はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 終章

2023年04月14日 09時53分49秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章
新野にいたであろう壺中の目をくらますため、劉備と張飛は、劉封と麋竺に新野をまかせ、自分たちは一路、南の襄陽城へと向かっていた。
相手を刺激しないように、供の兵の数も最小限にとどめた。
そも、新野をあまり留守にはできない。
この状態で曹操が南下してきてしまったら、目も当てられないことになるからだ。


そろそろ襄陽城が見えてくるころあいで、おかしなことが起こった。
先導していた供の者が、街道の先で、劉豫洲を待っているという人物に遭ったというのである。
「どんな男だ」
「それが、身なりの良い、いかにも士人といったふうの人物です」
言いつつ、伴の者は、その士人が示したという名刺を劉備に示す。
そこには、流麗な文字で、
『零陵の劉子初』
とあった。


その名に心当たりのあった劉備は、おもわず、ほお、と声を上げていた。
劉備の感嘆の声をきき、興味をおぼえたらしい張飛が、たずねてくる。
「どんなやつだい、兄貴。その劉子初っていうやつは」
「むかしの江夏太守の息子で、茂才にも推挙されたことがあるというほどの才人だ。
なんどか劉州牧に招聘されたのだが、断り続けていると聞いた」
「気難しそうなやつだな。なんで出世を断っていたのだろう」
「さてな。おう、あれが劉子初どのであろう」


馬を進めていくと、背のすらりとした、目元から鼻筋にかけてすっきり整った風貌の旅装の男が、劉備たちを待っていた。
劉備を前にすると、男は流麗な動作で拱手する。
「お初にお目にかかる。零陵の産で、姓は劉、名は巴、あざなを子初と申すもの。
劉豫洲とお見受けいたしました」
「丁寧に痛み入る。たしかにそれがしが劉備です。
劉子初どののご高名はかねがね孔明からうかがっておりました」
「そうですか、孔明どのから」
と、劉巴は孔明の名を聞くと、顔にすこしだけ喜色を浮かべた。


「ところで、旅の途中のようですが、いったいどちらへ行かれるのです」
「北へ向かいます」
北へ、と聞いて、なぜだか劉備はざわりと胸をざわつかせた。
なぜだろう、目の前の劉巴は穏やかに微笑んですらいるのに、その顔の裏で、ぺろりと舌を出しているような抜け目のなさを感じたのだ。
北といってもいろいろあるはずなのに、劉備は目の前の男が、曹操のもとへ行こうとしているのを察した。


「初対面の方に不調法と思われるかもしれませんが、なぜ北へ行かれるのか、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「かまいませぬ。端的に申し上げましょう、劉州牧が亡くなられたからです」
「なんだって」
その声を上げたのは、うしろで聞いていた張飛であった。
劉備も思わず、道の先に見える襄陽城の正門をみやる。
襄陽城の周辺には異常はなにもなく、いまも多くの商人や町人が、舟や馬や徒歩で行き交っているのが見えるほどだ。


「なぜ劉州牧が亡くなられたことを知っておられる」
声が尖らぬように気を付けながら劉備が問うと、劉巴は造作もない、というふうに答えた。
「ご存じかもしれませぬが、わたしは招聘に応じなかったがために、劉州牧から命を狙われておりました。
襄陽城に勤める者のなかに、わたしを案じてくれている者がおりまして、すでに劉州牧が亡くなられていることをひそかに知らせてくれたのです」


劉備は素早く頭をはたらかせた。
劉表が死んだとなれば、後継は劉琦か劉琮。
だが、高い確率で、蔡瑁に推されている劉琮がつぎの州牧に立てられるだろう。
そうなれば、いま襄陽城にのこのこ出かけていけば、逆にいいがかりをつけられて捕らえられる危険がある。
張飛が供についてきてくれているとはいえ、この少ない手勢で、襄陽城の内部にいる兵の全員を相手にするのは不可能だ。


新野へ戻るか。
しかし、樊城の隠し村とやらへ向かった関羽たちも気になる。
孔明と子龍はどうしただろう。
助かったのかどうなのか、それを確かめるにも、樊城へ向かうほうがよいのではないか。


劉備が何も言わないうちから、劉巴が口をはさんできた。
「襄陽城では、劉琮どのを擁立して荊州牧にする準備をしているそうです。
ご長男の劉琦どのは江夏へ出ていかれてしまいましたからね」
状況が目まぐるしく変わっている。
劉備はけんめいに頭をはたらかせつつ、目の前の、この敵か味方かわからない男に、胸のうちを悟られないように気を付けた。
「貴重な情報をかたじけない。
そうなれば、われらは新野に戻り、あたらしい州牧どのからの沙汰を待とうと思う。
劉巴どの、よろしければ途中までお送りしましょうか」
しかし劉巴はすぐに首を横に振る。
「ありがたいお申し出ですが、ご遠慮させていただきます。
それに、新野へは急がれたほうがよろしいでしょう。
わたしのような足手まといがいっしょでは、次の行動を打ちづらいでしょうし」


劉巴は劉備の状況がよく見えている。
その笑っているような目は、実はまったく笑ってなどいない。
冷徹に劉備を見究めようとしている。
どこか得体のしれない気味の悪さを劉巴に感じつつ、劉備は言った。
「それでは、お名残り惜しいですが、これにて失礼させていただきます。
たしかに、急がねばならぬようですし」
「それがよろしいでしょう。
ときに劉豫洲、荊州をおとりになる予定はおありで?」
虚を突かれ、劉備が唖然としていると、
「いえ、戯言でございます。お忘れください」
そう言って、劉巴は笑って、うろたえている劉備たちを横目に、さっさと街道を北へ向かってしまった。


「なんでえ、あれは」
毒づく張飛のことばで、劉備はようやく現実にもどってきた。
荊州をとる?
たしかに、孔明の示した三分の計では荊州をとることは重要だ。
だが、劉琮を倒してまで手に入れなければならないものかというと、話は別になってくる。


劉表の死。
襄陽城に背を向け、新野を目指して走り出した劉備であったが、次第にその事実が腹の中でおおきく膨らんできた。
と、同時に、曹操がこの機を逃すだろうかという考えが頭を占めるようになってきた。


劉巴は北へ行く、と言った。
あれを斬って捨てるべきではなかったか。
劉巴は、おそらく劉表の死のほか、荊州の内部の情報をも曹操に伝えに行くにちがいない。


「いや」
劉備はひとり、頭を振って、その思いを捨てた。
平和だった七年間は過ぎ、ふたたび激動の日々が待っているのだ。
ひとつ、行動をまちがえれば命をうしなうことになる。
ごくりと唾を呑み込んで、劉備は前を見据える。


いつしか空は暗くなり、雨が降りそうになっている。
「急がなくちゃいけないや」
張飛がこぼすのを耳にしつつ、劉備は新野へもどる道を疾走しはじめた。


臥龍的陣 おわり


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おかげさまで、無事に本編のほとんどを更新することができましたー!
ここまでお付き合いくださったみなさま、ほんとうにあらためて感謝です!
明日からはしばらく「番外編」を更新します。
どうぞこちらも見てやってくださいねー('ω')ノ

臥龍的陣 太陽の章 その111 再び会う日まで

2023年04月13日 10時44分37秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章



胡偉度は、義陽の実家になんぞ帰りたくないと、ぎりぎりまでごねた。
だが、嫦娥に、母も父も殺されてしまった幼い弟たちを、いったいどうするのだと説得され、結局、しぶしぶながら、養生をかねて帰ることになった。


しかし、偉度の様子からして、大人しく義陽に留まっているとは思えなかった。
「別れの言葉を告げねばならぬのに、これほど意味がないように思えるのも珍しいぞ。
偉度、なんだかお前とは、まだまだ縁があるような気がする」
孔明が言うと、偉度も相変わらずの憎まれ口を叩いた。
「それはそうでしょう。
襄陽城で、かならずおまえを更正させてやると大口を叩いていたではありませんか。
あいにくと、この性分は、ちょっと休んだだけでは治りませんので、あしからず」


要するに、怪我さえなければ、おまえにひっついていたいのだろうと趙雲が解説してくれたが、そのとおりだろうなと孔明は見当をつけた。
なつかれて悪い気はしない。
最初は自分に似ていて嫌だと思っていたが、いまは、この少年は、趙雲に似ている、と孔明は思っている。
崔州平は、おまえはなぜだか、この手合いにやたらと愛される、と言ったが、それで満足だ、と孔明は思った。
やはり孔明もまた、この手合いを愛しているからである。


「胡偉度が落ち着いたら、劉公子のもとへ参ります。
黄漢升さまの具合も気になりますし」
嫦娥…月英は言った。
趙雲は気を使ってか、さりげなく席をはずした。
気が付くひとだなと感心しつつ、孔明は月英に言う。
「曹操はじきに南下してこよう。
そのまえに、わたしとしては、あなたに江東か、あるいは蜀に逃げて欲しいのだ。
曹操はわたしの縁者に容赦はすまい。
人と路銀を用意させるが、どうであろう」
「いいえ、心配はご無用ですわ。
戦になれば、医者が必要とされましょう。
むしろ、よき稼ぎ場ができると思っておりますの」
「君はたくましいな。だが、危険な目に遭わないともかぎらない。
頼むから、どこかへ身を隠してくれないか」


「郎君…いえ、孔明どの。お気遣いはありがたいのですが、わたくしのことはご心配なさらずに。曹操は、才覚のある者を好むと申します。
もしわたくしが、あなたにつながりのある者だとばれても、医者とわかれば命は奪いますまい」
「そうかもしれないが…ひとつ、聞いてよいだろうか」
なんです、というふうに、月英はまっすぐ孔明を見た。


嫦娥。
月の女神とはよく言ったものである。
満月の夜に一人で夜道を歩いていると、なんだか大きな月に見つめられているような心持になる。
月英に見つめられていると、それと一緒の気分になるのだ。
隠し事がなにもできないような。


「わたしときみは、離婚したのかな」
「ちがいますの?」
「わたしに、そのつもりはないよ。だいたい、きみはもう、黄家には帰れまい」
「そうですわね。でも家に意味があるのでしょうか。
風雨をしのぐための屋根が有り、そして気心の知れた者と共に住めれば、それでいい。
それがわたくしの家ですわ」


まさか、と怯えつつ、孔明は慎重に尋ねる。
「月英、もしかして君、ほかに好いた男がいるのか」
すると、月英は、袖に忍ばせていたらしい、先の曲がった怪しげな太い針金を取り出した。
「これを鼻の中に突っ込んで、あなたの多すぎるオツムのお味噌を、すこし減らして差し上げてもよろしいのですよ」
「すまぬ。わたしの早とちりであった。ならばいい、ならばいいのだ」
「なにがよいのです」
「思うのだがね、わたしは、やはり天下一の変わり者で、家庭を築くには難しい人間かもしれない。ずばり言ってしまえば、仕事が好きすぎるようだ。
だから、わたしはおそらく、これからあたらしい妻を迎えない。
そして、あなたもまた、帰る家がない。そこで、条件がぴったりと合うと思わないか。
あなたがどこかで休みたい、帰りたいと思ったなら、わたしのところへ帰ってくるといい。
いつでもかまわない。ずっと待っているよ。
たぶん、世間は出来る女房にほったらかしにされているあわれな夫だと陰口を叩くだろうが、そんなことは知るものか。
わたしは、あなたも知っているとおり、気にしない男なのだからして」


月英は黙って、しばし孔明をじっと見つめた。
「だめか」
「結論を急ぎすぎるのは、悪い癖ですわ」
「では」
「ええ、そうですわね。あなたには、たまに厳しいことを言わなくてはならない女人が必要です。
これも縁。わたくしがその役目を引き受けて差し上げましょう」
「そうかい…ありがとう。ずっと君を待っているよ、ありがとう」
重ねて礼を言い、孔明は嫦娥の手を愛情をこめて握った。
嫦娥は照れ臭そうに微笑んだ。


実はこの会話は、二人を警護していた陳到と趙雲が一部始終を聞いていた。
趙雲は、孔明らしいと苦笑いしつつも納得し、陳到は、こんな奇妙な夫婦がこの世にあるのかと呆れていた。


そして孔明は樊城を発ち、みなを引き連れて新野へと向かったのであった。
孔明にはわかっている。
月英は、きっとかならず戻ってくると。




終章へつづく


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さあて、今回で本編はほぼ更新終了!
あとは2回ほど終章を残すのみで、のこりは番外編に突入していく予定です。
そのあとのことは、まだちょっとどうしたものか迷っています。
まだ考えがまとまっていないので、まとまり次第、ご報告させていただきますね。
ではでは、今日もよい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ

臥龍的陣 太陽の章 その110 友の再出発

2023年04月12日 10時12分40秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章



夏侯蘭は、趙雲が再三、引き留めたにもかかわらず、けっきょく首を縦に振らずに北へ去っていった。
「妻の墓に良い報告をしたいのだ。
それに、おれを助けてくれたやつに、報告をせねばならぬからな」
夏侯蘭の目には、新野で再会した時のようなすさんだ光は、もうない。
その代わりに、夏侯蘭は、穏やかな顔をしている一方で、どこか虚脱したような、疲れた雰囲気もただよわせていた。


背には、塩漬けになった劉琮の首がある。
襄陽城にいまも存命である劉表や蔡瑁への取引材料になるであろう劉琮の首を、夏侯蘭に持たせてもよいのか、趙雲は孔明にたしかめたが、孔明はあっさりとこう言った。
「たとえわれらが首を示して、劉琮は『狗屠』として討ち取られたと言っても、向こうはすでに影武者を用意して、われらの主張をはねのけることだろう。
劉表は人事不省の状態だから、首があろうとなかろうと、このさき、あまり影響はないはずだ」


そうだろうかと趙雲は心配になった。
おそらく、孔明は夏侯蘭の身の上に同情しているのだ。
こいつの優しさが、あとで問題を呼ばないとよいが、と思ってからすぐに、
『そうなったときは、俺が一緒に解決してやればよいか』
と思い直した。


「孔明どの、いろいろ世話になった、礼を言う。
それから、貴殿のことば、わが胸にも沁みた。
おれもこれから、変わっていかねばなるまい」
夏侯蘭は短くそう言って、ていねいに拱手をすると、樊城から許都へ戻っていった。
憎悪と悲しみに押されて越えてきた道を、こんどは逆にたどっていくのだ。
その胸に去来するものはなにか、趙雲にはわからない。
ただ、夏侯蘭のこれからの人生が、すこしでも太陽に照らされるものであればよいなと、趙雲は願う。


つづく

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さて、今日は短めとなりましたが、お許しくださいませ。
明後日か明々後日に、臥龍的陣は一区切りとなります。
その先…うーーーん、まだ迷っています。
いろいろおかしなことが起こっておりましてねえ…いや、対外的には平和なんですが、自分の内側のことで。
どーしたものかしら。近日中に答えを出さねばなあ…

というわけで、今日もまた、よい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ

臥龍的陣 太陽の章 その109 それぞれの別れ

2023年04月11日 10時13分06秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章





趙雲は、今度こそ命の絶えた劉琮を見下ろした。
さらには、その劉琮のかたわらで、滂沱と涙をながし、男泣きに泣いている夏侯蘭の背中をさすってやった。
夏侯蘭は、子供のようにしゃくりあげながら、言った。
「やっと、やっと妻の仇を討てた。おれは、でも、悔しいっ!」
なぜ悔しいのか,問うのは野暮というべきだろう。
たとえ憎い相手を殺したとしても、もう愛する女は戻ってこないのだから。
夏侯蘭は、その事実の残酷さと、現実のむなしさに、泣いていた。
趙雲は、しばらく無言のまま、幼馴染のそばに居続けた。


夏侯蘭は、ほどなく落ち着いたようである。
事情を尋ねるべく、口を開きかけた趙雲を、夏侯蘭は、やんわりと手で制する。
「待ってくれ。聞きたいことは山ほどあるだろうが、いまは喋りたい気分ではない。
すまないな。なぜおれがここにいるか知りたいのであれば、倉庫でクソ生意気な餓鬼と一緒にいる、嫦娥さんに聞いてくれ」
「嫦娥?」
「女の医者だ」
夏侯蘭は、そういって、冷たく劉琮のむくろを見下ろした。
「こいつが、おれの運命を狂わせたのだ」
そのつぶやきにうなずきつつ、趙雲は幼馴染みとともに、劉琮のむくろに背を向けた。


趙雲が夏侯蘭につきあっているあいだ、子供たちをまもっていた孔明が声をかけてきた。
「大丈夫か、子龍」
「ああ、なんとかな」
孔明の問いに答えるにも、さすがに力が抜けて、声がかすれた。
「いかんな、相当に疲れているように見えるぞ。
まず、あなたの治療をせねばなるまい。
倉庫にはさまざまな薬があるから、あなたの怪我に効くものもあるだろう。
ただしね、倉庫入る前に、すこし約束をしてほしいのだが、そこにいる女人については、なるべくからかったりしないでくれないか」
「嫦娥とかいう女人のことか」
「う。聞いたか。聞いたなら仕方ない。
ともかく彼女について、いちいち驚いたり、笑ったり、呆れたりもしないでほしい。
約束できるか?」
「なにがなにやらわからぬが、まあ、出来るだけ」
「よし。ならば案内する」


やがて、倉庫に入った趙雲は、孔明の妻とはじめて対面し、ひどく面食らうことになる。
その様子を見て、花安英…胡偉度が大笑いしたこともまた、付け加えておこう。







朝もやのなか、あつめられていた豪族たちが、疲れた足取りでぞろぞろと、樊城の隠し村から出ていく。
一方で、黒装束の崔州平たちだけは、まったく別の道を辿りはじめた。
関羽をはじめ、陳到ら、劉備の部将たちはなにも言わず、かれらに拱手をし、黙って見送った。
孔明と趙雲だけは、道が完全に分かれる直前まで、崔州平について行った。


おそらく、今度こそが、今生の別れとなるだろう。
それでも不思議と、孔明の胸には寂寥はなかった。
道はちがってしまっても、志はつねに変わらない。
それを確かめられたのだ。


この友は、やはり自分にとって、なくてはならぬ者。
わが誇りであった。
それは、おそらくこれからも変わらないであろう。
孔明はそう思っている。


「さて、ひとつ安心させておく。
このたびの曹公の南征に、おれは加わらない。
曹公とは、首尾よく壷中を潰せたなら、河北の長閑な片田舎に所領を頂戴することで話をつけてあるのだ。
そこで、妻と子と一緒に、しばらく穏やかに暮らすよ。
徐庶には、お前が元気だということを伝えておく。きっと喜ぶだろう」
「よろしく伝えてくれ。
しかし、きみは曹操よりだいぶ報酬をもらえるであろうが、徐兄はどうだろう。
曹操に逆らったようだし、しばらくは官位も低かろう。
もし…困るようなことがあるのならば、わたしの」
と言いかけた孔明を、崔州平は手ぶりで止めた。
「おっと、いつまでも、おまえだけが金持ちというわけではない。
それに、おまえはこれから子供たちのために金を使う必要があるだろう」
「しかし」
「しかしも案山子もあるもんか。
孔明、おどろけ。おそらくおれたち三人のなかで、いちばんの小金持ちは、いまや徐庶だぞ」


「なぜ? 商売でも始めたのか」
自分で言っておきながら、孔明は、不器用で生真面目な徐庶に、そんな才覚がないことに、すぐに思い当たった。
「わからぬか。徐庶は、大博打に勝ったのさ」
「博打? そんなヤクザな方法で? 州平、なぜ止めなかった」
孔明の抗議の声に、崔州平は、声を立てて朗らかに笑った。
そこにはもう、悲惨な家庭環境に苦悩する青年の顔は、どこにもなかった。


「止められるわけがないだろう。
水鏡先生の莫迦な門下生どもは大きな賭けをしたのだ。
徐庶はその、『諸葛孔明はいつ劉備のもとから逃げ帰ってくるか』の賭けに、一人勝ちしたのさ。
ほかのだれも、『孔明は劉備の軍師でありつづける』に賭けなかったからな。
それこそ、ほんとうにひと財産築けるほどに儲けたのだぞ。
そんなわけで、がんばれよ、孔明。
敵味方にはなるが、手紙は書く。達者でな」


そうして、崔州平は、四角い顔に、かつて見せたことのないような、一点の曇りもない笑みを見せて言った。
「おい、泣くな。最後に見た顔が、泣き顔だったと徐庶に知れたら、俺が怒られる。
そうそう、笑っておれ。最後だから言うが、おまえはやっぱり笑っているほうがいい。
笑っているからこそ、われらが太陽だ。
それと、弟を助けてくれてありがとう。
あいつはおれが連れていく。いまごろ部下があいつを迎えに行っているころだろう」
「かれにもよろしく伝えてくれ」
「もちろんだ。それと、おれの妹の玉蘭…藍玉と名乗っているはずだが、そいつのことを頼みたい。
新野の妓楼の元締めをやっている。
ほんとうはいっしょに連れていきたいが、面倒を見ている妓女たちと別れられないと言ってな」
「わかった、それも任せてくれ」
「ありがとう。ではな」


さっぱりと言って、崔州平は、一気に馬を走らせて、部下を引き連れ、都の方角へと向かって行った。
おそらく、一足先に許都へ向かった家族と合流するのだろう。
その顔も、やはり泣いていたのではと孔明は思う。
だが孔明は、崔州平という友を思い出すときには、いちばん最後に見た、あの笑顔を、必ず思い出そうと心に決めた。
趙雲はただひとこと、
「良い男だったな」
と、言った。


つづく



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昨日はgooブログにたくさんのお客さんがきてくださったようで、ありがたいです。
今後の予定については、まだ迷っております。
どーしたものかしらん…
良い知恵が浮かんだら、またお知らせしますね。
ではでは、今日もよい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ

臥龍的陣 太陽の章 その108 最期

2023年04月10日 10時01分45秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章
趙雲の背中がどんどん近づいてくる。
あとすこし。
地面に転がる砂利のせいで、なかなか足を踏ん張って進めない。
さらには、劉琮自身、二階から落ちた怪我で、思うようにからだ動かせないでいた。
趙雲は、まだ気づいていない。
その切っ先が、無防備な背中を突き刺そうとした、まさにそのときであった。


がちゃん、と耳元で大きな金属音がしたと思ったと同時に、喉元を中心に、はげしく後ろに引っ張られた。
喉ぼとけがつぶされて、すぐに息が苦しくなる。
劉琮は思わず空いた手喉元にあてていた。
金属のひもが、自分の首にまとわりついている。
なんだ、これは!
声に出そうとしたが、声が出せない。
驚愕とともに、おのれを牛のように引っ張りつづける何者かのいるほうを見る。


知らない禿頭の男が、鉄鎖で自分の首をぐいぐい締め上げている。
目が合ったとき、劉琮はぞくっと身をふるわせた。
その男の、あまりの憎悪の色の激しさに。


趙雲と孔明たちが、背後の異変に気付き、さわぎはじめた。
とはいえ、劉琮にとっては歓迎するべきことではない。
なんとかもがいて、鉄鎖からにげようとするが、禿頭の男の力はすさまじかった。
やがて、劉琮はけだもののように引き立てられ、地面に、どう、と転がされた。
手にしていた剣も持っていられない。
息苦しさと、呼吸ができなくなるのではという恐怖のほうがまさった。
鉄鎖の頑丈さと、男の力の強さで、倒れたはずみに首の骨を折る危険もあった。
だが、まだ劉琮は生きている。


あおむけに砂利の上に倒れた劉琮に、禿頭の男がのしかかって来た。
その手には、さきほど劉琮が捨てた剣が握られている。
殺されるのだ。
冗談ではない。
声を出して、『壺中』に助けを求めようとしたが、不幸にも、視界には趙雲ら劉備の兵がいるばかり。


首にあてていた両手で、男が自分に突き刺してくる刃を防ごうとあがく。
切っ先で、指が、手のひらが、切り裂かれ、血で汚れたが、気にしてはいられない。
なおも抵抗をつづけながら、劉琮は必死にわめいた。
「だれだ、貴様はっ! だれなのだ!」
劉琮にまたがり、その首を落とそうと狙ってきている男は、ぞっとするほど冷静な声色で言った。
「知る必要はない。おまえが殺してきた女たちも、おまえの名など知らなかった」
男は暴れる劉琮の両肩を、ひざで巧みに抑え込む。
戦い慣れている男だ。
助からない。
死ぬ? 
伯姫に見いだされ、未来の皇帝になれるとまでいわれた、このわたしが?


「女たちは、おまえに助命をしたか? 
家族があるから助けてくれといわなかったか? 
なんでもするから命だけはと言わなかったか? 
おまえはそれを無視して、畜生のように殺してしまったのだ。
女たちを…おれの妻を!」
劉琮には男のことばがわからなかった。
「貴様はここで、名も知らぬ男に討ち取られるのさ」
「お、おのれッ! そんなことが」
許されてたまるか!
そう言おうとしたが、叶わなかった。
男の刃が降って来た。
目の前が深紅に染まり、そして劉琮の意識は途絶えた。


つづく

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臥龍的陣も270話まで連載をつづけることができました。
あとちょっとでラストです。
どうぞ最後までお付き合いくださいませ!
ではでは、みなさま、よい一日をお過ごしください('ω')ノ

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