はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

赤壁に龍は踊る 二章 その8 陸口をめぐる意外な顛末

2024年05月13日 10時13分17秒 | 赤壁に龍は踊る 二章



周瑜のことばは本当だった。
大船団は樊口《はんこう》をはなれ、長江をふたたび遡上《そじょう》し、大地をまわり込む形で陸口《りくこう》へ向かいはじめた。
孔明もまた、周瑜らの動きを見定めるため、劉備とは別行動で陸口へ向かう。


あわただしい出立のさい、孔明は劉備に呼び止められた。
孔明の着物の袖をぐっと引っ張り、劉備は小さな声で素早く耳打ちしてくる。
「孔明、周公瑾にはじゅうぶん気をつけるのだ。あれはなにかを企んでいる顔だぞ。
たくさんの人間を見てきたが、あれはかなり上等な人間だろう。
だが、目の表情がときどき隠しようもなく暗くなる。
こちらをまったく信用していない証拠だ」


孔明は、さすがに劉備は人を見る目を備えているなとおどろいた。
短いあいだに、周瑜が孔明に対し、悪感情を持っていることを見抜いたらしい。


「よいか、無理をしてはならぬぞ、なにか異変を感じたら、すぐに子龍を頼れ」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
「おまえはわが軍のかなめだ。おまえがいなくなったら、われらの命脈も絶たれるも同然。
きっと生きて、また戻ってこい」
はい、と孔明は力強くうなずいて、劉備を安心させることにつとめた。
劉備もまた、うなずいて、孔明を力づけるためか、その腕をぽんと軽くたたいた。


ふたたび小舟に乗り、柴桑《さいそう》から乗って来たのと同じ船に乗り込む。
劉備はまた桟橋に立ち、孔明の姿をじっと見送ってくれていた。
それに応じて劉備に手を振りながら、孔明は、やはり樊口にも胡済《こさい》の姿がなかったなと考えていた。


情報がたしかなら、陸口で蔡瑁率いる水軍と、周瑜率いる水軍のぶつかり合いとなるだろう。
だれかが、それを見越して胡済を柴桑から連れ出したのか?
『しかし、だとしてもおかしい。偉度に戦局を左右させるほどの影響力があるとは思えない。
仮に蔡瑁が偉度(胡済)を連れ出したとしても、その目的はなんだ? 
いまさら、襄陽《じょうよう》での仕返しをするためではあるまい。
そう考えるより、やはり周都督がらみで消えたと考えたほうがいいのだろうか……』
孔明は、ふたたび動き出した、先頭を走る巨大な|楼船《ろうせん》をじっと見つめた。
そのなかに、周瑜の姿があるはずである。
劉備は、周瑜に企みがありそうだと言った。
『気をつけねば』
孔明は自戒しつつ、過度な力みを身体から抜くため、ふっと肩を緩ませた。





陸口へ向かうその航路にて、孔明はかねてから用意していた甲冑を点検していた。
陸口をめぐって、おそらく激しい戦となるだろう。
曹操の機動力の高さは長阪においてたっぷり思い知らされているので、江陵を出立した後の曹操軍の速さを、孔明はあなどっていなかった。


徐々に陸口に近づくにつれ、緊張が高まってくる。
本格的な戦を目の当たりにするのは、叔父が豫章太守の地位をめぐって朱晧と戦った時以来かもしれない。
長坂の戦いにおいては、劉琦の船団を動かすために、曹操が来襲してくるまえに江夏に向かったので、その戦のすさまじさを体験していないのだ。
関羽が江夏にいた佞臣《ねいしん》を追っ払ったのは、小競り合いというべきもので、戦というほどのものではなかった。


いっぽうの趙雲は落ち着いたものだった。
船旅にもだいぶ慣れてきたらしく、顔色もよくなってきた。
頓服が効いたのかもしれない。


「船上で戦ったことはあるかい」
孔明がたずねると、趙雲は肩をすくめた。
「おれの先日までの様子を見て、それはないなとわかっているだろうに」
「いや、確かめておきたかっただけだ。
これまで長くあちこちの戦の話を聞いてきたが、わが君の軍や曹操の軍が、水戦をしたという話は聞いたことがなかったな」
「おれが思うに、曹操の兵どもも、かなり船酔いに悩んでいるだろうさ」
と、趙雲にしては意地悪く笑った。
そしてこうも言う。
「この戦、曹操はよほどうまくやらないと勝てないぞ。まあ、勝たなくてよいのだが」
「数では圧倒しているけれどね。しかし、地の利ではこちらが有利なのはちがいない」


船は半円を描くように陸地をまわり、やがて陸口に近づいた。
戦になるだろうとだれもが覚悟を決めていた。
孔明の乗る船の兵士たちも、甲冑や武器の点検に余念がなく、物々しい雰囲気が船内を包んでいたほどだった。
ほかの船も、おそらく同様の状況だったろう。


ところが、である。


陸口にはまだ何者の姿もなく、それどころか、水上には近在の集落の漁夫の小舟があるばかりで、曹操の船団は姿も形も見えなかった。


曹操が後れを取ったのだ。


周瑜の乗る楼船の合図にしたがい、江東の船団は、つぎつぎと陸口に上陸。
そして、あっという間に迎撃のための陣を敷いた。
それでもなお、曹操軍の姿は見えず、三日後にして、周瑜の放った細作《さいさく》が、おどろくべき情報をもたらしてきた。


小舟にて待機していた孔明は、魯粛の訪問で、その情報を知った。
「いや、ここ数年でいちばん驚いたな」
と、魯粛は興奮気味に言った。
じりじりと情報を待つ孔明と趙雲にたいし、魯粛は真顔で言う。
「曹操のやつ、陸口を取ろうとしたのはまちがいない。
ところが、連中は霧のなかで長江を渡ったようなのだ。
もとより、操船に不慣れなところへもってきて、霧で方向をくるわせて、なんと、陸口の南の洞庭湖《どうていこ》に入り込んじまったらしい。
そこで二日も浪費してしまったのだと」


孔明は唖然とした。
曹操と言えば、孔明にとっては不倶戴天の巨大な敵。
油断のならない稀代の兵法家である。
その曹操が、なんともまた驚きの愚を犯したものである。


孔明の目が点になっているのを面白がったのか、魯粛はにやにや笑いつつ、つづけた。
「それで陸口を取れなくなった曹操は、対岸の北の烏林《うりん》に陣取ったようだ」
「長江を渡るに渡れなくなった、ということですか」
「兵は拙速を貴ぶ。そのことを知らぬ曹操ではなかろうに、足を止めたのさ。
おそらく、曹操は自分たちが船に不慣れだということを痛感したのではないかな。
そして、慎重になってしまった。
兵の数は二十万近くと向こうが勝っているが、しかしもはや弱点が露呈している以上、恐るるに足らん相手と言い切っていいのではないかね」
そう言って、魯粛は愉快そうに笑った。


だが、曹操はあくまで曹操だった。
その後、曹操軍は動かず、烏林に要塞を建築。
そこを拠点に、陸口への上陸を目指す構えを見せた。
数で劣る江東の船団は、曹操軍を襲うことはできない。
膠着状態のまま、季節はゆっくりと冬に向かっていってしまうのである。


二章おわり
三章へつづく


※いつも閲覧してくださっているみなさま、どうもありがとうございます(^^♪
おかげさまで無事に二章目を連載し終えることができましたv
次回より三章がはじまります。
舞台は烏林、主役は徐庶です。
「飛鏡、天に輝く」とはちょっとちがう雰囲気でのお届けとなります。
どうぞ次回も見てやってくださいませ。

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ではでは、次回をお楽しみに!!

赤壁に龍は踊る 二章 その7 劉備と周瑜

2024年05月10日 10時15分59秒 | 赤壁に龍は踊る 二章



樊口《はんこう》には先に周瑜たちが上陸した。
すでに夏口《かこう》からきている劉備たちもいるようで、港の浅瀬に停泊している船に『劉』の字が染め抜かれている旗がひるがえっているのが見えた。
孔明の乗った船もまた、浅瀬に停泊し、その後、小舟に乗り換えて樊口に入る。
江東の大きな楼船《ろうせん》が港のほとんどをふさいでしまっているので、孔明の乗った船は浅瀬に停まらざるを得なかったのだ。


趙雲が漕ぐ小舟に揺られてしばらく行くと、孔明はおどろくべきものを見た。
劉備の精鋭たちが、劉備と関羽を中心に整列し、周瑜たち江東の軍を待ち受けていたのだ。
とくに関羽の、深緑色の戦袍《せんぽう》に身を包んだ姿は戦神そのもので、川の風に長いひげをなびかせ、あたりを厳しく睥睨している。
劉備も威風堂々といった姿で周瑜を待ち受けており、その姿はまさに川辺に休んでいる龍のように落ち着いていた。
精鋭たちも、ぴかぴかに磨き上げた甲冑に身をつつみ、なにひとつ負けてなるものかと江東の兵たちを待ち受けている。
負けず嫌いの関羽の率いる精鋭たちらしかった。
かれらの上空を川鳥たちが白い翼をひろげて飛んでいる。
風は北東へ向かってなびき、『劉』の字の旗もまた、ばたばたと勇壮にはためていた。


周瑜がまず樊口に上陸し、魯粛と共に劉備と対面した。
そのあとを孔明と趙雲がつづく。
劉備はあいかわらず、動じない落ち着きを備えていて、星のように輝く周瑜を見ても、おだやかな笑みもそのままに、過度に圧倒されているところは見えなかった。
むしろ周瑜のほうが、あまりに劉備が落ち着いているのでうろたえているように見える。
おそらくだが、周瑜は、初対面ではおのれの魅力に負ける人間をこれまで多く相手にしてきたのだろう。
はったりの効かない相手……劉備をそう見たのはまちがいない。


劉備は孔明を見るなり、穏やかに微笑んで、
「よくやってくれた」
と短く言った。
身内だけの場であったなら、劉備は言葉を尽くして孔明をほめあげただろう。
そのことがわかっているので、孔明も同じく微笑んで、丁寧に礼を取った。


劉備はすでに幕舎を建てていて、会見はそのなかで行われた。
孔明も同道し、幕舎の中に入る。
劉備のそばには関羽がぴったりと寄り添っているので、仮に周瑜とその水軍が劉備軍を急襲したとしても、下手はできないようになっていた。
仮に周瑜が襲ってきても、逆に関羽が周瑜を捕えるだろう。





周瑜と劉備の会合は、終始おだやかに行われた。
関羽が眼光鋭くあたりを警戒していることもあり、不審な行動をする兵はひとりもいない。
それ以前に、周瑜の率いる兵はよく調練されていて、幕舎のまわりでおかしな動きをしたり、無駄口を叩いたりする者は皆無だった。
これから、自分たちの倍以上の兵数を持つ曹操軍に立ち向かっていくのだという気概が、だれからも感じられた。
そのかれらに対峙するように並ぶ劉備軍の兵もまた、主君を守らんとする気概にあふれており、両者のあいだには、ほどよい緊張感がみなぎった。


「これからわれらは陸口《りくこう》へ急行いたします」
長いよもやま話のあとにそう周瑜が切り出すと、すかさず劉備が言った。
「それでは、われらも陸口へ同行させていただきましょう。兵はすぐに用意できます」
すると、意外なことに、周瑜は手ぶりでそれをとどめた。
「いや、それはしばらく。劉豫洲には、陸口の手前に船団を配置してもらい、われらが屠る曹操軍を北から襲撃していただきたい」
「北からというと、周都督は戦場は陸口ではなく、その手前の水上になるとお考えか」
劉備の問いに、周瑜は大きくうなずく。
「左様。陸口には上陸させませぬ。われらの力は水の上でこそ、もっとも発揮できます。
やつらが陸口へ入り、江東を横断しようとするまえに、対岸から陸口へ渡ろうとする曹操の船団を水上で迎え撃ちます」
「なるほど。しかし曹操も電光石火の勢いで、江陵から進んでいるはず。
船に乗り換えたのち、長江を進んで陸口を押えようとするでしょうな。
われらの細作の情報では、曹操の水軍を率いるのは、襄陽で水軍を調練していた蔡瑁とのこと。
やつらの実力はわれらもよく知っておりますが、なかなかどうして、舐めてかかってよい相手ではありませぬぞ」
「それはわかっております」
と、周瑜は自信に満ちた口調で言い、微笑んだ。
「仮に蔡瑁がわたしをしのぐ実力の持ち主だったとしても、やつの乗せている兵卒たちは北の兵がほとんどで、まともに水上で戦ったことのない者たちばかりでしょう。
いかに曹操が鬼才の持ち主だったとしても、この事実は覆りませぬ。
付け焼刃で戦うとどういう目に遭うか、わたしとしても曹操にたっぷり味合わせてやるつもりです」
「それは、なるほど」
百戦錬磨の劉備も、自信満々の周瑜の態度に、さすがに気おされたようである。


劉備のかたわらで聞いていた孔明は、誇り高い周瑜のことばに、不安をおぼえた。
曹操軍の恐ろしさを徐州でも目の当たりにしたし、荊州でも同じく知った身としては、そんなに単純に曹操を舐めてかかってよいものかと、つい思ってしまう。
とはいえ、意外に残酷な面を見せてもなお、周瑜が邪悪に見えないところは、うらやましいほど得なところだなと、孔明は感心した。


会見が終わると、周瑜は曹操も狙っているだろう陸口へ向けて、このままさっそく出立すると言って、劉備らをおどろかせた。
「電光石火の勢いなのは、われらも同じということですよ」
と、周瑜は笑って見せた。
「さすがとしか言いようがありませんな」
劉備は、うまく周瑜をおだてる。
すると、それまで孔明の存在を全く忘れているかのように振舞っていた周瑜が、ちらっと孔明のほうを見た。
なんであろうと孔明が構えていると、周瑜は切り出した。
「ときに劉豫洲、貴殿の軍師もわれらと同道することは、もちろんお許しいただけますな」
そう周瑜に問われ、劉備は一瞬、虚を突かれたような顔になった。
ほんとうに一瞬だったのだが、孔明はむしろ劉備の反応のほうを意外に思った。
それというのも、事前の打ち合わせで、同盟のゆくえを見届けるため、孔明は江東の軍と行動をともにすることを決めていたからである。
「ええ、もちろん。孔明はわが股肱にして手足のようなもの。
どうぞ大事にあつかってやってください」
劉備が言うと、周瑜はほがらかに笑って、もちろんと返してきた。
それで、そのまま会見は終わりとなった。


つづく

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さて、土日の更新をしようかと迷いに迷っていますが、結論がまだ出ないでいます。
それというのも、やはり原稿の進行具合がイマイチなためでして……
ああ、優柔不断。
決まりましたら、またご連絡させていただきますね。

ではでは、またお会いしましょう('ω')ノ

赤壁に龍は踊る 二章 その6 樊口へ

2024年05月08日 09時55分38秒 | 赤壁に龍は踊る 二章



客館のあるじに別れの挨拶をして、ふたりして急いで港へ向かう。
壮行会はふたりが到着するのとほぼ同時に始まった。
孫権をはじめ、程普《ていふ》や黄蓋《こうがい》ら重鎮のほか、多くの柴桑《さいそう》の民が見物に押しかけている。
江東の民の勇壮なことと言ったらない。
周瑜が天の神、地の神に酒を注ぎ、祈りをささげているあいだこそ静かだったが、船を出すという段になると、いっせいに、
「いいぞ、曹賊をやっつけてくれ!」
「ぜったいに勝ってきて下せえ!」
と口々に応援のことばをかけていた。
周瑜もまた、たいへんにこやかに人々にこたえていて、集まった民のうち、女たちは、その一挙手一投足にきゃあきゃあ言って大騒ぎである。
周瑜のほうも心得ていて、民がなにかことばをかけてくるたび、それに応じて、
「きっと勝ってくるぞ」
と言ってみたり、女たちに愛想よく手を振ってみたり。
一方で見送る側の孫権の影はいささか薄かったが、どうやらいつものことらしく、孫権自身もいっしょになって喜んでいる。


金糸銀糸で飾られた派手な鎧姿の周瑜は、中身も外身も完璧である。
それを見るにつけ、やはり周瑜は、江東における精神的支柱なのだと、孔明は感心せざるを得なかった。
『わたしにはこれほど求心力を発揮することはできまい』
そう思うと、むくむくと闘争心が沸く。
『いや、いずれはかれのようになる。あるいは、かれを超えて見せよう』
孔明がそんな決意を固めているのも知らず、周瑜は白い歯をこぼして、出立するまでのあいだ、ずっと上機嫌に笑っていた。
とてもこれから曹操の大軍と対決に行くのだという雰囲気ではない。
自信があるのか、怖い者知らずなのか……おそらく前者だろう。


大船団がいっせいに動き出し、孔明たちもまた、魯粛の手配してくれた船のひとつに乗り込んだ。
船が岸を離れるとぐんぐんと長江を遡上《そじょう》し、柴桑の街は遠く彼方になっていった。
なつかしい豫章《よしょう》の地。
ふたたび足を踏み入れることがあるだろうか。
いや、それより、あの街に胡済《こさい》はまだ残っているのか、そうではないのか。
複雑な思いで、孔明は柴桑が完全に見えなくなるまで、じっと南の方向を見つめていた。





行きより帰りのほうが早いのは旅の常である。
大船団は順調に長江をさかのぼり、樊口《はんこう》へと向かいつつあった。
その街が見えてきたので、となりにいる趙雲があきらかにほっとしているのがわかった。
その横顔を盗み見ると、みごとに青い。
その青さは透かした紙にも匹敵するほどで、孔明は思わず口にしていた。
「ほんとうに、あなたにも苦手なものがあるのだな」
とはいえ、こんな言葉は、何の慰めにもならないだろう。
「出立するまえにあげた頓服は効かなかったかな」
妻の月英が教えてくれた処方の頓服なので、効くだろうと信じていたが、趙雲の船酔いは頑固らしい。
趙雲は青い顔のまま、力なく笑った。
「来た時よりは、まだ気分がいい」
「そうか? ならばいいが」
「おれはとことん、北の人間だなと思ったよ。やはり、地に足がついていないと落ち着かない」
そして「船は苦手だ」とこぼした。


孔明らの乗る船と並走して、周瑜や魯粛の乗り込んでいる大きな楼船《ろうせん》のほか、精鋭を乗せた闘船《とうせん》、そして屋根付きの覆いのあるのが特徴の蒙衝《もうしょう》などが河を走る。
あの船のなかに、胡済が紛れていないないだろうかと、孔明はつい考えてしまう。
そろそろ樊口に到着するので、劉備と周瑜の対面がうまくいくかのほうにこころを配らねばならないのだが……


「偉度(胡済)がどこかに潜り込んでいるといいな」
と、趙雲は青い顔のまま言う。
「これは勘だが、あいつはもう柴桑にはいない気がする」
「気配を感じるとか?」
「そうではない。おれなりに考えたのだが、あいつを動かせる人間が、劉公子とお前のほかにいるだろうか。
いるとしたら、それは壺中《こちゅう》とかかわりのある人間ではないのかな」
孔明は趙雲の明察に、眉をあげておどろいた。
「なるほど、そうか、そうかもしれない。
偉度を呼び出した手口が慣れていたのも、そのためか」
「だが、何のために呼び出され、そしてあいつが付いていったのかはわからん。
昔の仲間のために動いたという可能性もあるわけだが……だとすると、それは蔡瑁《さいぼう》の手の者かもな」
ぎょっとして、孔明はまじまじと趙雲の横顔を見た。
趙雲はこれ以上酔わないようにするためか、地平の彼方をじっと睨むようにしている。
「蔡瑁の手の者ということは、つまり曹操の?」
「そういう可能性もある、ということだ。
だが、もうひとつの可能性も考えておけ」
「もうひとつ?」


たずねると、趙雲は、ちらりと目線を寄越し、言いづらそうにした。
それだけで、聡《さと》い孔明にはわかってしまった。
「あの子が消された可能性か」
「客館の庭の地面をたしかめたが、格闘した形跡はなかった。
引きずられた跡もなかったから、偉度は自分の足で客館を出たのだろう。
そのあとのことは想像するしかない。
蔡瑁の手の者に呼び出されたのだとすると」
「覚悟する必要があるというわけか」
胡済がどこでどうしているのか、生きているのか死んでいるのか。
その先を考えるのは、さすがの孔明も恐ろしくてすることができなかった。


やがて川べりをすみかにする水鳥の姿が多くみられるようになってきた。
目的地である樊口に到着したのだった。


つづく


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昨日に更新した近況報告通りの状況でして……
日曜日に更新日を追加しようかと検討し始めています。
おかげさまで、「なろう」と違って、このブログは通常どおりです。
それもこれも、通ってきてくれているみなさまのおかげ!
あまり右往左往せず、しかし注意を払いながらやっていきますv

更新日を追加することにしたら、また近況報告でお知らせしますね。
ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 二章 その5 行方を捜して

2024年05月06日 09時54分56秒 | 赤壁に龍は踊る 二章
「困った子だよ、本当に、いったいどこへ行ってしまったのか」
ぼやく孔明に、趙雲は「ほんとうだな」と相槌を打ちつつ、言った。
「おれはこれから魯子敬のところへ行ってくる」
「そうだな。なにもかもおんぶにだっこで、かれに申し訳ない気もするが」
「しかし、ここには、ほかに頼れる者もいない。
ともかく出立前に話をつけてくるから、おまえはここで少し待っていてくれ」
そう言って、趙雲は身支度もそのままに、ぱっと客館を出て、魯粛のもとへ出かけて行った。
このあたりの身の軽さは趙雲の良いところであった。


待つ身になった孔明は、気が気ではなく、何度も客館の玄関と胡済《こさい》のあてがわれていた部屋を往復した。
胡済がひょっこりと帰ってくることを期待しながら。
しかし、胡済が帰ってくる気配はなく、むしろこれから出立する周瑜の船団の壮麗な壮行式を見に行くひとびとを客館の窓から眺めるだけの羽目になってしまった。


外から聞こえるひとびとの口ぶりからするに、周瑜への期待は非常に高い。
若者たちはもちろん、幼い子供をかかえた女までが港へ向かっている。
近所で連れ立っていく者もいるようで、かれらの顔は、どれも晴れやかだ。
だれもが、自分たちの自慢の「美周郎」が、曹操ごときに負けるとは夢にも思っていないというふうだった。


いじわるな見方をすれば、江東のひとびとは、曹操軍の規模を知らないから、そんな楽観視できているということになる。
だが、周瑜と実際に対面した後の孔明には、江東のひとびとの、周瑜に対する期待の理由がよくわかる気がした。
たしかに自分を嫌っている男だが、当代の英雄のひとりであることにまちがいはない。


その周瑜のもとに、はたして胡済は行ったのかどうか。
劉琦のもとから無理に連れ出してきたのは自分だけに、責任も感じて、落ち着いていられない。
『一足早く、劉公子の元へ戻ったというのならば、まだいいが……』
状況から見ても、そうではないだろう。
だれかが胡済を真夜中に呼び出したのだ。
わざわざみなが寝静まったころあいに胡済を呼び出したところから見て、その何者かは、誰にも存在を知られたくなかったのだろう。
『劉公子以外の人間で、いまのあの子を動かせる者はいるだろうか?』
考えてみるが、だれも該当しない。
気にかかるのは、やはり周瑜のうごきを胡済が過度に注意していたことで、そのあたりに突然消えてしまった理由があるように、どうしても感じてしまう。


「それにしても、ただ待つというのは、いやなものだ」
つぶやくと、いっそう苛立ちに似た感情が強くなる。
これが懐かしい新野城にいるというのなら、気を紛らわせるために書物をひもとくなどできるのだが、あいにくここは柴桑《さいそう》の客館で、気を紛らわせてくれるものはなにもない。
完全に手持無沙汰である。
『わが君なら手芸でもなさるだろうな』
孔明も不器用ではないので、このさいだからなにか作ることに挑戦して、気を紛らわせようかとすらおもったとき、趙雲が帰って来た。


趙雲は馬で帰って来たのだが、そのうしろに、胡済の姿は、やはりなかった。
そこにまずがっかりしたが、気を取り直して、趙雲に状況をたずねる。
急いで帰って来たらしい趙雲は、桃のような色の頬をして、答えた。
「結論から言うと、偉度のことは魯子敬どのもわからないそうだ。
いちおう、捜す手配はしてくれるようだが、これだけの人数がいっせいに動き出しているなかで、偉度が意図的に変装でもして紛れてしまえば、もう見つけるのは困難だから、期待しないでほしいとはっきり言われた」
そうだろうなと、孔明は落胆した。
魯粛でも、やはり力にはなりきれないようだ。
そもそも、東西南北どこへ行ったのかすらわからないのだから。


「周都督の様子も見てきた」
「さすがだな、そこまで気が回るとは」
素直に感心すると、趙雲は照れたように、まあな、と答えてから、つづけた。
「おれの目から見ても、別段に変わった様子はない。
仮に偉度のやつが周都督になにか仕掛けているとしたら、もっと物々しい様子だったはずだ」
「そんなことはなかったと?」
「ごく普通に振舞っていたぞ」
となると、胡済が周瑜の元へ行ったという可能性は消えるのか?
孔明は考えるが、しかし考えるにも材料が足りなさ過ぎて、結局堂々巡りになってしまう。


「どうする」
趙雲に端的にたずねられて、孔明は頭をかくほかない。
「どうもこうも、わたしたちのどちらとも、今日、柴桑を出なければならない。
偉度のためとはいえ、どちらかが残れば、周都督も孫将軍も、おかしいなと不審に思ってしまうことだろう。
仮に子敬どのが取りなしてくれたとしても、同じことだ。こういっては何だが」
と、孔明は声をひそめた。
「孫将軍も、なかなか細かいところに目のいくお方のようだからな。
いまでこそわれらを歓迎してくれているが、気になることがあれば、容赦なく腹を探ってくるだろう」
「そうか、そうだよな」
と、趙雲はため息をつく。
選択の余地はないのだ。
「わたしたちも壮行会とやらに出たほうがいいだろう。そろそろ客館から出よう」


つづく


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このブログの閲覧数はよいのですが、「なろう」のほうの閲覧数が極端に下がっていて、げんざい、原因を探索中でございます……
ううむ、展開がのろすぎるのか?
それとも、GWでみなさんお出かけなのかしらん?
ほかにも原因があるのかなー?
更新日について、土日を抜かしている、というのも、よくないのかもしれず。
わたしもいろいろ考えておりますが、「これじゃないか?」というのがあったら、お手数ですがご教授くださいませ;

それと、進捗ですが、げんざい「赤壁編」は四章目を執筆しております。
「三顧の礼」のエピソードも書き始めましたが……おっと、長くなりそうなので、またあらためて、近況報告にてお知らせしますね。

ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

赤壁に龍は踊る 二章 その4 戸惑いの夜明け

2024年05月03日 09時43分56秒 | 赤壁に龍は踊る 二章
孔明の脳裏に浮かんだのは、周瑜の端正すぎるほど端正な顔だった。
とたん、どきん、どきんと胸が不吉に鼓動を高くしはじめた。
胡済は、なぜか周瑜のことを過度に気にしていた。
自分の推理が正しければ、おそらく胡済は、壺中《こちゅう》にいた時分に、刺客としてか、あるいは細作として江東に来て、周瑜とかかわりができたのだろう。


『まさか、もう一度、周瑜に会いに行った?』
そう思ったが、その自分の考えを、孔明はすぐに打ち消した。
『それはないな。あの子は刺客稼業から足を洗ったはずなのだし、第一、周瑜になにか傷をつければ、あの子自身もただではすまない。
あの子の仕える劉公子(劉琦)だって不利な立場になってしまう。その計算はできるはずだ』


孔明は落ち着くため、ふうっと息を吐き、それからちっち、と舌を鳴らした。
「偉度のようすがおかしかったのはわかっていたのに、ほったらかしにしていたわたしがいけなかった。
今夜にでも、あの子としっかり話をしておくべきだった」
そう言っても後の祭り。
胡済のいなくなった寝台を見つめて、孔明は気分が沈んでいくのを感じた。
「おれも反省している。明日は柴桑から出立だと思って、気もそぞろになっていた。
偉度も『やっと帰れる』と言っていたからな。まさか出て行ってしまうとは」
趙雲のボヤキに、孔明は言う。
「一足早くに劉公子のもとへ戻った可能性もあるぞ」
「おれたちをほったらかしにして、か? 
たしかに気まぐれな奴だが、そこまで不義理をするかな」
「む」
しないだろう。


「だいたい、だれかが呼び出したのだから、なにか目的があって出て行ったはずだ。
だれが呼び出したのかがわからん以上、楽観視しないほうがいいぞ」
釘を刺されて、孔明は胡済が周瑜を倒しに行った可能性について考えざるを得なかった。
たしかに胡済は腕がたつ。
だが、いまもっとも刺客に過敏になっているだろう周瑜に対し、かすり傷をつけることすら、むずかしいのではないか。
『周瑜を殺して、あの子に得がない。だが、何者かに命じられて、やむなく殺しにいったのでは? 
とすると、『何者か』というのは曹操側の人間か? 
いや、まだ偉度が周瑜の元へ行ったとは確定していない。決めつけるのは早かろう』


自分に言い聞かせていると、横の趙雲が言った。
「今夜、おれたちに出来ることはなさそうだ。
夜明けまでまだ時間があるし、明日のためにもう一度眠っておいたほうがいいだろう」
「眠れないよ」
「そこはそれ、体をいたわるためにも眠るのだ。いいか、ちゃんと寝台に戻るんだぞ」
と言いつつ、趙雲は燭台片手に、自分の寝室とは逆の方向へ行こうとする。
「どこへいく?」
たずねると、趙雲は申し訳なさそうな顔をして答えた。
「もういちど、まだこの屋敷に留まっていないかたしかめてくる。
偉度を管理しきれなかったのはおれの失態だからな」
「すまないな、子龍」
謝ると、趙雲は、みじかく「いや」と答えて、そのまま移動していった。


ふたたび寝台に戻った孔明だが、趙雲に言われた通りには眠れなかった。
胡済がひょっこり帰ってくる物音がするのではと思うと、目も頭も冴えてしまうのである。
趙雲がもどってきたが、やはり胡済はどこにもいなかったという答えだった。
「偉度や、どこへ行ったのか」
小さくつぶやきつつ、孔明は二度目の深いため息をついた。





本来なら気楽な樊口行きが、胡済がいなくなったことで急転した。
孔明は、
『周都督のもとへ行ってみるか』
と思ったが、これは趙雲に止められた。
「行っていたとしたら、同盟が破綻するほどの問題になりかねぬ。
偉度の前身を答えなくてはならなくなるからな。
いまのところ向こうからの動きもない、こちらから動くのは得策ではないだろう」
そう言いつつ、趙雲はまわりの気配に注意しつつ、小声で孔明に言った。
「おれたちはどうも見張られているようだし、仮に偉度が周都督のもとへ行っていたとしても、その動向はすでに向こうにも伝わっているはずだ」


孔明はおもわずあたりを見回した。
趙雲は見張られているというが、だれかの気配は全く感じない。
出立の朝なので、魯粛が手配してくれた人足《にんそく》たちが、軽く荷物をまとめてくれていたりしているが、それ以上の目立つ者はいなかった。
あるいは、この人足たちのなかに周瑜の密偵が紛れているのだろうか。
どちらにしろ、客館でのこちらの動きは筒抜けになっていると見ていいようだ。


つづく


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