はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

井戸のなか その24

2013年08月24日 09時25分42秒 | 習作・井戸のなか
このままでは、女にまた井戸に突き飛ばされてしまうのではないか。となると、おれは死んでしまうということか? 
追いはぎ、そして張無忌のことが脳裏に浮かぶ。
かれらもこうして死んで行ったのだろうか。

連中には死ぬ理由があったが、おれにはなんにもないぞ。
ここはかわいそうだが、女を逆に井戸に封じ込めたほうがいいのではないか。

徐庶はごくりとのどを鳴らした。

そんなことをしたら、追いはぎや張無忌と変わらないではないか。
この女を助けてやりたい。
どうしたらいいのだろう。

じり、じり、と近づいて、徐庶を井戸端に追い詰める女。
徐庶はもうここいらで起きてしまおうとおもったが、そこで不意に、女の肩に白い指先が置かれたのが見えた。
その指先が、女の動きをぴたりと止める。
夢だからであろうか、指先から腕にかけての像が蜃気楼のようにぼんやりとしていて、それが徐々に徐々に、霧の中からあらわれるように明らかになっていく。
輪郭がはっきりして見えてきたのは、ほかでもない、となりで寝ていた孔明であった。
孔明は徐庶を見ると、破顔した。
「ああ、よかった。どうやったら夢に入れるかとおもっていたが、なんとかなったぞ。待たせたな、徐兄」
「夢に? 入れる?」
わけがわからず混乱する徐庶に、孔明はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「くわしい話は後だ。彼女を黄泉路へ送ろう」
「どうやって。その井戸のなかに放り込むのか」
「まさか。簡単な方法ですむはずだよ」
言いつつ、孔明はふところから黒い毛の束を取り出した。
かもじである。
そしてそれを手のひらを上に向けて受け取る仕草をしている女に渡してやる。
するとどうだろう、ひと言だって話さなかった女が、かもじを受け取ったとたんに、
「ああ」
と声を発したのだ。
それは絶望の声ではなく、あきらかに喜びの声であった。
とたん、井戸から吹き上げる風の強さが、さらに強くなった。
風はまるで女を呼び寄せるかのようにびゅうう、びゅううとその口から風を吐く。
かもじを受け取った女は、それまで緩慢な動きしかできなかったのが、急に機敏になり、かもじを手に大事そうにかかえて、ぴょん、と飛蝗のように井戸のなかに入っていった。
井戸のなかはいったいどうなっているのだろうか。
徐庶には想像することができなかったが、女が井戸に入ると、風はぴたりと止み、どころか、井戸そのものも、まさに夢のなかの出来事らしく、一瞬でなくなってしまい、あとには石畳も鬱蒼とした草木もなく、ただの砂地に変わってしまった。

「なんだよ、いまのは」
「女心というやつだろうねえ。女は追いはぎに衣を奪われただけではなく、かもじもいっしょに奪われていたんだよ。女だって早く黄泉路につきたいとおもっていたのだろうが、髪の毛の禿げているのがどうしても気になって、なかなかそれができないでいたのさ。
ほら、刺された市場の古着屋の親父。かれの怪我が治ってきたので見舞いにいったついでに、追いはぎからなにを買ったのか聴いたのさ。そうしたら、上衣といっしょにかもじも買った、と答えてね。上衣はもう燃えてしまってないし、愛した男はすでに冥土におくってある。となると、女が執着するのはかもじだろうと読んだのさ」
みごと、大当たり、といって、孔明は誇らしげに声をたてて笑った。
「ちょっと待て。おまえはなぜおれの夢のなかに?」
「わたしもこの件に深入りしたのに、女は徐兄のところにしかあらわれない。おそらく、女は細っこいわたしよりも、徐兄のほうが頼りになると踏んで、徐兄の夢のなかにいりびたっていたのさ。そこで、わたしのほうが、徐兄の夢のなかに入ることにした。やってみるまでどうなるかわからなかったが、意外に簡単だったな」
「どうしたのだ」
「徐兄と手をつないで寝たのさ。そうしたら、夢のなかに入れた」
「なんだって? とすると、いまおれとおまえは、あの草庵で手をつなぎ合って寝ているっていうのか」
「そういうことだね」
「そういうこと、ってな」
「まあ、いいじゃないか、うまくいったんだから」
「よくない! だれかに見られたらどうするんだよ、まちがいなく誤解されるじゃないか。早く起きるぞ! というか、起きてやる!」

そうして思い切って目から覚めた徐庶は、すでに草庵の窓の外が白んでいて、夜明けが近づいているのを感じた。
となりの孔明は、まだぐっすり眠っている。
その寝顔は、ずいぶん得意げだ。
自分の手をしっかり握ってねむる孔明の手を、やさしくほどいてやりながら、徐庶は安堵のためいきを、ひとつ、ついた。

以来、井戸の女は徐庶の夢のなかにあらわれない。

おわり

ご読了ありがとうございましたv

井戸のなか その23

2013年08月23日 09時34分26秒 | 習作・井戸のなか
するとほどなく夢を見た。
雨こそ降っていなかったが、やはり井戸があり、封印したはずのものが開いていて、地の底からあいかわらず生臭いかぜがひゅうう、ひゅううと吹き上がっている。
あたりは草木に囲まれているのだが、鳥や虫の気配はまるでなく、風の音がするばかりでおそろしく静かだ。
ぴんと張り詰めた空気の漂う井戸の縁に立つ。
なかば夢、なかば現実のなかに意識があるので、自分の置かれた状況がわかっている。
孔明はなにか策を立てるといったが、結局、同じことではないかという、失望感がもやもやと浮かんできた。
とはいえ、自分だって無為無策なのだから、ひとのことを責められはしない。
いつもだと、ここで背後に女がいるわけだが。

そうしていやいやながらもうしろを振り向くと、やはりそこに、気配を殺して立っている、水浸しの女がいた。
いつもならば、ここで逃げるように目を覚ましてしまうのだが、その日の徐庶はすこしちがった。
孔明がなにかをしてくれるという期待がまだ残っていたので、いままでの自分のことを省みる余裕があった。
そして、女と一度もことばを交わしたことがないことに気づいた。
徐庶は、女のほうに完全に振り返る。
女はなにをするでもなく、ただ立っている。
はじめて夢に見たときは、怪力で背中を押されて井戸のなかに突き飛ばされたわけだが、いまはそういう恐ろしい行動に出るつもりはないらしい。
青白い両手はだらりと下げられたままだ。
濡れて頭皮にべったりと海苔のようにくっついている髪の毛の隙間から、死んだ女の、まばたきを忘れたきょろりとした目がこちらをじっと見ている。
気味の悪さがつよかったが、しかし徐庶はぐっと我慢して、女にたずねてみた。
「おまえは、おれになにか用があるのか。用があるから、こうして毎回、おれの夢のなかに出てくるのだろう」
女はしばらく、徐庶をじっと見つめていた。
その表情のまったく読めない凝視ばかりしてくるまなこの気味悪さに、徐庶がくじけそうになったころに、女の腕がゆっくりとうごいた。
女は肘を曲げて、手のひらを上に向けると、なにかを受け取りたいとでもいうような仕草を見せた。
徐庶は、はっとして女に言った。
「あの衣を返して欲しいというのか。しかし、あれは聞いた話じゃ、張無忌が死んだあとに燃やされてしまったと聞いている。だから、おれは衣を持っていない」
女は、徐庶のことばが聞こえないのか、手のひらを上に向けたまま、じっとしている。
押しの強い女だな、悪霊だからか? どうしてこちらの道理がわからないのだろう。
徐庶は焦れて、もういちど同じことばをくりかえす。
「衣はもうこの世にはないんだ。あきらめてくれ」
女は、しばらくおとなしく、手のひらを上に向けた仕草をつづけて動かないでいたが、やがて、ゆっくりと足を動かし始めた。
徐庶のほうに、ゆっくり、ゆっくりと足を向けてきたのである。
「おい、ほんとうになにもないのだぜ。ほら、おれは手ぶらだ、わかるだろう?」
と、両手をひろげて、なにもないことを示して見せても、女は変わらず、じりじりと寄ってくる。
なんとも形容のしがたい平板な表情を浮かべつつ、目だけは徐庶を凝視して、にじり寄る。
さきほどからひゅうう、ひゅううと生臭い風を吹き上げている井戸。
あれはきっと黄泉の入り口にちがいないと、徐庶は直感でおもった。


…次回、最終回!

井戸のなか その22

2013年08月22日 09時22分25秒 | 習作・井戸のなか
張無忌の訃報を受け取ってから数日後の、ちょうど女の月命日の夜だった。
徐庶は草庵でひとり、横になっていた。
そして、また、夢を見た。

またもや、例の井戸である。
人が使わなくなってひさしい井戸は手入れもされておらず、石畳の隙間にはコケや雑草が生えていて、つるべはかびてしまっている。
井戸の入り口は、孔明ががっちり蓋をさせたはずなのに、また開いていて、そこからひゅううひゅうう、と風が吹き上がっているのだ。
その風のにおいはたまらなく生臭いもので、徐庶はいやでも女の死体を見つけたときのことを思い出した。

女はまさか、まだここにいるのか。
徐庶はおそるおそる井戸のふちに手をかけて、中を覗こうとする。
風は呼んでいるようにひゅうう、ひゅうう、と吹き上がる。
あまりにその音がおどろおどろしいので、さすがの徐庶も怖気づき、やめておこうと一歩退いたところで、どん、と背中に当るものがあった。
なにかと振り返ると、例の、あの雨に濡れた女が、青白い顔をして、なにか言いたげにじっと立っているのだった!

うわあ、とか、うぎゃあ、とか言ったようだが、その自分の頓狂な声で目が覚めた。
あわてて、自分がまたあの衣をかぶっていないかどうか確かめるが、体にはせんべい布団がかかっているだけである。
寝汗はぐっしょり、息も荒い。
なにより脳裏に女の姿がくっきり残っているのがおそろしい。
となりを見ても孔明はいない。
孔明は、とっくのむかしに自宅にもどっている。
それでも、一人でいられないので、仕方なく徐庶は鶏小屋にいって、寝静まっているかれらのそばで、まんじりともせずに夜明けを待った。

しかし、それからもよくなかった。
眠ると、かならずくだんの女があらわれるのである。
女はいつも井戸のそばに立っていて、あいかわらずびしょぬれの姿のまま、垂らした髪からぽたぽたと雫を地面に垂らして、簾のようになっている髪と髪のあいだから、片目だけを瞬きもせずにぎょろりと向けて、無言のまま立っている。
徐庶はその女の姿を見るたびに、おそろしさで目が覚めてしまう。
さいわいなことに、徐庶ののどには首で絞められたような痕はのこっていなかった。
つまり、女がすっかり悪霊になって、かかわった者たちすべてを闇雲に殺しているというわけではないらしい。
とはいえ、徐庶としてはたまらない。
自分の草庵にいるからダメなのだろうかとおもい、孔明の家、崔州平の家、石広元の家と渡り歩き、さいごには水鏡先生の家にもご厄介になったのだが、それでも夢はついてきて、徐庶は毎日、ろくに眠れなくなってしまった。
ちょっとうつらうつらしていても、女は夢のなかに忍び寄ってきて、あらわれるのである。
たまらないので、女の墓にも何度も足をはこび、たのむからもう出てこないで欲しいと祈ったが、効果はなし。
女はあいかわらずぬぼおっとあらわれ、なにも言わずに立っている。

徐庶が寝不足の体をかかえて、困り果てているのを見て、孔明が言った。
「わたしにひとつ考えていることがあるのだが、やってみないか。うまくいくかどうかはわからない。でも、徐兄が寝不足で倒れるくらいなら、試してみる価値はあるとおもうのだが、どうだろう」
徐庶としては、さいきんでは寝不足すぎて、軽い頭痛がしょっちゅうするくらいにまでなっていたので、孔明の提案をすぐさま受けた。
溺れるものは藁をも掴む。

孔明はまた徐庶の草庵にやってきて、そのままふつうに夕餉をとり、そして最初に夢を見た日とおなじように、ふたりで枕をならべて寝た。
これがどうして解決策になるのか、と徐庶はたずねたが、孔明は、
「いいから、ともかくわたしに任せて、徐兄は眠ってくれ」
というばかり。
そこで仕方なく、夢を見ないことを祈りながら、横になって目をつむった。
寝不足とはいえ、私塾の用務の仕事はいつもどおりこなしていたし、代書の仕事もおなじくこなしていた。
あまりある体力の持ち主である徐庶であるから倒れずに済んでいるのだ。
さいきんでは食も細くなっていたから、このままでは衰弱していく一方だということはわかっている。
孔明はなにをしてくれるだろうと、期待を抱きつつ眠りにつく。

つづく…

井戸のなか その21

2013年08月21日 09時15分56秒 | 習作・井戸のなか
張無忌と兄嫁の仲は、だいぶ前から世間の噂になっていたらしい。
兄嫁という女は、若くて器量もそこそこの女だったが、気の毒なことに嫁いで何年経っても、男の子どころか女の子も産むことができなかった。
それが原因で、婚家のひとびとから、なかばのけ者のような扱いを受けていたというのである。
そんなふうなのに、妻を夫はかばってやらず、外に女を囲って遊んでいる始末。
兄も兄なら弟も弟で、無頼の徒を引き連れては、ちいさな悪事をかさねて、みなを困らせていた。
だが、知恵が多少あり、学問だけはそこそこによくできた。そういった前歴を気にしない曹操が、かつての無頼の自分を思い出し、張無忌を気に入って、召し寄せようとかんがえたのかもしれないが、それはともかく、かれは、乱倫のたちで、街の尻の軽い女たちともかたっぱしから関係を持っていた。
だが、なかば玄人のような女たちとの駆け引きに、ある日、飽きてしまったらしい。
そこで目をつけたのが、すぐ近くにいた女、放ったらかしにされていた、かわいそうな兄嫁だったのである。

張無忌が遁走してしまい、女も死んでしまったので、どうして情事の顛末が悲惨なことになったのかはわからない。
わからないが、徐庶が推測するに、張無忌は出立するときに、女に連れて行って欲しいと頼まれたのではないか。
もちろん、足手まといだし、女にそれほど真剣になっていなかった張無忌は断わっただろう。
ところが女は承知しなかった。
そこで女が、関係を世間にばらすと脅したのかもしれない。
いくら曹操が兄嫁を盗むものでもよし、と言っているとはいえ、じっさいにそうしたことが世間に露見したら、多大な恥をかくのは張無忌のほうである。
かれは、自分の将来を潰そうとしている女をにくらしくおもい、そのまま手をかけて殺してしまった。
放置して行ったのは、おそろしさのために逃げた、というのがほんとうのところではあるまいか。
そして、放置された遺体を追いはぎが見つけ、かわいそうに女は衣をはがされたうえに、井戸のなかに放り投げられてしまったのだ。
これでは、夢に化けて出てきても仕方ない。

孔明の発案で、襄陽でも名の高い道士が呼ばれ、残された上衣をお祓いしてもらうこととなった。
屯所の庭に祭壇を築き、上衣を位牌の前に安置して、花や菓子など女が好みそうなものをたくさん供えて、どうぞおとなしく黄泉路に旅立ってくださいとみなで祈る。
長い線香を焚いて、道士がむにゃむにゃと呪言をとなえはじめる。
徐庶も孔明も劉も、神妙な面持ちで儀式を見守っていた。
呪言が佳境にはいったときである。
とつぜんにぴゅう、と一陣のつよい風が屯所の庭を襲った。
それはたちまちのうちにつむじ風となり、祭壇をかこっていた帳を吹き飛ばし、位牌や線香、花や菓子などをすべてあちこちに撒き散らしてしまうと、さいごに、あの例の碧藍色の上衣だけをさらっていった。
そのさまは、まるで見えない鳥が衣だけを引っつかんで飛び去ったように見えた。
屯所の兵が、あわてて衣を追うが、やはりこれも追いきれなかった。
唖然とそれを見上げる徐庶たちには、衣がばたばたと裾をはためかせて、西のほうへ飛んでいくのがはっきりと見て取れた。

その後、しばらくしてから、張無忌が死んだというしらせが、襄陽に入ってきた。
かれは曹操と面会する直前になって、宿屋にて、だれかに首を絞められて殺されていたのが見つかったという。
下手人はいまもって見つかっていないのだが、奇妙なのは、張無忌が殺されたときに、碧藍色の女物の衣をかぶっていたことだったという。
その衣の端には、だれがつけたか、線香の焦げあとがくっきりついていたとかなんとか。

つづく…

井戸のなか その20

2013年08月20日 09時37分02秒 | 習作・井戸のなか
「嘘はついていないようだな」
「待って。ちょっと気になることがある」
孔明は言うと、何度も何度もぶるりと震えて、首をひねっている追いはぎにたずねた。
「おまえはどうして廃屋で会っている男女が訳ありだということを知っていたのだ? 拾った信にそういう内容が書いてあったのか」
すると、追いはぎはいたずらを見つけられた小僧のように決まり悪そうに笑って、それから、懐に隠していた一枚の手紙を差し出してきた。
受け取った孔明が文字を目で追うのを、一緒に徐庶も追いかけた。
手紙には夜更けになったらいつもの場所でお会いしましょうという内容で、だれかに見つかることを恐れていたのか、艶めいた文言は省かれて書かれている。
だが、さいごのほうにある一文が、徐庶と孔明をひきつけた。
そこには、『兄嫁であるあなたと会っているところを見つかったら拙い』とはっきり書かれていたのだ。

「不倫か」
不倫だの乱倫だのといった話がきらいな孔明は、とたんに眉をひそめた。
徐庶はというと、この宛名も差出人の名前もなにもない手紙の、その文字に引っかかっていた。
どうも見覚えのある文字なのである。男の文字で、全体がきつく右肩上がりに寄っている。
右肩につよく上がっている文字を書く人物というのは、出世欲のはげしい人物だと筆跡学にある。
そういう特徴のある文字を、さいきん、見たおぼえがあったのだ。

そうして、しばらくかんがえて、あっとなった。
張無忌だ。
曹操に仕官するといって旅立ったばかりの張無忌の文字だ。
それがわかると、徐庶の背筋は興奮と悪寒とでぞぞっとふるえた。
あの男の、兄嫁を盗んでいたという話は本当だったのだ。
井戸のなかの女は、張無忌の兄嫁にちがいない。

徐庶はさっそく事情を説明し、劉らとともに、襄陽の南の小路にある櫟のある廃屋へとむかった。
果たして、くだんの井戸はそこに静かに草木に埋もれてあった。
雨こそ降っていなかったが、そのあまりの夢のままの風景に徐庶はさすがに身震いした。
孔明はというと、やはり不気味におもったようだが、そこはそれ、肝が太く、死体を見つけるのをいやがっている劉に代わって、率先して刑吏たちに指示を出して井戸さらいをさせている。
そうしてほどなく、変わり果てたかわいそうな女の死体が見つかった。
上衣をはがされて、下着一枚で冷たい枯れ井戸のなかにいたのである。
医者がすぐに見つからなかったので、これまた医術のこころえのある孔明が検分したが、女のからだは腐敗がまだひどくなっておらず、そののどにはまだ鬱血した痕がくっきりのこっており、追いはぎのいうことが正しかったことが証明された。

ただちに劉は、出立したばかりの張無忌を追いかけたが、かれは追っ手がかかることを予測していたのか、それとも天意だったのか、とうとう追っ手は張無忌を見つけることはできなかった。
そればかりか、徐庶たちが屯所に帰ってみると、あの追いはぎは、牢のなかで事切れていた。
なにかを見て極度の恐怖にとらわれたような、それはそれは人間のものともおもわれないすさまじい形相であった。

つづく…

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