嫌悪と恐怖がぞくりと背筋を凍らせる。
足音をしのばせて部屋を見渡すと、部屋には、ほかにも少年たちの遺体が転がっていた。
なにがあったのか。
死体のひとつひとつは見事なまでの切り口で、少年たちも手だれであっただろうに、ほとんど一撃で急所を狙われているのがわかる。
少年のひとりは、武器を取り出そうとしている姿勢のまま死んでおり、もうひとりは、逃げ惑うところを背中から襲われていた。
戦闘らしい戦闘もなく、ほとんど一方的な殺戮がおこなわれたのだ。
虚空を見つめたまま絶命している少年の目を、ひとつひとつ孔明は閉じてやり、そうして、肩で息を整えた。
今夜ほど、涙があふれる夜はない。
孔明はまたも泣いていた。
少年たちの数は全部で六人。
さきほど劉表の部屋にいた『壷中』のなかで仲間割れがおこり、一方が一方の不意を襲ったのか。
不意に風が動き、孔明は反射的に手にしていた長剣でもって振り向きざま、襲ってきた敵に切りつけた。
同時に、ぎん、とするどい金属の音がして、場違いなほど明るい声が、暗い部屋に響く。
「やっぱりあなたは頭がいい。もう状況に慣れたようですね。それでいいのですよ」
大人びた口調で、|血塗《ちまみ》れの|花安英《かあんえい》は言った。
刃と刃を交えた先の、美しいけものに向けて、孔明はうなる。
「悪ふざけが過ぎるぞ。もし当たっていたら、大変なことになる!」
「当たりゃしません。あなたの腕はたかがしれているし、わたしは本気じゃなかった。
だから怪我をしようがない」
「くりかえすぞ。悪ふざけが過ぎる。周りを見ろ!」
花安英は、孔明に言われて、はじめて部屋の状況がわかったようである。
まず、最初にひとりの死体をみつけて、はっとして剣を引いた。
それから部屋に横たわる六人分の遺体をすべて見て回った。
花安英は言葉を発さなかった。
孔明が廊下のほうを見ると、わずかに開いた隙間から、廊下に打ち倒された兵士たちの死体が見えた。
篝火が夜空を赤く照らしている。
悪夢のような光景だ。
「あいつ」
ようやく、花安英はそれだけ絞りだした。
「あいつ? 『|狗屠《くと》』か?」
孔明の問いに、花安英は答えず、『弟たち』の無残な死体を見下ろしたまま、震えている。
血まみれの刀を持たない手は、蒼白になったおのれの顔を撫でている。
「あいつは、もう駄目だ。『弟たち』にまで手を出すなんて」
「狗屠はだれだ? なにが目的なのだ? かれらはなぜ、殺されねばならなかったのだ?」
花安英は、孔明に背中を向ける形で、沈黙をつづけている。
「花安英、この者たちを始末せよと命じたのは|潘季鵬《はんきほう》か?」
「ちがう。こいつらは、弟たちの中でも、『壷中』の仕事を嫌がっていた連中なんだ。
きっとあんたの言葉を聞いて、襄陽城を出ようとしたのだと思う。だから、殺された。
でも潘季鵬はいま、趙雲のことで頭がいっぱいのはずだ。
こいつらのことまで頭が回るとは思えない」
「では単純に仲間割れか? 『狗屠』というのは、ずいぶんと潘季鵬に忠誠を誓っているのだな」
だが、花安英は首を大きく横に振った。
「忠誠なんて誓っているものか。
あいつは単に、潘季鵬がいいようにやらせてくれるから、一緒に組んでいるだけだ。
でもなぜだ。自分だって、自由になりたいと言っていたのに!」
ふと、花安英は思い当たったことがあったらしく、顔をあげる。
「あいつ、まさか、全部ひとりで始末をつけるつもりでは?」
そのとき、ひときわ大きな怒号が、城門のほうから聞こえてきた。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です、うれしいです(^^♪
おかげさまで70話まで漕ぎつけました。
涙の章はそろそろおしまい、つぎの太陽の章へつづきます。どうぞお楽しみにー!
このところ忙しくて、なかなか近況報告を書けません、すみません;
余裕ができたら、今日か明日に近況報告書きますね。
更新したら、どうぞ読んでやってくださいませ(#^.^#)
足音をしのばせて部屋を見渡すと、部屋には、ほかにも少年たちの遺体が転がっていた。
なにがあったのか。
死体のひとつひとつは見事なまでの切り口で、少年たちも手だれであっただろうに、ほとんど一撃で急所を狙われているのがわかる。
少年のひとりは、武器を取り出そうとしている姿勢のまま死んでおり、もうひとりは、逃げ惑うところを背中から襲われていた。
戦闘らしい戦闘もなく、ほとんど一方的な殺戮がおこなわれたのだ。
虚空を見つめたまま絶命している少年の目を、ひとつひとつ孔明は閉じてやり、そうして、肩で息を整えた。
今夜ほど、涙があふれる夜はない。
孔明はまたも泣いていた。
少年たちの数は全部で六人。
さきほど劉表の部屋にいた『壷中』のなかで仲間割れがおこり、一方が一方の不意を襲ったのか。
不意に風が動き、孔明は反射的に手にしていた長剣でもって振り向きざま、襲ってきた敵に切りつけた。
同時に、ぎん、とするどい金属の音がして、場違いなほど明るい声が、暗い部屋に響く。
「やっぱりあなたは頭がいい。もう状況に慣れたようですね。それでいいのですよ」
大人びた口調で、|血塗《ちまみ》れの|花安英《かあんえい》は言った。
刃と刃を交えた先の、美しいけものに向けて、孔明はうなる。
「悪ふざけが過ぎるぞ。もし当たっていたら、大変なことになる!」
「当たりゃしません。あなたの腕はたかがしれているし、わたしは本気じゃなかった。
だから怪我をしようがない」
「くりかえすぞ。悪ふざけが過ぎる。周りを見ろ!」
花安英は、孔明に言われて、はじめて部屋の状況がわかったようである。
まず、最初にひとりの死体をみつけて、はっとして剣を引いた。
それから部屋に横たわる六人分の遺体をすべて見て回った。
花安英は言葉を発さなかった。
孔明が廊下のほうを見ると、わずかに開いた隙間から、廊下に打ち倒された兵士たちの死体が見えた。
篝火が夜空を赤く照らしている。
悪夢のような光景だ。
「あいつ」
ようやく、花安英はそれだけ絞りだした。
「あいつ? 『|狗屠《くと》』か?」
孔明の問いに、花安英は答えず、『弟たち』の無残な死体を見下ろしたまま、震えている。
血まみれの刀を持たない手は、蒼白になったおのれの顔を撫でている。
「あいつは、もう駄目だ。『弟たち』にまで手を出すなんて」
「狗屠はだれだ? なにが目的なのだ? かれらはなぜ、殺されねばならなかったのだ?」
花安英は、孔明に背中を向ける形で、沈黙をつづけている。
「花安英、この者たちを始末せよと命じたのは|潘季鵬《はんきほう》か?」
「ちがう。こいつらは、弟たちの中でも、『壷中』の仕事を嫌がっていた連中なんだ。
きっとあんたの言葉を聞いて、襄陽城を出ようとしたのだと思う。だから、殺された。
でも潘季鵬はいま、趙雲のことで頭がいっぱいのはずだ。
こいつらのことまで頭が回るとは思えない」
「では単純に仲間割れか? 『狗屠』というのは、ずいぶんと潘季鵬に忠誠を誓っているのだな」
だが、花安英は首を大きく横に振った。
「忠誠なんて誓っているものか。
あいつは単に、潘季鵬がいいようにやらせてくれるから、一緒に組んでいるだけだ。
でもなぜだ。自分だって、自由になりたいと言っていたのに!」
ふと、花安英は思い当たったことがあったらしく、顔をあげる。
「あいつ、まさか、全部ひとりで始末をつけるつもりでは?」
そのとき、ひときわ大きな怒号が、城門のほうから聞こえてきた。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です、うれしいです(^^♪
おかげさまで70話まで漕ぎつけました。
涙の章はそろそろおしまい、つぎの太陽の章へつづきます。どうぞお楽しみにー!
このところ忙しくて、なかなか近況報告を書けません、すみません;
余裕ができたら、今日か明日に近況報告書きますね。
更新したら、どうぞ読んでやってくださいませ(#^.^#)