はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 涙の章 その85 それぞれの決意

2022年12月13日 10時13分37秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
決然とした趙雲のことばに、子供たちは顔を見合わせる。
その顔には、あきらかに恐怖と動揺がある。
『狗屠《くと》』は、仲間たちからも恐れられている存在らしい。

白髪《はくはつ》の子は、ざわめく子供たちを鎮め、言った。
「鎮まれ、おまえたち。いまの話を聞いたであろう。
まずは、われらだけで間道を抜けるぞ。
『狗屠』はこの方々が捕らえてくださる。
なれば、恐ろしさも半分だ。
各自、得意の得物を持て。いそぎ出立するぞ。目指すは新野だ」

趙雲が、子供たちをあつめつつ、言う。
「時間がない。子供たちは間道に逃がし、それから花安英《かあんえい》と『狗屠』だ。
花安英は蔡夫人のもとへ行ったのだろう? 軍師、蔡夫人の部屋はわかるか」
「だいたいの場所はわかるよ。しかし」
孔明の心情を察してか、白髪の子が言う。
「わたしたちは、自力でなんとかいたします。
それよりも、花安英を助け、『狗屠』を止めてください。
あの恐ろしい奴が、同じ地上で息をしていると思うだけで、わたしたちは生きた心地ありませぬ」

白髪の子の言葉に、子供たちは、そうだ、そうだと、つぎつぎと肯いた。
「『狗屠』は、蔡夫人の部屋に潜《ひそ》んでおります。
あれの望みは、花安英の望みとは似て非なるもの。
花安英は騙されているのです。
花安英は、われらにも母を殺してやりたいとうそぶいておりましたが、じつは口で言っているほどには、蔡夫人を殺したいほどには憎んではおりませぬ。
あれは『狗屠』に泣きつかれて…弟のために、弟を狂わせた母に報復をせねばならないと、思いこんでいるのです。
しかし『狗屠』の狙いは、報復などではありませぬ。
『狗屠』は、ばかげた妄想に取り付かれているのです」
「ばかげた妄想とは?」
「『狗屠』は自分を劉氏の末裔と信じています。
許都にいる帝を弑し、代わりに帝位につくことを夢見ているのです」

孔明は唖然として、白髪の子をまじまじと見た。
「そんなバカげた妄想にとらわれているのか。
仮に『狗屠』がまちがいなく劉州牧の子だったとしても、帝位なぞうかがえる立場ではない」
「『狗屠』もまた、曹操の手下にそそのかされているのです。
わたしをこのような身にした連中とです」
「待て。君を変えてしまったのは曹操ではないのか」
「たしかに曹操です。ですが、曹操にじかに命令を受けている者とは別に、細作を束ねる組織があるのです。
無慈悲な恐ろしい連中です。
そも、わたしがそいつら捕らえられたのは、そいつらにそそのかされた『狗屠』に売られたからでした。
それを花安英は知らないのです。
今日まで、わたしは声を失い、秘密の牢に監禁されておりましたから。
曹操は目的のためなら手段をえらばないのです。
たとえ、末端がどれほど暴走しようと、それがおのれの目的にかなうようなら、捨て置く。
そういう男です」
「きみをこのような体にした者たちの名はわかるか?」
「わたしを変えた者たちは『無名《むめい》』と呼ばれておりました。実態もなく、名もわからないため、『無名』というのです」

「軍師、詳しく聞くのは、すべてが終わってからでよかろう」
趙雲のことばに、孔明は仕方なく引き下がる。
白髪の子は、ふたたび顔をあげると、その白濁した痛ましい目を孔明らに向けて言った。
「花安英は『狗屠』の本音をしりませぬ。
哀れなのは花安英でございます。
どうぞ、助けてやってください、お願いです。
かれがいたから、われらはいままで『狗屠』から守られてきたようなものなのです」

趙雲と孔明は顔を見合わせた。
花安英のいままでの様子からは、後輩たちにこれほど慕われているとは、想像できなかったのである。

「『狗屠』の真の狙いが、帝位につくことというのはわかった。
では、潘季鵬《はんきほう》はなんなのだ?」
それは、と言葉をにごし、白の者と子供たちは顔を蒼くする。
「潘季鵬が『狗屠』を操っているのか?」
「潘季鵬は、『狗屠』を持て余しております。
はじめは、『狗屠』は単純な性質なので、あつかいやすい手駒だと思い込んでいたようです。
しかし『狗屠』はみずからも五石散《ごせきさん》を飲み、ますます変わってしまった。
ほんものの、血に飢えた化け物になってしまったのです。
そして、おのれの血の秘密を知っているだろう実の父親と母親を殺そうと考えているのです」

「実の父母をなぜ殺さねばならぬ」
憤りなかばに趙雲がつぶやく横で、花安英の話をさきに聞いていた孔明は、『狗屠』の意図がわかった気がした。

蔡夫人によって、『狗屠』も劉表のいけにえにされたのだ。
深い傷をこころに負ったのは想像にかたくない。

「なるほど、『狗屠』の正体はわかった。
奴のことは任せるがよい。花安英もかならず助け出す。
君らは間道を急げ。われらも後から行く」
「ご武運を」
花安英とおなじことばを白髪の子が言う。
孔明は、その光を宿さぬ双眸をまっすぐ見て、答えた。
「君らも、かならず生きよ。そして新野で会おう」
白髪の子はそれを聞くと、はじめて、笑顔を見せた。
その笑顔は、悲しいくらいに、親友の崔州平《さいしゅうへい》によく似ていた。





「あなた、出立ですの?」
ようやく赤ん坊をあやしつけた長《おさ》の妻は、無言のまま身支度をはじめた夫に声をかけた。
「ようやくあなたの本願《ほんがん》が叶うのですね」
「そうだ」
襄陽城の方向を見つめたまま、長…崔州平はいった。
崔州平は、すべて妻には語っていた。
口の堅い、信頼できる唯一の身内である。
妻もまた、『壺中』のおぞましさに震えあがり、州平に深く同情してくれていた。

襄陽城の上空を焦がす赤。
ときおり聞こえる叫びは、断末魔のそれか。

「程子文《ていしぶん》が殺され、麋竺どのらが逃げざるを得なくなってから、どうすべきか思案していたが、そのまえに龍が動いたのだ。
すさまじいとは思わぬか。
十余年、だれも手出しできなかったものを、あいつが動かしたのだ」
「孔明さまのことですの?」
「中心に動いたのがあいつでなかったら、こうも鮮やかな結果はでなかったであろうよ」

「麋竺さまたちが心配ですわね。大丈夫でしょうか」
「かれらなら、俺よりうまくやっただろう。
もう襄陽を離れているはずだ。
それより、おまえのほうも支度をたのむ」
「荷造りなら、できておりますわ」
妻のことばに、崔州平は笑みをこぼして振り返った。
「おまえは、よくできた妻だ」
州平の妻は、夫のことばに、うれしそうに微笑む。
「最初の手はずどおり、わたくしたちはさきに、子供たちとともに、曹公の元に参ります。
わたくしが郎君に教えていただいた『壷中』の情報を語れば、曹公はわたくしたちをもてなしてくれるでしょう。
恐れることはなにもございません。それよりも」
州平の妻は顔を上げる。
「きっと、わたしたちの元へ帰ってきてください。
そうして、新天地で、家族そろってやり直しましょう。
わたくし、いつまでもあなたをお待ちしております」
「そなたは、ほんとうに俺には過ぎた妻だ。
かならず帰ってくる。
中原で、みんなで笑って暮らそう」
そう言うと、崔州平は妻を抱きしめた。


涙の章 おわり
太陽の章につづく

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さらには、サイトのウェブ拍手を押してくださった方もありがとうございました!(^^)!
サイトのウェブ拍手&同人誌のお買い上げのお礼は、今日か明後日までに更新する近況報告にてさせていただきますねv
そして、涙の章、本日にて、おしまい。
つづく太陽の章が明日からはじまります。
今日までの累計文字数はなんと30万文字!
文庫本3冊分だそうです、みなさま、ここまでお付き合いくださり、ほんとうに感謝です。
明日からもたゆまず連載していきますので、どうぞよろしくお願いいたします(*^▽^*)
でもって、これから電車に乗ってお出かけ…そろそろ出発です。
張り切って行ってきます! ではまたお会いしましょう('ω')ノ

臥龍的陣 涙の章 その84 兄弟

2022年12月12日 09時58分47秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
「孔明さま、貴方様は劉表が流民の子だけを虐げたと思っておられますか」
「どういうことであろうか」
白髪《はくはつ》の者は悲し気に顔を曇らせる。
「『壷中』というのは、単に荊州を守る刺客を育てるための組織ではございませぬ。
劉表は、自分の権威をたしかなものにするために、ある策を立てました。
それは、豪族たちの子弟を人質として『壷中』に差し出させることです。
劉表は、われらを使って豪族たちの秘密を嗅ぎ出し、それをネタに脅迫して、豪族たちを思うように操ったのです。
だれしも後ろ暗いところはあるもの。
『壷中』がなんらかの秘密を嗅ぎ出すことができなかったのは、あなたの叔父君をはじめ、ごく少数の者たちであったそうでございます。
わたくしは、長兄によって『壷中』に差し出されました。
わが一族は中原では蔑まれておりましたので、長兄はこの地に根付こうと必死だったのでしょう。
わたくしの言う『兄』とは、次兄のこと。
あなたさまもよくご存知の者でございます。
わたくしはこのような姿に変わり果ててしまったので、分かりにくいかもしれませぬが、兄とは面差しが似ているとよく言われておりました。
お分かりになりませぬか?」

まさか。
孔明は、光を失った双眸を持つ、白髪の子を見つめた。
少女のような面差しをした顔。
しかし意志の強そうな顔つきをしている。
わずかに横に長い顔、大きめの瞳が、よけいに少女のような印象を強めているのだろう。

これがもうすこし男臭くなり、髯を生やしたらどうなるか。
この顔が、屈託のない明るい笑顔を浮かべたら、似ていないか。

「もしかして」
咽喉がひりつく。
「君は、崔家の人間。つまり、崔州平の弟なのか?」
ちがう、という返事をどこかで期待していた孔明は、白髪の子が、こくりと肯いたのを見て、めまいをおぼえてよろめいた。
ふらつく体をがっしりと抑えるものがあり、みると、趙雲であった。
孔明は反射的に言っていた。
「ありがとう」

「わたくしは『壷中』の命令を受け、鄴都をさぐっていましたが、途中で捕らえられてしまいました。
『壷中』はわたしを見殺しにして、助けてはくれなかったのです。
命は助かったものの、光を失い、若さを失くした異形に成り果ててしまいました。
次兄はそのことを知るとはげしく怒り、ことの原因である『壷中』を滅ぼすのだといいました。
わが姉も『壺中』の女にされておりましたので、よけいに次兄は『壺中』を恨んだのです。
姉も『壺中』でひどい目に遭いましたから」

「州平に君たちのような妹弟がいたとは知らなかった。
しかもふたりも『壺中』の犠牲になったというのなら、それは怒って当然だ。
しかし、なぜ、きちんとわたしに相談してくれなかったのだ? 
もしもっと早くに教えてくれていたなら」
「教えていたなら、どうなさいましたか? 
あなたさまはおそらく、ご自分の叔父君のこともかんがえて、責任をとろうとなさったのでは? 
そして劉豫州のもとを辞去し、単身で『壷中』をつぶすべく、襄陽城に乗り込んだのではありませぬか? 
次兄は、そうなることを、一番恐れていたのです。
たったひとりで潰せるほど、『壺中』は、やわな組織ではありませぬ。
それに、次兄は『壷中』を潰すため、いえ、劉表を滅ぼすために、曹操の前に膝を折りました。
もはやあなたさまとは道が違ってしまったのです」

孔明の脳裏に、新野の酒場で困ったように笑っていた親友の顔が浮かんだ。
「借金の相手とは、曹操なのか。決起するために、金と武器と力が必要だったと」
「左様でございます」
「どうして」
真実を教えてくれなかったのか。

孔明は、新野の酒場で崔州平が握ってきたおのれの手を見下ろした。
死ぬなと言った。
かならず生きろと。
そこまで身を案じてくれる男が、どうして、曹操の元へ行ってしまったのか。

一方で、子供たちの話はまとまったようである。
年長の子が言った。
「我らの心はひとつにまとまりました。
孔明さま、あなたさまを信じます。
どうぞ我らをお救いください。
代わりに『壷中』の者のみに許された間道をお教えいたします。
そこを抜ければ、城外に出ることが可能です」
「しかしその道は、ほかの『壷中』も知っているのだろう?」
趙雲のことばに、白髪の子がうなずいた。
「ですが、抜け道は一本道ではございませぬ。
道は迷路のように分かれておりまして、敵に侵入されたり、待ち伏せをされたりしないようにしてあるのです。
間道の入り口は地下牢の真下、劉州牧の部屋、蔡将軍の部屋、西の門の井戸にございます」

「わかった。おまえたちは、先に間道を抜け、外に出たなら、一路、新野を目指せ」
「あなた方は如何なさるのです?」
「花安英《かあんえい》を止め、『狗屠《くと》』を捕らえる」

つづく


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おかげさまで、明日で「臥龍的陣 涙の章」が一区切り!
まだまだつづく物語、どうぞこれからも見ていただけるとさいわいです。
さらに、昨日は「なろう」も当ブログもたくさんのお客さんに来ていただけました。
いやー、うれしいですねえ、同人作家冥利につきるというか…
これからもがんばりますので、引き続き閲覧しに遊びに来ていただけると、さらにうれしいです(^^♪

臥龍的陣 涙の章 その83 残された子供たち

2022年12月11日 10時07分14秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章


狭い部屋に、ネズミの子のように一箇所に集まって、不安そうな表情を双眸に浮かべ、口をぎゅっと固くむすぶ子供たちを見たとき、孔明は、なんとしてもかれらを救おうとあらためて決意した。
ざっと見たところ、二十名ほどの子供たちがいる。
上は十五歳くらいから、下は十歳くらいの子供まで。
どれも皆、豪奢な衣裳を身にまとい、高級の脂粉を顔にはたいて、化粧をほどこされていた。

本来の、子供らしい素朴な愛らしさ、みずみずしさは、化粧によって覆い隠されてしまっている。
そのため、みな同じような顔に見える。
いや、同じような顔にさせられたのだろう。
ひとつの規格、物として扱うために、分かりやすいように。

『壷中』を組織してい|潘季鵬《はんきほう》は、子供たちをとことんまで物としか見なさなかったのだ。
思い入れを強くしすぎると、おのれの判断力が低くなるとでも思ったのか。

ふと隣を見ると、趙雲が恐ろしげな顔をして、子供たちを見ていた。
何も言わないが、激しい怒りにとらわれているのがわかる。
子供たちを睨んでいるのではない。
子供たちの背後にいる潘季鵬を睨んでいるのだ。

「ここにいるのが、全員か?」
孔明が尋ねると、白髪《はくはつ》の者は、濁った目を悲しげに伏せて、首を振った。
「他のものは、逃げても、潘季鵬がおそろしいからと、潘季鵬のもとへ戻ってしまいました。
ほんとうはもっと仲間たちがいたのですが、わたしたちを裏切り者といって、斬りつけてくる者もおりまして、相討ちとなってしまったのです。
残ったのはこれだけでございます」
「左様か。では、君らはわたしの言葉を信じてくれるのだな」

子供たちは、じっと視線を孔明に集中させている。
一言一句、聞き漏らすまい、こまかな表情のうつろいも見逃すまい、もう騙されまい、真実を見極めてやろうと意識を集中させているのだ。

孔明は、かれらの心に応じるべく、明るい張りのある声でつづけた。
「みなも知っているとは思うが、わたしは劉豫州の軍師、新野での采配のすべてを一任されている。
わたしならば、君らを外圧から守ることができる。
故郷へ帰りたいという者は、かならず故郷へ帰してやろう」
その言葉に、小部屋の子供たちはいっせいにざわめいた。
「親元へ帰してくださるというのですか」
孔明は深く肯いた。
「約束する。二度と君たちが裏の仕事をしなくて済むように、できる限りのことはする。
元の仲間に戸籍を辿《たど》って追われないようにするために、特別に、あらたな戸籍を用意する。
名前を変えることも許そう。
あらたな土地へ逃げたいというのならば、支度金も用意する」

「われらの中には、家族のいない者のほうが多いのです」
これにも、孔明は明快に答えた。
「故郷がない、帰る場所がない、という者がいるならば、わたしの直属の兵士としてはたらいてもらう。
そして、武器ではなく、鍬《くわ》を持ってもらいたい。兵士の食糧のための畑を耕してもらいたいのだ。
わたしは君たちが望まない仕事は決してさせない。
逆に、戦士としてはたらきたい者がいるのならば、堂々と、武将として前線に立ってもらう。
戦場で、堂々とおのれの名を叫び、軍功を挙げるといい。
後ろ暗い仕事は、我が名と叔父の名誉にかけて、二度とさせない。約束しよう」

子供たちは、思いもかけない厚遇の条件に戸惑い、返事をしかねている。
孔明は、そんな子供たちのひとりひとりの顔をまっすぐ見つめた。

現実的にいえば、金の要《い》る話であった。
しかし、孔明はかれらのために、自分が叔父から譲り受けた財貨をすべて使う覚悟でいた。

白髪の者が、孔明の言葉を足すように、みなに告げた。
「みな、よく聞け。われらが兄は、万が一のときにはこのお方を頼れと、わたしに言葉を託された。
われらが兄の言葉にまちがいはないと思う。
わたしはこのお方に従う。おまえたちは、おまえたちの判断で、どうするか決めるがよい。
いまから潘季鵬の元に戻るものがいても、わたしは追わぬ」

それまでじっと押し黙っていた子供たちは、白髪の者の言葉が合図だったように、いっせいにどうするかと相談をはじめた。
小さな白い顔に、戸惑いと興奮がいりまじっている。
「きみの『兄』というのは、程子文《ていしぶん》のことか」
それほどまでに信頼してくれていたのかと、感慨深く思っていた孔明であったが、意外なことに、白髪の者は首を横に振った。
そうして、もはや何者も映さぬ白く濁った双眸をひた、と孔明に向けて、なぜか、同情の混じった悲しみの表情を向けてくる。
不吉さにも似た落ち着かない感情をおぼえ、孔明はうろたえた。

つづく


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涙の章、あとちょっとで終わりになります。
太陽の章が始まりますが、さてはて、趙雲と孔明、そして子供たちの運命や、如何に?
どうぞおたのしみにー!!

臥龍的陣 涙の章 その82 長(おさ)の物語

2022年12月10日 10時05分07秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章


男がほかの仲間たちに決起を促すべく去ってしまうと、長《おさ》は襄陽城のほうに目を向けた。
その目線には、さまざまな感情が宿っている。
激しい恨みと憤り、それから侮蔑と、すこしばかりの感傷。

長はかつて、劉表のすぐそばにいた。
劉表が大物気取りであつめていた食客のひとりとして。
登用はされなかった。
長の本能が、聖人君子然とした劉表のなかに、腐臭を感じていたのだ。

『壺中』の存在を知ったのは、とある場所で、妹と再会してからであった。
さいしょは、妹とわからなかった。
幼いころに別れたきりであったから、あまりに美しく変わっていたので、まったくわからなかったのだ。
妹のほうは、長の評判を聞き知っていて、すぐに兄だとわかったという。

長は混乱した。
自分には腹違いの妹弟がいて、この二人は幼いころに、ともに熱病で死んだと家族に教えられてきていたから。
そうではなく、じつは劉表のために人質に取られ、『壺中』という組織に入れられていたと知り、長は愕然とした。
そればかりか、妹は自ら望まないかたちで苦界に沈められていた。
いったいどうしてこんなことになっているのか。
妹を通して、長は真実を知ろうとした。

妹は語った。
『壺中』のこと、その内容と、そこに押し込められた子供たちの凄惨な運命を。
流民の子をあつめて刺客に育てていること。
豪族の子らも人質にとって、集団生活させていること。
集められた子供たちが、どれほど悲惨な生活を強いられているか。

耳を疑うような話であったから、最初は妹がおかしくなって、荒唐無稽な話を思いつくまましゃべっているのではと疑ったほどであった。
しかし、妹の話に矛盾はなかった。
つづいて、妹とおなじく死んだとされていた弟がどこへ消えたのかも知ると、妹の話を信じざるえなくなった。

理解してくれるようになった兄に、長の妹は何でも語った。
妾腹の娘として生まれたばかりに、人質として『壺中』に差し出された悔しさ。
『壷中』の中にあって味わった、筆舌に尽くしがたい苦しみ。
押し殺されるような日々により、子供らしい純粋さは磨り潰され、だれも信用しない、芯からつめたい女になってしまったこと。
自分を生贄にした家族への怒りも消えなかった。

変わったのは、泥のなかでもがくような生活のなかでも、助けてくれる人がいるのだと知ったからだという。
悲惨なのは自分ばかりではない。
長の妹は、そう健気に語った。

妹の告白は衝撃だった。
長は身を落とした妹を責めたりはしなかった。
当然だ、彼女にはなんら落ち度はない。
憎むべきは劉表。
そして、劉表にそのような権限をあたえた、腐敗しきった漢王朝。

冷たい怒りをたぎらせる長の存在を、いつ曹操が知ったのかはわからない。
曹操の細作という男が接触してきて、『壺中』を潰す手伝いをしてやろうと申し出てきた。
そして、おまえの囚われの身となっている弟を助けてやろうと言った。
劉表の『壺中』により、曹操は何度も苦杯をなめさせられてきていたらしい。
渡りに船であった。

天下は乱れ、おさまる気配がない。
これほどの大きな悲劇が生まれたのは、漢王朝がだらしがなかったからだ。
なにが寛治《かんち》だ、と長は思う。
長も曹操と同じく、古い体制の象徴たる、劉氏の排除をのぞんでいた。
曹操の覇道を阻む者は、つねに劉氏なのである。

大切な妹を、そして罪のない子供たちを穢し続けていた劉表。
十年の長きにわたり、荊州にて鉄壁の守りをほこっていた襄陽城が、いま、内部から陥落せんとしている。
この機会を逃してはならない。
ほんものの落日が、いよいよ近づこうとしている。

つづく


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みなさまの応援があればこそ、楽しんで同人活動できていますv
今後もしっかり精進してまいりますので、ひきつづき応援していただけるとさいわいです。
あと、当ブログにはたくさん作品がありますので、どうぞ楽しんでくださいねー(*^▽^*)
それと、今日か明日、余裕があったらまた近況報告させていただきます。
更新したら、また見てやってくださいませ、よろしくお願いしまーす(^^♪

臥龍的陣 涙の章 その81 ある男

2022年12月09日 10時09分43秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章


小用を足すために夜中におきだして、表の厠《かわや》から、寝起きで夜風になれぬ体を抱きしめるようにして部屋に戻ろうとした男は、門扉《もんぴ》の外で、人々がざわざわと騒いでいるのに気づいた。
なんであろうかと訝しみ、門扉を出ると、近所の顔見知りが、あきらかにうろたえてほかの近隣の住民と話し合っているのが目に入った。
「おい、どうしたね」
声をかけると、顔見知りの男は、馴染みの声にふりかえり、物いわぬまま、指で上空を示す。

城の方角だ。

男は、顔見知りの示す方向を見て、異様な光景に、顔をしかめた。
夜の帳《とばり》に包まれた町とはうらはらに、城だけは茜色にそまっている。
そこだけが夕刻から時間が動いていないようにさえ思えた。
城が燃えている。
夜風にまぎれて、はげしい剣戟の音、喚き声が聞こえてくる。
しかし、激しく動きがあるのは城内だけで、城の周囲はいつもと同じように、しんと静けさにつつまれていた。

ほとんどの家の住民は、城の異常に気づかず、寝入っているようだ。
「なにがあったのだい、こりゃあ」
「わかるものか。俺は生まれたときからここに住んでいるが、こんなことは初めてだ」
城でなにかが起こっている。
それは、無知な町人にさえはっきりとわかる。

男は、自分の部屋にはかえらず、そのまま、夜闇にまぎれるようにして、ある場所へと向かった。
男は行商人だった。
定期的に町と町を移動しては、借家に長期間滞在し、商いをする、という生活をしていた。

どくん、どくんと鼓動がはげしい。
耳のすぐそばに心臓があるのではないか、というほどだ。

夜道を進む男の足は、いつしか早足から、駆け足になっていた。
迂闊《うかつ》であった。
男は自分の鼓動が、報告が漏れたことにたいする叱責をおそれてのことか、いよいよ動きがあったと報告できることに対しての緊張感か、判断がつかなかった。

目指す一角は、ごくごくふつうの民家であった。
整然とした佇《たたず》まいが好ましく見える。
玄関のまわりがきれいに掃き清められているのが、月光の下でもわかった。

男は慣れたふうに、木戸をくぐる。
そして家の戸をとんとんと叩き、来訪をつげた。

ほどなく、音もなく戸が開いた。
中から、隠士ふうの、温厚そうな、横に長い顔をした男が顔を出した。
男が開いた戸の隙間から、戸を叩く音で目をさました赤子の泣き声がする。
一瞬だけ、隠士の妻らしい女が、赤子をあやしながら隠士のうしろを通り過ぎていった。
赤子の声が遠ざかっていく。

それをまったく無視して、隠士は厳しい顔でたずねた。
「如何《いかが》した」
「城内にて、何事か発生した様子でございます。
城内じゅうを篝火で照らし、なにやら戦闘が行われている様子。
火事も起こっているようです」
「まさか、内乱か? 劉州牧が死に、蔡瑁が動いたか?」
「わかりませぬ」
「うむ。劉州牧が長くはもたぬであろうことは読んでいたが、早かったな。
急ぎ曹公にこのことをお伝えせねばならぬ。いよいよ時機が到来したと。
われらはこの機に城内に雪崩れ込むぞ。
いそぎ、みなに支度せよと伝えよ」
「わかり申した。長《おさ》、いよいよでございますな」
長と呼ばれた隠士ふうの男は、うむ、と感慨深げにうなずいた。

男の知る長は、胸のうちに過るさまざまな感情をすべて押し殺して、じっと耐えているような風情の男であった。
男が知る限り、この長ほど忍耐強く冷徹な男はいなかった。
だから男は、襄陽城の異変の報に、顔を紅潮させている長を見て、素直におどろいた。

「今日、この日をどれだけ待ち焦がれたことであろう。
やつが隙を見せるときを待っていたのだ」
「まこと、そのとおり。隙を狙って劉州牧に近づいても、『壷中』に阻まれてしまう。
逆に『壷中』を絡め取ろうとしても、かれらは、捕らえられたとしても、たいがいは、すぐに自害してしまう。
自害させずに捕らえても、どんな拷問にも口を割らぬ。
それゆえ、いままで、劉州牧の身辺を探ることは困難をきわめておりました。
曹公すら、劉州牧を攻めあぐねておられたほどです」
行商人のことばに、長は大きくうなずいた。
「だが、奴は病に倒れ、もはや死人も同然。
城内でも乱がおこっている様子。すべてが清算される。
目障りな劉氏を打倒し、曹氏が天下を取るための好機がやってきたのだ。
よいか、いまこそ襄陽城の実態を正確につかみ、われらは内部より襄陽城を揺さぶる。
われらはわれらなりに、曹公をお助けするのだ」

男は、長のことばに深々と頭を下げた。
いよいよだ。
そう思うと、心が躍った。

つづく


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おかげさまで「なろう」がPV10000を突破しました。UUも4000を超えたようです。
数字をあんまり追いかけていると疲れちゃうとはいえ、やっぱり区切りのいい数字に到達するとうれしいものですね。
今後も精進して、みなさまにいい作品をお届けできるようにしたいです。
それと、本日サイトのウェブ拍手をいただきました。
近況報告もまた、近々行いますので、そのときは見てやってくださいませね♪

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