即ち夢に覚りて神祇を敬ひたまひき。このゆえに賢后と称す。けぶりを望みて黎元(れいげん)を撫でたまひき。今に聖帝と云ふ。境を定め邦を開きて、近淡海(ちかつあふみ)に制(おさ)め、姓(かばね)を正し氏を選びて、遠飛鳥(とほつあすか)にととのへたまひき。ほしう各異(おのもおのもこと)に、分質同じからずといえども、古をかむがへて風いうを既にすたれたるにただし、今に照して典教を絶えむとするには補はずといふことなし
【崇神天皇は夢の中で神の教えを悟り、神祇を崇敬になりました。このために賢明な君主と申し上げています
仁徳天皇は民家から上る炊煙の少ないのを見られて課役を減じ、人民を慈しまれました。今になお聖帝と言い伝えられています
政務天皇は近江の宮で政をお執りになり、国郡の境を定めて国土を開発なさいました
允恭天皇は飛鳥の宮にあって天下を治め、姓氏を正されました
このように歴代の政治にはそれぞれ緩急があり、華やかさと質素との違いはありましたが、どの御世においても古代の事跡をよく考えて、風教道徳の既に崩れてしまっているのを正しくし、現今の時勢をはっきり見定めて、人間の規範の絶えようとするのを補強しないということはありませんでした】
★歩(ほ)しう各異(おのもおのもこと)に
歴代天皇の政治に緩急あること
★風いう
風教道徳
★典教
正しい人道の規範と教え