はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る・改 三章 その8 逡巡

2025年01月21日 10時10分30秒 | 赤壁に龍は踊る・改 三章



孔明は、とぼとぼと仮家に戻って来た。
だが、趙雲のほうは張り切っていて、
「おまえはここにいろ。おれは陸口《りくこう》じゅうの鍛冶屋を回ってみる」
と言い出す。
まちがいなく、鍛冶屋にも周瑜の手が回っているだろうと孔明は思ったし、聡い趙雲がそれに気づかぬはずがない。
しかし、趙雲は青い顔をしたままの孔明を励ますように、
「ダメでもともとだ。なにか突破口が開けるかもしれぬ。
おまえはここにいて、何か良い手がないか、考えていてくれ」
と力強く言って、そのまま仮家を飛び出していった。


趙雲としても、自分が目を離したすきに孔明が罠にかけられたことについて、責任を感じているのかもしれない。
そう思うと、孔明としても申し訳なく思う。
つくづく、もうすこし上手く立ち回れなかっただろうかと思うのだ。
『あれほどの数の武将を前に、怖じたか、亮よ?』
自分に尋ねてみるが、むなしくなってきたので、すぐにやめた。
ともかく、十日のあいだに、何か良い手を見つけなければならない。
そうでなければ、首と胴が泣き別れだ。
孔明は自然と首筋をさすっていた。
死ぬかもしれないということを、いままで考えたことがなかった。
曹操が来襲してきたあとも、力強い仲間たちがいっしょだったから、絶対に何とかなると思っていたからだ。
だが、いまはちがう。
『子龍だけでも陸口から脱出させよう。子敬(魯粛)どのがうまく手配してくれぬだろうか』
仮家の、あてがわれた部屋のなかで、ひとり壁に背をあずけて庭を見やる。
厨房のほうから、韓福とおかみさんの会話が聞こえてきた。
「なんだ、今日の魚はあまり活きがよくないな」
「仕方ありませんよ、河のほとりには兵隊さんがうろうろしているので、みんな怖がって漁をしたがらないのですもの。
夜明け前に出かけようとしても、霧が多くて、危ないのですって。
これでも、まだいいほうの魚をもらって来たのよ」
「困ったものだ、早く戦が終わらないかな」
「まだ始まったばかりじゃないの」
「そうだったなあ、今日は勝ったと聞いたが、うちの客人の顔色は冴えないのはなぜなんだろう……」
心配をかけてしまっているようだ。


孔明は苦笑し、またなんとかしなければと、頭を働かせようとするが、うまくいかない。
ぼんやりと見える先には、立派な松の木と、黄土色に変色している栗の木がある。
その下を、スズメたちが可愛らしく集まって、地面を突いている。
虫を食べているのだろう。
そこへ、熟れた毬栗《いがぐり》が、ぼとんとスズメたちのところへ落ちてくる。
だが、スズメたちはそれを器用に避けて虫を取っていた。
スズメでさえ危険を避けるのに、自分ときたら!
栗のおこわを食べて喜んでいた、あの夜に戻りたいとすら思う。
胡済《こさい》といっしょに、陸口を離れるべきだったか?
『いや、それではやはり同盟が破綻する。けっきょく、この道しかなかった』
さらに思うのは、周瑜が今日の戦で負けるか、五分の勝負で引き揚げていたら、やはり強気に出てこられなかっただろう、ということだ。
周瑜としても、同盟者である劉備軍を無視できなくなったはずで、孔明に対し、無茶な要求もしてこなかっただろう。
『周都督は、自分たちだけで勝てると確信している。
戦後のことまで見込んで、厄介ごとをひとつでも減らしたい思いなのだろう』


スズメがぱっと飛び立っていった。
何処へ向かって行くのやら、自分たちにも翼が生えないかしらん、と愚にも付かない想像をはたらかせ、途中でやめる。
想像に逃げているわけにはいかない。
『なんとかしなければ』
孔明は深く思考に入る。
劉備に助けを求める、周瑜をうまくだます、孫権を動かす……どれも『十日』という期限を守れない。
どうしたらいいのか。


つづく



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