若手女優さんは、ほとんど分からない私だから、清水冨美加と言われても全く分からなかった。
しばらくして、映像を見てあぁこの人か~と思ったぐらい、顔は分かるけれど名前はわからないという、その程度の認識。
清水さんが、幸福の科学という宗教に突然出家、そのことが波紋をよんでいる。
この件に関して、芸能界のご意見番的な方達が「別に幸福の科学に出家してもいいけれど、契約期間中にこういった勝手なふるまいをするのは良くない」とか「信仰はいいけれど、仕事のそれとこれは別」とか「大人として事務所に敬意をはらってやめるべき、迷惑がかかる人達がたくさんいるのに」とか まぁこういった感じの意見ばかりなのは、面白くないなと思う。
なんか偉そうに怒ったように言ってる人もいるけど、そんなにとがめられることだろうか?
誰か一人くらい「別にいいんじゃない。そも芸能界の常識を考える女優だったら、こんな騒動起こさないよね。仕事に穴があけたことで、迷惑がかかることは確かだけど、そのために契約があるわけだし」とか「彼女の代役はいくらでも、いるから、辞めたかったら辞めれば?いい加減な仕事されるより、周囲もいいかも」とか「そんなアカデミーとるような大した女優でもないのだし」とか「若いから自意識も高いし、色んなものにも、かぶれやすい。芸能人なら、なおさらエキセントリックで普通の女の子と違う面もあるはず、だから女優やってるんだよね。そこを管理できなかった事務所も悪いし、どっちもどっち。」
こういった意見が出てこないのはなぜだろうか?つくづくテレビというのは、予定調和の世界だなと思う。また私個人は、清水さんがいなくても別に困らない視聴者なのだけど、「自分がいなくなっても世界は普通に回っていく」という現実的認識が若い彼女には、ないと思う。そういう考えがあれば、ああいった本は出せない。自分を正当化する本当の理由はどこにあるのか?そもそも彼女は現実をきちんと理解しているのか?芸能界のダークな部分が本当にあるのかなど…こういった部分にふれるとヤバいので、ご意見番さん達は、予定調和的見解を述べているような気がする。
仕事を辞める時に 「立つ鳥跡を濁さず」という形が理想的だし、大人ならここを辞める時に目指すべきだろう。けれど人生そういかない時もある。それはそれで仕方ないと思うし。それを痛みに思って次頑張れるかどうかは、その人の人生や生き方だから。結局自分が選んでいる人生。
それから清水が事務所の社長のことを「殺したい」と書いたのは、私可愛いなと思った。ストレートで(笑)こういった面をあからさまに見せるのは、彼女の個性か、作戦か何かしらないけど、私ならそう思っても隠すから(笑)「あ~あいつうっとうしいな。死ねばいいのにな」まぁ苛々してそういう野蛮な言葉も出てくる環境がそんなに珍しいだろうか?冷静に考えたら、私はごく普通だと思うけどね。