nemo 折々の自然

折に触れて観察した自然などの記録

旭 岳

2011-07-21 00:00:00 | 旅行記
 雲一つない快晴。3日間の中で最高の天候になった。
 今日の出発は8時なので、朝食も早めに採る。
 それにしても何故今日の観光地から遠いこの層雲峡に宿を取ったのか、理解に苦しむ。
        *
 昨日はバスの最後尾の座席だったので、今日は最前列になっている。道中の景色を撮るのに最高の場所だ。
 ガイドの太田さんの淀みのない案内が耳に心地よく入ってくる。さすがはベテランの味だ。
 バスは旭川市街を抜け、忠別川沿いの道を進み、『大雪遊水公園』でトイレ休憩となる。
       *
Img_2488 113 大雪遊水公園
 東川町内を走る道道1160号線沿いにある公園で、
 平成11年に造園されたとのこと。
 中央公園には展望デッキ、展示スペース、事務所、
 休憩室などのある管理棟、ブロック広場、芝生広
 場ロックガーデン、花壇などが設置されている。
 水の清々しさを感じながら散策できる水上木道や
 水上広場、水の上で一息つける休憩所も完備され
 ています。
 また、公園西側にはパークゴルフ場がありますが、
 ガイドの太田さんによれば、北海道ではパークゴルフが大変盛んで、道内には各地にプレイする場
 所があるとのことでした。
       *
 やがて右手前方に十勝連峰が、左手に旭岳が見えてきましたが、雲一つない好天に太田さんも久し振りのこととて我々の好運を喜んでくれました
 車窓右手には忠別川を堰止めてできた忠別ダムが見えてくる。
 このダムは忠別川の洪水調節や流水の正常な機能維持、潅漑用水の供給のほか、旭川市・東川町・東神楽町の水道用水と発電の役割を担い、2007
 年に完成したとのこと。
 複合ダムとしては日本最大級のこのダムが生み出した広大な忠別湖は、湖面に旭岳が映り込む大雪山国立公園の入口にふさわしい名所となったと
 いう。しかしながらこのダムの水も、このところの大雨で濁っている。
 天人峡側の湖岸近くには、大雪山の伏流水が湧き出る大雪旭岳源水があるとのことだ。
       *Img_2525_3
 バスはジグザグの道を登り、旭岳ロープウエイ駅の駐車場に到着。何故か駐車中の車が少ない。
 ここのロープウエイを利用するのは何回目になるだろうか。かって途中駅で乗り継いだロープウエイは、スイス製
 の大型のゴンドラに変わり、乗り継ぎなしで姿見駅まで行けるようになっている。
 この時期、待ち時間なしで利用できるとは、意外に登山者や観光客が少ない。
 その空いているゴンドラが動き出して暫くすると、進行右手にあのトムラウシ山から十勝連峰が、左手には大雪連
 峰が夏の日差しを浴びて薄紫に煙って見えてくる。眼下には広大な原野が果てしなく続いている。
       *
 旭岳から黒岳への縦走と十勝岳は平成5年に、トムラウシ山は平成8年にそれぞれ登ったことが思い出される。
 どちらも好天に恵まれ、快適な山歩きができた。あれから15年も経っている……。
 かって1923年(大正12年)に大雪山を踏破した文人の大町桂月は、
 「富士山に登って山岳の高さを語れ、大雪山に登って山岳の大きさを語れ」とその雄大さを称えた有名な言葉を残
 していますが、その雄大な景観が眼下に広がってくる。
 何回観てもこの大雪山系の景観は、雑事を忘れて心を豊かにしてくれる。
       *
 10分ほどで姿見駅に到着。
 駅の待合室で公園ガイドから現在の見どころなどの説明を聞いた後、駅舎の展望台に出ると、雲一つない空に悠揚迫らぬ旭岳が姿を見せてくれる  
 
Img_2493

 標高1600mとあって、大気が冷んやりとして心地よい。ここでの自由時間は120分。
 ゆっくりと高山植物や野鳥など、もちろん大雪山系の山々を眺めながら、姿見の池周回コースを巡ることにする。
 歩き出して先ず目に付いたのはチングルマだ。今まさに満開の時期、大地に広がる一面のお花畑は見事に彩られている。昨日までの人工的なお花
 畑とは全く異なる大自然の美しさだ。
 その白に混じるように薄いピンク色に咲いているのはエゾノツガザクラだ。
 所々にキバナシャクナゲも見られる。

H Img_49531_5493202_5P6210024
       *
Map  姿見駅から5分ほどで第一展望へ到着。
 ここからは大雪山系の主峰である旭岳(標高2,291m)を真正面から見ることができる。
 周囲に広がるハイマツにギンザンマシコを期待したが、ここでは見られず先へ向かう。
013      *
 第三展望台へ向かう途中、左手側に満月沼が見えて
 くる。
  この沼は満月のようにきれいな円形をしている。
 さらに高山植物を楽しみながら歩いてゆくと、目の
 前に大きな池が現れる。 擂鉢(すりばち)池だ。
 擂鉢池は、その名の通り擂鉢状の形をしている。
 もともとは火口で、爆破した際にはスプーンでえぐ
 り取るように周辺を吹き飛ばし、活動を停止した火
                      口に水が貯まって現在の姿になったとのこと。
 湖面に旭岳が映り込んでいましたが、風のため湖面が波だって完全な姿の逆さ旭岳を見ることができませんでした。
       *
 第三展望台では、バーダーが一人カメラを構えていましたので、妻がギンザンマシコの様子を伺うと、今日はまだ見ていないとのことでした。
 我々もしばしその周辺を観察しましたが、期待の鳥は現われず、時間の関係もあって断念。
 第三展望台を出発すると、すぐ左手に大きな池が目に飛び込んできます。
 池のほとりに立つと、鏡のように旭岳を映し込むことができるため鏡池と呼ばれているとのことですが、今日は先程の擂鉢池と同様に完全な旭岳
 の姿は見られませんでした。
 また、隣の擂鉢池と2つ並んで見えることから、夫婦池とも呼ばれているとのことです。
       *
  夫婦池の間を歩いて第四展望台へ向かう途中、道の脇に大きな岩があり、付近を注意深く見てみると、地面に穴が開いており、その穴に手を近づ
 けてみると温かい。
 これは地熱が噴出しているためで、この近辺は他の場所に比べ温かくなっています。その影響で周辺の登山道は雪融けが早く、春の早い段階から
 高山植物が咲き始めるという。
       *
Img_2502 Img_2498 ここでは、エゾイソツツジやメアカンキンバイが
 多く見られるようです。
 メアカンキンバイはミヤマキンバイによく似てい
 ますが、花弁の先が丸く、葉の先が3つに分かれ
 ているのが特徴で、名前の由来は雌阿寒岳(めあ
 かん)で最初に発見されたことからという。   



        *
 植物を観察しつつ、斜面を登り切ると第四展望台に到着。
 ここは、野鳥を観察する絶好の場所とのことなので、しばし周囲を観察していました。
 遠くのハイマツの上に野鳥を見付けましたが、直ぐに茂みの中に入ってしまったので、種類の確認はできませんでした。案内書によると、この付
 近ではノゴマがよく見られるとのことなので、それだったかも知れませんが ?
       *
Img_2503 Img_2504 第四展望台から姿見の池へ向かう。
 この付近はキバナシャクナゲの群落があるとのこ
 とですが、今年は既に咲き終わっており見ること
 はできませんでした。
 そこを過ぎると、前方に塔の様な建造物、愛の鐘
 と石づくりの小屋、旭岳石室が見えてきます。
 ふとガレ場に目をやると1株のコマクサに気が付
 きました。ここで見られるとは思いませんでした。


       *
002 Img_2505 愛の鐘までたどり着けば、折り返し地点の姿見の
 池へ到着です。
 その先の姿見展望台からの姿見の池は、まだ湖面
 の一部が氷に覆われていました。
 氷の隙間から湖面に映り込んだ逆さ旭岳が見られ
 ました。
 姿見の池も前出の「夫婦池」と同様、もともとは
 火口で、活動を停止した火口に水が貯まり、現在
 に至っているとのこと。姿見の池の面積から、当時の爆発のすさまじさが伺えるようです。
 また、水深については、意外にも近年まで正確な水深が判明しておらず、1986年、調査の許可を取
 り付け実際に測ってみると深度は、たったの 3.7m。最深部でも 4.5mと、70年以上も語り継がれた「底なし伝説」は全くのガセ情報だったとか。
       *
 姿見展望台で一休みした後、姿見駅へ向けて出発する。
 ここから姿見駅へは約20分ほどです。始めは旭岳と対面するように階段を降りていきます。
 道なりに進むと、登山道を分断する小川を渡ります。小川と言っても、水深は深いところで5cm程度、1.5mほどの川幅なので、なんてことはあ
 りません。     
 この周辺では、チングルマをはじめ、エゾコザクラ、エゾノツガザクラなどの高山植物の大群落が見られました。

Img_2496 Img_2508Img_1173078_51017141_1
       *
 ガイドの太田さんから気温が低いので、シャツを1枚余計に準備するようにと言われていましたが、歩くのにちょうど良い気温で、ロープウェ
 イ姿見駅に到着すると、冷たい飲み物が欲しくなるほどでした。
       *
旭 岳
 旭岳ロープウェイに乗車し、森林限界を越えた辺りから、真っ正面に大雪山の主峰旭岳(2,291m)が見えてきます。この旭岳は、いつごろ誕生
 したのでしょうか?
 旭岳の山頂から間宮岳に向かって、登山するとお鉢平と呼ばれる巨大なカルデラが見えます。
 ここは、今から約15万年前に富士山と同様の成層火山がありましたが、約3万年前に大爆発を起こし、頂上付近を吹き飛ばし、現在のお鉢平カル
 デラが誕生しました。
 その後も火山活動がカルデラ西部で活発化し、今から約2万年前から数千年前頃に、旭岳の東方にある熊ヶ岳の噴火が引き金となり、その外側に
 ある旭岳の火山活動が始まりました。
 旭岳は、何度かの爆発を繰り返しおびただしい量の噴出物を吐き出し、成層火山としての特徴はありましたが、今から500年前に旭岳西側斜面が
 水蒸気爆発を起こし、地獄谷が形成され、現在の旭岳の姿になったと考えられています。         【パンフレットより】
       *
 大自然の中での快適な時間を過ごした後は、昼食場所の旭川市内は地酒蔵『大雪の蔵』へと向かう。
 昼食の前に〈酒づくりコース〉を見学する。
 ここでは従来の杜氏の経験と勘による酒造りから、製麹、仕込み、搾りという重要な工程をすべてオートメーション化して、温度、湿度に加えて
 衛生面と時間も完全に管理することにより、高水準で均一のお酒を製造している。
 その酒造りの工程をガラス越しで見学できるようになっている。このような酒造りがあるとは知らなかった。
 使用しているお米は〈きらら397〉と道産の酒造米〈吟風〉とのこと。
 また絞り立ての甘口と辛口の試飲があり、飲み口のすっきりした味が喉を通っていった。
       *
 その奥にあるレストランでの昼食、お米ビールの味も良かった。

Img_2513 Img_2511Img_2512
       * 
 大雪乃蔵
 大雪山系に囲まれた北・北海道の拠点都市「旭川」。豊かな自然と快適な都市機能が共存するこのまちには、おおらかな北都文化が花開いていま
 す。美術、文学、工芸、美しい土地、おいしい食、etc.....。
 地酒蔵「大雪乃蔵」は、そんな文化の中心地として開発が進む新都心”北彩都(きたさいと)”に位置し、旭川観光の新しい拠点として注目されて
 います。
 北の灘・旭川には「大雪乃蔵」のほかにも「高砂酒造」「男山酒造」という個性あふれる3つの酒蔵があり、北海道を代表する酒どころとして知
 られています。                                            【パンフレットによる】
       *
 これで3日間に亘るツアーは終了。
 旭川鷹栖 I .C.から道央自動車道に入り、千歳空港へと向かう。
       *
Img_2514 Img_2515 途中、砂川S.A.にある『砂川ハイウエイオアシス
 館』でショッピングを兼ねたトイレ休憩。
 大規模なショツピングセンターで、北海道産のお土
 産が大方揃うというから観光バスでの利用が多いよ
 うだ。
       *
 右の画像は、我々の利用した観光バスと添乗員の丸
 山氏、ドライバーの斉藤氏、それにガイドの太田氏
 バスは千歳 I .C.で一般道に降り、早めに千歳空港
 に到着。
       *
 フライトまでの時間を利用して、改装なった空港ビルのラーメン横丁で夕食を採る。
 何れにしろ目的地から遠い空港、遠い宿泊地と時間のロスが多いツアーだったので、アンケートにその旨を記入しておいた。
       *
 8時00分 ホテル発 → 9時00分 大雪遊水公園 9時10分 → 9時50分 旭岳ロープウエイ駐車場 …10時00分 旭岳ロープウエイ → 10時10分 姿見駅
  … 姿見池ハイキングコース … 11時45分 ロープウエイ 11時55分 … 12時00分 → 12時50分 大雪の蔵(地酒蔵見学・昼食)14時00分 →
 15時00分 砂川ハイウエイオアシス館 15時25分 → 16時50分 千歳空港(夕食)18時30分 ANA 74便 → 19時50分 羽田空港着
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美 瑛

2011-07-20 00:00:00 | 旅行記
 今日の出発は10時と遅いので、朝食の後ホテルのガーデン内にある風のガーデンを見物する。
 今日も青空が広がり好天気。
 昨日と異なり蒸し暑さがなく、爽やかな風が吹き、どうにか北海道らしさを味わうことができそうだ。
       *
風のガーデン
 新富良野プリンスホテルのピクニックガーデン内に造られた約2000�の庭。
 富良野北の峰の山裾にあるグラスガーデンを眺めながら小道を歩くと、その先に、ドラマの舞台となった風のガーデンが広がります。
 2008年10月よりテレビ放映されていた『風のガーデン』は『北の国から』、『優しい時間』に続く“富良野三部作・最終章”として作られました。
 富良野を舞台とし広大なブリティッシュガーデンを2年がかりで造成。
 主人公の家族が育てたこのガーデンには、 計365種類の花が季節ごとに咲き、美しい癒しの風景が楽しめ、またハウス内はドラマを再現するセッ
 トとなっています。
 庭の一角にはグリーンハウスが建ち、ドラマ撮影時そのままのセットを見学することができます。
       *
Img_2445 Img_2466 ホテル前の林の中の道を進むと、パークゴルフと
 風のガーデンの受付があり、入場券を購入。
 待ち受けていた7人乗りの車でバークゴルフ場の
 中を5分ほど通ってガーデンの入口に到着。
 ここにガブリエルの家がある。
 ガブリエルの家では、ドラマで使用されたエプロ
 ン、押し花機、ハーブティの他『風のガーデン』
 オリジナルグッズを販売している。
 その奥にあるガブリエルの別宅は、ガーデンツー
 ルや肥料など本格的なガーデンショップとなって
 いる。
       *
 ガーデンの入口には植物で造られたメインアーチがあり、その先一面に季節の花々が咲き競っています。

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       *
 ガーデンの奥にはグリーンハウスがある。
 この室内には、白鳥家がそこに暮らしていたドラマ内の状態のまま残されているとのことだ。
 ドラマを見ていない者にとっては、洒落たセカンドハウスといった感じであったが……。

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       *
 ガーデン内では多くの蝶類が飛んでいたが、カメラに収めることが難しく、結局画像の幼虫と成蝶の3枚の画像のみだった。      
       *
Img_2460 Img_2464Img_2465
 
Img_2467 最後にルイの苗床の前に広がる花畑の中からホテルを眺めて部屋へ戻る。
 この間1時間余りだったが、いささか花疲れを覚えるほどだった。
 期待した野鳥は、鳴声は聞こえたもののその姿を見ることはできなかった。
ルイの苗床
 ここでは北海道ガーデンならではの美しい花の苗を200種類以上販売している。
 また岳の苗床では、富良野自然塾で実生から育てた木の苗を販売している。
       *
 今日のバスの座席は最後部。参加者が38名なので、一番後の席が空いているので、一人掛けでゆっ
 たりできる。とは言っても目的地へ着いて降りるのに時間がかかり、その分観光時間が少なくなる
 のが玉に瑕だ。
 【プレミアムステージ】という名のツアーなので、20人程度のものと考えていたが、何のことはな
 い。料金が高いだけで参加人数は一般コースと変わりがないのだ。
       *
Gotou1380x285_2 Img_2468_2 それはともかく、今日の最初の訪問先は上富良野
 の丘陵地帯の畑の真ん中にある後藤純男美術館。
 美術館周辺の大きなスケールの景観が素晴らしく、
 思わず魅入られてしまうほどだ。
後藤純男美術館
 十勝岳の麓に位置する北海道上富良野町。
 昭和62年(1987)、北海道の厳しい自然に惹かれ
 た日本画家・後藤純男は、道内取材の拠点として
 同所にアトリエを構え、これをきっかけに、平成
 9年(1997)9月、美術館が開館しました。
 平成14年(2002)6月には新館が完成し、展示室
 が大幅に拡充されたほか、2階には十勝岳連峰を望めるレストランと資料室がオープン。
 新館と旧館を合わせ約600平方メートルある展示スペースでは、展覧会に出品される主要作品の多くを見ることができます。
       *                                            冬の斜里岳
1010918_1862_1 Work03 後藤純男は1930年千葉県の真言宗仏門に生まれ、
 16歳で山本丘人に師事。
 のち田中青坪のもとで日本画を修業。
 1952年院展で「風景」が初入選。
 その後、日本美術院賞(大観賞)や内閣総理大臣
 賞など多くの賞を受け、日本美術院の中心的な画
 家として活躍。
 1988年から1997年まで東京芸術大学教授として
 後進を指導。
 現在は日本美術院同人理事、中国西安美術学院名
 誉教授として国際貢献に努力し、また美術館に併設されたアトリエで創作活動に励む。
 若き頃「圧倒的な存在感に打ちのめされた」層雲峡。佛徒でもある画家の鍛え抜かれた精神が呼応し、生まれた一連の渓谷風景で、日本画壇に頭
 角を現した画家は『日本の風景美』を求め全国を巡った。
 爛漫の春、緑美しい夏、紅葉が錦織りなす秋、しんしんと降る雪に心洗われる冬。
 写実と精神世界を自在に往来する画家が最後に選んだのは北の大地だった。   【美術館パンフレツトより】   
       *
 日本の四季を彩る風景画に魅惑された後、2階のレストランで昼食。
 ここからの長閑な丘陵地帯の眺めが素晴らしく、ちょうど窓枠が額縁となって一幅の絵となっており、食事を楽しみながら贅沢な一時を過す。
 メニューは、コーンスープ、富良野和牛合挽き肉のハンバーグ、ジャガイモのオーブン焼き、南瓜のアンチョビとガーリック焼き、ブロッコリ
 ー・クリーミーソース、メロンのブィヨン煮、野菜サラダ、そして上富良野産ほしのゆめのライス。飲み物は富良野産地ビールと言うことなし。
       *
Img_2523_2 午後はJR富良野駅から富良野・美瑛ノロッコ号に乗車。

富良野・美瑛ノロッコ号
 ラベンダー咲き乱れる富良野・美瑛の丘や大雪の山並みを眺めながら走るトロッコ列車です。
 6月から10月の期間限定運行で、期間中には臨時駅「ラベンダー畑駅」が登場。
 ただし我々はその駅の先から乗車したので、ラベンダー畑を見ることはできなかった。

Img_2472  我々の指定席に中国の団体が乗っていて、その方々が別の車
 輛へ移動するのに大騒ぎとなる。
 その団体は次の美馬牛駅で下車、駅前には数台の観光バスが
 待っているという大グループだった。
 沿線の丘陵地帯の眺めが見物で、特に景観の良い場所では徐
 行するというサービスぶりだった。
 僅か30分足らずで終点の美瑛駅に到着。ここから折返す列
 車に乗る観光客も多かった。

       *
 美瑛駅で待ち受けていたバスに乗り、四季彩の丘に向かう。
 途中『フラノーブル』でショッピング・タイム兼トイレ休憩。
 渇いた喉に冷たいメロンが美味しかった。

四季彩の丘
 展望花畑 四季彩の丘は、展望が素晴らしい『丘のまち びえい』に 7 haもの広さを有しています。
 春から秋までの花の季節には、数十種類の草花が咲き乱れる、花の楽園です。
 ここの入園料は無料ですが、素晴らしい花々を観て感動された方は志を戴ければと案内にありました。
 入園すると団体の記念写真を撮る。この古くからある風習は何時まで続くのだろうか ?
       *
Img_2524Img_2526  ここでの自由時間は40分、とても全部は歩くことができ
 ないので、トラクターの『ノロッコ号』(JRと同じ名
 前だったが、こちらの方がローカル色たっぶりで楽しめ
 た)に乗り一周することになる。  
       *
 丘陵地帯に広がる花畑は正に見頃、広大な傾斜地にある
 ので一段と見栄えがする。
 トラクターの運転手さんのユーモアたっぷりのガイドに、笑いが絶えない。
       *
Img_2483 20110720141704 四季彩の丘で一番のビューポイントでトラクター
 を止め、ゆっくり写真を撮りなさいと勧めてくれ
 る。
 花はルピナス、シャクヤク、リヤトリス、アイス
 ランドポピー、金魚草シャワー、金魚草ソネット、
 ラベンダー、ハナビシソウ、姫金魚草、ゴテチア、
 サルビア、マリーゴールド、ケイトウ、クレオメ、
 フロックス、コスモス、ひまわり、ユキア、ペチ
 ュニア、ダイアンサス、ダリヤ、百日草(ダリヤ
 咲き)、ストック、百日草(ジニータ)、キカラ
 シとあったが、個々の花々ではなく丘陵全体を眺
 めてのまさに色彩を楽しむ場所だった。
       *
 すっかり花酔いの気分になったところで、バスは美瑛の丘・パッチワークの路を走る。
 美瑛とは、アイヌ語の「ピイエ」(油ぎった川、濁った川の意味)が語源。
 これを開拓者が「ビエイ」と訛って読み、“美しく、明朗で王者の如し”と意味をこめて“美瑛”の文字があてはめられたという。
 この路の途中にあるケンとメリーの木、セブンスターの木、それに親子の木の見える場所でバスは一時ストッブしてくれる。

 ケンとメリーの木 昭和47年日産自動車の「愛のスカイライン」ケンとメリーのCMに採用され、以来「ケンとメリーの木」と呼ばれています。 木の種類はポプラです。

 セブンスターの木 丘の上に一本の「かしわの木」が立っているが、昭和51年に観光たばこ「セブンスター」のパッケージに掲載された木。
 またこの地区一体が農産物の作付けにより、色とりどりに見えることから「パッチワークの路」とよんでおり、毎年作物の連作が出来ないため景
 色が変わって見えるとのことだ。

 親子の木 3本の「かしわの木」が高台に仲良く寄り添って立っており、冬の風雪や夏の風雨にも負けないで堂々と立っている姿は、まさしく親子 のようであることから「親子の木」呼んでいる。

G_kenmeri1 7ster2Oyako4

        *
 今日の観光の最後は前田真三の拓真館の見学。
拓真館
 拓真館は、丘の町・美瑛を全国に知らしめた風景写真家・前田真三の写真ギャラリーである。
 昭和62年(1987)7月、旧千代田小学校廃校跡の体育館を改修して、前田真三がオープンしたもの。
 館内には美瑛や富良野の丘を撮り続けた前田真三の写真が飾られ、10万円を超える写真をはじめ、絵葉書や名詞カード、カレンダー等が販売され
 ている。入館料は無料。
 隣接の園内には、ラベンダーなどが植えられ、白樺の散策コースがある。
Rav12 Img_2484  
前田真三
 大正11年(1922)八王子市に生まれた前田真三は、17年間の商社勤務を経て、昭和42年(1967)
 写真ライブラリー「丹渓(たんけい)」を設立して、写真作家活動に入った異色の写真家。
Rav13 昭和46年(1971)、約3ヵ月かけて日本列島縦断の撮影旅行を行い、その帰路、美瑛・上富良野
 の丘と出会う。
 昭和49年(1974)、写真集「ふるさとの四季」を刊行し、以後、風景写真の分野に新しい作風を
 確立し、数々の賞を受賞した。
 多くの作品を発表し、風景写真家の第一人者となったが、平成10年(1998)心不全により逝去。
 享年76歳。
前田真三の代表作「麦秋鮮烈」
 丘の町・美瑛が全国的に知られるようになったのは、前田真三の写真からである。
 赤麦畑を撮影した代表作「麦秋鮮烈」の鮮やかな色遣いは、誇張ではないかと思われるほど強烈
 で、絵画のようである。拓真館には誰もが感動する写真が多数展示されている。
       *
 充実の1日が終わり、今日の宿は何故か遠い層雲峡温泉へ。
 途中『北の森ガーデン』でトイレ休憩。とは言うもののここでもショッピング目当ての場所だ。
 その後は層雲峡の景観を楽しみながら『朝陽亭』に到着。
Ph01層雲峡温泉・朝陽亭
 江戸時代から知られる北海道の温泉地の一つ層雲峡温泉。
  長い歴史の中でできた切り立つ岸壁は、緑の春夏紅葉の秋、雪景色の冬とそれぞれに独特の景観が
 観られます。
 朝陽亭は、層雲峡温泉街でも小高い丘の上に位置しており、大浴場からも緑の岸壁が臨め、自然の
 中に身を横たえている気分でくつろぐことができる。       
  展望の良い7階の大浴場で汗を流した後、夕食は『蟹づくし膳』の部屋食。
 葡萄酒で乾杯の後、蟹味噌和え、外子醤油漬け、内子塩漬けの先付、毛ガニ、タラバ、ズワイの盛
 合せ、きのこ陶板、蟹と帆立のグラタン、ズワイ天ぷら、蟹などのお造り、蟹かぶら、味噌仕立て
 の鉄砲汁、最後にデザートとたっぷりの内容を楽しむ。
       *
 8時20分 風のガーデン 9時40分 … 10時00分 ホテル発 → 10時30分 後藤純男美術館 (昼食)12時00分 → 12時25分 上富良野駅(美瑛ノロッコ号)
 → 12時54分 美瑛駅 13時00分 → 13時25分 フラノーブル 13時45分 → 14時00分 四季彩の丘 14時45分 → パッチワークの路 → 14時50分 拓真館
 15時15分 →16時40分 北の森ガーデン 17時00分 → 17時30分 層雲峡温泉 朝陽亭 泊

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富良野

2011-07-19 00:00:00 | 旅行記
 連日の暑さから逃れるべく、クラブツーリズム社主催の
『華やぎの富良野・美瑛と雲上の花園・旭岳』というツアーに参加しました。
 当日は台風6号に追いかけられるようにして羽田を出発。
       *
 千歳空港に到着すると、晴れてはいましたが蒸し暑いので汗ばむほどでした。
 観光バスのガイド、太田さんが、
 「昨日まで天候が悪く連日雨が降っており、今日になってやっと晴となりましたが、こちらも台風の影響で蒸し暑さが酷いことになっており、折
 角涼しさを求めて来て頂いたのに申し訳けありません」といわれる。
 何の何の雨よりは良いと思いながら車窓の風景を眺めると、何となく水蒸気が多くもやっとした感じだ。
       *
 昼食は『佐藤水産の空弁』。小生は『華鮨』。
 蒸しウニ、ずわい蟹、天然サーモンを花びらのように並べ、真ん中にイクラを添えた海鮮四種の押し鮨。
 妻は『北海楽膳』。 
 佐藤水産自慢の鮭をメインに、手まり筋子、イクラ、ホタテなどを彩り良く並べた幕の内弁当。どちらも美味しく戴きました。

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       *
 バスは千歳 I .C.から道央自動車道に入り、途中岩見沢S.A.でトイレ休憩の後、三笠 I .C.で一般道へ降り、今日の最初の目的地であり、また今
 回ツアーのハイライトの一つであるラベンダーの里『ファーム富田』へ向かいました。

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       *
 その途中、何ヵ所か河川を渡りましたが、先日来の雨続きでどの河川も水量が多く濁っており、ガイドさんも、
 「いつもは清流なのですが……」と言い訳をしながら、このところの天候不順について説明していました。
 また、今年は例年になく5月から低温が続いており、ラベンダーの開花も一週間ほど遅れていますが、そのため今年は早咲きのラベンダーが見頃
 となっており、遅咲きのものはようやく咲き始めたとのこと。
 この時期の土日は車の渋滞が激しく、現地まで時間がかかっているが、今日はスムースに走っているともいう。
 やがて、前方に大半が雲に覆われた十勝連峰が見え始め、その反対側の山裾に広がるファームに到着。
 比較的空いているという駐車場にスムースに入ることができた。
 それでもファーム内は大変な人出だ。
       *
ファーム富田
09_walk_map Phototomita011_2 春から秋までの長い期間にわたり、国内はもとよ
 り海外からも多くの人々が訪れるファーム富田。
 観光のメインとなるラベンダーの畑は15ヘクタ
 ールにおよび、その風景は見る人に感動を与える
 正に紫の絨毯のようで、ラベンダーの優しい香り
 につつまれての見学は、訪れる人々の五感を十分
 に楽しませてくれる。
 またラベンダーの他にも、ポピー・チューリップ・
 サルビア・クレオメ等々、たくさんの花々が栽培
 され彩を増している。
       *
 更に、花人の舎・ポプリの舎・ドライフラワーの舎・香水の舎等の見学や体験の出来る施設・ソフトクリームや軽食を楽しめるカフェ・オリジナ
 ルの商品を揃えたショップといった施設も整っており、数ある他のラベンダー花園とは一線を画している。
 有名なエピソードで、昭和50年、国鉄のカレンダーに掲載されたことがきっかけとなり、観光客が訪れ始めたと言われるファーム富田。
 偶然カメラに納められた一枚の写真がファーム富田の運命を大きく変えていったとも伝えられているが、当時多くの農家がラベンダー栽培から離
 れてゆく中、一筋にラベンダーに愛情を注ぎ多くの汗を流した富田忠雄氏(現ファーム富田会長)の呼んだ必然だったのかもしれない。
                                                      【上富良野町資料より】
       *
沿 革
 1897年に北海道国有未開地処分法が制定され、本州等より北海道へ移住してくる人々が急増、その中にファーム富田の創始者である富田徳馬もい た。
 富田徳馬はその後1903年に現在の北海道中富良野町に開墾の鍬を下ろし、その苗字がファームの由来となる。
 徳馬の孫、富田忠雄は1953年、当時富良野一帯においてラベンダー栽培の先駆的人物であった上田美一のラベンダー畑に出会い、1958年より香料 用としてのラベンダー栽培を開始。
 妻と共に開始した畑は10アールの広さにまで及んだ。その後ラベンダー畑はおよそ1.2ヘクタールにまで拡大、富良野地方全体でもラベンダーの栽
 培地域が230ヘクタール以上に拡大したが、以降は急激に衰退。
 ピーク時にはラベンダー栽培農家が250戸以上・全道のラベンダーオイル生産量も5トンに上っていたが、1972年頃より貿易の自由化が始まって価
 格の低い香料が広まり、合成香料の技術が進み始めると、製造していたラベンダーオイルの買い上げの価格も急落。
 翌1973年には近隣一帯のラベンダー栽培農家がほぼファーム富田のみとなってしまった。
       *
 1976年5月の日本国有鉄道のカレンダーにファーム富田のラベンダー写真が紹介されると、徐々に観光客やカメラマンが訪れるようになった。
 また、その後にドラマ「北の国から」で放送されると、観光地として一躍有名になった。
 その後はポプリなどを中心にラベンダーの加工を始め、1980年代前半よりエッセンシャルオイルの抽出に成功して香水「フロム」を発売する。
 また、「ポプリの舎」を開設し、化粧品製造業の免許を取得、オリジナルのラベンダー香水である「FURANO(フラノ)」を発売した。
 1987年には石鹸の製造業免許を取得し、「ソープラベンダー」という名のオリジナル石鹸を発売するなどした。
 この頃にそれまで経営を繋ぐために行っていた稲作を中止し、花の栽培や加工を経営の中核とした。
 1990年に「ラベンダー芳香フェア」がフランスにて開催される。このイベントで行われた品評会にて、ファーム富田のオリジナルエッセンシャル オイル、「おかむらさき」が第1位を獲得。
 同時に「オートプロヴァンス・ラベンダー修道騎士」の称号を授与された。この称号は南フランスにあるラベンダーを生産する組織より、ラベン ダー栽培における功労者へ贈与されるものである。
 その後は冬期間にグリーンハウス内でのラベンダー栽培に成功、富田ラベンダー資料館や「ドライフラワーの舎」をオープンさせるなど事業を
 拡大し現在に至る。
 2008年6月、隣接する上富良野町に開園50年記念して「ファーム富田 ラベンダーイースト」が開園した。                                                                  【ファームガイドより】
       *
Img_2423Img_2424  駐車場から一歩〈花人の畑〉に入ると、カリフォル
 ニアポピー、姫金魚草、キンセンカなど色彩豊か
 な花々が目に飛び込んでくる。
 大勢の観光客が一斉にカメラを向けているので、
 写真を撮るのに苦労する。
 




                 *
Img_2428 Img_2426 次いで道路の上の斜面にある〈彩りの畑〉 へ向かう。
 ここの斜面にはラベンダーの紫色をはじめ、七色
 の花々がゆるやかな丘に鮮やかな虹色を描く、フ
 ァーム富田を代表する畑とのことです。
 ここにビール麦も植えられていたのには少しばか
 り驚きでした。




       *
Img_2429 その中程に展望台があり、彩りの畑を見下ろしながら、遠く十勝連峰を眺めることができるのです
 が、生憎と頂上付近に雲がかかっており、その全貌を見ることはできませんでした。
 また、気温が高く蒸し暑さのためこの坂道を登るのに汗が流れ落ち、ここが北海道なのか、とつい
 愚痴がこぼれるほどでした。
 展望台の上部に広がる斜面にもラベンダーやボピーなどの花が見られました。
       



  
       *
3_2 4 暑い日差しに汗を流しながらトラディショナルラ
 ベンダー畑
へ向かいました。
 ここはファーム富田の始まりとなった、日本で最
 も歴史のあるラベンダー畑です。
 斜面一面に咲くラベンダーは見応え充分。


       *
Img_2433_2 この斜面の下の道路沿いには香水の舎、蒸留の舎、ポプリの舎などが並んでいる。
 香水の舎は、富良野のラベンダーが知られるきっかけとなったトラディショナルラベンダー畑の
 傍らにある建物。
 展望デッキからは春・秋の彩りの畑とその奥にそびえる十勝岳連峰を美しく眺望することができ
 ます。
 ここではラベンダーのエッセンシャルオイルを独自に調香し、香水を作っていますが、その様子
 を間近に見ることもできます。
       *
 蒸留の舎は日本で唯一、ラベンダーからエッセンシャルオイルを抽出するための蒸留工場です。
 7月~8月中旬にかけてのラベンダー開花期には、紫色のラベンダーから琥珀色のエッセンシャ
 ル オイルが抽出される様子を見ることができます。        
       * 
 ポプリの舎は、木のぬくもりいっぱいの建物。
 フラワーデザイナーであるレン・オークメイド氏のアレンジで飾られた建物の中には、ファーム富田のオリジナル商品を揃えたショップとカフェ
 があります。
 ベランダから雄大な十勝岳連峰を眺めながら、ラベンダーソフトクリームやカレーなどの軽食を楽しむことができます。

Perfume_02 Distillery_02Potpouri_01
     香水の舎           蒸留の舎             ポプリの舎  
Img_2436 Img_2435
香水の舎・展望デッキからの眺望
 最後に春の彩りの畑と倖の畑(ききわいのはたけ)
 の間を通り、出発点へ戻る。
倖の畑
 濃紫早咲、おかむらさき、ようてい、はなもいわ、
 花色の異なる4種のラベンダーのグラデーションが
 美しい畑。


       *
 強い日差しにすっかり汗を掻かされたので、ラポートの舎のラベンダーソフトクリームで喉を潤す。
 とにかく広い花畑なので、ゆっくり時間をかけて見物したい場所だったが、団体行動とあって2時間ほどでも物足りない感じだった。
       *
 次いで明日の予定だった中富良野町にあるメロン農園の坂本農園 へ向かう。
 この坂本農園は、昨年から準備してきた法人化の手続きが終わり、『農業生産法人 ふらのエコファーム』として新しい形でスタートしたという
 <ahref="http://nemo.blogzine.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2011/07/25/fck20110706190543085821f3ca3993c5.jpg" onclick="window.open(this.href, '_blank', 'width=615,height=461,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false">Fck20110706190543085821f3ca3993c5
 農園主の坂本正男氏によれば、長年、無農薬、有機栽培にこだわり、技術の習得にも時間をかけて
 取り組んでいましたが、法人化により後継者に伝える機会が増えたとのこと。
 収穫したメロンは一般市場には出さず、直接販売のみという経営方針で販路を広げつつあるとのこ
 と。例外として新宿の高野のみ提供しているという。
 簡単な説明の後、栽培しているビニールハウスに案内される。今日の異常な高温のため、小生はハ
 ウス内に入らず、外から見学する。見事に育ったメロンが、ゴロゴロといった感じでハウス内に転
 がっている。
 見学の後、試食コーナーでそのメロンを戴く。
 確かに甘味が濃く、味は良いのだが、冷やしていないので、暑さもあって小生にとってはもう一つ
 物足りない感じがした。
 坂本氏の話では、このメロンは冷やさないで食べて欲しいとのことだったが……。
       *
 これで第一日目の予定が終わり、新富良野プリンスホテルへ。
 山の斜面に建てられたリゾートホテル。部屋から十勝連峰が眺められる筈だか、今日は山頂付近の雲が中々取れず見ることができない。
 一休みしてからB1にあるバンケットホールでの夕食は、和・洋・中のバイキング。
 小生は専ら和食泉門、まぐろ、サーモン、たこ、イカなどの刺身が小さくお粗末だったが、タラバガニは大きく食べ応えあり、その他寿司、ラー
 メンなどで満足。デザートのメロンは冷えていて美味しかった。
 食後、倉本聰氏プロデュースという『ニングルテラス』を散歩したが、終業時間が迫っており、ゆっくりと見物ができなかった。
       *
Img_2444 Img_2443 食後、倉本聰氏プロデュースという『ニングルテ
 ラス』を散歩したが、終業時間が迫っており、ゆ
 っくりと見物ができなかった。
ニングルテラス
 ニングルとは、作家・倉本聰氏の著書「ニングル」
 の作品に登場する昔から北海道の森に住む身長
 15cmくらいの「森の知恵者」のこと。
 アイヌ語で“ニン”は縮む、“グル”は人の意味。
 ここ「ニングルテラス」のクラフトマンたちは、
 ニングルの気持ちを尊重し、単に作品を「作る」
 のではなく、それぞれの知恵を絞って「創る」
 をテーマのもとに、ここにしかない、ここだからあるクラフト作品を創っているとのことだ。
Img_2439 Img_2440 富良野の森を散策しながらニングルの気持ちに、
 触れてみるのも楽しみだ。
 富良野の美しい森に建つ15棟とコーヒーショップ、
 だれでも参加できるクラフト工房「ニングルアトリ
 エ」があります。ここには、ショッピングだけでな
 く、直接参加し、創作できる商品の販売もある。




       *
 寝る前に『紫彩の湯』にのんびり浸かって、長かった1日の汗を流す。
富良野温泉
 富良野温泉・紫彩の湯(しさいのゆ)の源泉は、富良野大地の地中1,010メートルにある湯脈とのこと。
 大地から湧き出るなめらかな肌ざわりの湯が、心身の疲れを優しく癒してくれました。
       *
 9時40分 羽田空港(JAL509)→ 11時20分 新千歳空港 11時50分(札幌観光バス)→ 12時50分 岩見沢 I .C. 13時00分 → 14時10分
 ファーム富田 16時00分 → 16時10分 坂本農園 16時55分 → 17時30分 新富良野プリンスホテル 泊

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