はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

地這う龍 あとがき

2024年02月21日 09時39分44秒 | 英華伝 地這う龍
終わりました、「地這う龍」!


いちど作るのを挫折したこの話を再生できたのは、みなさまの応援のおかげです。
読んでくださった方、応援してくださった方、感想やブックマークを付けてくださった方、ほんとうにどうもありがとうございました(^^♪

大変難産な作品でした。
「長坂の戦い」のエピソードは三国志演義のなかでもトップクラスの人気エピソードなのに、わたしが書くと、なにかがちがう……
この「なにか」が自分の味なのか、はたまた勘違いのタネなのか、自分ではまだわかりません。
数年後に読み返して、ジタバタする羽目になったら、また直すつもりでいます。

「臥龍的陣」の時もそうでしたが、今回もできうるかぎりのことをしました。
いま、これ以上のものを作れと言われても、ほんとうにできません。
自分では赤壁編につなげられたのだから、よかったことにしようと思っています;

さて、「地這う龍」は、演義とはちがう設定で長坂の戦いを書きました。
まず、趙雲が単騎で戦場を駆けたエピソード。
そのさいのことが史書には「趙雲は阿斗と甘夫人を救った」とだけあり、三国志演義のように阿斗をふところに抱いて戦場を駆け抜けたようではなさそうです。
だいたい、敵を倒しながら赤ん坊を抱えて逃げ切れるものなのか?

かつてアンディ・ラウの映画「三国志」を見たとき、そのアクションシーンの激しさを見て、
「こりゃ阿斗さまは最低五回は死んでるな」
と思いました。
絶対無理だったろうとは言い切れませんが、かなり難しかっただろうと。
演義は文学だったから、手に汗にぎる派手なフィクションに仕立て上げられたのでしょう。
それをまんま映像化すると、そのフィクションが鮮明にわかってしまうということだったのだとは思うのです。

今回、わたしが作るのも小説ですから、阿斗さまを抱えた趙雲がきりきり舞いしながら戦う、という設定にしたほうがよかったのかもしれません。
しかし。
それを書くにしても、演義という最高の形があるのに、いまさらそれをなぞる必要があるのかな? と天邪鬼のような気持ちがむくむくと起き上がってきました。
そこで、阿斗と夫人は別の武将に託されて劉備の元へ行き、趙雲はかれらを守るため囮になった、という設定にしました。
いま思うと、「囮になった」というところをうまく書ききれていないかもしれません;
将来、直すとしたら、そこから直すかも……

それと、麋夫人が井戸の中に身を投げるエピソードはなくなっています。
これは史実では夫人は長坂の戦い以外で亡くなったらしい、という文章が頭にあったからです(金文京さんの本だったかなあ……スミマセン、失念しました)。
井戸に身を投げるという悲しいお話はあんまりだとかねがね思っていたので、弓の名手だったお兄さんと夫である劉備に再会できたけれど……というふうに変えてみました。
井戸に身を投げるから盛り上がるんじゃないか、というご意見がありますかしら。
あるとしたら、申し訳ない、この話ではこういう設定にしました。

新野の撤退戦と、長坂の戦いのアクションシーンは、ほんとうに苦労しました。
作中に出てきた小悪党の鄧幹(オリジナルキャラクター)とおなじで、あんまり血を見るのがすきじゃないうえ、馬がかわいそうで最近はあんまり和洋中すべての合戦ものを見るのを避けているというのもあり、頭だけで書いてしまったかなという反省もあります。
アクションシーンを上手に書ける人はすごいなあと思います。

そして、今回、自分で書いてみて気づきました。
「趙雲は大物を倒していないな」
とはいえ、趙雲の魅力や価値が下がるものではありません。
今回、張郃どのにご登場いただいたのは、その後のエピソードの伏線を張るためと、ちょっと大物を絡ませたい、という願望からでした。

曹操軍の内部の様子、それから趙雲と孔明のライバルのひとりになる張郃の書き方など、いろいろ初挑戦な部分もありました。
張郃どのは、書いていてとても楽しい人のひとりです。
野心家でリアリストな張郃どのは今後も活躍予定。
赤壁編では登場しませんが、それ以降のお話に出てきます。
どうぞその活躍にも刮目あれ!

さて、「番外編・甘寧の物語」が「地這う龍」のあとにつづきます。
そのあと、赤壁編をスタートする予定です。
赤壁編については、2008年に発表した作品を大幅に変えての発表となります。
ただ……
じつのところ、2024年2月21日時点で、原稿がまだ出来ていないという。

は? 
何言ってんの?
出来てないものをどうスタートするわけ?
と思われたことでしょう。
いやはや、そのとおり。

説明が長くなるので結論から申し上げますと、
「赤壁編はこれまでとちがって、出来立てほやほやの原稿を更新することになります」
つまり、いままでのように、何度も推敲したほぼ完成品を更新するかたちではなくなります;
もちろん、推敲はしますよー。
ただ、更新を優先しますので、クオリティの点で、いろいろどうなるか不透明なのですよ……すみません!

なんでこうなったのかというと、2008年版の赤壁編を流用すればよいと思っていたところ、中身を吟味したら、とんでもない出来だった! というオチでして。
直すにしても手の施しようのない部分が多く、結局、全体を書き直す羽目になったのでした。
で、書き直すにも「どう」書き直していいかがわからず右往左往。
なんとか全体のプロットを作り直しはしましたが、原稿を作る時間が足りず。
そこで、文字入力だけは苦ではないし、妙に早く入力できるので、プロット通りに物語を書きつつ、更新することにしたのです。

えー? 完成度の低い原稿を読むの、いやだなあ、と思われた方もいらっしゃるかしらん。
そこはもう、ガッツで乗り切ります!
(あ、だめだこいつ、と思ったでしょ?)
冗談です。
手直しをしつつ、前に進みます。
読んでくださるみなさんがガッカリしないクオリティを保ち、一日1500文字前後の連載を今年はつづけます。
やる気だけは満ち満ちております。
ひきつづき応援していただけると、とっても嬉しいです(*^▽^*)

そんなわけで、反省文にも似た「あとがき」でした。
最後までお付き合いくださったみなさまに感謝です!(^^)!
みなさまに幸あれー!

ではでは、次は番外編「甘寧の物語」です。
おたのしみください!
(趙雲と孔明は番外編に登場しません、赤壁編をお待ちくださいまし)

またお会いしましょう('ω')ノ


牧知花

追記
あらたにブログ村に投票してくださったみなさま、そしてフォローをしてくださったみなさま、どうもありがとうございます!
作品を楽しんでいただけましたでしょうか?
今後もガンガンに書いていきますので、ひきつづき当ブログをごひいきにー!
わたしも創作&ブログ運営がんばりまーす(*^▽^*)

地這う龍 五章 その8 東へ

2024年02月19日 14時07分04秒 | 英華伝 地這う龍



|漢水《かんすい》のわたしで、あれほどの恐怖を味わっていたのが嘘のように、船に乗ったひとびとは、穏やかな航路をたのしんでいた。
曹操軍はまだ荊州の水軍を把握しきれていないようすで、追ってこない。
趙雲は、なみだで腫れた顔を冷まして、真水で顔を洗い、それから劉備の元へ向かった。


途中、なつかしい顔と再会した。
夏に|樊城《はんじょう》で別れた切りになっていた、|胡済《こさい》である。
地味な衣をまとっているが、その目もさめるような美貌は変わっていなかった。
「生きていらしたのですね、よかったです」
と、なかなか可愛らしいことをいうな、こいつも成長したなと思っていると、中身はまったく変わっておらず、つづけた。
「あなたがたが心配だったようで、軍師は連日徹夜ですよ。
倒れるんじゃないかとひやひやしていましたが、今日でそれもおしまい。
まったく、人を心配させるにもほどがあるというものです」
孔明を心配してのことばなのだろうが、照れがあるらしく、素直になれないところが、やはり胡済である。
「おまえは相変わらずだな、|偉度《いど》……でよかったか。
軍師にも、休むように俺からも言っておく」
「そうしてくださると助かります。
あの方に倒れられたら、この軍はおしまいですよ」


「これ、おしまい、などと軽々しく言うな」
割って入ってきたのは、ほかならぬ孔明だった。
「心配してくれるのは嬉しいのだけれどね、おまえはまだ口は禍の元というのを学習していないようだ。わたしが倒れたくらいで、回らなくなるようなわが軍ではないぞ」


「まったくです、口が過ぎましょうぞ」
と、孔明のとなりでぷりぷり怒っているのは陳到だった。
「ところで、この小僧は何者です」
「おまえは樊城で会っていなかったか。これが義陽の胡偉度だ。
ほら、劉公子(劉琦)のご学友だよ」
「ああ、なるほど……」
陳到は、すこし同情の色を見せたが、かんじんの胡済が陳到の目線をぷいっとよけたので、ますます
「生意気ですな」
とムッとしてしまった。


「仲良くしてくれ、二人とも。ところで|叔至《しゅくし》、わが君はどちらだ」
孔明の問いに、陳到は、急にしゅんとして答えた。
「船室に籠って、泣いてらっしゃいます」
「そうか……」
趙雲としても、ことばが出ない。
だが、孔明は劉備に相談したいことがあると言って、船室に向かう。
趙雲もまた、その背中を追いかけた。
胡済もなぜだか、ちょこちょことついてくる。


船室の中で、劉備は背を丸めていた。
その劉備のかたわらには、張飛の姿はなく、代わりになぜか、使わなかっただろう大剣を抱いて座っている、例の旅装の大男の姿があった。
大男は、あいかわらずおどけた調子で言う。
「髭の大将は、船酔いだそうだよ」
「あいつめ。それで貴殿に代わりを?」
「ここじゃあ、敵も襲いようがないだろうしね。
ところで、みなそろって、どうしたのだい」


大男の声に反応するように、うつむいていた劉備が猫背のまま振り返る。
その顔は涙でくしゃくしゃで、鼻水も垂れっぱなしだった。
よほど麋夫人の死がこたえたのだろう。
劉備にあまりに申し訳なく、趙雲が口を開こうとしたところ、さきに劉備のほうが言った。


「おまえのせいじゃない、子龍。悲しいことだが、あれの死は、だれのせいでもない。
しいて言うなら、曹操のせいだ」
「しかし」
「そうなのだとおもってくれ。わしは自分に力がなかったことが悔しい。
もっと強ければ、あれを失うこともなかったろうに……何もできなかった!」
絞り出した声にだれもが答えられないでいる。
劉備はつづけて趙雲に言った。
「子龍よ、これからもしわしが、またおかしな判断をするようなことがあったら、おまえは必ずわしを止めてくれ」
「仰せのとおりにいたします。必ずや」
「わしは馬鹿だった。みなから慕われたことに有頂天になって、結局みなを地獄に連れて行ってしまったのだ。
悔やんでも悔やみきれぬ!」


すると、かたわらにいた大男が、おだやかにたずねた。
「玄徳さま、これからどうされるおつもりですかい」
どうするか、と問われて、劉備はのろのろと答えた。
「正直、どうしたらよいのか、わからぬ。これからもっと南の交州に行って、顔見知りの蒼梧太守の呉巨に|匿《かくま》ってもらうか……あるいは、そのまま益州に抜けて、同族のよしみを頼って、劉璋どのにすがるか……」
「益州の劉璋は頼りになりますまい。かれは強い者には巻かれる男。
つぎは自分の番かもしれぬというのに、曹操に慶賀の使者を送ったそうですから」


その情報に、趙雲と孔明は、おもわず顔を見合わせる。
この大男がただ者ではなさそうだと思ってはいたが、これほどの情報を持っているとは、意外であった。
「益州もダメとなると、交州にいくほかないな」
劉備が気が進まない様子でぽつりと漏らす。
それはそうだろう。
交州となると中華の最南端。
しかも、風土病が蔓延する過酷な土地だという話も聞く。
代案がないだろうかと趙雲が思案していると、また大男が言葉を添えた。
「劉豫洲、孫討虜将軍と結ばれてはいかがか?」
「孫討虜将軍……孫権どのか。江東の?」
「左様。将軍もまた、曹操の侵略を警戒し、ともに戦う仲間を求めているのです」


こいつ、何者だ。
趙雲が構えるのと同時に、孔明が問う。
「貴殿は、何者だ?」
すると大男は大剣を下ろし、それから孔明と劉備のほうに丁寧に向き直ると、礼を取った。
「われは魯粛。あざなを子敬ともうす。
あるじ孫討虜将軍の使者として江東より参った」
「魯粛! あの、大富豪が、君か」
劉備がおどろいているのをしり目に、魯子敬はふところから|爵里刺《しゃくりし》をしめして、その名が確かであると見せた。
魯子敬……魯粛は、孔明のほうを見ると、にっと歯を見せて笑った。
「おれはあんたの兄上の友人だ」
「貴殿のはなしは兄から聞いたことがある。
兄によれば、孫将軍に、天下を取れとはっきり明言した、変わり者の富豪がいると」
魯粛はそれを聞くと、豪快に笑った。
「子瑜どのはあんたにそう伝えたか。たしかに、まちがってはいない。
おれとしても、天下を三つに分けてから統一をはかるというあんたの戦略には驚いたよ。
似たような考えを持つやつが、ほかにいたのかとな」


魯粛はそこで言葉をきり、あらためて劉備と孔明に向き直った。
「玄徳どの、この孔明どのを使者として、わが陣営に遣わす気はありませぬか」
「孔明を? なぜ」
「曹操は、つぎはまちがいなくわれら江東の勢力の一掃を狙うでしょう。
それを受けて、いま国では論がふたつに分かれているのです。
降伏か、開戦か……おれとしては、なんとしてもわが将軍には、曹操と戦って勝っていただきたい。
玄徳どのとて、このままでは終われないはず。
わが将軍と同盟を組んで、曹操に対抗するのです。
そのための使者として、孔明どのがほしい。いかがですかな」
「同盟、か」


劉備はそれを聞き、しばらく腕を組み思案していた。
趙雲がちらりと孔明のほうを見ると、こころがすでに決まっているらしく、さきほどまで青白かった頬に、赤みがさしている。
「よし、わかった」
劉備は目をひらくと、魯粛に言った。
「子敬どの、話は承った。孔明を使者にやるので、よろしく同盟の件、取り結んでいただきたい」
「わかり申した。では、さっそく孔明どのとともに江東へ向かいます……そうこなくちゃ!」
「ただし、孔明ひとりを行かせるわけにはいかん。
子龍を主騎につけたい。それでよろしいか」
「もちろん」


「江東か……どのような人々がいるのだろう」
孔明のことばには、期待が多く含まれているように聞こえた。
みじんも不安を抱えていない様子なのは、さすがに強気な孔明らしい。
趙雲もまた、気を引き締めて江東へ向かう支度をはじめるのだった。


かくて、二匹の龍は、大戦に向かって飛躍する。
その働きと顛末は、またべつの話として語ることになる。
いまはただ、船は夏口へと、波間をぬって、しずかに向かっていくのだった。


地這う龍 おわり





※ 「地這う龍」、最後まで読んでくださったすべてのみなさまに感謝申し上げます!
どうもありがとうございました!(^^)!
おかげさまでなんとか終わりました……
次回は「あとがき」、その次が「番外編・甘寧の物語」となります。
あわせてどうぞおたのしみに!

それと、ブログ村に投票してくださった方、ありがとうございましたー!
とっても励みになります(^^♪
ただいま「赤壁編」を急ピッチで制作中です。
まだまだお話はつづきますので、これからも引き続き応援していただけるとさいわいですv

ではでは、また次回にお会いしましょう('ω')ノ

地這う龍 五章 その7 歓喜と涙と

2024年02月19日 09時52分25秒 | 英華伝 地這う龍
空に、大きなはやぶさが飛んでいた。
くるくると輪をかきながら、飛んでいる。
陳到が叫んだ。
「明星《みょうじょう》だっ!」
あるじの呼びかけに、はやぶさが、きぃぃぃ、と高らかに鳴いた。
と、さきほどはあれほど目を凝らしてもまったく見えなかった船団が、東のほうから、靄を破って、凄まじい勢いでこちらへ近づいてくるのがわかった。
「船だあっ!」
「軍師たちが戻って来たぞ!」
「やった、感謝するぞ、孔明、雲長!」
感激のあまりか、劉備がめずらしく感極まった声を出す。
それに呼応して、葦原に隠れていた民も、岸辺に飛び出して、船に向かって、おおい、おおいと手を振りはじめた。


船がやって来たのが曹操軍にも見えたようである。
突撃命令がくだるのを待つばかりだった曹操軍が、船からの攻撃を恐れたのか、動きを止めた。
船はあっという間に帆に風をはらみつつ、漢水《かんすい》のわたしにやってくる。
その舳先には、たくさんの弓兵が配置されていた。
弓兵は、中央の船の先端に立っていた孔明の合図によって、いっせいに曹操の兵に狙いを定める。
そのあいだにも、関羽と孫乾《そんけん》が、船を接岸させ、生き残った者たちに急いで船に乗るよう指示していた。


だれもが、転がるように、つぎつぎと船に乗っていく。
すると、下手につつくと損害がでると判断したのか、曹操軍が|踵《きびす》を返して、撤退をはじめた。


「おおっ、騎兵どもが去っていくぞ!」
手を打って喜ぶ張飛に合わせるように、あちこちから、喜びの声があがった。
助かった。
最大の危機をしのげたのだ。
「軍師っ、無事か!」
趙雲もうれしさのあまり、孔明に駆け寄る。
すると舳先《へさき》に立つ孔明は、あいかわらず清々しい笑い声をたてながら、
「もちろん! わたしを誰だと思う! 諸葛孔明だぞ!」
と答えてきた。





「子龍、よく生き乗ってくれた。
みなから聞いたが、言葉で言い表せないほどの状態だったようだな」
孔明は趙雲の手を親し気にとって、何度も何度も、手を握りしめた。
「辛い思いをさせてすまぬ」
「おまえが謝ることではない」
「いや、わたしの采配がもっときちんとしていれば、もっと違った展開になっていたかもしれないからな。
それにしても、たいしたものだ。奥方様と和子を守り通すとは」


孔明に感心されると、率直にうれしい。
謙遜する気持ちもうせて、趙雲はすなおに気持ちを吐露していた。
「たしかにつらかったな。体のあちこちがまだ痛む」
「そうだろうとも。曹操軍はしばらく追ってはこない。
部屋を作らせるから、そこでゆっくり休むがよい」
「船はどこへ向かう?」
「夏口さ。とりあえず、そこへ行って、あとどうするかは、わが君や劉公子と相談だな」


そうか、と答えようとしたところへ、麋竺がやってきた。
趙雲は孔明に、麋竺の獅子奮迅のはたらきを紹介しようとおもったのだが、その顔を見て、ハッとなった。
麋竺は両目から滂沱と涙を流していたのだ。
「どうかされましたか」
気づかわし気に尋ねる孔明に対し、麋竺は絞るように言った。
「わが妹がいま、息を引き取った」
「なんですと」
孔明の顔色が蒼白に変わる。
「矢傷が原因で、熱が引かず……危ういとおもっていたが、やはりだめだった」
趙雲もまた、その知らせを愕然として聞いた。
波に揺れる船のうえ、麋竺は真っ赤な目をしたまま、悄然としていう。
「子龍よ、そなたには感謝する。
もしあのとき、妹を助けられていなかったなら、妹は敵の手に落ち、無残な最期を遂げていたかもしれぬ」


そんな、と声を出そうとおもったが、震えて声が出ない。
悲しい、悔しい、自分が許せない。
そんな感情が一気に押し寄せてきて、声を出せなくなってしまった。
その代わり、熱い涙があふれてきた。
もし、あの夜に夫人たちを見失わず、すぐに助けられていたら、麋夫人は助かったのではないか。
おもわず、その場にへたり込み、身をかがめて慟哭を抑える。
泣く権利すら、自分にはないようにおもえた。
震える肩を、孔明が気づかわし気に撫でてくる。
その手が温かいのが救いだった。


「妹のために泣いてくれるか。ありがとう」
そう言って、麋竺もまた、目を真っ赤にしながら涙を流した。
「さいわい、わが君に看取られて妹は逝った。この状況をおもえば十分だ。
だから子龍よ、あまり自分を責めてはならんぞ。
妹の代わりに言うが、おかしなことは考えてはならぬ。
そなたは生き延びて、そして妹が愛したわが君とご家族をこれからも助けてさしあげてほしい」
最愛の妹をうしなってつらいだろうに、こちらを慮って声をかけてくれる麋竺に申し訳なく、また趙雲は身を伏して泣いた。
そのあいだも、孔明はじっとそばにいて、ともに静かに涙を流してくれていた。


つづく

※ いつも閲覧してくださっているみなさま、どうもありがとうございます!(^^)!
いよいよ次回、「地這う龍」は最終回を迎えます。
ここまで読んでくださったすべてのみなさまに感謝です♪
そして、ブログランキングであらたにフォローしてくださった方、ありがとうございます!
繰り返しかもしれませんが、ほんとうに作品数だけはたくさんありますので、じっくり楽しんでいただけたならさいわいです(^^♪

次作の「箱書き」は、「小箱」を作ればできあがりというところまでいきました(小箱とは、箱書きのなかにある大箱・中箱・小箱のことでして、あらすじを徐々に細分化させていく設計図の一部のようなものです……うーむ、分かりづらい説明でスミマセン;)。
明日に最終回、明後日に「あとがき」、そして「甘寧の物語」を連載してから、赤壁編の連載をしようかなと思っています。
そんなにうまくいくかなあ、という不安もありますが……なんとかしよう。

とにもかくにも、まだまだつづく「奇想三国志 英華伝」!
今後もどうぞごひいきにー!
ではでは、最終回をおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 五章 その6 空を見上げて

2024年02月18日 09時57分33秒 | 英華伝 地這う龍



長阪橋を燃やしたのがまずかったらしく、いったんは罠をおそれて退いた曹操軍は、すぐにまた追撃を再開してきた。
橋を燃やすということは、むしろ罠などないのだと曹操が看破したためであろう。
その点は、張飛を責められない。
張飛は張飛で、せいいっぱい時間を稼いだのだ。
相手が曹操でなければ、あるいは、もうすこし展開がちがったのかもしれないが。


そんなことをかんがえても詮無《せんな》いなと、趙雲はふたたび馬上のひととなりながら、おもう。
残っていた手勢は、しつこく曹操軍に追い散らされつづけているうちに、さらに減っていた。
逃げに逃げて、いま、漢水のほとりに追い詰められている。


ちょうど趙雲たちの北に、漢水《かんすい》は流れていた。
夜明けとともに川面に靄が発生し、おかげで劉備たちは守られている格好だ。
足元は、馬にとっては戦いづらい、ぬかるみ。
生き残った者は、葦のしげみに身をひそめるようにして、曹操軍の襲来にそなえている。
だれもが、もはや生き残ることしか考えていない。
それぞれの目は、真っ白くぎらぎらと輝いていた。
その輝きがあるうちは、抵抗ができるだろうと、趙雲は踏んでいた。


民の数もおそろしく減った。
それを見ると、さすがの趙雲の臓腑もきりりと痛んだ。
もっと自分たちがしっかりしていれば、民を救うことができたのではと、その思いが消えない。
漢水の渡しにあるのは、朽ちかけた小舟ばかりで、とてもではないが、劉備たち軍隊と、残された民を対岸に運べるようなものではなかった。
靄の向こうから船影が近づいてきたなら、どれだけよいだろう。
関羽や孔明たちは、いったいどうしてしまったのか……


「せめて、わが君とご家族だけでも小舟に乗せるべきでは?」
麋芳《びほう》が趙雲と目線を合わせないまま、言う。
麋芳は、趙雲が裏切ったと言いふらしたことを気まずく思っているらしく、趙雲が帰還して以来、まともに顔を合わせようとしない。
たしかに麋芳は、出来の良い兄とくらべて凡愚である。
ただ、その提案は悪くないと、趙雲は思った。


「子方《しほう》(麋芳)どのの言うとおりです、わが君、奥方様がたと、お早く小舟へお移りください」
劉備にうながす。
しかし、劉備は気が進まないようで、
「御辺らと別れてわれらだけ生き延びて、何の意味があろうか。
第一、子龍、おまえはどうする」
「ここで死に花を咲かせるもの一興さ」
と、趙雲の代わりに、張飛が答えた。
「死ぬつもりか、ならぬぞ、益徳! 子龍もだ。
ここまでせっかく生き延びたのだ、ともに生き延びる方策を考えようではないか」
すると張飛は、いさぎよく首を左右に振った。
「策なんて、考えているひまはねぇよ、兄者。
俺たちの一番の望みは、兄者に生き乗って、再起してもらうこと。それだけだ。
曹操の追撃は、おれと子龍でなんとかする。
櫓《ろ》は叔至が受け持つから、兄者たちは早く小舟に乗り換えてくれ」
「しかし」
「ほら、なんだかんだ言っているあいだに、奴さんたち、御到着だぜ」


すこしでも江夏に近づこうと、長坂橋のある当陽から東へ向かっていた趙雲らに、とうとう曹操軍が追いかけてきた。
土煙《つちけむり》をあげて、余裕すら感じさせる足並みで近づいてくる敵の数は、おそらく一万は超える。
趙雲は、まめだらけの手でぐっと槍の柄をにぎった。
先だっての戦いの影響はまだ残っていて、からだのあちこちがすでに悲鳴をあげている。
だが、だからなんだという。
張飛のいうとおり、ここで死に花を咲かせてみせる。
そして、劉備たち家族をなんとしても対岸へ渡す、その時間を稼ぐのだ。


「やれやれ、結局こうなっちまったか。おれたちは、船に乗れないだろうねえ」
と、ぼやいたのは、例の旅装の大男であった。
いつの間にひろったのか、大剣を手にして、敵に備えているのだが、顔には苦いものが走っている。
「運が悪かったな。俺たちと同道せず、とちゅうで別れるべきだった」
「そうはいっても、おれとしても、こちらの殿様がどこまで生き残れるか、興味があったものでね」
「その物好きが命取りだ……すまんな」
「なぜ謝るのだい」
「謝ったほうがいいような気がした。だからだ」


趙雲の脳裏には、孔明の顔が浮かんでいる。
決して死ぬなと孔明は言った。
だがこうなっては、もう約束は守れそうにない。
これから先、だれがあいつを、そしてわが君を守っていくのだろう。
ちらっと振り返って陳到のほうを見る。
あいつもたしかに強いが、あいつの場合、自分の家族を優先させがちなところがあるからな。
心配だ……そう思って見ていると、その陳到が、上空を見て、あっ、と叫んでいる。
それにつられて、劉備たち家族も、上空を見て、何かを見つけ、口々におどろきの声をあげていた。


すでに曹操の騎兵は、すぐ目と鼻の先にまで迫っていた。
それぞれの名だたる武将たちの姓を染め上げた旗が、はっきり認識できるほどの距離だ。
こちらの恐怖を煽ろうとしているわけでもなかろうが、ゆったりと前進してきている。
生き残った者たちのうち、兵たちは誇りをかけて劉備の盾にならんと身構え、民たちは息をのんで、葦原に隠れる。
その背後で空を指す劉備たちのうごきにつられ、趙雲もまた、空を見上げた。


つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、どうもありがとうございます!(^^)!
昨日はたくさんの方に見ていただけたようで、うれしいです(^^♪
このブログには新旧あわせて、いろいろありますので、ゆっくり見ていってくださいねー!

さて、例の「箱書き」ですが、小箱を除いて、ほぼ形になりました。
あとは、細かいところを調整すればなんとかなりそうです。
まさに突貫工事といったところ;
なるべく連載の間をあけてしまわないよう、努力してまいりますー。

ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 五章 その5 孔明の不安

2024年02月17日 09時47分45秒 | 英華伝 地這う龍
そういえば、劉琦の愛妾を助けに行った胡済《こさい》の姿が、まだ見えない。
気になって、孔明は涙ぐんでいる伊籍《いせき》にたずねる。
「胡偉度《こいど》を見かけませんでしたか」
「ああ、あれなら、桃姫《とうき》の監禁されている部屋に行ったようです」
「戻ってくるのが遅すぎます、なにかあったのかもしれない。
その部屋に案内していただけませぬか」
孔明が言うと、それまで喜びの笑みを浮かべていた伊籍が、ふっと表情を暗くした。
「いけませぬな、偉度は、桃姫を恨んでおりますゆえ」
「恨む? なぜです」


一瞬、桃姫を胡済も気に入っていて、なのに劉琦のものになってしまった、それで恨んでいる、という空想がよぎったが、つぎの伊籍のことばは、思いもかけないものだった。
「偉度は桃姫さえいなければ、劉公子の名誉は汚されなかったはずだと言っておりました。
あれは過激なところがありますから、おかしなマネをしていないといいのですが」
「急いで桃姫のところへ案内してください、偉度を追いかけましょう!」


孔明が顔色を変えたのを見て、髭だらけの顔をした伊籍も事態の重さがわかったのだろう。
すぐさま孔明を連れて江夏城の奥の奥へ、孔明を案内した。
たどり着いた部屋は、使用人たちの住まう部屋の一角にあった。
元お針子だったという桃姫は、鄧幹《とうかん》に粗略に扱われていたようである。


見れば、入口にいた見張りたちはすでに倒されている。
殺したのかと思い、脈を診ると、まだ生きていた。
胡済は器用にかれらを気絶させただけですませたらしい。


「偉度、いるか?」
呼びかけつつ、おそるおそる中を見ると、部屋の片隅に娘がひとり壁にもたれるようにして気絶していた。
そのかたわらに、胡済が背中を向ける格好で立っている。
胡済の握る長剣の切っ先が、桃姫らしき娘の首筋にぴたりとあてられているのが見えた。
馬鹿な真似をするな、と叱ろうとした次の瞬間、胡済は、剣を鞘にしまうと、唖然としている孔明と伊籍を振り返った。
「桃姫は救出いたしました」
しれっと胡済は答える。


孔明の後ろに隠れるようにしていた伊籍が、声をわななかせて言った。
「い、偉度、おまえはいま、なにをしようとしていたのだ」
「べつになにも? 軍師、申し訳ありませぬが、この娘に気付け薬を分けてやってください。
気絶してしまっているようなので」
言いつつ、胡済は小憎らしくも鼻歌なぞを唄いながら、孔明のわきを通り抜けていった。
その小柄な背中を目で追いかけつつ、孔明は、この子はわれらがやってこなかったら、ほんとうに桃姫を殺してしまったのではないかと感じていた。
『まだ壺中の習性がなおっておらぬのか。
この子はだれかが手元に置いて、しっかりと再教育してやらねば、いずれ道を踏み外すかもしれない』
ちらっと隣の伊籍を見るが、胡済の様子にびっくりしてしまっていて、言葉を失くしているだけで、叱ってやろうという気概はなさそうだ。
ましてや、劉琦には力はない。
『困ったことだ』
苦りつつ、孔明は気絶した桃姫を助けるため、部屋の片隅へ向かった。





鄧幹はたしかに悪党だが、だれひとり殺していないということで、身ぐるみをはいだうえで、江夏から追放ということになった。
関羽たちは、
「奸臣は早く始末しないとだめだ」
と処刑を主張したのだが、肝心の劉琦が、
「われらは血を見ていないのですから」
といって、それをとどめた。
その優しい主張に鄧幹も感じ入るところがあったらしく、江夏城の門からたたき出された後、劉琦のいるだろう場所に向かって、深く一礼してから去っていった。


それからはとんとんと準備がすすみ、劉備救出のための船団を、江夏の南、夏口《かこう》から出すことになった。
劉琦の代理で伊籍が鎧をまとい、一万の兵とともに船に乗り込んだ。
関羽と孔明、それから孫乾《そんけん》と胡済も同乗する。
「しかし軍師、われらは漢水のどこへ上陸すればよいのだろうか」
関羽の問いはもっともで、孔明もずばり、どこ、と指摘できないのだった。


困っていると、ちょうどいいときに、劉備の使者と名乗る若者が夏口に到着した。
その上から下までぼろぼろの格好が、劉備たちの苦境をよくあらわしていた。
使者は、長坂にて曹操軍に追いつかれたこと、命からがら劉備とわずかな手勢が生き残ったこと、そして、その手勢は執拗な曹操の追跡をかわしつつ、漢津《かんしん》に向かっていることを知らせてくれた。
関羽や孫乾らは、劉備が無事だと聞くと、涙を流して喜んだ。
孔明もおなじく安堵したひとりだが、無事だった人々のなかに趙雲がいると聞くと、これまた力が抜けるかと思うほどにほっとした。
律儀な男である。
劉備を守りきり、自分も約束を守って生き残ったのだ。


「よしっ」
孔明は誰に言うともなく言って気合を入れると、諸将に下知した。
「漢津まで急ごう。曹操の兵はこうしているあいだにも、わが君を悩ませているかもしれぬ。
われらがお救いするのだ!」
おうっ、と一同が元気に応じた。


帆をおおきく広げて船が漕ぎだされる。
孔明も関羽も、劉備が心配で言葉少ないでいる。
おもったより江夏で時間をとられた。
劉備は無事だということが救いだが、いつまで持つかはわからない。
進む船に揺られながら、孔明は切なく、かれらのひとりひとりの無事を祈るほかなかった。




つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
おかげさまで「地這う龍」も終盤。
ほぼ三か月にわたり連載ができたのも、みなさまの応援があってこそのことです!
って、お礼はまた、連載が終わってからあらためてしたほうがいいですね。
続編の赤壁編も、急ピッチで制作中です。
いろいろ細かい点で調整をする必要があり、頭をフル回転させています。
ぎりぎりまで「毎日更新」をあきらめませんよー、がんばります!

ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

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