは、戦後の復旧工事でパリのロジェ商会に発注
 したものです。
 また 堂内に向かって右の小祭壇にある「聖母子像」が、信徒発見のサンタマリア像です。      【大浦天主堂資料】
     *
Img_0782_2 Img_0783 大浦天主堂
 カトリックの教会堂で、1865年(元治2年)に建立された日本
 最古の現存するキリスト教建築物。
 正式名は日本二十六聖殉教者堂。その名のとおり日本二十六聖
 人に捧げられた教会堂で、殉教地である
 長崎市西坂に向けて建てられている。1953年(昭和28年)に国
 宝に指定された。



     *
日本之聖母像
 大浦天主堂の入口正面に置かれてある美しいマリア像は、信徒発見という世界のキリスト教徒を感動の渦に巻
 き込んだ歴史的奇跡を記念してフランスから贈られたマリア像。
 プチジャン神父はこの像を、1865年(慶応元)6月2日に天主堂の門前に据付、日本信徒発見の記念祭典を盛大に催した。
 「日本之聖母」という称号は、プチジャン神父が命名されたといわれている。
     *
 聖堂の拝観を終え、天主堂の脇道を上がって行くと、『旧羅典神学校』がある。
     *
Img_0784 Img_0785 旧羅典神学校
 大浦天主堂に向かって右側の建物で国の重要文化財
 です。【旧羅典神学校前の説明用立て札参照】 
 明治6年(1873)キリスト教禁教が停止となり、各
 地に配流されていた浦上村の信徒が釈放されたのを
 契機として、大浦天主堂のプチジャン神父は神学校
 の設立を計画し、明治8年(1875)に完成。
 設計と監督に当たったのはドロ神父。わが国初期の
 木骨煉瓦造り。大正15年(1926)までラテン神学
 校校舎兼宿舎として使用。以後司祭館や集会所にも
 使用され、その間若干の一部改造があった。
 現在は「キリシタン資料室」として利用され、いろいろな物が展示されており、大浦天主堂を訪れた人は誰でも見学できます。
     *
 その先はグラバー邸になっていますが、過去に見学しているのでパスして、その下の長崎港を見下ろす場所でしばし休憩。
 3日間好天に恵まれていましたが、どうやら雲が多くなってきました。
 その後坂を下り海岸通から長崎港国際ターミナルへ出て港の様子を眺め、今回のツアーの締めくくりとしました。
 下の画像は海岸通にある『旧香港上海銀行長崎支店記念館』の建物です。右の画像は金立S.A.。
     *
Img_0786 Img_0787  バスは長崎自動車道に入り、途中金立S.A.で休憩
 し、九州自動車道を経て福岡空港に到着しました。
 帰りのフライトはほぼ満席。心地良い疲れで居眠り
 をしているうちに羽田に到着しました。






     *
 9.20.ホテル(バス)→ 9.30. … 九十九島遊覧船 10.00.(パールクィーン号)→ 10.50.…11.00.(バス)→ 11.50.嬉野(昼食・よこ長)12.40.
  → 13.20.諫早・杉谷無本舗 13.40.→ 14.10.長崎・南山手(大浦天主堂 … 旧羅典神学校 … 長崎港国際ターミナル )15.30. → 16.40. 金立S.A
 16.55. → 17.40.福岡空港 19.00(JL330便)→ 20.30.羽田空港
     *
【観察した野鳥】
 1.カイツブリ    2.カンムリカイツブリ 3.ウミウ     4.コサギ      5.アオサギ
 6.ヨシガモ     7.ヒドリガモ    8.ミサゴ      9.ト ビ     10.イソシギ
  11.オオセグロカモメ 12.ウミネコ     13.キジバト     14.コゲラ     15.ハクセキレイ
  16.ヒヨドリ     17.モ ズ      18.イソヒヨドリ   19.シロハラ     20.ツグミ
  21.メジロ      22.スズメ      23.ムクドリ   24.ハシボソガラス  25.ハシブトガラス

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西九州紀行 2

2014-02-24 00:00:00 | 旅行記
Img_0722 今日も快晴のようだ。天候に恵まれたツアーになりそうだ。
 朝食前にホテルの近くを散歩しながら鳥見をするがトビとシロハラを観たのみで、昨日から気が付
 いていたように全般的に野鳥が少ない。
      *
 ご当地名物の海産物の多いバイキングスタイルの朝食に満足。
 今日の最初の目的地は、唐津湾の洋上に浮かぶ宝くじが当るといわれる『宝当神社』のある『高
 島』。
 バスは通勤時間帯で渋滞している『福岡都市高速環状線』を右手に博多湾、左手に福岡市街を望み
 ながらノロノロと進む。その渋滞も『西九州自動車道』に入る頃からスムースに流れるようになる
 『虹の松原』を過ぎて間もなく『唐津城』の下にある駐車場に到着。
Img_0724     *
唐津城
 唐津城は、豊臣秀吉の家臣、寺沢志摩守広高によって慶長7年(1602)から7年の歳月 を費やし
 て築城されました。
 東西に伸びる松原が両翼を広げた鶴のように見えることから 、別名「舞鶴城」と呼ばれています。
     *
唐津市 人口 : 124,417人、面積 : 487.48?
 古く、唐(から:韓・唐)などの大陸との窓口(津・港)だった「唐津」は、多くの生命を育む豊
 かな海、玄界灘を臨み、深く清らかな自然の山々に守られた地。
 優雅かつ雄厳な自然の神韻と、万葉の風・桃山文化の薫りを感じる、歴史浪漫に満ちたところです
                                   【唐津市観光協会】
     *
 駐車場から高島行の連絡船に乗るため、橋を渡り唐津東港へ。
 満員の乗船客を乗せた『ニューたかしま』は、波静かな唐津湾内を進む。海上へ出ても日差しを受けて寒さは感じない。
     *
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     *
 10分ほどで高島に到着。ここで待ち受けていた現地の係員から神社の参拝の前にお宝を当たるためのグッズの販売所(宝当海の駅)に案内される
 ここで宝くじなどを入れる金色の宝当袋を買い求め、それに宝くじなどを入れて神社に参拝すればご利益があるという。
     *
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     *
 その建物の左脇にある細い道を通り、宝当神社へ。
 小じんまりとした本殿に昇殿し、先程購入した宝当袋を神前に供え祈願・念願して拝礼すれば、ご利益があるという。皆さん神妙なお祈りを…。 
 因みに小生が島内で買い求めた宝くじは、お祈り不足か宝当袋なしのためかご利益がありませんでした
     *
Img_0730 Img_0731 宝当神社 
 宝当神社は佐賀県唐津市の唐津城の北方約 2kmの
 唐津湾上に浮かぶ島、高島にある神社である。
 高島の産土神を祭った塩屋神社の境内社である。
 海賊退治を行い島を守り、天正13年(1586年)
 この島で亡くなった野崎隠岐守綱吉を奉った神社
 で、明和5年(1768年)に建立された。
 1990年代にある住民が宝くじを購入した際、神社
 名にあやかりこの神社に当選を祈願したところ高額
 当選した事をきっかけに「この神社に祈願すれば宝
 くじが当たる」という評判が立つようになった。
                                                     【ウィキペディア】
     *
 皆さんそれぞれの願いを込めたお祈りの後、連絡船で唐津の港へ戻りました。
 春うららの陽気に船上からの景観も見応えがあり、心が浮き立つ感じになっていました。
     *
Img_0733 Img_0738  時間の関係もあってか,観光名所の『虹の松原』
 は、バスの車中と船上から眺めただけでした。
虹の松原
 唐津湾沿いに、虹の弧のように連なる松原。唐津
 藩初代藩主、寺沢志摩守広高が、防風・防潮林と
 して植林したのが始まりで、全長 5km、幅 1km
 にわたって続く松は、約100万本と言われていま
 す。
 今では三保の松原、気比の松原とともに日本三大
 松原の一つに数えられ、国の特別 名勝に指定され
 ています。        【唐津観光協会】
     *
 バスは唐津湾沿いに進み、東松浦半島の先端にある呼子町の昼食場所『海舟』へ。
 ここで名物の『呼子のイカの活き造り御膳』を頂くことになりました。
 生け簀から取り出したイカを直ぐに刺し身にして提供する活き造り、透き通る身は新鮮な証し。
 イカ特有の歯応えや舌触り、その上甘味たっぷりの味、驚きの風味をじっくりと味合う。
 皿に残った足の部分は一旦下げて、天ぷらにして出される。この揚げたての味も言うことはない。
 さらに ‘ イカシュウマイ ’ に ‘ イカの塩辛 ’ と大満足の昼食でした。
     *
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     *
Img_3586Img_3585 呼子のヤリイカ  
 呼子のいか活き作りで使用されるいかは、ヤリイカ
 と呼ばれていますが、呼子でヤリイカといえば標準
 和名ケンサキイカを意味しています。
 ケンサキイカは太平洋側は三浦半島沖以西、日本海
 側は若挟湾以西に生息し、特に九州西岸、五島周辺
 で漁獲されます。耳とも呼ばれるヒレは、縦長のひ
 し形で外套膜(上身)の長さの 70%にも及び長さは
 35cm、体重600g?まで成長します。味は、身が厚
 く心地よい歯ごたえで甘味があり、標準和名ヤリイ
                       カと比較しても格別の美味です。
 ヤリイカはケンサキイカに比べ2本の腕が弱々しくて小さく、この違いで両種を見分けることができます。     【呼子のイカ.Com】
     *
 戦国時代の秀吉朝鮮出兵の拠点『名護屋城跡』を車窓に眺め、伊万里湾沿いの入り組んだ海岸線などを楽しみながら午後の目的地、平戸へと向か
 う。        
 その途中、道の駅『松浦海のふるさと館』でトイレ休憩。
      *
 平戸大橋を渡って海岸の駐車場でバスを降り、高台にある寺院と教会を見学する散策路を歩く。
平 戸  面積 : 235.63k�(うち、西海国立公園の面積 48.50k�)
 平戸は、平戸島、生月島、大島、度島、高島の有人島及び九州本土北部の沿岸部に位置する田平町と周辺の多数の島々で構成されています。
 豊かな海に囲まれたまちである平戸市は、豊かな自然環境に恵まれ、農水産業を主幹産業に、観光都市として広くその名を知られ、西海国立公園
 の北の玄関口として年間百数十万人もの人が訪れています。
 平戸の歴史は古く、遠い昔から海を通じてアジアと結ばれていました。戦国時代から江戸時代初期にかけては、オランダをはじめヨーロッパの国
 々との交流が盛んに行われ、「西の都フィランド」と呼ばれるほど貿易港として繁栄を極めました。
 当時をしのぶ史跡は、今も市内のあちこちに残され、異国情緒を漂わせています。                 【平戸市観光ガイド】
     *
Img_0743 Img_0744









     *
 平戸教会は内部を見学。
     *
Img_0747_2 Img_3587                                                        









     *
 ここまでは急な階段に息を弾ませ、汗ばみながら歩いたが、ここからは下りになるので、樹齢数百年という棕
 櫚や唐人が造ったという六角井戸などを見物しながらのんびりと散策する。
     *
Img_0749 Img_0750









     *
 最後に海岸沿いにある『平戸オランダ商館』へ。
 ここの係員による[ミニ歴史講座]を受講。スライドによる映像を交えながらポルトガル、オランダ,そしてイギリスなどとの交易の歴史を伺っ
 た後、館内を見学して今日の行程を終える。
 商館を出ると、港を隔てた高台には『平戸城』があり、折からの夕陽を浴びていた。
     *
Img_0752 Img_0755 平戸オランダ商館
 2011年9月20日オープンした「平戸オランダ商館」
 中は当時の貿易に関する史料や貿易品などが展示。
 商館のある崎方町一帯は、1609年(慶長14)和蘭
 船が入港し、1641年(寛永18)長崎出島に移転す
 るまでの約33年間、平戸が我が国唯一のオランダ
 貿易港として賑わった。
 商館は当初、土蔵付き民家を借りてスタートしたが
 その後周囲の民家を壊して、新たに建築。本館をは
 じめ、宿泊所、調理場などが整備されていった。
 貿易の積荷を保管する倉庫も何棟も建築され、
 1639年には日本で初めての西洋の石造建造物とされる 「1639年築造倉庫」が完成。
 商館はこの倉庫の忠実な復元となり、貴重な建物である。
 1641年、幕府の命により商館は取り壊され貿易は長崎出島に移転した。   【ウイキペディア】
     *           
平戸城
 最初は安土桃山時代の末期に松浦鎮信(法印)によって築かれたが破却され、江戸時代中期になって再建された。再建にあたっては山鹿素行の軍
 学に沿って縄張りがなされた。
 平城の赤穂城と並んで、平山城では唯一の山鹿流による城郭である。昭和37年に再建された。    【平戸市観光案内】
     *
 バスは平戸大橋を渡り返して『西海パールシーリゾート』を望む今日の宿『九十九島観光ホテル』へ。
九十九島観光ホテル
 西海国立公園九十九島巡りの観光船発着場前に立地し全室海側に面している。
 ホテル前は佐世保地区のリゾート地として平成6年に海浜文化施設の整備が完成。
     *
 ホテルの温泉は、平成12年に温泉化されたもので、ナトリウム炭酸水素塩泉、打ち身、 筋肉痛、 疲労回復に効能があるという。
 夕食前に汗を流し、食事処へ。こは結婚披露宴会場、天井が高く広々としており、各部屋毎にテーブルが決められている。
 夕食は『九十九島産のかき御膳』か『長崎県産の鯛しゃぶ御膳』が選べるようになっている。
 小生は前者、妻は後者を選ぶ。
     * 
 帆立薫製・パイ貝・旬の豆腐、 鯛しゃぶ・薬味・ポン酢、    海鮮牡蠣鍋・野菜一式
Img_3589_2 Img_3590 Img_3591






     * 
 牡蠣フライ・牡蠣グラタン、 海軍さんのビーフシチュー・蛤のお吸い物、赤魚ソテー・果物
Img_3592 Img_3593 Img_3595
     *
 今日も観光に食事に満足の一日でした。




     *
 7.40.ホテル(バス)→ 9.40.唐津駐車場 … 9.50.唐津東港 10.00.(ニューたかしま)→ 10.10. 高島港 … 宝当神社 … 10.45.高島港
 (ニューたかしま)→ 10.55.唐津東港 … 11.00.唐津駐車場 → 11.30. 海舟(昼食)12.20.→ 13.30.道の駅・海のふるさと館 13.50.
 → 14.30.平戸 … 教会 … 平戸オランダ館 … 16.00. → 17.30. 九十九島温泉・九十九島観光ホテル 泊(313号室)
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西九州紀行 1

2014-02-23 00:00:00 | 旅行記
 冬の玄界灘が育んだ旬の逸品を堪能するという、クラブツーリズム社の『西九州うまいものめぐり3日間』というツアーに参加しました。
 先日まで厳しい寒さが続いていましたので、防寒対策を充分にして出発しましたが、何と昨日辺りから急速に春めいた陽気になり、現地のガイド
 さんも驚いておりました。
 福岡空港に着いて、観光バスに乗るまでにすっかり汗ばむほどで、コートなどは不要になりました。
     *
 今日の最初の目的地は、全国の天満宮の総本社太宰府天満宮。日曜日の快晴とあって目的地へ近づくにしたがって大渋滞となっており、駐車場へ
 着くまで大分時間がかかりました。
     *
 参道の両側には土産物店や飲食店が建ち並び、長い参道には溢れるばかりの参拝客で大混雑。
 やがて中世の鳥居を潜って境内に入ります。
     *
Img_0691 Img_0693









     *
 楼門を潜ると御本殿前には参拝客が何列にも並んで、拝礼の順番待ちとなっていました。
     *
Img_0696 Img_0697 太宰府天満宮
 太宰府天満宮は、菅原道真公の御墓所の上にご社殿
 を造営し、その御神霊を永久にお祀りしている神社
 です。
  「学問・至誠・厄除けの神様」として、日本全国
 はもとより広く世のご崇敬を集め、年間に約700万
 人の参拝者が訪れています。
           【太宰府天満宮案内より】


     *
 参拝を終え、御本殿の両脇にある『飛梅』や『皇后の梅』を見物。
     *
Img_3572 Img_0701 太宰府天満宮の梅  
 日本有数の梅の名所として知られる太宰府天満宮。
 約200種・約6000本の白梅・紅梅が植樹されており
 一重・八重をはじめ豊富な種類の梅がそれぞれに時
 期を違え、見事に咲き競う様を楽しめる。
 中でも本殿右側に配された「飛梅」は、この地へ左
 遷された道真公を慕って一夜のうちに京から空を駆
 けてきたという伝承をもつ神木で、1,000年以上の
 時を経た今も毎年その清香の花を咲かせている。
          【太宰府天満宮案内より】
     *
 その後、樹齢1,500年を越えるという楠木の巨木や、咲き競う紅白の梅などが立ち並ぶ境内を歩く。
 下左の画像は『九州国立博物館』へのアクセストンネル、右は東神苑にある菖蒲池。
     *
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     *
 参拝を終え、参道にある食事処で昼食をと思ったが、どの店も長い行列。ようやく参道入口近くの店でどうにか食べることができた。そのついで
 に名物の『梅ヶ枝餅』の素朴な味わいを楽しむこともできた。
     *
Sta_0707 Img_3600 梅ヶ枝餅
 淨妙尼という老女が、京の都を追われて失意の日々
 を送っていた菅原道真公を気の毒に思われ、梅の一
 枝を添えて差し上げたとも、菅公薨去に際して霊柩
 に供えたものともいわれ、除災招福の霊験が伝わる
 といわれている、伝統ある和菓子。
 もち米で作った生地の中に粒餡を入れて焼き上げた
 素朴な味わいが人気があるという。
           【太宰府天満宮案内より】

     *
 バスは[九州自動車道]を利用して『門司港』へと向かう。参加者が20名足らずなのでバスは空いており,ガラス窓を通しての日差しが強い場合
 は、日陰の座席へと移動するほど。
 門司港へ着くと先ず萩に本店があるという『村田蒲鉾店』へ。
 品数が多く、何れも大きめの試食品があり、とても総ては試食できない。中でも揚げたての ‘ ふぐ天 ’が美味しかった。
村田蒲鉾店 
 地元萩で獲れた日本海の新鮮な地魚を中心に加工した蒲鉾類を販売している。
 昭和36年開店以来の『焼き抜き製法』を守り続けているという。
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     *Img_0708_2
 バスは10分ほどで今日の観光の最後『門司港レトロ』へ。
 異国情緒の町並みを自由散策となる。
 手始めに高い所から関門海峡の眺めを見ることにして、港沿いにあるお土産屋や飲食店が軒を連ねる『海峡プ
 ラザ』を抜けて、レトロ中央広場の奥に立つ黒川紀章設計の「レトロハイマート」の31階にある『門司港レト
 ロ展望室』(地上103m)に上がる。
 ここからは関門海峡を一望することができ、左手に巌流島、下関市そして壇ノ浦から関門橋と歴史上の出来事
 を思い出させる場所でもありました。                                                               *
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     *
門司港レトロ
 明治初期に開港して、120年。門司港レトロエリアには、明治から大正にかけて作られた建物が今でも残っています。
  木造建築の門司港駅を初め、大正浪漫ただよう建物たちがエキゾチックな雰囲気を醸し出しています。
 また、商業施設も充実しており、ミュージアムや美術館など歴史やアートを感じられる場所も多く、ゆっくりと散策を楽しむことができます。
     *
 展望室を後にして、地上に出ると目の前に『国際友好記念図書館』がある。これは北九州市と中国・大連市の友好都市締結15周年を記念して整備
 された建物で、かって大連にあった、ロシアが1902年に建設した東清鉄道汽船会社事務所の複製建築物。
 その前方にある『旧門司税関』は改装中,親水広場から『海峡プラザ』に入ると、ここは土産物店や飲食店があって若者を中心に大変な混雑だ。
 再び外へ出て『旧大阪商船』前まで行って集合時間となり、木造建築の『門司港駅』を見ることができなかったのが残念でした。
     *
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 ここ門司港では、御当地グルメとして『焼きカレー』が有名で、ここでも幟を立てた店が何軒かありました。NHKの番組でも紹介されていました
 ので、何とか食べてみたいと思っていましたが、時間がなくその味を試すことができませんでした。
     *
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     *
 これで今日の観光は終わり、宗像市内にある『玄海さつき温泉・玄海ロイヤルホテル』へと向かう。
     * 
宗像市  人口 : 96,352人、 面積 : 119.67?
 福岡市と北九州市の中間に位置し、響灘・玄界灘に臨む都市である。
 この地理的条件の良さからベッドタウンとして発展し、人口が増加している。 
 宗像市は、かって神の領土として「神郡」と呼ばれ、「宗像大社」や「鎮国寺」など由緒ある神社や寺院が数多く点在し、歴史深い地域としても
 有名です。   【ウィキペディア】より
     *Img_0720
玄海さつき温泉
 玄海ロイヤルホテルの竣工時に湧出した玄海エリア初の温泉で、風光明媚なさつき松原に隣接している
 ことから名づけられました。
 弱アルカリ性単純泉で、 神経痛や疲労回復などの適応症があり、露天温泉岩風呂、温泉大浴場を完備
 しています。                         【玄海ロイヤルホテル】より
     *
 部屋(1106号室)からは、さつき松原越しに玄界灘が眺められ、折からの夕陽が部屋一杯に差し込ん
 でおり熱気がこもって暑過ぎるほどでした。          
 夕食はツアーの目玉の一つ『玄海 福ふぐ膳』を味わうため、『魚屋別館』迎えのマイクロバスで出掛
 けました。
     *
 『魚屋別館』の座敷からは、玄界灘が一望でき、ちょうど沈む夕陽を眺めながらの天然のとらふぐ料理は、味よし雰囲気よしで何よりの場所でし
 た。
 画像左は玄界灘に沈む夕陽、真ん中は〈とら河豚のお造り〉、右は〈空揚げ〉。
     *
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     *
 左は〈一人鍋〉、真ん中は〈茶碗蒸し〉、右は〈ひれ酒〉。
 皆さんは言葉にならない音声を発しながら、次々と出されるものに箸を運んでいる。
 小生は香り高いひれ酒を賞でながら、食べ応えのある薄造りを楽しみ、空揚げを、てっちりをと次々に平らげていく。
 少しばかり物足りなかったのは、最後にふぐ雑炊にならなかったことだが、勿論満足の夕食だった。 
     * 
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     *
 ホテルへ戻り、一休みの後、ゆっくりと温泉に
 浸かり、長い一日の疲れを落としてベットへ。



     *
 8.35.羽田空港(JL307便)→ 10.35.福岡空港 10.50.(バス)→ 11.40.太宰府天満宮(昼食)13.00. → 14.20.村田蒲鉾店 14.50. → 15.00.門司港レトロ
 15.50. → 17.10.玄海ロイヤルホテル17.40.(マイクロバス)→ 17.50. 魚屋別館(夕食)18.50.(マイクロバス)→ 19.00.玄海ロイヤルホテル(泊)


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45年ぶりの大雪

2014-02-09 00:00:00 | 日記・エッセイ・コラム
 8日未明から振り出した雪は、終日降り続いていました。
 降る雪が気になり窓の外を見ると、隣の家の屋根にスズメが群がっているのを発見。
 こんな時にこんな所にいるとはと、カメラに収めてみました。餌を求めて相談しているのでしょうか ?
 しばしの後、風に煽られるように何処かへ飛び去りました。
 ことのついでに葛西用水付近の様子も見に行ってみましたが、人影もなく車も少ないようでした。
     *
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     *
 9日の朝、雨戸を開けると一面の銀世界。東京の都心では27cmの積雪で、45年ぶりの大雪とのこと。
 我が家の庭の灯籠には画像のように積っていましたが……。
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