はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

おばか企画・からおけ 2

2020年05月09日 10時02分07秒 | おばか企画・からおけ


馬岱はすっかり自分の世界に酔いしれ、同調して、目をうるませ拍手をする馬超と、唄い終わると同時に、『兄弟!』といいながら暑苦しく抱き合った。
しかし趙雲は憮然としたままである。
それを見た馬岱は、思った効果を上げられなかったと、がっかりと文偉にマイクをまわす。
「それでは益州人士代表、費文偉、参ります!」
そうして文偉が選んだ曲は、

『森山直太朗 桜(独唱)』

「なるほど、友情系で攻めてきたな。これは意外と…」
と、偉度はちらりと趙雲を見るが、趙雲はあまり最近の曲に詳しくない様子で、文偉が歌のうまいのには感心してるのだが、とても泣く、というほどではない。


それというのも、趙雲は、馬超のぴちぴちの黒いレザーのズボンのポケットからはみ出している、携帯に気をとられていたのである。
カッコイイ機種だな、ということではない。
趙雲は、とるものもとりあえずカラオケ屋にやってきたため、自分の携帯を持ってきていなかった。
偉度はああ言ったが、このくだらぬ苦境を脱するのには、やはりあれの知恵が必要ではないか。
つまりは、孔明をここにメールで呼び出すのだ。
馬超は、自分は注文したつまみや酒を食べたり飲んだりするばかりで、ぜんぜんマイクを持とうとしない。
だが、きちんと唄は聴いていて、野次を飛ばしたり、奇声をあげて盛り上げたりと、いそがしい。
いまなら、携帯を抜き取ってもわかるまい。
趙雲は、そっと迷彩カラーに着せ替えされている携帯を抜き取ると、馬超たちに気づかれないように、携帯のアドレス帳を見た。
プライベート侵害甚だしいが、向こうも最初にこちらを騙したので、おあいこである、と、心の中で言いわけしつつ。

『む?』

アドレスには、にぎやかなこの男らしい、さまざまな名前が連ねてあった。
しかし、その登録名が、問題である。
『こうめい、しりゅう、よくとく、うんちょう…こうちょく、ししょ? 全部、字での登録か。しかもげんとく、だと? 主公を字で登録するとは、何たるヤツ』
呆れつつ、趙雲は孔明にメールを送信した。

『馬超の携帯であるが俺だ。新装開店したばかりのカラオケ屋に至急来られたし。救援求む』

そうして、また同じように馬超のポケットに、そっと携帯を返しておく。
馬超は気づかなかったらしい。
そのあいだに、文偉の『桜(独唱)』は終わっていた。


「趙将軍、如何です、ぐっときませんでしたか?」
と、すっかり酔っ払いの文偉は言ったが、趙雲は、メールに集中していたので聞いていなかった、とは言えない。
「すまぬ、あまり」
曖昧に答えると、文偉はションボリ肩をおとした。
「うーむ、これ系もだめか。となると、『夜空ノムコウ』『secret base君がくれたもの』もだめだな」
「もっと突っ込んで、人生系で行ったらどうだ。『昴』とか、『川の流れのように』とか『Jupiter』とか」
董允のことばに、趙雲は渋面をつくって、口を挟んだ。
「俺はさすがに、そういう歌で涙するほどの年ではないぞ。主公くらいにならなくては、『味がある歌』だとわからない」
「判り申した、では、馬一族秘密兵器第二弾、参ります!」
と、金マイクを文偉から受け取った馬岱は、やはり慣れたふうに、堂々と立ち位置を決めて、壮大な伴奏を部屋に響かせる。

『いい日旅立ち 山口百恵』

「モモエかよ! まあ、いまリバイバルで流行ってるけどさ」
文偉のあきれた声に、偉度はなるほど、とうなずいた。
「いや、いい選択だぞ。なるほど、旅情系という手があったな。『津軽海峡冬景色』とか『みちのく一人旅』とか『心の旅』とか!」
「さりげなく、みんな古いぞ、偉度。いい選択だが、だめだな、見ろ、感心はしているようだが、感動とはちがう」

事実、趙雲はうわの空で母の背中で聞いた歌を道連れにどこかへ行こうとしている馬岱の唄を聴いていた。
メールを受けた孔明が、いつやってくるだろうかと考えていたのである。

「ところで休昭、おまえいい加減に、一曲、歌っておけ。なんにするのだ?」
偉度が言う隣で、文偉は、董允のために、カラオケメニュー表をぱらぱらとめくっている。
「休昭は、引っ込み思案でいかんよ。しかし意外にこうして見ると、『泣ける曲』って、いかにも暗ーい曲調だと、かえって引くところがあるな。
ちょっとノスタルジックで、明るいくらいだと切ないというか、泣けてくる、っていうの、ないか? スピッツの『チェリー』とか」
「好き好きだろう。わたしは山崎まさよしの『One more time, One more chance』がダメだ」
「あー、それはワカル。切ない系か。宇多田ヒカルの『First Love』もいいけど、あれはかっこよすぎるから、泣く、というと、ちがうな。泣くためには、ちょっと泥臭さもないと」
「たしかに完成度の高い曲は、意外にだめなんだよな。技術に先に圧倒されてしまうのだろうか。そうなると、古いけど、『神田川』とか『22才の別れ』とか」
「あー、くるねー。ワカル、ワカル。最近は、映画『僕の彼女を紹介します』の影響で、X-JAPANの『Tears』がダメだ」
「タイアップは強いよな。『高校教師』の再放送に夢中になっていた頃は、森田童子の『ぼくたちの失敗』が流れてくるだけで泣けたもの」
偉度と文偉が熱く語る横で、董允が、ぱっと顔を上げた。
「あ、それなら知ってる」
「なに?」
「父上のCDにあったと思う」
「父上って…おまえ、こんなところでも、幼宰さまの影響丸出しなのか」
偉度の言葉に、だって、と口をとがらしつつ、董允は言う。
「わたしは、あまり流行りがわからぬのだよ」
「休昭の趣味は、幼宰さまと一緒なんだよ」
文偉のフォローに、偉度は肩をすくめて呆れてみせる。
「まったく、一卵性父子めが。それじゃあ、『ぼくたちの失敗』、と」
董允は、カラオケにいかにも慣れていないようで、マイクを渡されたはいいが、何度も不安そうに「あー、あー」と声を試し、それからようやく画面を見た。

『ぼくたちの失敗 森田童子』





孔明がメールを受け取り、『俺』としかなかったが、おそらくは趙雲であろうと見当をつけて、カラオケ屋に来てみれば、ボックスは、まるで急報をうけてモルグに駆けつけた遺族が、思わぬ対面に言葉を失くしてぼう然としている、というくらいの、重たい空気に包まれていた。

「休昭…おまえ、妙に巧すぎるよ…」
「泣きたくなるのを飛び越えて、死にたくなってきた。欝だ…」
「ぼくは、弱虫だったんだよね…」
「そうさ、やさしさに埋もれていた僕は弱虫さ…」

「なんだ、おまえたち…そろいも揃って気味の悪い」

毎度おなじみの明朗な声がひびくと、それはまさに花火が弾けたがごとく、鬱鬱ムードを吹き飛ばした。
「軍師! なぜにいらしたのですか」
「いらしたもなにも…」
と、孔明はちらりと趙雲を見、それから馬超、面白めがねの馬岱、そのほか三名を見て、状況をだいたい把握して、答えた。
「来なければならぬような気がしたからだよ。カラオケか。そうだ、どうせこのいつもの面子であるし、どうであろう、子龍、一緒になにか歌うか?」
「まあ、かまわぬが…」

とたん、ええー、とほかの一同が、おどろいて腰を浮かせる。

「マイクを向けたら、その時点で帰る、とか言っていなかったか?」
「なんだろう、このひとの、この豹変ぶり! 軍師の言うことなら、なんでも聞くわけ?」
「こういう人だよ。この人は。こういう人なんだよ…」
ぶうぶういう一同を尻目に、孔明はカラオケのメニュー表をめくり、趙雲に尋ねる。
「いつものだと単調だし、あれはもうだれかが歌っただろう。いつかのやつはどうだろう?」
「あれは盛り上がりに欠ける。例のは?」
「例の…ああ、これか。そうだな。前のよりはいいかもしれない」
と、普通に会話をする趙雲と孔明を前に、馬の兄弟、そして三人は、ぽかんと呆れるしかない。
「すごいよ、この人たち、代名詞だけで、会話が成立しているよ…」
「じゃあ、無難なところでこれいくか」
と、画面にあらわれた曲は…

『太陽と埃の中で チャゲ&ASUKA』

「よかった普通だ…Winkなんてされた日には、どうしようかと…」
「わたしは『三年目の浮気』がいちばんキツイと思う…」
デュエットというよりは、メインボーカルの横に護衛がひとり、という状態で歌は進行し、孔明の歌の上手さでほぼ九割をカバー、のこり一割は趙雲の存在感のみ。
それでも楽曲のよさと、歌のうまさが物をいい、董允の撒き散らした鬱の分子は、すべて破壊された。

ここで、普段ならば、軍師ブラボー、なわけであるが、みなの評価は趙雲に集中している。
「下手ってほどではないですよ。単調だけれど」
「音程だってずれていませんでしたよ。情感が、まったくなかったけれど」
「うまくハモれていたと思います。信号みたいだったけれど」
「軍師と一緒だから聞いていられるのさ。これでピンだと、まるでえんえんと、意味のつかめないモールス信号を聞かされているような気分になるんだぞ」
威張って言う偉度に、趙雲はうんざりとつぶやく。
「そういわれるのが嫌だから、俺は歌が嫌いなんだ」
孔明は好きな曲を唄えたので、機嫌よく笑いながら、趙雲をなだめる。
「まあ、そう言うな。ところで、そなたたちは、揃って、ここで何をしているのだ?」
「なにって…そういえば、女の子たち、着替えにしても遅すぎやしないか。もう二時間は過ぎているような」
「女の子?」
と、孔明は首を傾げて、それから、ああ、というふうに納得した顔をして見せた。
「もしかして、カラオケ屋の前に溜まっていた、六人組の娘たちのことか」
馬超が、腰を浮かして孔明を指差す。
「それだ! その中に、えらくわたし好みの娘がおって…」
「それな、補導した」
「………なに?」
ぽかんと間抜けに目を点にする馬超に、孔明は両の手を腰にあてて、胸をそらせた。
「当然であろう。夜更けに若い娘が繁華街をうろうろしているなど、軍師将軍として見過ごせぬ。青少年の正しき生活を守るのが、わが役目ぞ。補導して、いまごろ親元に帰されているころだ」
「夜更けって、まだ九時過ぎだぞ。宵の口ではないか!」
抗議する馬超に、孔明はきびしく決め付けた。
「平西将軍ともあろう者が、成都の風紀を乱す要因を作るでない! 合コンとやらをしたいのであれば、昼間に公園で健康的に、弁当でも広げながらするがよい。こういう空気の悪い密室で、男女が集うなど、感心せぬ。さあ、今日は解散だ!」
「石頭め…せっかく、せっかくナンパに成功したのに! ぜったいお持ち帰りする予定だったのに! わたしはそのために、屋敷の地下にカラオケルームまで作って、歌の練習をしていたのだぞ!」
「兄者ー!」
男泣きに泣く、鬱陶しい従兄弟にうんざりしつつ、孔明は言った。
「しかし今日のところはあきらめよ。だが、今日は練習ということにして、わたしたちにその成果を聞かせてはくれまいか。それで納めてくれ」
「ほう、わたしの歌を聞くか」
と、泣いていたのが一転、目を輝かせる馬超に、孔明は持ち前の勘のよさで、そして趙雲と偉度は研ぎ澄まされた野性の勘で、これはしまった、と判断した。

が、もう遅かった。

馬超はうきうきと、顔をほころばせながら、番号を入力して、金マイクを取る。
「そうかそうか、おまえたちが聞いてくれるか。『女の子を泣かせて同情させてその気にさせてお持ち帰り作戦』、今日は予行練習というわけだ。さあ、行くぞ、岱!」
「おう、兄者!」
と、画面に出てきたのは…

『THE 虎舞竜 ロード 1~13章』

孔明をはじめとする一堂が沈黙したのは、イントロに流れる切ないハーモニカのメロディのためでも、一章における、有名な、サビの歌詞でもなんでもなく、タイトル『ロード』の次にある、『1~13章』という、おそるべき数字であった。

まさか?

その場の誰もがそう思いつつ、逝ってしまった人をせつせつと歌い上げるこのシリーズ、馬一族の切ない過去をみな知るだけに、途中で席を立つわけにもいかず…

そうしてまさに悪魔の数字たる13章がすべて終わったのち、カラオケボックスには、言葉も笑顔も、当然のことながら、拍手すらもなく、じっと目線を落として沈黙する、孔明ら五人の姿があったという…

その後、馬超は、一部で『ローレライ孟起』という珍妙な渾名をで呼ばれることとなる。
しかしそうなった理由に関して、原因を知る五人は、頑として、事情をだれにも打ち明けなかったという。

翌日、孔明の目の届くすべてのCDショップより、『THE 虎舞竜』のロードシリーズは撤去されたが、これが陰謀だとだれが知ろうか。
馬超はこの名作の店頭復帰を、死の直前まで訴えていたということであるが、のちの歴史家陳寿は、あまりに馬鹿馬鹿しいので、この事実の記載を削除。
こうして『ローレライ孟起』の名は、永遠に忘れ去られることとなったのである。


おわり。

御読了ありがとうございました。ほんとに。

(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/09/28)

おばか企画・からおけ。 1

2020年05月09日 09時57分01秒 | おばか企画・からおけ
※いつものことながら、このお話は、時代考証・キャラクター・雰囲気ともにすべてがメガンテ級に破壊されつくしております。パルプンテでなにが起こっても笑ってしまえる心の優しい方に、特に推奨させていただきます。

成都にあたらしくできたカラオケ屋が、特別無料招待券を送りつけてきた。
普段ならば、そうした騒がしいところに出かけるのを嫌う趙雲であるが、どうも最近、孔明を狙う不届きな刺客が、周囲をうろついているらしい。
しかも歌好きな孔明がカラオケ屋に行くから、護衛が必要だ、と使者がやってきて、仕方なく孔明の主騎である趙雲も、カラオケ屋へ向かったのだった。

そうしてカラオケ屋にやってきて見ると、なぜだか趣味の悪い極彩色のマイクを持ったパンダがキャラクターとなっている看板の前に、ミリタリーパンクに身を包んだ馬超(異常に浮いていたことは、周囲の人だかりからしてわかるであろう。馬超はいまや、オカピー以上に成都一の珍獣なのである)が、大きく手招いている。
いやな予感をおぼえて、まわれ右しようとした趙雲の目に、馬超の横で、まるで捕虜のように、ちんまりと恥ずかしそうにしている馬岱と、偉度、費文偉、董允がいるのが目に入った。

めずらしい取り合わせではある。
だが、肝心の孔明がいない。

趙雲がやってきたのを見て、馬超は呵呵大笑して、気まずそうにしている残り四人に言った。
「ほうれ、軍師がくる、といえば、この男はくる。そう言ったであろう」
そのことばに、趙雲はピンときた。
「さきほどの使者、あれはニセモノなのか?」
「嘘でも言わなければ、貴殿は絶対に来なかろう。さあ、よろこべ、おまえたち! たのしい合コンのはじまりだ!」
「合コン!」
「どうして律儀にやってくるのです! おかげで、本当に合コンなんぞに参加しなくちゃいけなくなった」
と、迷惑そうに、そして馬超に聞こえないように、偉度が言った。

どうやら偉度と董允・文偉の三人は、連れ立って歩いているところを、無理やり馬超に連行されたらしい。
馬岱についてはいわずもがな。
だが、董允・文偉・馬岱の三人は、合コンができる、面子が揃った、と、諸手を挙げて大喜びをしている。
「状況を説明してくれ」
趙雲が言うと、偉度は、後れ毛をうざったそうにかきあげながら、言った。

「ですからね、おばか馬コンビが、長星橋で遊んでいた頭の軽そうな女どもに声をかけて、合コンに誘ったのでございますよ。
ところが、人数が足りないからいやだと向こうが言った。
そこで頭数をそろえようと、わたしたちを捕まえた。だけど、まだ向こうがぐずっているので、平西将軍が大見得きって、私と翊軍将軍は親友だ。やつも呼んでやろう! と宣言しやがったのですよ」
「やはり、俺の家に来た使者は」
「馬将軍の雇った偽者です。ああ、まったく、えらくおもてになりますな、翊軍将軍さま。女どもは、趙将軍さまがいらっしゃるのであれば、一張羅に着替えてまいりますと、すっ飛んで行きましたよ」

馬超は、ここで野郎ばかりで立っているのもなんだから、中に入って待っていよう、と言い、三人のうかれ青年たちは、大喜びでカラオケボックスへ入っていく。
だが、足を止めたままの趙雲と偉度に、馬超はあきれて言う。
「怒っておるのか。楽しみという物を解せぬ野暮な男だな。ほかの三人を見ろ。こんなに合コンができると大喜びなのに、貴殿がここで帰ってしまえば、すべて台無しであるぞ」
「そういう脅しがあるか! 俺は騒がしいのは嫌いだが、唄うのは、もっと嫌いなのだ」
「ならば、そこにいるだけでよい。一時間だけでもよいぞ。そうだ、貴殿の軍師も呼べばよかろうが」
と、高い鼻梁をつんと逸らせて、小莫迦にしたようにして言う馬超に、趙雲はむっとしながらも、それもよいか、と思ったのであるが、素早く偉度が言う。
「なりませぬ、軍師を呼べば、それこそすべてがメチャクチャです」
「なぜだ。あの三人も、軍師がいれば、畏縮して馬鹿はすまい。それに、軍師と馬超、なんとなく似ているぞ。派手なところとか」
「派手の内容が違いますよ。ただ、華があるというところは、たしかに似ておられます。だから不味いのです。電極で言えばプラスとプラス。さあ、どうなる」

絢爛豪華といったことばがぴったりの容姿をしている孔明であるが、馬超とは対象的に、内気な性格をしている。
たとえ身内だけの座だとしても、集って騒ぐよりは、屋敷でのんびり書物をながめていたほうが心休まるのだ。
一方の馬超はといえば、こうして賑やかな場所で、大人数(親しいか、親しくないか、気が合うか合わないかは、馬超にとってはたいした問題ではない。気が合わなければ、合うようにすればよいと、単純に考えるのだ)でいるほうを好む。
馬超は孔明に、「文官は何を考えているかわからぬ。ああやって一人でいることを好むのは、どこか秘密を抱えているのだろう」と、単純すぎる評価を下し、孔明は馬超に、「単純すぎて恐ろしい」と、端的な言葉で評する。
お互いに勘で、こいつとはそりが合わないと判断し、避けているフシがなくもない。
衝突する時は、おそらくとんでもないことになるだろうと、本能が察知しているのだ。

「しかたない…一時間だけ付き合ってやるか。一時間したら、すぐに帰るぞ」
趙雲がそう言うと、馬超は得意そうに、そうそう、それでよいのだ、と笑った。
まったく小癪な、と思いつつ、案内されたカラオケボックスでは、馬岱と董允と文偉の三人が、はじめて観覧車にのった幼児のように、はしゃいでいた。
そんなに合コンがうれしいのかと、かえって趙雲は三人が不憫になってきた。






「女たち、遅いな。時間がもったいないし、だれか歌え」
と、馬超が仕切る。
すると、さっそくコークハイをがぶがぶ飲んで、出来上がりつつある文偉が言った。
「趙将軍の唄を、ぜひ!」
「断る!」
即否定すると、周囲からブーイングがあがった。
代表して馬超が言う。
「この中で、翊軍将軍が唄っているところを見たと事のある者がいるか? みなが興味あるのだぞ。場を察するがよい」
たしかに、と顔を見合わせる一同の中で、偉度だけが言った。
「あるよ」
「マジ?」
仰天する一同の視線を受けつつ、うんざり、といった態度を崩さずにいる偉度は、尊敬と驚愕の入り混じった視線を、すべて受け流しながら、答えた。
「鼻歌と…ちゃんとした歌も聴いたことがあるけれど、趙子龍の欠点を一つ述べよといわれたら、まちがいなく歌唱力だと、わたしは答えるだろう」
「なんだか英語の構文みたいな台詞だな。そういわれると、是非に聞きたくなるような」
「絶対いやだ。俺にマイクを回したら、その時点で帰るからな」
趙雲の言葉に、偉度以外の、ふくれっ面をした一同は、本来の目的である合コンのため、仕方なく沈黙した。

「まったく、妙なところで白けてしまったな。よし、適当に番号を入れるから、まず、胡偉度、おまえ行け!」
「はあ?」
馬超は、本当に適当に番号を入力して、偉度にマイクを渡した。
そうして画面にあらわれた曲名は、

『卒業 斉藤由貴』

「ムリムリ! なんだってこんな大昔のアイドルの唄! だいたいキーが合わないって…ああ、はじまる!」
偉度は、どこから出しているのやら、澄んだ声で唄いだした。
「しっかり唄えてるじゃないか!」

できない、できないと言っておきながら、偉度はキーを変えることもなく、見事に可憐に『卒業』唄い続ける…

それを聞いている、マラカスを持った董允、タンバリンの文偉、面白眼鏡をかけた馬岱は、すっかり呆れている。
「こいつ、こんなカワイイ声、どこから出しているんだろう…」
「というか、目をつぶると、セーラー服を着た偉度が見えてくる。セーラーの薄いスカーフで、止まった時間を繋いだりするわけだよ」
「机にイニシャル彫るあなたを『やめて思い出を刻むのは心だけにして』と呟いたりするわけだ」
「駅までの遠い道のりを、はじめて黙って歩いているぞ。なあ、文偉、ときどきわたしは、無性にこいつの前身を知りたくなるのだが、知ったら知ったで、血の凍るような、ものすごい世界に連れて行かれそうな気がするのだよ…」
「その勘は当たっていると思うぞ、休昭。それこそ時の列車に引き裂かれてしまうわ。
あーあ、いい曲なのに…今度聞いたら、絶対に偉度のことを思い出す」


と、偉度が『卒業』を唄い終わったところで、面白めがねの馬岱が叫んだ。
「あっ! 趙将軍が泣いている!」
見ると、たしかに趙雲は、目頭を押さえているのである。
「そんなに感動されたのですか、偉度の『卒業』!」
趙雲は充血した目をして、おどろく文偉に怒鳴る。
「たわけが、偉度のばか者め、いい年をして、情けない。だから泣いたのだぞ、俺は!」
趙雲の様子を見て、馬超は、ソファの上で妙にくつろいで、注文したおつまみのたこやきをつついていたが、ふうむと一人ごち、それから言った。
「よし、女たちがくるまで、遊戯をしようではないか。どうであろう、ただ唄うのではつまらぬ。『歌で翊軍将軍を泣かせたものに、賞金として、給料一か月分をわたしが払う』」
「マジっすか!」
とたん、貧乏な文偉と董允の目が、きらりと光りだした。
しかし偉度は、それにはつられず、しれっとしている。
偉度は、とある理由から高給取りなので、金には目がくらまないのだ。
「くだらない。趙将軍が歌で泣くとは思えない」
「やってみなければ判らぬ。最初の挑戦者はいるか? いないな。よし、では、わが一族の秘密兵器を、さっそく披露しよう。馬岱、ゆけ!」
ほいきた、と、面白めがねをかけたまま、馬岱は、手馴れたふうに、カラオケのメニュー表をめくり、ぱぱっと番号を入力した。

『会いたい 沢田知加子』

「あっ、先越された!」
悔しがる文偉であるが、その隣で、冷静に董允が分析する。
「いや、これ系の歌はもう、『泣け』と最初から命令されているようなものであるから、こういった主旨の競争では弱い。見ろ、趙将軍は平然としてらっしゃる。泣くものかという構えが、強くなってしまうのだ」
「解説するなよ、休昭…」
呆れて物も言えなくなっている趙雲は、情感たっぷりに(でもフリは五木ひろし調で)唄う馬岱を黙ってみていた。
その横で、文偉は首をひねる。
「うーん、死んだ戦友とかを思い出して、泣いたりしないのかな」
「死んだ戦友とは、海の見える教室で、机をふたつ並べて、同じ月日を過ごしたりはしないだろう」
「そうかぁ…じゃあ、『涙そうそう』、『さとうきび畑』『精霊流し』もダメだな。あからさまに、泣けといわんばかりだから。休昭、お前はどうするのだよ」
「わたしは、こういう競争には向いていないのだ。おまえと偉度と、馬岱殿でやればいいよ。頃合をみて、適当に唄いたいものを、唄っておくから」
「そういう諦め癖、あまりよくないぞ」

つづく……

(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/09/28)

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