るるの日記

なんでも書きます

読書日記【身軽の哲学】・存在の軽さへの渇望

2021-12-17 12:11:39 | 日記
■思想という重さ
本から身軽になることは、気持ちを引き立てればできないことはない
それら本の群れの中に盛られている【思想】からも身軽になろうとする段になって、壁にぶつかる

本を読んだからといって思想が身につくわけではない。けれども思想は本とともに自分のところにやってくる。それが我が身に住み着いていた

思想は次から次へと外から押し寄せてきた。そして心に住み着く。気がつくとそれらの思想の荷物を抱えて生きてきた

1
「マルクス主義、フロイト主義、構造主義、、」
いかにも便利そうな新しい言葉
ハイカラな言い方
気づくとその使用法にがんじがらめ
思想かぶれ現象である
2
「無神論、、」によるかぶれ現象
日本の国民性?
確信的無神論者はどこにもいないのに、、

■かぶれ現象から身軽になるといっても、全否定することはできない。捨て去ることができるはずがないのだから

「かぶれる」とは、辞書では「気触れる」ということをあらわしているとある。漆にかぶれるというような意味ではなかった

かぶれる=気触れる
物狂いになっている状態だ
取り憑かれている状態かもしれない
一切の思想から、どうすれば身軽になれるか。存在の軽さを渇望した





地元ニュース【鵜祭り・鵜様のお告げは、、】

2021-12-17 09:22:07 | 日記
16日午前3時
石川県羽咋市気多大社で、神前に放った海鵜「鵜様」の動きで新年を占う鵜祭りが営まれた
「慎重に進むべき」というお告げが出された

午前3時に神事が始まり、鵜様を七尾市鵜浦町から運んだ鵜取部と神職との問答後、鵜様が本殿に放たれた

一対のろうそくが灯る中、鵜様は周囲を見回した後、「案」と呼ばれる台に飛び乗った

鵜様が慎重な動きを見せたことで、宮司は「2年間鵜が捕獲できなかた。慎重に進むべきである。そうすれば光が見えてくる」と読み解いた

神事を終えた鵜は近くの一宮海岸で放たれた