はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

おばか企画・ニューシネマ ぱらだいす。 4

2020年05月06日 10時10分54秒 | おばか企画・ニューシネマ ぱらだいす。
淀川長治な喬

「おい、変な髯の店員。ひとつ相談なのであるが」
と、新作コーナーでしばらく逡巡していた馬超が、変装をつづける孔明に言った。
「人生を学ぶためのDVDというものを捜しているのだが、これ、というものはないか? できればフクザツではないものがよいのだが」
なにを言い出すのだ、こいつは、と呆れつつ、孔明は答える。
「『ベイブ』などは如何でしょう。挑戦する勇気を学べます」
「ブタか…ほかには?」
どうも『ベイブ』の評価は不当に低い気がする。
「人生を学ぶとひと言でおっしゃいますが、いろいろと種類がございましょう。なにを主として学ぼうとされているのです?」
「ずばり人生だ! ふむ、貴様に話してわかるだろうか。俺には馬岱という従弟がいるのだが、あいつが俺に、若はなにもわかっていない、と急に怒りだしたのだ。なにをわかっていないのかと尋ねたところ、すべてだ、とこうだ。
ふむ、たしかに俺はあいつを空気のように、そこにいて当たりまえの存在と見なしていたが、あいつはあいつで不満だったのかもしれないな。
まあ、どこかの誰かが言っていたが、映画は人生を教えてくれる、という。そこでやってきたのだが、返答や如何に」
「はあ」
おそらく馬岱の言いたかったのは、『思いやり』に関する諸事項であったのだろう。
西涼の馬一族の家庭事情がどうなっているのか、孔明はいささか恐ろしかったので突っ込んでみる気にはならなかった。
「あいにくと、わたしもよく知りませんので」
「なんだと、役立たずだな」
人生において、役立たずといわれたのは初めてだ。
かなり腹が立ったものの、ぐっとこらえて、あいかわらず商品の掃除をしている喬を呼ぶ。
「こちらのお客さんが、人生を学べる映画を捜しているそうだよ。おまえ、お奨めはあるかね」
喬は、誰に似たのか、なにをするにもノンビリだ。
しばらく生真面目に首をひねっている。
対する西涼の若大将は短気なので、聞きかじった知識で持って、あれは、これはといい始めた。
「人生哲学をあらわすとなると、やはり史劇かな。『シンドラーのリスト』なんかどうだ」
すると、喬は、ぱっと目を開いて馬超に向き直った。
「『シンドラーのリスト』はたしかによくできた映画ではありますが、あれはホロコーストという。あまりに人類の歴史に重く存在する事実が前提にあるからこそ生きる映画であり、あの映画のラスト近く、シンドラーがユダヤ人たちに詫びを入れるシーン、そして挿入される上着のボタンをはめる女性のシーンなどは、いささかあざとさがあります。
それに、あれはシンドラーという男の一生を描いた作品ではありませんので、そのあたり、将軍の意向と合致しないのではないでしょうか。
人生を描ききった作品ならば、『市民ケーン』のほうがよろしいでしょう。貧しい家から養子に出され、長じて新聞王となった男の『薔薇のつぼみ』という言葉の重さが明らかになるラストは、母性への回帰を示しているものでもあります。
もっと分かりやすいもの、とのご要望であれば、チャップリンの作品群がよろしいのではないでしょうか。
テーマはそれぞれございますが、人生の悲哀を風刺にこめたものの中では、いまだにチャップリンを越えるものはないかと思われます。
日本映画ならば黒澤明の『生きる』をお奨めします。胃がんになった男の晩年を描いた作品になりますが、人生の終わりに、打ち上げ花火のような生命力のきらめきを見せ、突如として平凡な公務員という枠からはみ出て、みんなのための公園をつくろうとする姿には、さまざまな思いをよみがえらせてくれるのではないでしょうか」
「……そ、そうなのか? では、『市民ケーン』と『生きる』を借りるか」

馬超が去ったあと、孔明はおそるおそる養子に声をかける。
「喬、いま、別のだれかが降りてきたみたいだったぞ」
ところが、喬は顔をきょとんとさせて、なにをそんなに驚いているのだろう、というふうに首をかしげてみせた。
孔明は、はじめてこの甥が、かなり奥の深い性質を持っていることを知ったのであった。

なかま

さて、そろそろ終業時間である。
付け髭もすっかり馴染んで、なにやら外すのが惜しいくらいになってきた。
有線を切って『蛍の光』を流すと、にぎやかな家族連れが、二階の洋画コーナーから、一階にあるカウンターへと降りてきた。
その姿を見て、孔明は驚いた。
法正である。
法正が、家族を連れてレンタルショップにやってきたのであった。
勝手な印象として、この男も仕事人間にちがいない、と決め付けていた孔明は、法正の意外な家庭人ぶりに、いささかたじろいだ。

法正は息子と娘たちを連れているのだが、どうも子供たちは不満があるらしくぶうぶう言っている。
「もー、そんなの観たくない! 父上、どうしていっつも同じものばっかり借りるの?」
すると、日ごろの老獪な狐っぷりはどこへやら、子供たちの抗弁に、法正は口をとがらせる。
「おまえたちだって、ガンダムばっかり見ているじゃないか。たまの休みなのだから、父に好きな映画を見せてくれてもよかろう!」
「だったら、もっと別なのを借りられたらよいのに」
「うるさい、だまれ。父が稼いだ金で借りるものなのだぞ。お前たち、不満があるなら、バイトでもして、自分で稼いで借りればよかろう。この映画はな、可能性に果敢に挑戦する生き物すべてに送られた賛歌なのだぞ!」
父上は横暴だ、と子供たちがぶうぶう言うのを尻目に、法正はカウンターにDVDを置いた。
その作品は…

『ベイブ』

「…………」
顧客履歴を観ると、法正は孔明を上回る頻度で『ベイブ』をレンタルしていることが判明した。
『負けている…! いや、負けていてもよいのだ。これだけ借りるのであれば、買えばよいのだ』
同じことを子供たちも思っているらしく、大切に『ベイブ』を抱える父親に、変わらず不平をぶつけている。
「ヘンなの、借りるんじゃなくって、買えばいいのに!」
「だまれ。買うのではなく、借りる、という行為に意味がある。SFXが増えた昨今、ベイブで見られるような技術は当たりまえのものになってしまった。
最近の若い者は、『ベイブ』をただの子供向けのブタの映画、と捕らえる傾向にある。これは憂慮すべき事態だ。
レンタルショップの仕組みを知っているかね。毎日のように新作がリリースされる中、利用履歴の少ない作品は、どんどん店頭より淘汰されていく。
わたしは『ベイブ』に勇気を貰った一人として、『ベイブ』が店頭から消えてしまわないよう、レンタルを続けているのだ。わかったか!」
子供たちは、まだぶうぶう言いながらも、『ブルームーン』を口ずさみつつ店から出て行く父親に従って行った。
孔明はというと、なんともいえない敗北感を味わいつつ、店じまいをはじめたのであった。

エンドマーク、その後。

店の最後の掃除を終えた孔明は、喬とともに裏口より店を出た。
すると喬が手を伸ばしてきて、付けっぱなしになっていた髯をつん、と引っ張った。
「ああ、そうだ。外さなくてはな。それにしても疲れることだ。休昭の風邪が早くよくなるとよいが」
孔明は嘆息しつつ、夜空にかがやく一番星を見上げた。
「付け髭ひとつつけただけで、馬超に役立たず呼ばわりされるわ、『ベイブ』の利用履歴で法尚書令に負けるわ、貴重な体験をしたな」
ふと、家路に向かう方角を見ると、毎度おなじみの影を闇にぼんやり浮かばせている男がいる。
予定がないのは、どうやら自分だけではなかったらしい。
「子龍、どこかへ行った帰りか?」
べつに、と答えつつ、趙雲は孔明のほうを見た。
長星橋は歓楽街であるから、飲み屋も多い。
そこの帰り、というわけでもなさそうだ。
酒の匂いがまったくしない。
その着物の裾をつかみ、風になぶられて冷えているのを確かめて、孔明は、なんとも奇妙な安堵感に包まれていた。
「ずっと待っていてくれたのか」
「なんとなく、このあたりをうろうろしてみたかっただけだ」
「そうか。暇そうだから、これからどこかへ付き合ってやってもよいぞ」
「暇ではないが、是非にというのならば仕方がない」
「そう、仕方がないのだよ。なにせあなたには、わたしに付け髭なんぞを付けさせた責任があるのだからな。
その顛末をじっくり聞かせてやろう。さて、どこがよいだろう。このあたりなら、幼宰どのの行きつけの店があったはずだが」

そういいながら、三つの影は、闇にゆっくり消えていった。

おわり

御読了ありがとうございました!

(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/05/03)

おばか企画・ニューシネマ ぱらだいす。 3

2020年05月06日 10時05分57秒 | おばか企画・ニューシネマ ぱらだいす。
※ このお話は、ますますもって、キャラの破壊度が進行しております。アレクサンダー大王の領土よりひろーい度量をお持ちの方に、特に推奨いたします。m(__)m

前回までのあらすじ?(このあらすじも架空のものです)

びんぼうな弟分(と勝手に見なしている)費文偉と董休昭の窮状を知った孔明は、彼らの胃袋をすこしでも満たしてやろうと、自邸の庭にてバーベキュー大会を開催。
しかしGWを利用し、単独、あそびにきていた諸葛恪が、つまらないことから費文偉に喧嘩を売り、たのしいバーベキュー大会は一転。
各国の次代を担う少年たちの代理戦争となってしまう。
腹を立てた孔明は、猫のケンカを止めるときのように二人に水をかけるが、孔明自身がトロいのもあり、水は肝心の二人にはかからず、傍らにいた董休昭にかかってしまう。
ひどい風邪にかかった董休昭は、これではバイトにいけないと嘆く。
休昭がバイトをしていたのは、父の董和への父の日のプレゼントを買うためだった。
ソレを聞いた孔明は言い放つ。
「よし、ではわたしが代わりにバイトに行ってやろう!」
嫌がる栄耀飯店の意向を完全に無視し、孔明はDVDレンタルショップへ足を運ぶのであった…





『ニューシネマ パラダイス 店員用マニュアル』を完璧に読みこなした孔明は、自信満々にカウンターに座っていた。
どんな客でもドンと来い、という構えである。
早々にトラブルメーカーの恪を江東に追い返し、養子の喬を連れてのアルバイトだ。
喬はというと、もともと映画が好きなため、たいがい素直に孔明の言うことを聞くが、今回はとくにはりきって付いてきた。
そうして店につくなり、ハタキを持って、店内の商品のハタキがけをしている。
どうやらパッケージを眺めているだけで至福である様子だ。
仲の悪い兄としばらく一緒にいさせたことで、気を遣わせていたかなと心配した孔明であるが、ひさしぶりの喬のうれしそうな様子にほっとした(とはいえ、喬が楽しそうかどうかは、孔明にしかわからない)。
しかし、恪は嵐のような甥っ子であった。
おかげで孔明もとばっちりを食って、せっかくの大型連休に董允の代理でアルバイト、という憂き目にあっている。
まったく忙しい身だというのに。予定だって…
予定だって…
………
予定だって……
…………
予定だって?
『ないな、予定』
あらためて、プライベートが空疎なことに、愕然とする孔明であった。

冷や汗をかく見栄っぱり

さっそく、開店直後に、はじめての客がやってきたようだ。
「お? 孔明じゃねぇか。なにをしているのだよ?」
劉備である。いつの間に増えたのやら、公子たちを複数伴っての来店だ。
「いささか事情がございまして。ご返却でございますか」
「うーむ。おまえにコレを返すのは、ちょいと気が引けるなぁ」
と、劉備は、手にしたDVD専用バックをちらりと見下ろす。
「いまさら取り繕わなくて結構ですよ。どうせアダルトDVDでしょう」
「なぜわかる」
「顔に『やらしいDVDを返すのは恥ずかしい』と書いてあります」
「えっ!」
劉備は思わず顔に手を当てる。
「……そういうことでございます」
おめぇなぁ、と劉備は孔明を軽くにらみつつ、DVDを返却した。
劉備は、喬の案内で、公子たちをアニメコーナーに連れて行く。しかし長子の劉禅だけは、カウンターから離れず、孔明の仕事をじっと観察しているのであった。
「長子はなにも借りられないのですか」
「観たいものがあっても、どうせ弟たちに譲らなくちゃいけなくなるのだ。それに、一家に何本、とかいう本数制限があるのだろう? 弟たちの観たいものを借りたら、わたしが借りられる余裕はないと思う」
孔明は、異腹の弟たちに気遣いをみせる劉禅に、ほかの誰にもめったに見せない、優しい笑みをこぼした。
「わたくしの会員証を貸して差し上げてもよろしゅうございますよ」
「それはいけないよ。会員証の又貸しになってしまうではないか。ねぇ、軍師。軍師はいつもどんな物を観ているの?」
「す」
ヌーピー、とはさすがにいえず、孔明は止まった。
アメリカの犬のまんが、とバカにしてはいけない。専門書も出ているほどに、スヌーピーの物語には、人生哲学が端的に描きこまれている。
「す?」
「好きなのは『史上最大の作戦』でございます」
「へぇ、さすがだね。映画を観るのも、勉強のためなのか」
と、父親に似て素直な劉禅は、感心して目をきらきらと輝かせる。
いまさら、内容はもちろんだけれど、若かりし頃のショーン・コネリーがどこにいるのかを捜すのが、ウォーリーをさがせ、みたいで、楽しみ、などとは言えなくなってしまった。
「わたしもなにか観てみようかな。なにがお奨めだろうか。もちろん、あんまり難しいものではないほうがよいな」
と、劉禅は照れ笑いをする。
「軍師は、なにを一番観るの?」
「ベ」
ベイブ、と反射的に答えようとして、あわてて口をつぐむ。
ベイブはたしかに名作だが、軍師将軍たるもの、もうすこし威厳を持たなければ。
見栄ではなく。
「べ?」
「ベン・ハーがよろしいかと」
「おもしろいとは聞いているけれど、主演のチャールストン・へストンは、白人至上主義者なので、ずうっとハリウッドでは仕事を干されているって聞いたよ?」
「そのとおり。ですから公子におかれましては、斯様な名作で人間愛と不屈の精神を謳った映画に主演した人物でも、内面ではおそろしい人種差別思想の持ち主である、という矛盾を踏まえながら、映画を鑑賞していただきたい」
「なるほど、蜀は四方を異民族に囲まれている土地だものね。人種差別はよその国の話ではないね。ありがとう、軍師。父上にお願いして、一本、借りてもらう」
そうして劉禅は劉備と弟たちのもとへ行き、その背中を見て、孔明はほっと息をつく。
完璧だ。完璧にごまかしきった。

おせっかい、あらわる。

「なぜ素直に『ベイブ』と答えないのだ、おまえは」

孔明はちらりと目だけを動かして、声の主を見た。
「いつからそこにいた。馬だらけ」
「なに?」
「今日もどうせ、『最強馬ナリタブライアン』だの『逃げ馬列伝』だのを借りにきたのであろう。ヘンだぞ、子龍」
「放っておけ、仕事中毒。馬は俺の人生の一部だ。それにおまえは間違っているぞ」
「公子に言ったのは嘘ではない。ベン・ハーも好きな映画だ」
「いや、そうではなく、『最強馬ナリタブライアン』はDVDを購入した。今日はそれを借りにきたのではない」
「……そう」
趙雲は、そうだ、と言いながら、ぐるりと店を見回す。
ゴールデンウィークだというのに、店内に客はまばらだ。
「店の外からおまえの姿が見えたので寄ったのだ。どうも、ほかの客も、カウンターにおまえがいるので、驚いて引き返してしまうらしい。店の迷惑だぞ」
「なんと、それはいかんな。どうすればよいだろう」
「そういうと思って、ほら」
と、趙雲が取り出したのは、パーティー用の付け髭である。
「……ええと?」
「付けてみろ。ほら、これで軍師将軍がまさかレンタルショップの店員をしているとは思うまい」
趙雲に言われ、付け髯をつけた自分を鏡で確認した孔明であるが、あまりの胡散臭い風貌に言葉を失った。
「コレでは、別の意味で客が逃げる」
「安心しろ、まさか軍師将軍ともあろう者が、付け髭をつけてレンタルショップの店員をしているとは誰も思うまい」
「……そうだろうか?」
そうだ、と趙雲は強くうなずいた。
孔明は、自信満々の趙雲に反論できず、そういうものかと無理に自分を納得させ、付け髭のまま、カウンターに入ることとなった。

意外にバレない

付け髭をつけて三時間後…
はじめてその孔明を見たとき、養子の喬はびっくりして泣きそうな顔をしていたが、やがて慣れたらしく、普段どおりになった。
口の周りの違和感は、如何ともしがたいものがあるが、客足が伸びてきたので我慢せねばなるまい。
それにしても、張飛がやってきて、『あなたに降る夢』の延滞はまだ解決しないのか、しないのであればこれを借りていく! といって、『マイ・フェア・レディ』と『ゴースト ニューヨークの幻』を借りて大事そうに抱えて去っていく姿を見たときは、ひっくり返りそうになった。
そうして、こっそりひっそりとやってきた馬岱が、三本のDVDを返したあと…その作品内容にもたじろいだが…つづいてあらたに『さらば、わが愛 覇王別姫』を借りていった時には、つぎに普通にあったとき、ちゃんと目を合わせられるだろうかと孔明は自分を危ぶんだ。

さて…
「なにをしているのかね、軍師」
一泊二日レンタルだった『ターミナル』を返しにきた劉巴は、孔明を見るなりそう言った。
馬良になら、ばれるかな、と思っていた孔明であるが、劉巴に先にばれるとは。
「よくわかりましたな」
「わかるとも。わたしなどは、襄陽からの顔見知りなのだからね。愉快な姿をしているじゃないか。あまり諸国には見せられないな」
「見せるつもりもありませんよ。あなたが沈黙を守ってくださるのであれば」
劉巴は肩をすくめると、今回借りていくDVDをカウンターに出した。それを観て、孔明は眉をしかめる。並べられたDVDは、『マルホランド・ドライブ』、『ピクニック・アット・ザ・ハンキングロック』、『英国式庭園殺人事件』。
「頭痛がひどくなりますよ」
「『ターミナル』のような単純な映画を見たあとは、世の中の不条理を思い出すために、こういうものを見たほうがいいのさ」
「単純でしたか」
「常に夢をみたい人間にとっては、ああいうものは必要なのだろうが、わたしにはふさわしくない」
「では、あなたも夢を見ればよろしいでしょう」
「いらないよ。いまさらな」
そう寂しく言うと、劉巴は孤独な背中を見せて去って行った。

つづく……

(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/05/03)

おばか企画 ニューシネマ ぱらだいす。 2

2020年05月06日 09時59分28秒 | おばか企画・ニューシネマ ぱらだいす。
カウンター業務 その2

「お、董家と費家のガキどもじゃねぇか」
と、店内中に響き渡るような声で、のしのしとやってきたのは張飛である。
「ちょうどよかったぜ、聞きテェんだがよ、このあいだからずうっと貸し出し中になっている、『あなたに降る夢』、いつ返って来るんだよ」
「お待ちを……えーと、それは延滞になっちゃっておりますねぇ」
「なにぃ? どこのどいつが、かえさねぇんだよ。名前を教えな!」
と、張飛は目を剥いて、どん、とカウンターを叩く。
「わたくしどもを威嚇されても困ります。個人情報ですから、お伝えできません」
「ちぇっ、しょうがねぇなぁ。今日はこれだけにしておくか」
張飛が取り出したのは、『アメリ』、『初恋のきた道』、『恋愛小説家』。
「あっ、なんだよその顔は、娘が借りて来いっていったんだぞ。娘が! おれぁ、こんなもん観ないからな。こういう生ぬるいものは、女子供が観るもんだ!」
「そういうわけでもあるまい。『恋愛小説家』などは、さすがアカデミー賞を取っただけあり、ジャック・ニコルソンとヘレン・ハントの演技はすばらしいものがあった」
口を挟んできたのは、うしろに並んでいた馬超である。
馬超は、店に入ってくるなり、新作コーナーにまっすぐ行って、そのまま、ぱぱっと作品を選んでカウンターにやってきた。
片手には『オーシャンズ12』、『東京タワー』、『Ray/レイ』。
「なんだよ、おめぇか。統一性のないモン借りているなぁ。新しけりゃ、なんだっていいのかよ」
「新しい情報を常にチェックするのも、大将としての勤めだ」
「DVDでかぁ? うん? なんで六本も持ってやがる」
「こちらは、馬岱に借りて来いと頼まれたものだ」
と、もう一方の手にあったのは『太陽がいっぱい』、『クライング・ゲーム』、『ブエノスアイレス』。
「……大丈夫か、おまえの従弟」
「? どういう意味だ?」
「いや、ワカンネェんならそれでいいや。それじゃあな…」(張飛と同様、意味がわかった方は、馬岱のこれからのためにも、沈黙を守ってあげましょう)
そうして、会計をすませた張飛と馬超は、店から出て行った。
「なんだか怖くなってきたな、このバイト」
文偉が休昭に話しかけると、休昭はあきれ顔をして、顧客管理画面を見つめていた。
「どうした?」
「張将軍の借りてったDVD、あれはご本人が観るのだろう」
「なぜわかる」
「お嬢さんも、この店の会員なのさ。借りているものは『ハリー・ポッター』や『エイリアンVSプレデター』などのファンタジーやアクション系ばっかり。張飛殿の名義で借りられているものを見ろ」
なるほど、そこには『ピアノ・レッスン』、『メイド・イン・マンハッタン』、『ウェディング・プランナー』、『めぐり逢えたら』、『サブリナ』、『あなたが寝てる間に…』などなど。
「お嬢さんは活発な方だから、自分で見たいものは、ちゃんと自分で借りに来る。つまりいまの三本も、ご自身で観るために借りたのさ。乙女だよなー、趣味が」
「張将軍が乙女趣味だったとは……本当に怖くなってきたな、このバイト」

お客さんの仲裁

しばらく淡々と仕事をこなしていると、フロアで喧嘩している声がする。
見ると、ほかならぬ孔明が、さきほど文偉が駐車場でみた「いけすかないガキ」と、はげしく口論をしているのであった。
孔明は、文偉や休昭には、彼らが年齢的にも一回り下、ということもあり、かなり気安い態度をとるのであるが、ここまで激昂しているところを見せたことはない。

「ダメなものはダメ! 棚に返して来い!」
「なんだよ、ケチ! いいじゃん、こんなのいつも観てる、っつーの!」
なんじゃらほい、と文偉はカウンターを出て、孔明のところへと向かう。
「どうなされましたか」
「おや、文偉、なぜこんなところで働いているのだ? まあ、それはよい、これを見てくれ」
と、孔明が差し出したのは、パッケージからしてえぐい『サンゲリア』、『マンホールの人魚』、『八仙飯店之人肉饅頭』。
『あー、なるへそ。だからさっきホラーコーナーにいたのか。この子が選んだDVDの内容を確めていたのだな』

孔明は、目の前にいる、ふくれっつらの少年に向き直る。
「精神衛生上、まったくよろしくない! 別なものにしなさい!」
「うるせぇなー。いいじゃん、借りてよ、叔父上」
「叔父?」
と、孔明と容姿がまったく似通っていない生意気そうな少年を、文偉は見る。
なるほど、傲慢なまでの押しの強さは共通しているところかもしれないが、孔明にある柔和さ、傲慢そうでいて、実は細心なまでの気遣いをみせる優しさが、この少年からはまったく感じられない。
「兄上の長子の恪だ。ゴールデンウィークなので、こちらに一人で遊びに来たのだよ。恪、こちらは費文偉だ。ごあいさつなさい」
「よろしくー」
ふて腐れているのもあらわに、まともに文偉に顔を向けずに、挨拶をする。
とたん、孔明のげんこつが、恪の形のよい頭に炸裂した。
ごーん、と除夜の鐘のようによい音が店内に響き渡る。
「そんな挨拶の仕方があるか!」
「痛ってー! これ虐待だよ、虐待! いくら叔父上でも、訴えるよ!」
「訴えるなら訴えよ。裁判長はこのわたしだ」
「ひでぇ!」
「まったく、兄上はおまえにどういう躾をなさっておられるのだろう。ここ数日間、かなり我慢しておまえを見てきたが、もう我慢ならぬ。
こんなおどろおどろしい映画ばかり観ているから、人に対する接し方も、おまえは剣呑なのだ。もっと心温まるものにするのだ。
そう、『ベイブ』にしなさい、『ベイブ』に!」
「ブタじゃん! ブタなんか、どうでもいいよ!」
「ブタ、ブタとバカにするな。ベイブは、普通のブタじゃないのだぞ! 夢を叶えたブタなのだ!」
「ヘンだよ、叔父上…」

すると、そこへ、トコトコと喬がやってきた。
「ん? おまえも決まったのか。見せてみなさい。ふむ、『パットン将軍』と『カサブランカ』か。あいかわらず、趣味がよいな、おまえは。よろしい。会員証を持っていきなさい」
喬は素直にうなずくと、会員証を持って、カウンターへと向かって行った。
そのうしろ姿を見送りつつ、文偉は思う。
『やっぱり、名画は喬殿が観ていて、スヌーピーやらラスカルやらは、軍師将軍が観ていたのか…』

「なんだよ、喬ばっかり! 僕にも貸してよ、会員証!」
「ダメ! 『ベイブ』にするか!」
「ブタはどうでもいい、って言っているだろ! 百歩ゆずって、ポケモンでもイヤだ!」
ふたりのやり取りを聞いて、文偉は口を挟めず、あきれるばかりである。
『なんだか同じレベルだ。血族なんだなぁ…』
孔明と恪は、しばらくにらみ合っていたが、やがて恪のほうが譲った。
「わかったよ。じゃあ、『エイリアン』でいいよ!」
「ダメ! 似たようなものだろうが!」
「じゃあ、アクションで我慢する! 『トゥルーライズ』!」
「バカみたいに核兵器が平気で発射されるからダメ!」
「それじゃあ、古典の映画化でいいよ。『タイタス』!」
「内容が暗すぎる。きっとシェイクスピアは、執筆当時、欝状態だったにちがいない」
「あー、もう! それじゃあ、『時計じかけのオレンジ』!」
ダメ、の言葉を想像していた恪と文偉であったが…

「いいよ」

「他に思いつかないよ……って、え? アレ? いいの?」
「最初から、そういう映画を選べばよいのだ。いまのおまえにはとても有益な映画だぞ。しっかり鑑賞するがよい。
ふむ、自らそれを選ぶとは、すこしおまえを見直した」
「……有名だから、なんとなく選んだけど、もしかして、まちがいだった?」
「いいや、まちがいではないとも。喬、兄上に、会員証を貸してさしあげなさい」
「叔父上、なんだか『ベイブ』でよくなってきた…」
「いーや。『時計じかけのオレンジ』にするのだ! 文偉、会計を頼む」

恪は顔をひきつらせつつ、『時計じかけのオレンジ』を借りていった。
養父子と甥の三人は、とりあえず仲良く店を出て行った。
「あんな風刺の効いたもの観て、かえって逆効果にならないといいけどなぁ…」

ちなみにスタンリー・キューブリック監督作品『時計じかけのオレンジ』は、人殺しをした罪悪感のかけらも持ち合わせない少年が、当局に逮捕され、洗脳を受け、『人畜無害』な少年にされて解放されるも、自分の犯罪の被害者に、凄惨な報復を受けるという、非常に深いテーマの名作です。

店じまい

「さーて、そろそろ閉店だな。文偉、有線を切って、『蛍の光』を流してくれ」
休昭の指示どおり、店内に『蛍の光』を流すと、DVDを借りようというお客がぞろぞろとカウンターにつめかけてきた。
最後の忙しさも乗り越えて、店内の掃除に入った文偉と休昭であるが…
「ん? なんだか、物音がしなかったか?」
「嫌なことを言うな。もう表は閉めてあるし、裏口だって鍵を掛けているのだぞ」
しかし、そのとき…

ガタリ。

物が倒れる音がして、見ると、カウンターのほど近くにあるイ・ビョンホンの立て看板の真となりに、うずくまる物があった。
近づいて見ると…
「あっ! 郭攸史! なぜこんなところに! どこから入ってきた?」
「ずっと…」
「へ?」
「ずっと、会計を待っていたのに…気づいてもらえなかった…」
「ずっとだと? いったいいつからだ?」
「開店直後…」
「なに、それでは一日中ずっと待っていたのか。なぜ声をかけてくれなかったのだ?」
郭攸史は、震える手で、カウンターに貼ってある紙を指した。そこにはこうあった。

『レンタルをされるお客様は、係員が案内をいたしますので、しばらくお待ちください』

「待ちすぎ…こんな出番ばっかり…もうイヤだ………ガクリ」
「郭攸史―!」
「ここ一年、こいつのマトモな出番は一度もなかったな…」
「これからも、こんなだぞ、きっと。俺らだって、どうなるかわかったものじゃない」
二人と、一人の屍(でもすぐ生き返る)の嘆息は、成都の夜にひそやかに流れていくのでありました。

ちなみに郭攸史の借りたDVDは『耐えられない存在の軽さ』でした。


なんと、つづく。

(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/05/03)

おばか企画・ニューシネマ ぱらだいす。 1

2020年05月06日 09時53分54秒 | おばか企画・ニューシネマ ぱらだいす。
※ このお話は、キャラの破壊度がいつになく進行しております。吟遊詩人の琴の音のように典雅な精神とひろーい度量をお持ちの方に、特に推奨いたします。

前回までのあらすじ?(このあらすじは架空のものです)

びんぼうな新米官吏・費文偉は、ゴールデンウィークのあいだ、食糧難をなんとかするべく川に泥鰌を釣りに行ったが、キャンプ中の陳一家に邪魔をされ、泥鰌を釣ることができなかった。
遊びに行くにもお金がなくて、ひもじいばかりなので、短期のアルバイトをすることを決意。
そして栄耀飯店の経営するDVDレンタルショップへ足を運ぶのであった…

まずは、ごあいさつ。

やけのやんぱちになった費文偉は、家の鏡で、懸命に『店員用スマイル』を学習し、身なりも仕事にいくときよりこざっぱりとさせて、さっそくDVDレンタルショップ『ニューシネマ ぱらだいす 成都店』へやってきた。
成都一の歓楽街・長星橋の一角にある、大きな三階建てのDVDレンタルショップである。
一階がアジア映画、二階が洋画、三階がおとな向けという内訳だ。
一本が一週間で480円と高値だが、ほかに競合する店がないのと、品揃えが豊富なのとで、なかなか繁盛をしている。

駐車場へやってきたとき、ふと、立派な馬車のとなりで、荷台に背をもたれさせ、いかにも高級そうな絹の服を身にまとった同年輩の少年が、じゃらじゃらと、あきれるほどにストラップのたくさんつけた携帯でもって、どこかと話をしているのが見えた。
一見しただけで、垢抜けており、いかにも贅沢になれているといったふうの、費文偉としては反発を抱く類いの少年である。
卵型の顔に通った鼻梁の特長的な、聡明そうな少年だ。
だが、目つきがよろしくない。
吊り目ではなく、むしろたれ目なのであるが、奇妙にきつく見える、ある意味まったく余裕のない内面が、そのまま目の表情にあらわれているような、見る者を追いつめるような目をしていた。
さらに口は冷笑的に歪んでおり、性格の悪さ、自己中心的な性質を、これまた端的に示していた。

「パパぁ、いったいいつまでこっちにいりゃあいいの? なんにもなくて、チョー退屈なんだけどー。
山登りー? 疲れるだけじゃん。こっち田舎だから、ロープウェーもないしさー。
ジャングル探検? 冗談じゃないよ、変な病気になったらどうすんの? 漢帝国の大いなる損失だよ、そ・ん・し・つ! 
ほんっとうに、むかつくほど田舎なんだよなー。人間もダセぇし、食事はやたら辛いばっかだし、湿気はあるわで、すぐべたべたしてくるしぃー、全部むかつくってかんじー」

『あまり係わり合いにならないほうがよさそうだ』
文偉はそう判断し、駐車場を行き過ぎると、店内に入った。
「こんちわー、今日からお世話になります費文偉といいます」
と、カウンターにいた、『臨時日雇』という腕章をつけた店員が振り返る。
なんのことはない。
「休昭、おまえもか!」
カウンターには、妙に店員用エプロンのよく似合う、親友の董休昭がいた。

父親がいまをときめく軍師将軍・諸葛孔明の片腕ということもあり、費家よりはいくらかましな生活をしているのだが、父親の董和というのは、弱いものを助けるために、日々生きているような人で、そういう人のところへは、どういうわけか、本当にどうにもならないほど困っている人がやってくる。
董和は、困った人をほっとけない性質ときている。
そこで需要と供給がうまくかみ合って、董家は、人助けびんぼうとなっていた。

「ゴールデンウィークは地上の楽園へ行く、とか言って、自慢してなかったか」
「…『ニューシネマ ぱらだいす』…嘘じゃないぞ」
「最近は、さすがに食べるのには困らなくなったといって、この間も、うちにおこわを分けてくれたじゃないか。なのに、跡取り息子みずからが、大型連休に働いている、というのも悲しいぞ」
「生活するぎりぎりのところは大丈夫なのだ。だが、余裕がない。じつは、一ヶ月ほどまえからバイトをはじめていたのさ。もうすぐ、父の日だろう」
「あいかわらず、父親孝行なやつだな。で、プレゼントをするための小遣い稼ぎをしている、と。
事情はわかった。俺としても、知り合いが同じ職場にいる、というのはありがたい。よろしく頼むよ」
「一ヶ月とはいえ、だいたいの仕事はおぼえたから、頼りにしてくれ。
ところで駐車場を通ってきたのだな? あの嫌味っぽい子供、まだいたか?」
子供、などと言ってはいるが、世間一般から見たら、十七歳の童顔の休昭は、似たようなものである。
「うん? あの派手な携帯で、『パパ』とやらに、蜀の悪口を言っていたガキか」
「そうそれ。わたしは別に愛国心が特別強い人間じゃないが、それでも、よそ者にああいうふうに悪口を叩かれると、やはりムッとするな」
「話したこともないのにアレだが、なんだか仲良くなれそうにないガキだ。
こういうときは、無視するにかぎる。ところで、俺は何をしたらいいのだ?」

カウンター業務 その1

返却用DVDの棚には、さまざまなジャンルのDVDがずらりと並んでいる。
「まずは返ってきたDVDの仕分けだな。階数ごとのジャンルに分けてくれ。
そのあと、所定の場所に返す。汚れているものがあったら、布巾で綺麗にしておいてくれ。意外に汚れていたりするぞ」
「『となりのトトロ』の隣に『かまきり夫人』がある、という光景も、なんだかシュールだな」
「ああ、そこにあるアダルトDVDの一群、主公が借りたものだから」
「へ?」
「すごいよな。堂々と本人が返しにきたぞ。天真爛漫というか、自分に正直、世間にも正直、というか…」
「大物だなぁ。おや、いらっしゃいませ」

見ると、趙子龍が、DVDの専用バック片手に店に入ってきたところであった。
カウンターにいる、毎度おなじみのコンビを見て、ほんの一瞬、顔をこわばらせる。
とはいえ、その表情の変化も、ほんとうに一瞬のことであったから、見分けることができるのは、そのひととなりをある程度まで理解している人間だけであったろう。
趙子龍は、DVDの袋を休昭に返却すると、ではな、と短く言って、そのまま踵を返してしまった。
「あれ? 借りにきたのではなかったのか…」
「休昭」
文偉は、親友の服の袖をつんつんと引っ張る。
「中! 中身見たい! DVD袋の中身。開けていい?」
「そりゃあ、見てもいいけど…っていうか、開けないと仕事にならないだろ。なんだってそんなに興奮しているのだ。怖いぞ」
「だって、気になるだろ、あの方がどんなDVD見るのか」
ちらりと文偉は、劉備が返した、ろくでもないDVDをちらりと見て、言う。
「もしかしたら、とか!」
「うーん、それはそれで、人付き合いが変わりそうでイヤだなー。というより、おまえ、なにを見ても、店を出たら、だれにも言っちゃダメだぞ」
「守秘義務だな? わかっているとも。さー、なにが出るかなー?」
一本目。『世界遺産紀行一・フィレンツェ編』
「フツーだ」
「フツーだなぁ…」
二本目。『イースター島紀行・モアイのなぞ』。
「うーむ」
「………」
三本目。『どうぶつのあかちゃん・子馬編』。
おわり。
「………ナニコレ」
「……うーむ、あの人のイメージなら『ロボコップ』なんだがなぁ」
「そりゃ、『趙将軍が見そうなDVDのイメージ』じゃなく、『趙将軍に近いイメージのDVD』だろ? うちの職場でさ、趙将軍があんまり完璧で人間らしくないので、じつは新野時代に、軍師将軍が魔術を駆使して製造した、フレッシュゴーレムじゃないかって噂があってさ、俺、いままで否定派だったけど、いま、肯定派になったわ…」
「いや、それは否定してさしあげるべきだろう。しかし、なにがおもしろいのかな、このラインナップ…」
「趙将軍とTVを共有できそうにないな、俺…」

店内清掃

「モップでもって、店内の床を掃除するんだ。結構汚れているから、気合で磨けよ」
と休昭に言われ、文偉は、店内のモップ掛けをはじめた。
店内には、ちらほらと見知った顔がいる。
『うーむ、何も考えずに時給で決めたバイトであったが、こうして見ると、意外な人の意外な趣味がわかって面白いものだな』
ふと目をやると、軍師将軍・諸葛孔明が、真剣そのものの顔をして、DVDのパッケージを見ていた。
立っているコーナーは…
『ホラーコーナー』
なんとなく、見てはならぬものを見てしまった気がして、文偉は掃除をてきとうに切り上げて、カウンターへ帰ってきた。

「休昭、軍師が来ておられるぞ。ホラーコーナーにいた」
「へえ? あの方はたしかに会員だが、ホラーなんてのは珍しいな。いつもは本当に、普通の作品ばかり借りていくのだがな」
と、休昭は、顧客管理画面を休昭に見せる。
なるほど、そこにはごくごくポピュラーな作品ばかり。
『ライムライト』、『グランドホテル』、『北北西に進路を取れ』、『サウンド・オブ・ミュージック』などなど。
「渋いなぁ、名画ばかりではないか。でもなんだか、あの方の趣味じゃなさそうな」
「このリストにたまーに入っている『スヌーピーベストコレクション』やら、『あらいぐまラスカル』やらは、喬どのがお好きなのだそうだよ」
「なんで知っている」
「ご自分でそう仰っておられたからさ」
「あのひとが、自分で? へぇ?」
と、ふと何気なく新作コーナーを見て、文偉は愕然とする。
「あっ! 最後に一本だけ残っていた、あとで借りようと思っていた『ターミナル』がない!」
「それなら、さきほど劉巴どのが借りられていったぞ。なんかさ、パッケージのうしろの『STORY』をじっと読んでおられたのだが、それだけで目がウルウルしていたなぁ」

トム・ハンクスとS・スピルバーグ監督が組んだ『ターミナル』は、東欧の旅行者がNYにやってくるものの、母国が突然、クーデターを起こして帰国できなくなってしまい、アメリカへの入国許可も下りないまま、ある『約束』を果たすため、ひたすら空港から出る日を待ち望みつつ、やむをえず空港で日々を過ごすことになる、という、心温まるヒューマンドラマです。
劉巴の目がウルウルしていた理由が分からない方は、wiki検索してね。

「うーむ、コメントはあえて差し控えさせていただく」
「ほんと、ウチの国は、色んな事情を抱えた人間がいるよなぁ」

つづく……

(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/05/03)

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