はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

うつろな楽園 その44

2013年10月07日 09時45分57秒 | 習作・うつろな楽園
ふととなりに気配を感じて、横を見れば、孔明である。
さりげなく横にぺたりと座り込んで、趙雲とならぶ。
そうして、色が濃くなった青葉を自分も見上げながら、これまたさりげなくいうのだった。
「あらためて礼を申し上げなければなりません。こんかいの騒動は、子龍どのでなければ解決しきれなかったでしょう」
「そうだろうか」
「そうですとも。張伸のことを思い出したこともそうですが、あの化け物を退治したのも子龍どのの手柄です」
「いいや、軍師どのや陳到、それから睡蓮や武兵の助けがあったからこそ、騒動をおさめられたのだ」
すると、となりの孔明が声を立てて、ちいさくわらった。
「なにがおかしい」
「いいえ、謙虚なお方だなあと。こんかいの騒動で、わたしはいくつか収穫を得ることができました。子龍どのがこれほど有能な士であると知ることができた、ということがひとつ、陳到どのが卓越した能力の持ち主とわかったことがひとつ、妻がどうやら元気でいることがわかったことがひとつ、それから、張飛どののことがひとつ」
「張飛? あいつがまたなにかしたか」
「いいえ。でもほら、ごらんなさい、当の本人がこちらへ来ますよ」

見ればたしかに張飛で、それまでふつうにのしのし歩いていたのだが、孔明と趙雲がいるのを見つけると、肩をいからせて、歩き始めた。
あいつもわかりやすいやつだな、軍師どののことがまだ苦手なのか、と呆れていると、張飛はぎくしゃくと足を運びつつ、ふたりの前にやってきて、わざとらしくぴたっと足をとめて、じつにぎこちないひきつった笑顔で、「よお」と言った。
それに合わせて、孔明がぺこりと頭を下げると、あれほど孔明を邪険にしていた張飛が、ごくりと唾を飲んだあと、孔明に向かって、言ったのである。
「水や……いやいや、軍師どの、孔明どの、城の生活は慣れたかい?」
孔明は、あきらかに噴き出したいのをこらえているようだが、それでも平静をよそおって、ほがらかに答えた。
「お気遣いありがとうございます、おかげさまでだいぶ慣れました」
「ん。そうか、そうかい。それならいいのさ。この城には偏屈者が多いからな、もしいじめられるようなことがあったら、おれに言いなよ。そいつのこと、こらしめてやるからよ」
「ええ、そんな意地悪な人間があらわれたら、きっと張飛どのに相談に行きます」
そうかい、と張飛は満足そうに言って、やはりぎくしゃくと右と左の足を交互に出して…趙雲には、いまの張飛は歩き方を覚え始めた猿のように見えた…去って行った。

「自分より大きな男を、かわいいとおもうようになるとは、おもってもおりませんでした」
孔明のことばに、趙雲はおもわず笑った。
「そうだな、張飛はかわいいやつだ」
「でしょう、かわいいでしょう」
そう言いつつ、ふたりで顔を合わせると、互いの顔は、もう爆発寸前といったふうに顔がゆがんでいる。
孔明などは、肩をぶるぶるふるわせて、笑い出すのを我慢しているのだ。
それがおかしくて、趙雲がさいしょに笑い出すと、孔明もつられるようにして笑い出した。
そうして、しばらくふたりでその場で笑い転げた。

建安十三年、六月の午後のはなしであった。


おしまい



ご読了ありがとうございました(#^.^#)

うつろな楽園 その43

2013年10月06日 09時21分47秒 | 習作・うつろな楽園
孔明は、徐庶や劉備に、事件の顛末をうまく説明した。
つまり、夕闇の中に消えていった三人に追っ手がかからないよう、すべてをハマグリの精のしわざに話を仕立てたのである。
趙雲も、機転を利かせて、それにあわせた。
徐庶や劉備が孔明の話を疑う理由はない。
ほぼ一日、眠り続けていて、張飛が真相を知らなかったことも、この場合、さいわいした。
正直者の張飛には、おそらく孔明に合わせて適当なことをいう、ということはできなかっただろうから。





騒動は終わった。
城内には、なにごとも起こらなかったかのような穏やかさがもどり、ひとびとはそれぞれの日常を淡々とこなしている。
劉備はあいかわらず孔明や徐庶と行動をともにし、食事の時はもちろんのこと、寝るときも、ほぼかれらと一緒である。
いや、むしろ、この騒動で、ますます劉備はふたりに熱を入れあげたといっていい。
徐庶はハマグリの中から現れた民、数百名を保護し、徴兵のがれしたことの罪は問わず、ぎゃくにかれらに衣食住をめぐんでやり、おおいに感謝された。
すると数百名のうちの若い男たちは、かえってそれを恩義にかんじ、長を決めて徐庶のまえにあらわれ、兵卒になることを志願してきた。
その兵は、いま徐庶がみずから調練をほどこしている。

孔明はというと、弩の成功に気をよくしたらしく、あれから毎日のように工房に通い詰めるようになった。
劉備もいっしょで、はたからみていると、ふたりは仲の良い父子のように気さくにことばを交し合って、弩についてのあれやこれやを論議しているようだ。
趙雲は、いつものように、庭に面した工房の、その外階段に座って剣を抱く。

季節はうつり、さわやかだった風の中に、湿り気がだいぶ濃くなってきたのを感じ取る。
城内をとびまわっていたつばめの姿もあまり見かけなくなった。
この穏やかで平和な世界を、奪おうとしている人間が、いま、北にいる。
日に日に濃くなるその気配をいやでも感じながら、趙雲は、民に逃げることをすすめ、ぎゃくにかれらを前代未聞の窮地におとしいれてしまった張伸のことをかんがえた。

張伸は、静かな場所で養生すれば、正気にもどるだろう。
しかし、かれの地獄はそこからだ。
純粋で善良であるがゆえに、おのれの犯した罪の重さをこれから何度も思い返しては、おののくにちがいない。
あのときは仕方なかったのだといえるほど、かれはいい加減な人間でもなかった。
おのれの背負うものの重さに、張伸はどれだけ耐えられるだろうか。
睡蓮と武兵たちが、その重さに巻き込まれて下敷きにならないといいなと、趙雲は心からおもった。
そして、妬ましいほどに純粋に生きようとした張伸のこころが、いくらかでも報われる世の中がくることを祈った。

つづく…

うつろな楽園 その42

2013年10月05日 09時02分19秒 | 習作・うつろな楽園
そのかわり、聞こえてきたのは、自分たちを呼ばわる、なつかしい声だった。
まず、頬に風が当ることが新鮮だった。
ふだんは何気なく風や土のかおりを嗅いでいたが、今日こそ、それをありがたいとおもったことはない。
すでに日はとっぷり暮れており、視界は暗い。
林立する木々を背景に、ちらちらと松明の光が見える。
ここは新野の城外の林であるようだ。
林のなかには、同じようにハマグリの中にいた住人たちがいて、こちらはぽかんと辺りを見回している。
なかには察しのよい者もいて、林の向こうの劉備たちに気づき、さっそく逃げようとしていた。
怪物の遺体はどこにもない。
あの世界に置き去りになっているのだろう。

「張伸さま!」
悲鳴にちかい睡蓮の声に、趙雲はわれに返った。
見れば、木々の下に生い茂る羊歯の葉に埋もれるようにして、張伸が倒れ込んでいた。
その手には、欠けたハマグリの貝殻がある。
「張伸さま、しっかりなさってください!」
武兵もあらわれて、倒れている張伸を助け起こす。
すると、張伸はゆっくりだが目をひらいた。外傷はないようである。

松明を持った兵たちが、張飛や孔明、趙雲の名を呼ばわりながら、こちらに近づいてくるのがわかった。
それはとなりで見ていた孔明も同じだったようで、かれは前に進み出ると、張伸と睡蓮、そして武兵に言った。
「ここにいては捕まる。立ち上がって、どこへなりと行くがよい」
孔明の思いもかけないことばに、目をはっきりひらいた張伸のほか、睡蓮と武兵もおどろきの顔を見せた。
「張伸、おまえはだいそれた罪を犯した。本来ならばこの場でひっとらえ、しかるべき罰を与えるところだが、わたしは睡蓮におまえを助けてやると約束したのだ。睡蓮や武兵の力がなければ、怪物は倒すことができなかっただろう。その功に免じて、ふたりの願いを聞く。さあ、追っ手が来る前に、すぐに逃げるといい」
張伸は、苦しそうに呻きながら、答えた。
「わたしは、民を守りたかった。戦のない平和な世界へ連れて行ってやりたかった。こんなはずではなかったのに!」
「その理想を守りたければ、いまは戦うほかないのだ。われらの敵は、曹操だけではない。権勢のためならば血でおのれを汚すことも厭わぬけだものじみたこころ、そのものなのだ。そのこころに抗するのに、自分の手を汚さずに理想だけを追うことはできないぞ。
わたしも民を守りたい。平和な世界を実現してみたい。だからこそ、わたしは戦う。血でいかように汚れようともかまわない。その代償が、民を守ることにつながるのならばな。おまえはどうする」
「わたしは」
張伸は、それ以上のことばはつづけなかった。
劉備たちが近づいてきているというのもあったが、実際のところは、孔明のことばに反論する気力がもうなかったのだろう。
「行きましょう」
武兵にうながされて、張伸はうごきはじめた。
その背中を、睡蓮が労しいというように何度もさする。

去っていく三人の背中に、趙雲は言った。
「張伸、睡蓮を大事にしろよ。おまえの首の皮は、睡蓮がつないだのだ。これから先、つらいことも多かろうが、睡蓮だけは、なんとしても守れ。それがおまえのこれからの命題だ、きっとだぞ、張伸」
張伸は首だけうごかして振り返ると、わかった、というふうにぺこりと頭を下げた。
去り際、睡蓮が孔明のほうを向いて、言った。
「軍師さま、あたし、背の高い色の黒い女の人を見たことがあります。ハマグリの中ではなくて、色町で会ったんです。男の格好をしていたけれど、女の人だったとおもいます。名前は嫦娥といって、帯下医をなさっておりました」
「医者」
「黙っていてごめんなさい、それから、どうもありがとうございました」
そうして、三人は闇の向こうへ消えて、以来、二度と姿を見せなかった。

つづく…

うつろな楽園 その41

2013年10月04日 10時15分24秒 | 習作・うつろな楽園
そうして、怪物は長い首の中央の裂け目を急にぱっと大きくひらいた。
その口の大きさは、趙雲の頭を一気に飲み込めるくらいに大きかった。
口には無数の鋭利な牙がついていて、噛まれたらたまったものではない。
「おれは常山の趙子龍」
「うん?」
「貴様の命、貰い受ける!」
趙雲は名乗ると、そのまま、袖の中に隠していた、腕にくくりつけていた三寸ほどのちいさな弩のねらいをぱっくり開いた怪物の口の奧に定め、そしてためらわずに発射した。
ずぶり、と鈍い音がして、怪物の咽喉の奥に、その矢は突き刺さった。
そのちいさな弩は、孔明が新野城にきてから開発した、細作のための暗器だった。
袖の中に隠しておき、いざというときにこうして発射する。
張伸は趙雲が立派な武装をしているのに気をとられ、孔明の身体検査までしなかった。
そこで、孔明が身につけていたこの弩を趙雲にゆずり、怪物退治を命じたというわけである。

いきなり脳天に矢が打ち込まれたのだ。
怪物はのたうちまわり苦しんでいる。
しかし、それが致命傷にはなっていない様子だ。
怪物はしばし上下に体を波打たせていたが、やがて体勢をたてなおして、趙雲にあらためて向かってきた。
「おのれ若造! 貴様の肉は、はらわたも残さず食べきってくれる!」
「趙将軍!」
お堂に踏み込み、叫んだのは武兵である。
かれは腰に佩びていた剣を外すと、そのまま趙雲に放り投げた。
趙雲はすばやくそれを受け取り、剣を鞘から抜く。
そうして、白刃のもと、自分に巨大な口を向けてくる怪物の、咽喉元とおもわれる部分をざっくりと斬った。
剣の手入れもよかったのだろうが、趙雲の腕もよかった。
剣は期待に応えて怪物の首級をあげた。
首を失った体は、しばらくまだ蠢いていたが、ほどなく動きを止め、怪物は、死んだ。

とたん、怪物の体から光があふれ出た。
同時に、あたりに耳を劈くような高い音が響き渡る。不気味な地鳴りが始まり、大地がそれにともなって上下左右に小刻みに動き出した。
直感でわかった。
世界が壊れようとしているのだ。

「子龍どの、やりましたか!」
声をかけてきたのは、まだ寝ぼけている張飛に肩を貸しながら、ここまでやってきた孔明だった。
やった、と大きくうなずくと、孔明は満足した顔を見せた。
その背後では、民がこのとつぜんの地震にうろたえ、手近なものに掴まったり、あるいはしゃがみこんだりしながら、揺れに耐えている。
そのあいだも、鼓膜をふるわせるいやな高音はつづいていた。
そうして、趙雲が孔明を手伝って、張飛のもう片方の肩をかついでやるのと、怪物のからだの全体が真っ白な光に包まれていくのとは同時だった。
光はやがてハマグリの世界のすべてを包んでいった。

あまりの光のつよさに趙雲は目を閉じる。
耳を劈く音が高くなり、そして徐々に消えていった。

つづく…

うつろな楽園 その40

2013年10月03日 08時57分20秒 | 習作・うつろな楽園
睡蓮は、お堂の前までくると、身をかがめて拱手して、最奥にさげられた御簾の向こうの大老に呼びかけた。
「大老さま、あたらしい「ひもろぎ」でございます。どうぞお受け取りくださいませ」
それに呼応するように、しわがれた声が奥のほうから聞こえてきた。
「そこへ置いていけ。おまえたちは下がれ」
では、といって、睡蓮と武兵は大老の前から退出する。
「あたらしいひもろぎよ、入ってまいれ。近う、近う」
おそらく、生贄になった者たちは、簡単に堂のなかには入れなかったはずである。
逃げようともがき、哀願し、それでもなお、大勢に引っ立てられて大老の前に引き据えられたのではないか。
それこそ、生贄の羊や牛のように。

ゆるせぬ。
趙雲は怒りをたぎらせつつ、大老が御簾の奧から出てくるのを待った。
ずるり、ずるり、と大老が体を引きずって、奥のほうから出てくる音が聞こえてくる。
とても人間の動いて出す音とはおもえない。
御簾のむこうで蠢いている影は、やはりどう見ても人の形ではなかった。
となると、いったいなんの形なのかといわれたら、趙雲には答えられない。
なにか、つきたての餅のような柔軟性をもったものが御簾の向こうで動いている。
大老の体は波打ち、自在に変化しながらずるり、ずるりと音を立ててやってくる。
おそらく、いままでの「ひもろぎ」であったら、その時点で肝をすくませてしまっただろうが、趙雲はちがった。
張伸の理想を食いものにし、騙し、そして多くの無辜の民を食べてきた化け物。
ぜったいにこの手で討ち取ってやるというつよい決意が全身にみなぎっていた。

静かに呼吸をととのえながら、何も知らない大老がやってくるのを待ち受ける。
「おい、「ひもろぎ」よ、御簾のまえに来よ」
怪物の声に促されるようにして、趙雲は御簾の前に立った。
堂のなかは、生臭いいやなにおいに満ちていた。
きれいに片付けられてはいるが、そこでくりひろげられた惨劇のにおいまでは消すことができないのだろう。
敏感な趙雲は、すぐさまそのにおいに軽い頭痛をおぼえはじめたが、しかし、だからこそ、かえって怒りをもって怪物と対峙することができた。
大老がざんねんそうな声をあげた。
「なんだ、またこんなやつか。細いばかりで食べるところがないのう」
御簾がひらき、大老が姿をあらわした。
その姿! どんな姿の怪物だろうとおどろかない、と決めていた趙雲だが、あまりの姿に、さすがに驚嘆した。
あらわれたのは、身の丈九尺はある、巨大ななめくじのようにぬるぬるした、形もろくろく定まっていない奇妙な生き物だった。
動くたびに、床に接触している部分がうねうねと蠢き、長い首をもたげて、興味深そうに趙雲を見ている。
どこが目で、どこが口なのかはわからない。
その、どこにあるのかわらかない口で、怪物はしゃべった。
「頭から食べてやるか」

つづく…

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