酒を呑む、と言う事を絶つと宣言して10日も経たない内に、僕のアルコール血中濃度は上がる・・・。
客観的に見れば、僕は「何かに依存している自分が好き」なんだと思う。
今に思った事ではないけれど・・・。
依存と言えば薬物。
簡単に手に入るアルコールや、ニコチン、
少し頑張れば手に入る覚醒剤や、マリファナ。
そういったものに依存して、【病んでる自分】が僕は好きなんだと思う。
僕は、『何かに依存する行為、精神状態』ってのは好きじゃない。
世の中、恋愛ってのは合法だけれども、『合法恋愛』の延長線上で殺人事件が起きるのは周知の事実で
それだったら、マリファナやアヘンでもいいけど、を吸いながら、止まらないメリーゴーランドのコミュニティの中でヘラヘラと恋愛ごっこしている方が、世間的には平和だ。
僕は、お酒を飲むと、すごく暴力的になってしまう。
それも特に悪質で、人を殴って警察を呼ばれるなら、まだいい。
絶対に手は出さない。
手を出さない上で、人と何かにつけて口論になり、論破したくなる癖がある。
この『論破したくなる癖』が、どうしても抜けない・・・
【白い物は白】と解っていても・・・
相手が、「そうだよね、それは白いよね」と言えば、『いや、そうじゃない、これをクリーム色と言う人もいる!!』と本気で憤慨して言い出すのだ。
スイッチが入れば、非常に冷静に、相手の言葉を解析して、揚げ足をとり、自分の言葉に不備がない様に、時間を取りながら、相手が
『もういい!!!お前とは理解しあえない!!!!』と子供の様に叫ぶまで続けたい。
と、言うのも、やはり、本音で『何か』を語り合った時に、『何か』について、解決策と言うのは産まれない・・・と、寂しい人生の僕は思う。
何かを作り出す時でも、『ここは譲れない』と言う・・・、場面は譲らないが・・・、どうでもいい事はサラリと流す。
流すのが大人だ。
人生とは、大半が諦めの連続で、「何を諦めるか?」で形成されている。
昔、ウルトラマンになりたかった青年も、いつしかウルトラマンを諦める。
地元のヒーロー、警察官。
それさえも諦める。
その時にダークヒーロー、『自分』が芽生えたりするのだろう。
勝手な、本当に自分勝手な正義。
困っていない人まで困っている!!と決めつけて【勝手に救い出す】変な人。
それはアメリカか?カルト集団の教祖か?は、分からない。
本当に困ったことに、人を助けている自分が、何者か?
誰にとって有益なのか?損なのか???
その時の自分には解らないみたい・・・。
自分が何を救っているのか?解らない人、
愛している人の為に生きているのに報われない人、
それは結局、
自分が、自分の為に「他人のセイ」にして自分の時間を浪費した!と主張する、負け犬の遠吠えなのかもしれない。
僕は、そんな事を人と酒を交わしながら話そうとすると、争いしか起きない!と予感しているから、【かんたんに人と酒を飲まない】と心に決めている。