■思想という重さ

本から身軽になることは、気持ちを引き立てればできないことはない
それら本の群れの中に盛られている【思想】からも身軽になろうとする段になって、壁にぶつかる
本を読んだからといって思想が身につくわけではない。けれども思想は本とともに自分のところにやってくる。それが我が身に住み着いていた
思想は次から次へと外から押し寄せてきた。そして心に住み着く。気がつくとそれらの思想の荷物を抱えて生きてきた
1
「マルクス主義、フロイト主義、構造主義、、」
いかにも便利そうな新しい言葉
ハイカラな言い方
気づくとその使用法にがんじがらめ
思想かぶれ現象である
↓
2
「無神論、、」によるかぶれ現象
日本の国民性?
確信的無神論者はどこにもいないのに、、
■かぶれ現象から身軽になるといっても、全否定することはできない。捨て去ることができるはずがないのだから
「かぶれる」とは、辞書では「気触れる」ということをあらわしているとある。漆にかぶれるというような意味ではなかった
かぶれる=気触れる
物狂いになっている状態だ
取り憑かれている状態かもしれない
一切の思想から、どうすれば身軽になれるか。存在の軽さを渇望した
