子供がいないから分からないのだけれど、
最近の教育界は、昔とは随分変わって来ている(様だ)。
例えば、体験学習の様なものがあって、
会社やサービス業に、一日体験で働きに行く…とか、
そういうのが、授業であるんだってね?
今日は、郷土玩具つながりで、
シルバー人材の(もぐり)スタッフとして、小学校へお邪魔した。
内容は、社会奉仕活動の一環で、郷土玩具の伝承。
今回は、「紙ツバメ作り」を、1年生対象に行った。

私の担当は、8人。
小学生…って、なんか可愛いかった
。
子供ってピュアだよね?
悪意も無ければ、変に秀でた知識も無い。
「染め甲斐があるな~」と思った。
逆に、「染め方に失敗したら、責任感じるな~」とも思った。
みんな素直で、良い子だった。
まぁ、個性はそれぞれ…だけれど、8人とも良い子だった。
…と、した上で…
変な話、
関わっていると、段々「席順」の意味が分かって来た。
前列に居る子は、おとなし過ぎたり、元気過ぎたり、
ちょっと手を掛けてあげるベキ子…。
目配りが必要な子は、真ん中辺り…。
ムードメーカーも、真ん中辺り…。
後列は、見守りだけが必要な子…。
…と、私には思えた
。
子供時代の私は、窓際の真ん中の席になる事が多かった。
ポジションは、「存在感の薄い子」…だった。
その“窓際”で、私はいつも、
「前の子の椅子の下」を蹴りまくっていた。
前の子は、いつも怒っていたけれど、
相手にしてくれるのが嬉しくて、蹴り続けた。
(…今思えば、こういう子は、前列に座らせるベキ生徒だ
)
そうそう。
子供時代の私は、自他共に認める「存在感の薄い子」だった。
全くもって、自己が確立していなかったし、
秀でた能力も無ければ、特別な問題も無い子だった。
…そういう子は、先生にも忘れられる
…。
あれは、
お遊戯会「七匹の子ヤギ」の役決め…での出来事…。
みんなは先生から“役”を貰い、なりきって遊んでいた。
でも、私は待てど暮らせど“役”を言い渡されず、
みんなが「菫ちゃん、なんの役?」と騒ぎだしてから、
やっと先生に気付いて貰えた。(←自発的に聞く気もなかった私)
…で、悩んだ末に先生は、
七匹の子ヤギの“お母さん役”に、私を任命した。
既に“お母さん役”の子が、存在するのに…
。
“お母さんが二人存在する”七匹の子ヤギ…。
子供達からは、かなりのブーイングが出た。
でも、先生は「良いの!」と、それを黙らせた。
そして私は、ぽか~ん…としていた。(←ボーッとした子だった私)
嬉しいとか、悲しいとか、そんな事じゃなく、
ブーイングの矛先が、自分に向けられたインパクトが強くて、
今でも、あの時の光景は、鮮明に覚えている
。
それに、冷静に考えても「お母さんが二人」…なんて、
物語的にも、お芝居的にも、「変」だったし…
。
(八匹の子ヤギ…にする選択肢は、無かったのだろうか?)
何にせよ、
よほど、存在感の無い子だったのだろう…と、
当時の自分自身を、客観的に思う。
ツバメの指導が、問題なくスムーズに出来た分、
思わず 「あの頃の自分は、どの位置に属していたのだろう?」
…と、想いを巡らせてしまった伝承授業だった
。
最近の教育界は、昔とは随分変わって来ている(様だ)。
例えば、体験学習の様なものがあって、
会社やサービス業に、一日体験で働きに行く…とか、
そういうのが、授業であるんだってね?

今日は、郷土玩具つながりで、
シルバー人材の(もぐり)スタッフとして、小学校へお邪魔した。
内容は、社会奉仕活動の一環で、郷土玩具の伝承。
今回は、「紙ツバメ作り」を、1年生対象に行った。

私の担当は、8人。
小学生…って、なんか可愛いかった

子供ってピュアだよね?
悪意も無ければ、変に秀でた知識も無い。
「染め甲斐があるな~」と思った。
逆に、「染め方に失敗したら、責任感じるな~」とも思った。
みんな素直で、良い子だった。
まぁ、個性はそれぞれ…だけれど、8人とも良い子だった。
…と、した上で…
変な話、
関わっていると、段々「席順」の意味が分かって来た。
前列に居る子は、おとなし過ぎたり、元気過ぎたり、
ちょっと手を掛けてあげるベキ子…。
目配りが必要な子は、真ん中辺り…。
ムードメーカーも、真ん中辺り…。
後列は、見守りだけが必要な子…。
…と、私には思えた

子供時代の私は、窓際の真ん中の席になる事が多かった。
ポジションは、「存在感の薄い子」…だった。
その“窓際”で、私はいつも、
「前の子の椅子の下」を蹴りまくっていた。
前の子は、いつも怒っていたけれど、
相手にしてくれるのが嬉しくて、蹴り続けた。
(…今思えば、こういう子は、前列に座らせるベキ生徒だ

そうそう。
子供時代の私は、自他共に認める「存在感の薄い子」だった。
全くもって、自己が確立していなかったし、
秀でた能力も無ければ、特別な問題も無い子だった。
…そういう子は、先生にも忘れられる

あれは、
お遊戯会「七匹の子ヤギ」の役決め…での出来事…。
みんなは先生から“役”を貰い、なりきって遊んでいた。
でも、私は待てど暮らせど“役”を言い渡されず、
みんなが「菫ちゃん、なんの役?」と騒ぎだしてから、
やっと先生に気付いて貰えた。(←自発的に聞く気もなかった私)
…で、悩んだ末に先生は、
七匹の子ヤギの“お母さん役”に、私を任命した。
既に“お母さん役”の子が、存在するのに…

“お母さんが二人存在する”七匹の子ヤギ…。
子供達からは、かなりのブーイングが出た。
でも、先生は「良いの!」と、それを黙らせた。
そして私は、ぽか~ん…としていた。(←ボーッとした子だった私)
嬉しいとか、悲しいとか、そんな事じゃなく、
ブーイングの矛先が、自分に向けられたインパクトが強くて、
今でも、あの時の光景は、鮮明に覚えている

それに、冷静に考えても「お母さんが二人」…なんて、
物語的にも、お芝居的にも、「変」だったし…

(八匹の子ヤギ…にする選択肢は、無かったのだろうか?)
何にせよ、
よほど、存在感の無い子だったのだろう…と、
当時の自分自身を、客観的に思う。
ツバメの指導が、問題なくスムーズに出来た分、
思わず 「あの頃の自分は、どの位置に属していたのだろう?」
…と、想いを巡らせてしまった伝承授業だった
