はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

おばか企画・おれんじ 後編

2020年10月10日 11時08分50秒 | おばか企画・おれんじ
董和の家

「岱よ、やはり間違っている気がする。張飛はケルトジンとやらを退治しに行ってしまったし。それにこの被り物、腐ってきていないか? ニオイが強くなったような気がするのだが」
「親睦を深めるためには、忍耐も必要でございます。つぎは、董幼宰さまのお屋敷でございますぞ」
「うむ…あまりよい思い出のない家だが」

董和の家は、こじんまりとした風情の家である。
もともとの民家を、自らこつこつと補修をして大きくした、手作りの家であり、本職の大工が行ったのとはちがって、どこか形がいびつになっている箇所もあるが、そこが不思議と温かみを醸し出している。

「Trick or Treat! お菓子をくれなば、悪戯ぞ!」
馬超が叫ぶと、中から、老爺のはいはい、というのんびりした声が聞こえた。
そして門ががらりと開くのだが、老爺は、門を開いた途端に目に飛び込んできたオレンジと、そのオレンジの中にある、忘れようにも忘れられない彫の深い顔立ちの武将の姿に、すっかり肝をつぶして、ぎゃあ、と悲鳴をあげながら、屋敷にとって返す。
屋敷の中では、がたん、ごとんと、派手な音がして、ほどなく、老爺と、董和の息子・董允が、お互いに手を取り合って、こわごわと出てきた。
見るからにぶるぶる震えている董允は、おずおずと、馬超を見て、蚊の鳴くような声で尋ねてきた。
「わが家に如何な御用事でございましょう?」
「Trick or Treat! お菓子をくれなば、悪戯ぞ!」
「は、はあ?」
董允は、意味が聞き取れなかった様子で、首を傾げるが、繰り返すのがきらいな馬超が凄みをきかせて睨むと、ぶるりと震えて、隣の老爺に尋ねた。
「い、いま将軍はなんと言われたのだろう。悪戯ぞ、は判ったのだが」
「とれっくおあとりーと…なんたら、とおっしゃいました」
「とれっく? とれっく…あ、スタートレック? わたしはシリーズの中ではボイジャーが好きです」
「何を言っておるか!」
と、馬超が言うと、董允はひい、と声をあげて、それからまた考え込んだ。
「とれっくおあとりーと…なんの暗号であろう。というか、なぜ暗号を将軍がわたしに告げるのであろう。父上は左将軍府よりお戻りにならぬし、答えなければ悪戯だというし…」
と、董允は考えて、ふたたび老爺に尋ねる。
「悪戯とは、どんな悪戯なのであろうな」
「坊ちゃま、それを想像している場合ではありませぬ。とりーとというのは、もしや、頭を洗うときにつかう、アレではございませぬか」
「とりーと…とりーと…トリートメント! なるほど! 将軍は、トリートメントを寄越せと言っているのだな」
よし、とおおいに頷いて、董允は風呂場へ急行すると、コンビニで貰ったビニール袋にトリートメントを入れて持ってきた。
馬超はそれを受け取り、怪訝そうに眉をしかめる。
「ASIENCE トリートメント?」
「はい、うちはいま、それを使っております。というか、父子そろってチャン・ツィイーのファンでして」
董允は、坂本龍一作曲の例の唄を口ずさみはじめたが、あわてて馬超は遮った。
「よい、歌うな! しかし妙なものよ。これが菓子か? まあ、張飛はハブ酒が菓子だとのたまわったことだし、こういうのもアリなのか…」


オレンジ色の捕縛

世の中には妙な家庭があるものだと、首をひねりながら、馬超が次の家庭目指して歩いていると、道の向こうより、趙雲率いる部隊が、どかどかと蹄の音を派手にさせてやってきた。
ほう、捕り物か、と思えば、なぜだか趙雲の部隊は、馬超と馬岱をぐるりと取り囲む。
「オレンジ色の賊! 神妙にお縄を頂戴するがよい!」
相も変わらず強面な男だな、と思い、かぼちゃの被り物の中から馬超が顔をあげると、趙雲は、それと気づいて、驚いている。
ふむ、こいつとも、一応親睦を深めておくか。
「Trick or Treat! お菓子をくれなば、悪戯ぞ!」
「わけのわからぬことを言って、我らを混乱させようとしても無駄ぞ。すでに三件も被害届が提出されておる」
と、趙雲は、懐から紙を取り出して、それを読み上げる。
「さとうきび 一本
ハブ酒 一本
ASIENCE トリートメント 一本
…最後のトリートメントがよくわからぬが、テーマは沖縄か?」
趙雲は、戸惑って眉をしかめるが、そこへ伝令が飛び込んできた。
「趙将軍、一大事でございます。西側の警邏が、単騎で門を突破しようとした不審な白の全身タイツ男を捕縛いたしましたところ、張将軍でございました」
「タイツ? なぜタイツ!」
「これより、西にある紛争の当事者・ケルトジンなる蛮族を退治にしに行くとおっしゃっておられます。如何対処いたしましょうや?」
「西で紛争が起こっているなど、聞いたことがない。第一、ケルトジンなる者、いったい何処の蛮族の長か。情報が明らかではない以上、門を通すわけにはいかぬ」
「張将軍がおっしゃいますには、この紛争には、全身タイツを纏うことと、菓子を持参することが義務付けられており、そのためにこんな格好をしているのだ、通さねばマジでTrick or Treat! と、意味の不明瞭なことを口にしておられます」
すると、趙雲はしばし考え込み、それから、馬超と馬岱を見下ろした。
「元凶は貴殿らと見たが」
「元凶とは大げさな。これは、はろうぃんなるぞ。なあ、岱」
「左様でございます。扮装をして、町を練り歩き、お菓子を貰う楽しい祭りでありますのに、どうしてそのように騒がれるのか、腑に落ちませぬ」
「羌族の風習なのか。聞いたことがないが」
趙雲は考え込み、それから、ふと思いついた様子で、部下に下知した。
「事情が詳らかにならぬうちは、被害届も出ていることであるし、やはり放置しておくわけにはいかぬ。お二方を捕縛せよ。ただし丁重にな」
捕縛、と聞いて、誇り高い馬超は、とたんに激昂した。
「なんだと! せっかく蜀の連中と親睦を深めるべく、このわたしが、自ら斯様な格好をして努力をしているというのに、貴殿はわたしに、塀の中の懲りない面々と親睦を深めよと言うのか!」
「あー、向かう先は牢ではない。左将軍府だ。あそこには妙に各地の習俗に詳しいの(劉巴・董和など)が集っているからな。なんだかこのところ、ヒマそうにしているから、喜んで調べてくれようぞ。さあ、行くぞ」


Trick or Treat

「ハローウィンというのは、馬岱が主張するように、たしかに西のお祭りのようだ。ただし、扮装して菓子を貰うのは『子供』。そこが抜けていたのだな。
みなと仲良くしたいという想いから発したことであるし、それに被害がさとうきびにハブ酒にトリートメントだろう。今回は訓告だけで済ませることにした」

やれやれ、と言いながらも、どこか面白がっている孔明は、屯所にて、淡々と職務をこなす趙雲のとなりで、行儀悪くも机の上に腰かけて、足をぶらぶらとさせて言うのであった。
そして、ぼんやりと宙を眺めて言う。
「ああ、せっかくの暇つぶしが、もう終わってしまった」
「仕事が揚武将軍のところから回ってこないというのであれば、いまのうちに掃除だの備品の発注だのをしていればよかろう」
「掃除は午前中に全部終わってしまったよ。備品の発注といったところで、何人もかかってやるような仕事じゃなし。竹簡の整理と分類も完璧だし、いっそ視察にとも思ったが、揚武将軍のことだ。みなが出払ったときを見計らって、一気に仕事を寄越すような気がしてならぬ」
「ではどうするつもりだ」
「あちらの過労死待ち」
「物騒なことだな。おまえたち文官の争いというのは、どうもいじいじした展開になって好かぬ」
「わたしだって、こんな後ろ向きなことは好きじゃない。だから、こうして他の部署で仕事がないかと思ってきているのだよ」
「遊びに来ているだけであろう」
趙雲は、憮然として言う。

事実、孔明は、馬超のことにかこつけてやってくると、屯所を中心に、ちょこまかと趙雲の視界のどこかでうろうろして、まったく落ち着かないのである。
書簡を手にした文官が通ろうものなら、すかさず声をかけて手伝いを申し出る積極性は評価できるが、文官も相手が孔明であるから、簡単な仕事を頼むわけにもいかず、とんでもございませんと怯えて逃げて行ってしまうのだ。

孔明は、今度は趙雲の背後に回り、それから書き付けている帳面を覗いて、言った。
「代筆は要らぬか、代筆」
「要らぬ。それより、馬超たちは帰ったのか」
「みなヒマなものだから、馬超を取り調べるという名目で、なんだか茶会がはじまったようだよ。親睦を深めるという目的は達成できたようだ」
「お騒がせな男だな。ふつうのときに、ふつうに親睦を深めればよかろうに、意地っ張りめが」
「そう言うな。意地っ張りであるからこそ、特別な機会がなければ、照れてしまって動けないのさ。そう考えれば、錦馬超と恐れられている男も、可愛らしく見えてこないかな」
「可愛い?」
と、趙雲は、かぼちゃの被り物にオレンジの全身タイツを身につけた馬超の情けない姿を思い浮かべてみる。
「可愛いというより、可哀そうであったが」
「同情は愛情の始めなり」
「薄気味悪いことを言うな。ヒマだからといって、俺で遊ぶな。帰れ」
帰れ、といわれて、孔明は不満そうにしたが、ふと、思いついたのか手を打って、晴れやかに言った。
「子龍、我らもはろうぃんなるものをしてみるか」
「全身タイツでそこいらを歩くのか。永久に仕事が来なくなるぞ」
「よその家に押しかけるのではなくだな、『Trick or Treat! お菓子をくれなば、悪戯ぞ!』」
趙雲は、書面から目を離すと、孔明を見た。
「甘いものは好かぬゆえ、菓子の類いは置いてない」
「ほう、では悪戯だな!」
孔明は、目を星のようにきらきらとさせて、言ってくる。
とたん、いつものことであるが、趙雲はいやな予感にとらわれた。
「なにをするつもりだ」
「悪戯だよ。なにがよいだろうか」
「悪戯を仕掛ける相手に相談するな」
「ああ、そうだな。では、自分で考えるとして」
と、言葉を切って、孔明は、にやりと邪悪な笑みを浮かべる。
趙雲は、自分が大失敗したことを感じたが、しかし後の祭りであった。
「いま、素晴らしい悪戯を思いついたぞ。さあ、参ろうか」
「どこへ」
「あなたの家だよ。屯所じゃ人目があるからな」
「なにをするつもりだ」
「悪戯だから教えない」
「すまぬ、俺は急用を思い出した」
腰を浮かしかけた趙雲の腕を、孔明はがっしりと捕まえて、引っ張った。
「逃がさぬぞ、趙子龍。さあ、立ちたまえよ。ああ、君、趙将軍は今日は早退するのでよろしく。みなには、はろうぃんだからと伝えてくれたまえ」
趙雲の部将は、孔明の奇矯さに慣れてしまっているが、それでも、突拍子もない伝言に、はあ、と生返事をして、腕を絡めとられて、引きずられるようにして去っていく、趙雲を、呆れて見送った。
「思わぬ楽しみが見つかったな。平西将軍に感謝をせねば」
孔明は、けらけらと声をたてて笑いつつ、ときに鼻歌なんぞを歌いながら、嫌がる趙雲を引っ張って、その屋敷へと向かったのであった。

その後、どうなったのかは、だれも知らない。

おわり

ハロウィン特別企画でした。
お付き合いありがとうございます。
ネタが時の流れを感じさせます。

サイト・はさみの世界 初出 2005/10

おばか企画・おれんじ 前編

2020年10月10日 11時06分20秒 | おばか企画・おれんじ
※毎度おなじみではございますが、時代考証は台風の影響によりどこかへ吹き飛ばされ、しかも増税という昨今、世の中どうなってしまうのでしょう、というのはさておき、ともかくギュスターブ・モローの絵のように繊細かつ神秘的な寛容さを持つ方に、特にお奨めするものでございます。

「兄者、ハロウィンなるものを知っておられるか」
「はろうぃん? 知らぬ」
「はるか西の国で行われる祭事なのだそうだ。その日には、家々を扮装して練り歩き、『Trick or Treat!(お菓子くれなきゃ悪戯だぞ!)』と言う。すると、家の人間は、菓子を恵んでくれるそうだ」
「甘いものは好きではないが」
「しかし、みなさまと親睦を深めるのには、よき機会でございますぞ」
「それも興味がないな」
「兄者。兄者が蜀に入られてからだいぶ経つのに、いまだ親交のあるお方がおりませぬな。このままでは」
「このままでは?」
不機嫌そうな馬超の目が、ちろりと睨んでくるが、そこは幼なじみ兼従弟。動じることなく続けた。
「老後が寂しいですぞ」
「そんなに長く生きるつもりもないが」
「まあまあ、それでも、一人より、お友達がいたほうが楽しいでしょう。衣裳なら、西からの商人より仕入れてありますゆえ、さっそく着替えて出かけましょう」
馬岱は、渋る馬超を促して、さっそく仮装をして、外に出たのであった。

法正の家

法正の家は、いつでも私兵で固められている。
劉璋とともに成都を追われた豪族の屋敷を接収し、改良に改良を重ねたもので、一見するとちょっと広いだけの屋敷だが、中に入ると、ひと昔前に流行した巨大迷路のように複雑な構造になっているらしい。
行方不明になった家人が、白骨死体で見つかったことが、あるとかないとか。

「Trick or Treat! お菓子をくれなば、悪戯ぞ!」
法正の家の門衛は、怪しい格好の二人組みの、その中身を見て、顔を強ばらせて、叫びながら家に入っていく。
「いつになく派手な錦馬超! いつになく派手な錦馬超が来襲!」
その駆け去る背中を見つつ、馬超は従弟に尋ねた。
「おい、この格好、間違っておらぬのか」
「商人が申しますには、この被り物、じゃっく・お・らんたんと称しまして、西では著名な妖怪で、はろうぃんといえば、この扮装をするのが定番だそうでございますが」
馬超は、大きなオレンジ色のかぼちゃの中身をくりぬいた被り物に、いかにも安っぽい真っ黒なマント、下はやはりオレンジ色の全身タイツで、胸に『覇路宇因上等!』と書きなぐったような文字のロゴがついている。かぼちゃは本物なので、重いうえに、ちと生臭い。
すくなくとも、第三者が彼らに言えることは、『商人に騙されてるよ』ということだけである。

往来を行く人々の目を気にしつつ、じっと待っていると、眠っていたのか、水玉模様のネグリジェとおそろいのナイトキャップ、片手にテディベア、目の下にはクマをカバーするためのパックという姿の法正が、顔をひきつらせてやって来た。
そして、珍妙な馬超の格好を見るなり、言う。
「徹夜の連続で、ようやく眠れたと思っていたところに、なんだ、そのわけのわからないバレンシアオレンジ色の鮮やかな色彩! 何用ぞ!」
「お互い様のような気もするが…菓子をくれ」
「自分で買え」
と、門を閉めかける法正であるが、馬超は素早く足を隙間に入れて、締め出されることを防いだ。
「なにをする、足をどけろ!」
「お菓子をくれなば、悪戯すると告げたはずだが」
「なんと、いきなり押しかけてきた上に、無礼にも脅迫か!」
「そういう祭りだ。菓子よこせ!」
「なんと高圧的な…わたしは、ね・む・い、のだ!」
「ならば菓子を与えてから眠ればよかろう」
「居直りおったか! どうも貴殿は、左将軍府の若造に通じるところがあるような。ふん、その若造も、いまごろ仕事がなくて干上がっておるところであろう」
「なぜ仕事がないのです」
と、馬岱が尋ねると、法正は、鼻をフン、と鳴らして答えた。
「以前は左将軍府への嫌がらせとして、山ほど仕事を与えておったのだがな、やつめ、かえって喜んで、バリバリ仕事をこなしてしまいよる。それで、逆に仕事を回してやるのを止めたのだ。わたしより早くシナプスを失ってボケてしまうがいい!」
ふはは、と笑う法正であるが、結局、孔明たちに仕事を回さないおかげで、自分が過労死寸前なのであった。
「判ったら帰れ! というか、眠らせてくれ、お願い!」
高圧的にお願いする法正に、馬超はまったく変わらず答えた。
「菓子をくれるなら」
「ヒトの話を聞いておらぬな。面倒な…菓子を与えれば帰るのだな」
「帰る」
答える馬超に、馬岱が後ろから言った。
「それでは親睦になりませぬぞ」
「しかし、揚武将軍は眠そうだぞ」
「兄者は妙なところでやさしいなぁ」
ひそひそする馬超と馬岱を交互に見つつ、法正はキツネ顔を渋くして、言った。
「わかった、いま持ってくるゆえ、大人しく待っているがいい。門にスプレーで錦馬超参上! とか書いたら、許さぬぞ!」
「そういう悪戯はせぬ。せいぜい家畜小屋に火をつけるだけだ」
「さらに悪質ではないか。ええい、脅迫に屈するは口惜しいが、睡眠のためぞ、待っておれ!」
しばらくして、法正は、菓子を持って戻ってきた。
そして、馬超に差し出す。
三十センチほどのそれは…
「さとうきびではないか」
「寝る前にかじらないと、悪い夢を見るのだ」
「さとうきびが睡眠薬代わりなのか? 虫歯になるぞ」
「ほっとけ! というか、目的を果たしたであろう、帰れ!」
法正は言い放つと、馬超の目の前でぴしゃりと扉を閉めてしまった。


屯所

趙雲がいつもの如く執務に励んでいると、伝令を携えた部下が、勢い込んでやってきた。
「申し上げます、成都の中心部において、賊が出没したよし!」
「ふむ、被害はあったか」
趙雲が尋ねると、部下は礼を取って、答える。
「はい。賊はやたらと派手なオレンジ色の衣裳を身に纏い、菓子を寄越さなければ、嫌がらせをすると脅迫し、各家よりお菓子をせしめている様子」
菓子、と聞いて、屯所につめていた将たちは、互いにざわめいた。
なぜ、菓子?
趙雲は己の顎をさすりつつ、思案する。
「目的のわからぬ賊であるが、治安を乱しておるのは許せぬ。みな、賊の捕縛に向かう。準備せよ!」
「はっ、各隊に通達! 賊は菓子好きのオレンジ! 菓子好きのオレンジなるぞ!」
こうして、屯所の部隊は、ぞろぞろと、オレンジ色の賊を捕らえに出撃した。


張飛の家

張飛の家は、子供が多いので、いつでも賑やかだ。
張飛の家と知っていて、入ってくる泥棒もなかろうという自信なのか、門戸は開け放たれており、中から子供たちの遊んでいる声が聞こえてきた。
しかし、馬超たちが門の前に立った途端、子供たちはぴたりと遊ぶのを止めて、怯えた表情を浮かべ、屋敷の中に入っていってしまった。

ほどなく、蛇矛をかかえた張飛が、どすどすと足音を響かせてやってきた。
「Trick or Treat! お菓子をくれなば、悪戯ぞ!」
「やかましい、変質者! なに舐めた口を叩いてやが」
『る』というところで、張飛は、怪しいオレンジ色が、何者か気づいたようである。
その珍妙かつ、目のやり場に困る格好を見て、張飛はおそるおそる馬超に尋ねた。
「なあ、それ、羌族の民族衣装かなにかか」
「ちがう、はろうぃんの扮装なのだ」
「は? はろういんの紛争? どことどこが戦っているのだよ? というか、もしかして、戦闘服なのか、そのタイツ。そういやあ、戦隊モノのヒーローの成れの果てに見えなくもない。全身タイツにならないと、戦っちゃ駄目だとかなんとかいう」
そうしたら、俺は出たくないな、でも戦功は欲しいな、と想像を先走らせて、頭を悩ませる張飛に、馬超は繰り返した。
「菓子をくれ」
「なぜ」
「なぜもなにも、そういう祭りなのだ」
「菓子を持参しないと参加できない紛争なのか。遠足じゃあるまいし、誰が作りやがった、そんな規則」
「おい、だれだ?」
馬超が馬岱を振り向いて訪ねると、馬岱はメモをぺらぺらとめくって、答えた。
「えーと、ケルト人の死者を偲ぶための祭がキリスト教に取り込まれて、今日に至るそうです」
「ケルトジンとかいうのが、紛争の元凶か! なんとなくジンギスカンっぽい雰囲気! 敵だな! そいつはどこにいる!」
「西の海の彼方でしょう」
「ちぇっ、ちょいとばかり遠いが、戦と聞いては黙っていられねぇ。俺は行くぜ」
「どこに行くかは知らぬが、そのまえに菓子をくれ」
「あ、菓子が必要なんだったな。それとそのタイツか! よし、待ってろ!」
と、意気込み中に入って行った張飛は、どこから持ってきたのやら、白い全身タイツに身を包んで戻ってくると、馬超に酒瓶を渡した。
見ると、中に蛇が入っている。
「どう見てもハブ酒だが」
「俺にとってはそれが菓子代わりなのよ。おまえに遅れを取るわけにはいかねぇから、俺は行くぜ、あばよ!」
と、張飛は愛馬にまたがり、タイツ一枚だと風がきついぜ、と言いながら、西の方角へ向かって、ぱっぱかと馬を走らせて行ってしまったのだった。


つづく……

サイト・はさみの世界 初出 2005/10

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