はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 涙の章 その75 狂乱か、冷徹か

2022年12月03日 10時10分13秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章


蔡瑁は、夫の劉表を介抱する、蔡夫人の白い手を見つめていた。
はじめて会ったときは、美しいだけがとりえの、楚々とした気弱な女だった。
それがどんどん、毒婦といっていい女に変わっていった。
劉表の毒にあてられたのか、それとも、もともと内側に眠っていたものを蔡瑁自身と劉表が引き出してしまったのか、それはわからない。

とくに、劉琮が生まれてからの蔡夫人の変貌ぶりは瞠目に値するものであった。
たしかに共謀者としては、心強い女に成長した。
だが、生涯の伴侶たりえるかというと、また別の話だ。

蔡瑁は、蔡夫人には内密に、またあたらしく若い女を囲っていた。
『壷中』の女で、少女と言ってもいいくらいの娘である。
ほかの娘たちのように、べつの男たちに差し出すには惜しい器量の持ち主であったので、自分のものにした。
『壷中』の娘たちは、はやくから房中術を仕込まれる。
そうして、自分たちの若さと肉体を武器に、各国に侵入し、情報を引き出してくる。
その肉体の素晴らしさに耽溺し、蔡瑁のように、『壷中』の女を妾にする豪族は多い。

少年たちの中でも、見目良い者は、やはり特殊な趣味をかかえる要人用に育てられる。
不思議なもので、断袖の趣味を持つ者は権力者に多い。
だから、かれらの利用価値は高いのだ。
美貌と若さに加えて、少女たちにはない体力を持っているからだ。

かれらの教育は、蔡夫人が主に行っている。
そうしてうまく教育し、自分が勤めたくない夫への勤めを、代わりに少年たちに行わせている。
図々しい女になったものだ、と蔡瑁は感心する。
自分とて、似たようなことを蔡夫人にしたことは、すっかり忘れている。

「阿琮はどうした」
劉表が目の前で眠っているというのに、蔡瑁は劉琮を名で呼んだ。
あれは自分の子だと、蔡瑁は信じている。
蔡夫人がそう言ったからというのもあるが、劉琮は、あまりに劉表に似ていなかった。
それに、蔡瑁は劉表が『息子』の劉琮に、どれだけのことをしてきたか、知っている。
なので、その事実から目を逸らしたかった、というのもある。

「ここにおります、叔父上」
劉琮が、華奢な姿を見せる。
その手には、盆があり、なめらかな輝きを見せる青い香炉が上に乗っている。
なぜ香炉を持っているのだろう。
わからなかったが、劉表のことを思い出した。
劉表はひどい中毒になっているため、自分の意思で排泄するのがむずかしくなっている。
そのにおいをごまかすためだろうと蔡瑁は推測した。

「気が利くな」
蔡瑁が言うと、劉琮は華のある笑みをみせた。
「阿琮よ、わしは表が騒がしいので、様子を見てくる。
潘季鵬《はんきほう》のやつ、まさかとは思うが、趙子龍を阻止できなかったのかも知れぬからな」
「それでは、われらの警護はだれがするのですか?」
劉琮は、母親そっくりのきつい詰問調で尋ねてきた。
妙なところが似るものだと苦りつつ、蔡瑁は答える。
「ちゃんと兵卒を揃えてある。ただし、部屋から出るな。
逃げた諸葛亮も見つかっておらぬのだ」
「諸葛亮が我らを襲ってきたら?」
「埒もない。あの青書生になにができる」

蔡瑁は、長身のわりには華奢な印象のつよい孔明の姿を思い浮かべていた。
はじめ、孔明と会ったばかりのころは、徐庶という、前科持ちと親しいくらいだから、やくざな生活を送っているのだろうと考えていた。

しかし、実際にふたりに会ってみて、考えを変えた。
そうではない。
あれほど生真面目なふたりはいないだろうというくらいに弾けたところのない青年たちだった。
ただし、生真面目である、ということは常に本気ということであり、まともに向かってこられると厄介な相手となるということでもあった。

徐庶は曹操の元へ行ってしまったが、もう一方の諸葛亮は、懸念どおり、いま面倒な敵となって、あろうことか襄陽城をネズミのように引っ掻き回している。
早いところ、始末してしまえばよかった。

「阿琮! なにをしているのです!」
蔡夫人の金切り声に、蔡瑁は我に返った。
何事かと見ると、驚いたことに、劉琮が、手に長剣を持って、その切っ先を母親に向けているのだ。

あわてて自らも刀剣を抜こうとした蔡瑁であるが、力が入らない。
ぐらりと視界が揺れる。
そうして、気がついた。
鼻腔をくすぐる、甘い香り。
これは、『壺中』の村で調合されている、特殊なしびれ薬では。

「やっぱり利くな。私は訓練で慣れているから、これくらいではなんともないが」
幼い容姿とは見合わぬ、大人びた口調で劉琮は言い、笑った。
その笑みを見たとき、蔡瑁は肝が冷えた。
いつもの人を惹きつけてやまない明るい笑みではなかった。
どろりとした悪意が腹の底に溜まっているのがはっきりわかる、狂人の笑み。
目は猛禽が獲物を見つけたときのようにぎらぎらと輝いている。

蔡瑁の膝が笑う。
そのまま、ぶざまに床に崩れ落ちる。
目の前では、蔡夫人が、必死になって劉琮に訴えていた。
「なにをするのかえ? おやめ! その物騒なものは、しまっておしまい!」
「黙れ」
短くそう言うと、劉琮は、蔡夫人に向かって、静かに刃を突き立てた。

つづく

※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!
そして、ブログ村及びブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です、うれしいです♪
おかげさまで、涙の章もそろそろ終わろうとしています。
反響は、あるような、ないような…いつもの通り、かな?
最終章に向けて、話は加速をつづけますので、どうぞおたのしみにー!(^^)!

臥龍的陣 涙の章 その74 諸葛玄の遺したもの

2022年12月02日 09時41分35秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
前方から、ひときわ立派な鎧装束の男が、部下を引き連れてやってくるのが見えた。
趙雲は、群がってくるほかの兵卒たちを槍で遠ざけ、佩びていた刀剣を抜き放ち、男に呼ばわった。
「東門を守る将とお見受けしたが、如何に?」
「いかにも。貴殿が賊かっ」
まるで他人事のように尋ねてくる男は、四角い顔の、いささか小柄な男で、平時ならば好感が持てるだろう、善良そうな顔をしていた。
趙雲が刀剣を構えているのを見てか、男も刀剣を抜き放つ。

「わが名は趙子龍。黄漢升の輩《ともがら》なり」
そう名乗ると、男は、
「ほう」
と相槌を打って、部下にさがっているように命令をすると、自ら剣を手に、突っ込んできた。

ぎん、とはげしく金属音がして、刃と刃がぶつかりあう。
男の力が振動を通して伝わってくる。
「黄漢升の輩というは、まことか?」
組み合いつつ、男は小声ですばやく尋ねてきた。
「そうだ。弓を持っている。黄漢升の弓だ」
「見せろ」
男は、力に弾かれたようなそぶりで、ぱっと趙雲から離れた。
趙雲は、すばやく、背負っていた弓を男に見せる。
男は、わかった、というふうに大きく肯いた。
そして、猛然と切り込んでくる。

「貴殿の命、それがしが預かった!」
そう叫びつつ、男は切っ先するどく斬り込んでくるが、どこか本気ではない。
趙雲は、ほかの兵士たちにそうと知られないようにするために、真剣なふりをして男と打ち合う。

男は徐々に徐々に、小屋と思しき建物の物陰に後退していく。
刃剣を遊戯のようにかわしつつ、趙雲は男のあとにつづいていった。
そうして、小屋の陰に隠れると、男はほかの兵士たちに悟られないように、すばやく言った。
「黄漢升とは、なつかしい名を聞いた。
さきほど孔明さまが単独でお戻りになられたが、そのことと関わりがあるのだな?」

趙雲はおどろき、尋ねた。
「貴殿も、諸葛玄どのの、ともがらであったのか?」
小柄な男は、感慨深げに大きく肯いた。
「左様。諸葛玄どのが亡くなられたあと、我らはみな跡取りである孔明さまの下に残ることを考えたのだ。
しかしかえって『壷中』に目をつけられると判断し、逆に、われらが襄陽城に残り、『壷中』を見張ることにしたのだ」
「なんと」

趙雲は、あらためて孔明の運の強さに感嘆した。
そうして、孔明の叔父が、死を超えてもなお、甥を守り続けている事実に、感動した。

「ゆっくり話をしている暇はない。
すると、いま正門で戦っているという男は、もしや?」
「そうだ。黄漢升だ。して、軍師はいづれに?」
「教えてやりたいところであるが、分からぬ。
蔡瑁め、もともと秘密主義の男だが、『壷中』に関しては、それがもっとひどくなる。
だが、城内の動きも妙に慌しい。何事か起こったのかも知れぬ。
もし孔明さまがいるとしたら、奥向きの劉州牧の居室の近辺であろう。
なんとしても孔明さまを助けて差し上げてくれ。
われらの努力を無駄にしないでほしい」

趙雲が大きく頷くと、男は、にっ、と明るく笑って、それから剣を片手に小屋の物陰から飛び出した。
「賊は正門のほうへ逃げた! 総員、正門へ向かえ!」
そう叫ぶ男の背中を物陰より感謝を込めて見送りつつ、趙雲は、闇に浮かぶ劉表の居城を見上げた。

つづく


※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です、励みになります(^^♪
いやー、今日はみなさん寝不足では?
わたしは朝起きて、かなりびっくりしたクチです…日本代表、ダメだろうなあ、なんて思っていたら! 大金星!
その余波か、今日は「なろう」「カクヨム」ともに来客数ゼロ。
サッカー人気のすさまじさをこんなところで感じております。
寝不足気味のみなさま、どうぞお体に気を付けてー。
でもって、時間があったらでいいので、当作品をみてやってくださいませ。

臥龍的陣 涙の章 その73 ひたすら前へ

2022年12月01日 10時22分22秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章


趙雲は、弓を片手に身を低くして、東の門へと走っていた。
見つからないように足音を殺し、光を避けて進む。
そうしながら、趙雲は、興奮と冷静のないまぜになった、異様な高揚感をおぼえていた。

徐々に神経が研ぎ澄まされ、すべてのものが見えてくる。
自分が次に何をすればよいのか、敵はどのように動くのか。
すべて、あらかじめ趙雲の前に明らかにされた筋書きのようだ。
それほど明確に全体が見渡せる。
それは仙人じみた能力の所以ではなく、観察力にすぐれた趙雲だからこそ得られた感覚であった。

東門の篝火の前で、正門の兵士たちとは対照的に、暇そうにあくびをする兵士が立っていた。
趙雲は篝火の明かりを避けて、音もなくそっと近づくと、背後から近づき、口を塞いで首筋を打った。
倒れる音でほかの兵士が気づかないように、膝をつかってくずれる兵士の身体をささえ、地面にそっと横たえる。

だが、近くの兵士が気づいたようだ。
屈んだ姿勢のまま、趙雲は兵士を待ち受けると、下から突き上げるような形で、やってきた男のみぞおちを打つ。
薄い鎖帷子ごしに、男の身体に走った衝撃が伝わってくる。
そうして、二人を地面にならべると、さらに門へと近づいていった。

東門と正門の兵士たちの差はあまりにはげしかった。
門のすぐそばでは、幾人もの兵士が車座になって、賭博にはげんでいる。
一方で生死をかけた戦いをくりひろげ、その一方では呑気に小銭をかけた争いをくりひろげているのだ。

もはや統制云々以前の問題である。
蔡瑁や『壷中』のやりように、あからさまにうんざりしている将兵がいるのだ。
そしてその行動を、蔡瑁も『壷中』も抑えきれていない。
ここまで腐りきっていたのかと唖然とするのと同時に、こんな軍隊で働かされる兵士たちを、趙雲は哀れに思った。

兵士たちは武器も兜も傍らにおいて、熱心に賭博にはげんでいる。
趙雲もよく知っている、賽をつかった単純なものだ。
賽を転がし、出た目の数を当てるのである。
上役の命令などまるで聞く気のない兵士たちの背後からそっと様子をのぞくと、かれらは目の前のちいさな二つの賽ころに夢中になって、ぎゃあぎゃあと餌を前にした鶏のように騒いでいた。

「くそっ、ついてねぇな。今夜はいきなり夜警に借り出されるわ、賭けに負けるわで散々だぜ」
「わるいな。おれはお陰でついているぜ。
これで新野の賊とやらが、おれっちのところに丸腰で飛び込んできたら、めでたしめでたし、なんだがな」
「俺はどうもよくわからんのだが、新野の劉豫州は味方じゃなかったのか?」
「味方じゃなくなったんだろ。だから急に全兵士に召集がかかったんだ」
「なにを信じていいのかわからねぇ世の中だねぇ」

「まったくだ」

最後のことばは、趙雲から発せられた。
闖入者にはっとして、兵士たちは腰を浮かしかけたが、武器を手放していたということと、長時間座り込んでいたということが仇《あだ》となった。
かれらがまともに立たないうちに、全員が趙雲によって殴り倒された。
まさに一瞬の出来事であった。

さて。
趙雲は息を整えると、東門の内部へと向かった。
どこか倦怠感のただよう門のなかでは、さきほどの兵士たちとはちがい、武装もきちんと整えた兵士たちが命令どおりに侵入者を見張っていた。
そこへ、正門からやってきたとおぼしき兵士が飛び込んでくる。
「伝令! 賊がすでに侵入の可能性あり! 
総員、ただちに戦闘体制に入れとのこと!」

命令を聞いて、だらけた雰囲気を漂わせていた兵士たちの面差しが、反射的に引き締まる。
もう一足早かったら、隙を狙うだけでよかったのだが。
仕方がない。
趙雲は、さきほど倒した兵士の槍を奪うと、地を蹴り、門へと飛び込んでいった。
兵士のひとりが、
「あっ」
と声をあげたが、遅い。
まともに構えさせる隙も与えず、趙雲は得意の槍を縦横無尽に奮って、その場にいた兵卒たちを、つぎつぎと討ち果たしていった。

正門からやってきた兵士が叫ぶ。
「であえ、であえ! 賊はここにいるぞ!」
そうやって門の仲間に呼びかける背中めがけて、趙雲は手にしていた槍を投げた。
槍は身体を突きぬけ、兵士は絶叫した姿勢のまま、崩れ落ちた。
趙雲は、すぐ傍らに倒れる兵卒から、また槍を奪い、篝火で赤く染まった空の下、ばたばたと駆けてくる兵卒に向かって穂先を定めた。
止まると、城壁の上から弓を射かけてくる兵卒に狙われるので、点在する茂みをうまく利用しつつ、前へと進んだ。

つづく


※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(*^▽^*)
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、多謝でーす♪
おかげさまで、連載も28万文字を超えました。
良く書いたなあとビックリするのと同時に、この長い話を読んでくださっているみなさまにあらためて感謝です。
まだまだお話は続きますので、明日もお楽しみにー!
そして今日は歯医者です。歯をぴかぴかにしてもらってきます! 
一気に寒くなりましたので、みなさまどうぞご自愛くださいませ。わたしも気を付けます。

臥龍的陣 涙の章 その72 震えの意味

2022年11月30日 10時02分13秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章




|潘季鵬《はんきほう》は震えていた。
兵士たちが、まるで敵わないことに対する怒りでもなく、倒された兵士たちへの同情のためでもない。
もはや戦神と呼んでもおかしくないほどに武芸をきわめた趙雲の姿に、感動したのである。

どれほどに憎んでも、潘季鵬にとって、趙雲はやはり最高傑作であり、理想の具現化、象徴であった。
いや、それほどに入れ込んでいたからこそ、思うようにならなくなった趙雲を憎んだのだ。

潘季鵬は、つぎつぎと兵士たちをなぎ倒していく趙雲の姿から目を離せずにいた。
そして、自分が趙雲を殺さずに生かしてやろうと思っているのは、憎しみによるおぞましい企てからそう考えるのか、それとも結局のところ、その存在に捕らわれているのか、わからなくなっていた。
混乱すると同時に、激しい衝動が突き上げてくる。

あれは絶対に手に入らない。
おまえのものにならない。
あれが生きている限り、おまえは苦しみつづけるだろう。
ならば、殺してしまえ。

「みなうろたえるな! 敵は一人! たったひとりであるぞ! 
常山真定の趙子龍を仕留め、名を挙げよ! 
仕留めた者には、好きなだけ褒美をくれてやろう!」
叫ぶ自分の声を、潘季鵬は、どこか異空からひびく声のように聞いた。

なにかが。

それは天啓のように潘季鵬の脳裏に浮かび、突然に闇に覆われたすべての視界を光で照らしたかのような錯覚を生み出した。

なにかがやってくる。

潘季鵬は、直感に突き動かされるまま、わずかに身じろぎをした。
その瞬間、まさにすれ違うようにして、なにかが飛び込んできた。
たん、と単調な音を立て、その何かは潘季鵬の頬をかすめ、背後の、孔明の身代わりとなった男のからだを支える柱のひとつ突き刺さった。
潘季鵬は、城壁から身を乗り出して、眼下に広がる闇に目を凝らした。
城門の前で派手に暴れる趙雲。
ほかにだれもいない。

ちがう。

そのあまりに迷いのない切っ先に、潘季鵬は我に返って、叫んだ。
「ちがう!」
周囲の兵士たちがおどろいて潘季鵬を見たが、構わなかった。
どこがどう違うかと具体的に説明することはできなかったし、おそらくできたとしても、兵士たちには、なにもわからなかっただろう。

潘季鵬はすばやく考えた。
あの男はどこへ行った。
どこへ逃げた? 
またも己の前から逃げたあの男はどこへ?
城門で戦う男は何者で、その行動の意味はなんだ? 

そこに至り、潘季鵬はおのれの失敗に気がついた。
しまった。
やつはもう城内に入り込んでいるかもしれぬ。
「各長に伝令! 趙子龍がすでに城内に侵入しているやもしれぬ! 
ただちに各城門に移動し、やつを捕らえるのだ!」

つづく


※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!
本日は短めの文字数ですが、きりがいいから、ということでお許しくださいませ。
でもって、なかなか趙雲と孔明が再会しない展開ですみません;
しかも話はまーだまだつづくのです。
どうぞご容赦ください&お付き合いくださいv

臥龍的陣 涙の章 その71 克服

2022年11月29日 09時43分33秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章


もしこれが定められたものなのだとしたら、ずいぶんと回りくどいさだめではないか。
趙雲は、運命とやらに挑戦的な笑みを向けると、静かに長弓を引き絞った。
黄忠にはげまされたから、というわけでもないが、ふしぎと外れる気がしなかった。

おまえは人殺しが巧すぎる。
上等だ。

趙雲は城壁から黄忠をねらって弓を引く兵士のひとりに、矢を射た。
その弓兵は、さきほど城壁の上から、聞くに堪えがたい罵詈雑言をわめいていたうちの、とくに悪ふざけのすぎるひとりであった。
正門から聞こえてくる怒号にまぎれて、弓の飛ぶ音は響かない。
茜色に染め上げられた襄陽城の空を矢は飛んで、鷹が獲物をねらうときの正確さでもって、弓兵の額を射抜いた。

兵士が、黄忠に弓を射掛けようとしたままの姿勢で、前に崩れ落ちる。
そうして音もなく城壁を落下していく姿が、赤い空に浮かび上がった。
正門の黄忠の来襲に気を取られ、ほかの弓兵は、仲間の死に気づかない。

趙雲は容赦なく二射目をつがえた。
ぎり、と弓を引き、敵の姿を捉え、相手の次の動きを想像しながら、矢を放つ。
びゅっ、と風に乗り、矢が死を運ぶ。
ふたたび命中し、二人目が空中に飛び込むようにして落ちていった。

正門では、黄忠が兜を目深にかぶったすがたで、押し寄せる兵士たちを相手に、見事な槍さばきで大立ち回りをしていた。
ともかく動きが洗練されており、なにひとつ無駄がない。
わずかな動きだけで、ひとり、またひとりと槍の餌食になっていく。

遠目から全体をながめれば、黄忠は、おのれを取り巻く空気ごと、まるで呪術をあやつっているかのように転がしているように見えた。
前後左右からつぎつぎと襲い掛かる兵士たちは、黄忠の周囲で、まるで見えない壁にはじかれたように飛び跳ね、地面に倒れる。
あまりの凄まじさに、数では圧倒的優位をほこるはずの兵士たちが、徐々に黄忠から距離を置き始めているのがわかった。
それでも戦い慣れているものは、黄忠を射止めんと矢を番えるのであるが、そこは趙雲が援護して、つぎつぎと射落とす。

ひさしぶりに冷徹に番《つが》える弓から発せられる矢は、腹の底から笑いがこみあげてくるほどに、まったく外れることがなかった。
憑き物が落ちたようだ。
身体を縛るものがなにもない。
その快楽に、趙雲は素直に酔った。

黄忠の読みどおり、潘季鵬《はんきほう》は、趙雲が真正面からやってくると予測して、ほぼすべての兵力をここに配置していた様子である。
兵士たちは、城門から、あとからあとから現われて、つぎつぎと黄忠に挑みかかっていく。
おどろくべきは黄忠の胆力、そして冷静さで、たとえ兵士がどんな得物を持っていようと、的確に攻撃をかえしていた。

なにより、倒すだけではない。
返り血を浴びて視界が塞がれないように、そして手が血でぬめらないように、そこまでを考慮して動いているのがわかる。
群がる兵士たちとは、戦闘の格があまりにちがいすぎた。

趙雲は弓矢で援護しながらも、その見事な戦いぶりに、背筋が震えるほどに感動をおぼえていた。
齢五十をすぎた男が、これほどに凄まじい戦いを披露するとは。
そして、これほどの武将が、いままで世に知られずにいたとは。
あの老人が、昨日まで瓜売りをしていたと言っても、だれも信用しなかっただろう。

兵士たちにとっては、黄忠が単独なのがわざわいしていた。
あまりに兵士が密集しているために槍は使えず、せっかく駆けつけたのに手持ち無沙汰にしている者もいれば、手斧を振りかざしたはいいが、目指す黄忠にあっさりかわされて、味方の脳天を割ってしまう者もいる。
さらに、黄忠が倒した兵士の死体に足を取られ、団子状態になって倒れてしまう兵士もおり、まさに修羅の名にふさわしい乱戦状態であった。

黄忠は、趙雲を東門へ行かせるための囮を買って出たのであるが、おどろくべきことに、大勢の兵士たちをたったひとりで相手にしながらも、徐々に徐々に、城内に向かって前進しつつあった。
下手をすれば、単騎で城内に侵入できるのではないか。

「みなうろたえるな! 敵は一人! たったひとりであるぞ! 
常山真定の趙子龍を仕留め、名を挙げよ! 
仕留めた者には、好きなだけ褒美をくれてやろう!」

城壁から、雷のような声がひびきわたり、赤い空を駆けていく。
趙雲は身体を震わせた。
恐怖のためではない。
戦闘が、かえって雑念をすべて取り去ってくれたらしい。
純然たる怒りが、ようやくこみ上げてきた。

真の英雄のもとへ連れて行ってやろうと、あの男は言った。
まだ幼かった。
真の英雄というものが、いかなる者であるか、ぼんやりとした印象しかなかった。
薊《ぎょう》で公孫瓚に会ったとき、その自信に満ち溢れた堂々たる姿と美貌に触れ、やはりあのひとの言ったことは間違いではなかったとよろこんだものである。
とはいえ、その喜びは、すぐに失望に変わったのであるが。

成長するにしたがって、もしかしたら真の英雄などというものは、世に存在し得ないのではないかと思うようになっていた。
劉備には、もちろん心服しているし、尊敬しているが、少年のときに憧れ、夢に描いていた英雄とは、わずかにズレがある。
暗闇を照らす光のような人物の到来を、趙雲はずっと願ってきた。

劉備も明るい男だ。
その影響力は曹操すら怖じるほどのものであり、時代を大きく動かしうる光明を持つ。
そして、もうひとり。
世の全体を救済するような、太陽のような絶対的な光明を持つ青年と、やっと出会ったのだ。

おまえから必ず取り返す。
趙雲は、城壁の中央に立つ、赤い空に浮かび上がる潘季鵬の姿めがけて弓を引いた。


つづく


※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっている皆様も、感謝です(*^▽^*)
更新も、文字数を重ねて、涙の章までで30万文字行くかな? というところです。
ここまで来られたのも、応援してくださるみなさまのおかげ!
今後もがんばりますので、引き続き、当ブログをごひいきにー。
近況報告等は、あとで更新しますので、そちらもどうぞ見てやってくださいね。

新ブログ村


にほんブログ村