誰もが使う駅、どこにでもある階段に、ひっそりとこびりつく僕は、ガム。
昔はグレープの匂いを纏いながら、銀紙に包まれて、仲間達と共に清潔感のあるコンビニエンスストアに並んでいた。
仲間達が次々と手に取られ、客と呼ばれる人達によって、レジまで運ばれる。
僕達にとって、レジは一つの門出。
レジを越えて、僕達は始めてガムとしての使命を感じられる。
僕達をコンビニエンスストアから連れ出したのはオジサンだった。
仲間の一人は、コンビニエンスストアを出てからすぐ、オジサンに噛まれ、その包装紙は路上に投げられ放置された。
それを見ていた僕は、近くにあるゴミ箱を眺めながら、『このオジサンは悪い奴だ』と思った。
仲間の数人が、オジサンに噛まれ、そして吐き出されるのを見ていた僕は、すでに恐怖心が芽生えていた。
次は僕の番に違いない。
空からは月が見張っているのに、そのオジサンは不満に満ちた表情のまま、満員電車の中で僕の事を音をたてて繰り返し噛み、そして改札に向かう階段の上で吐き捨てた。
僕は、自分の意思とは無関係に、階段の途中に無残に転がった。
オジサンの歯型がしっかりと刻み込まれた僕には、微かにグレープの香りが残っていたかもしれない。
でも、僕の事を噛んでくれる人はもういない。
一晩中、僕は一人だった。
そして、他の仲間の事を考えながら、幾日か経った。
この階段から僕のいる世界を見ると、僕達を噛む「ニンゲン」と言うやつが、いかに急いで生きているかが分かる。
ゆっくりと踵を引きずる様に歩くあいつや、傲慢な態度でヒールを階段で削るあの子も同じに感じる。
どの位、僕の上を歩くニンゲンの顔を見て、足音を聞いたかはもう覚えていない。
知らない間に僕はドス黒くなり、昔の面影はなくなった事を自覚していた。
もう、あの頃には戻れないんだな、と思う。
もし僕が生まれ変われるのなら、今度はキャラメルになりたい。
キャラメルになって、ちゃんと最期には消えてみたいと思う。
こんな階段にこびりついて、ニンゲンの急ぐ足音を聞くなんて・・・、もう僕はイヤなんだ。