蝉時雨という言葉通り、シャン、シャンと蝉の大合唱で毎朝目覚めます。
蝉の短い人生を焦っているかのように、自分の存在を確かめているかの
ように夏の朝を力強く鳴き叫んでいます。
また、太陽が熱く輝く夏だけの蝉の合奏は、私には楽しくもあり、時には
悲しく響く時もあります。
知念美希人著「ひとつむぎの手」
装幀 新潮社装幀室 銀色の糸と手が淡く浮かんで見えます
この作家「知念実希人」は、私の故郷福山市の出身者であるミステリー作家島田荘司選
「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」を受賞した翌年に作家デビューしています。
その縁あってでしょうが、福山の本屋さんでサイン会が時々開かれるそうです。
この物語は大学病院を舞台としたミステリーというよりは、人間ドラマだと思いました。
主人公「平良祐介」は心臓外科の中堅医局員、実直で温厚な努力家。
彼が念願の心臓外科医の道をひたすら目指している中で起こる権力争いや人間模様。
心臓外科医として、将来大きく関わってくる出向先の病院を彼の希望通りにすること
を約束に3人の研修医の指導を任せられる。但しそれには条件があります。
研修医たちとの関係のなかで、その条件を満たすために主人公らしくない卑屈さに
私はイライラし、情けなく、腹立たしくもなりましたが・・・
死を目前にした患者の家族とのやり取り、また理不尽な要求やライバルとの競争、後輩の
育成・・・と様々な苦悩、葛藤を経験しながら、医師として、人として大切なものを
体得し、清々しく未来に向っていく感動ドラマでした!
主人公が心臓外科医の道を目指したきっかけとなった最高権力者「赤石教授」は
彼に伝えます。
「だだ血管を紡ぎ合わせているのではない、患者の人生を、ひいては『人』そのものを
紡いでいるんだ、自分の形で人を紡ぐ医師になれ」
*「ひとつむぎの手」とは、副題『Hands of the Soul Savior』、直訳すると
「魂の救世主の手」、心臓外科医としての技術だけでなく、患者に対して
もっと血の通った、もっと温かい選択のできる医師であれと説いている物語だった
と思います。
冠動脈バイパス手術の担当教授のミスによって死に直面した赤石教授を救ったのは、
主人公「平良」でした。
「最初で最後の冠動脈バイパスの手術を始めよう、きっと俺は、この時のために、
この一紡ぎのために心臓外科医になったんだ。」
この平良の言葉に私の心臓も震え、これからの彼に精一杯のエールを送りました。
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この本の冒頭に出てくる「解離性大動脈瘤」という病名を、昨年知人の夫が発症し、
初めて知りました。
今現在、食べ物などに気を付けながら元気に生活されています。
作者が現役の医者だけあって、いろいろな病気の原因や治療が詳しく織り込まれ、
医療技術も日々進歩している中での選択肢があることを知ったことも大きな収穫でした。