はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 雨の章 その3 尋問開始

2022年03月02日 13時00分14秒 | 英華伝 臥龍的陣 雨の章


「子龍、子龍!」
ふっと目を開けると、そこは兵舎の一角にある、おのれの寝室であった。
もちろん雨に打たれてはおらず、目の前にあるのは、小糠雨に沈黙する易京でもなければ、雨露にぬれた夏侯蘭の顔でもなかった。
 
「大事無いか。うなされていたぞ」
覗き込む顔は、まぎれもない、諸葛孔明のものである。
ああ、と短く答えて、趙雲は、寝台の上でみじろぎをした。
おのれを見下ろす孔明の顔が、すこしほころんだように見えたが、よく観察しようとじっと見ようとしたときには、表情の読めない顔にもどっていた。

いろんな顔を見てきたと思うが、これほどに特異な面貌はほかにない。
美を形容する言葉をすべて並べたところで、この顔をぴったり表現できるものはないのではないか。
華やかさと知性が見事に融合した顔だ。
それでいて軽薄さはない。
名は体をあらわす、のとおり、まばゆい光をそのまま形にしたような男だ。
観相家をつれてきて、じっくり観察させたら、どんな答が返ってくるのだろう。

こいつは、たとえ一国を滅ぼしたとしても、敵方の一族の遺体を辱めるような真似はしないだろうな、と思いつつ、趙雲は答えた。
「昔の夢を見ていただけだ」
「そうか。無理をして起きることはない。いま薬湯を淹れるからな」

孔明は言うと、薬湯の準備をしはじめた。
いそがしく動き回る孔明の気配を感じながら、趙雲は、しばらく寝台で、夢とうつつの間をさまよっていた。
質素というよりは、わざと何も置かないようにしている、必要最低限のものしかない部屋の、いつもの天井が見えている。
寝台と、水受けを置いておくための古ぼけた台と、書をしたためたり、あるいは書を読んだりするための机、茣蓙、蝋がこびりついた燭台、衣服をまとめてある箪笥。
見慣れた物のなかに、孔明がみずから持ち込んだらしい、螺鈿細工の施された文机があり、窓のそばに置いていた。
ところどころ塗料の剥げ落ちた花窓から、見事なまでに晴れあがり、さんさんと陽のこぼれる庭が見えた。
そのために、部屋の暗さが、いっそう際立った。

色あせた寝台の帳に、薬湯を片手に、花窓から外をうかがうようにしている、孔明の鶴のような細長い影が映っている。
身体のあちこちが痛む。そして重い。
熱があるのだな、と趙雲は思った。

「軍師」
「なんだ」
「なぜおれは、ここにいるのだ?」
「思い出す前に、これを飲め」
孔明は、淹れたばかりの薬湯をすすめてきた。
熱で体が思うようにならない趙雲のために、手を添えて、口に運ぶのを手伝おうとする。
趙雲はそれを拒み、みずから杯を手にとって、一気に薬湯を飲み干した。
ひどく不味かった。
「熱冷ましだ。おぼえているか、あなたは、高熱を発して倒れたのだ」
「ああ、そうか、そうだった」
いや、待て。それだけではないぞ。
肝心なことを忘れていないか。
「ちなみに言うなら、気を失ってから、半日が経っている。いまはもう昼だ。なにか食べるか?」
「そういう気分ではないな」
「そうか。わかった。ではそのまま聞け。もう少し休ませてやりたいところであるが、そうもいかぬ。思い出せる限りでよいから答えてくれ。あなたの部下の斐仁になにがあった?」

斐仁は、劉備にしたがって新野城に入ったおり、将兵に組み入れた男である。
計算が巧みで、兵への官品の支給をまかせていた。
もとは江夏郡の出身で、将兵というよりは、鎧を着た文官、といったほうが似合うような、仕事のよくできる、きびきびした男であった。
あまりおのれのことは、しゃべらぬ男なのであるが、いつだったか身内の酒宴の際に、家に帰ると子どもが沢山待っていて、養うのがたいへんだと笑っていた。

むやみに人を殺すような男ではなかった。
 
「いまは、昼なのか!」
がばり、と趙雲が起き上がっても、孔明は予想していたのか、驚かずに淡々と答える。
「そうだ」
「そうだ、ではない。なぜ起こさなかった! 襄陽はどうなっている? 劉州牧(劉表)は?」
必死の形相の趙雲を、孔明のつめたい眼差しが押しもどした。
「落ち着け。いまこの部屋を出ることは許さぬぞ。いま、わが君が伊機伯どのとお話をしておられる。あなたが出る幕はない。大人しくしているがいい」
「伊機伯」
呑み込めない薬をなんども舌の上で転がすようにその名を言って、趙雲は思い出していた。

伊籍、あざなを機伯は、謹厳実直な男で、劉表が後継者を決めあぐねているのにたびたび直言している人物でもある。
かれは、長子の劉埼を推す一派のかしらも務めていた。
と同時に、かれは劉備も慕い、たびたびこの新野にも顔を出していた。
いわば、劉備と劉琦の連絡係でもある。

その男と最後に会ったのは、そうだ、襄陽へ行く途中の道だった。
かれもめちゃくちゃに急いで新野に向かっているところで、逆方向からやってきた趙雲に会うなり、言ったのだ。
面倒が起こった、劉公子が危ない、と。

「機伯どのもかなり気が動転していらして、話に要領を得ない。わが君が話を聞きだしているあいだ、わたしはあなたの話を聞くという手はずだ」
孔明の言葉が、うまく頭に入ってこない。
それをわかっているのか、孔明は、帳を払って近づいてくると、起き上がろうとした趙雲を、やんわりと押しもどし、布団をかける。
「まだ熱があるのだ。混乱しているのはわかる。だが、なぜこのような事態になったのかは、思い出せるであろう?」
「うむ」
「そのままでよい。つまらぬことでもよいから片っ端から思い出して、わたしに話せ」
しかし、と、かけられた布団を除けて、ふたたび起き上がろうとする趙雲に、孔明は目を細めて言った。
「そのような弱弱しい身体で、どこへ行くつもりだ。更衣ならば人を呼ぶが」
「たかがこれしきの熱で寝ていられるか! わが君の警護はどうなっている? そしておまえは、なぜわが君についていないのだ。伊機伯に害意があったらどうするつもりだ!」
「わが君の警護は、関羽どのが取り仕切っておられる。刺客が百人あつまっても、わが君にかすり傷ひとつつけることも出来ぬであろうよ。
それと、わたしがここにいる理由だが、肝心なときに昏倒したきり、必要な情報を教えることなく、ひたすらに眠りこけていた男から、情報を引き出すためだ」
趙雲は言葉につまった。
孔明は、にやりと意地の悪い笑みを浮かべると、畳み掛けた。
「ついでに言うならば、あなたはわたしの主騎であろう。そんなにふらふらした様子で外に出て、わたしを守れるか?」
「それは」
「無理だろう。わかったなら観念して横になれ。ついでに言うならば、子龍、これは質問ではない」
と、孔明は、ふざけた笑みを完全にひっこめて、真摯な眼差しをぶつけてきた。
「尋問だ。嘘偽りなく答えよ。話の順序もどうでもよい。思いついたことを、ありのまま、正直に話すのだ。わたしに判るように話そうなどと、余計な気は回すな。話をまとめるのは、わたしがやる」
と、孔明は、文机のうえに、文字を書き付けられるのを待っている竹簡を広げた。

つづく

臥龍的陣 その2 幼馴染と恩師

2022年03月01日 12時16分32秒 | 英華伝 臥龍的陣 雨の章

 
小糠雨が身体をじわじわと打ち、笠の縁から、雫がぽたぽたと落ちるのが鬱陶しい。
何度もぬかるみに足を取られそうになり、なかなか進まない旅程に苛立ちながらも、それでも進まずにはいられなかった。
なにかを救うとか、なにかを取り戻す、ということが目的ではない。
ただ、確かめたかったのだ。
公孫瓚がなぜ負けたのか。その理由を。

やがて、易京の城壁が見えてきた。
淡い雨の帳の向こうに見えるその姿は、おどろいたことに、ほとんど傷がなかった。
城壁には、雨にぬれながらも、袁紹の旗がゆるやかに翻っている。
勝者の余裕を、そのまま表しているようにも見えた。

難攻不落であったはずの大要塞。
趙雲も、公孫瓚の供で、何度も訪れた場所だ。
城壁の上に立つと、地平線まで見渡せた。
はるか南に洛陽がある。
幽州人から見れば、洛陽はおとぎの国にも等しい、夢の都であった。
公孫瓚は、いつかここから洛陽を望むのだ、と言っていたが、それは所詮、明け方に見る夢と同様に、ぼんやりしたものであったのかもしれない。


商人にまぎれて城壁をくぐった。
衛兵たちは、趙雲に気づかなかった。
もし白馬に騎乗しているのであれば、すぐにそれと知られて捕らえられただろう。
成長期の終りに公孫瓚のもとを辞去した趙雲の面差しは、以前とはちがうものに変化していた。
少年臭さは払拭され、りっぱな青年のそれに代わっていた。
自分が目立つということも自覚していたから、念を入れて変装していた。
腰には剣すら差していない。
短刀を懐に隠し持っているだけである。

袁紹軍の人間は誤魔化せるとして、幽州の人間はどうだかわからない。
厄介なのは、公孫瓚の陣営から、いち早く降伏した者である。
趙雲を見知っている者がいるかもしれない。





さわさわと、やさしげに降る雨の中に、易京は沈みこんでいる。
町全体が、まるでうなだれているようだ。
たまに陽気な一団とすれ違うが、それは征服者である袁紹の兵士たちであった。
易京の民は、だれもかれもが俯いて、希望を失っている。
それはそうだろう。
籠城しても、数年はもつ、といわれていた城なのだ。
それが、一年ともたず、落城した。
住民の衝撃も大きいにちがいない。

 
やがて、宮城が見えてきた。
雨のために、補修中のままで、工人はだれもいない。
衛兵すら、雨に打たれない物陰に、ぽつり、ぽつりと立っているだけ。

そして、趙雲は言葉を失った。
あれほど壮麗であった宮城は、焼け落ち、残った柱も炭化していた。
補修を受けているのは、焼け残ったほんの一部分で、そのほかの地域は、使い物にならないので、打ち壊されてしまっている。
なにより趙雲を絶句させたのは、宮城の前にさらされた、黒焦げの遺体の数々であった。
もはや、だれの者のものなのか、性別すら定かではない。
しかし、捕縛する前に、公孫一族に炎のなかで自刎されてしまった袁紹軍は、たとえそれが一部であっても…もしかしたら公孫一族のものでなくても…遺体を晒さずにはいられなかったのだろう。

そこではじめて、趙雲は悲しみを覚えた。
もはやそこには、過去を語るものはどこにもなかった。
すべて、公孫瓚とともに燃えていた。
過去を塗り替えるようにして、袁紹の気配が、易京を覆いつつある。
記憶にある光景すら消されていた。
親しく語り合ったひとびとさえも、炎の中に消えて行ったのだ。

せめて、なんらかのかたちで、かれらを弔うことはできないだろうか。
思わず足を進めた趙雲の肩を、強く掴む者がある。
そうして、引きずられるようにして、とある路地に連れて行かれた。

「迂闊だぞ、子龍」
と、その者は言った。
声に覚えがある。
大望を夢見て、ともに故郷を出た幼馴染。
そして、白馬義従としてくつわを並べたことのある男であった。
面倒見のよい男で、あまり人付き合いの得意ではない趙雲と、ほかの白馬義従の者との仲立ちをしてくれた男でもある。
名前を、夏侯蘭といった。
「阿蘭ではないか! よく、生きていたな」
思わず趙雲が言うと、夏侯蘭は自嘲の笑みをこぼした。
「おれも、おまえが官を辞したすぐあとに、易京を出たのだ」
「そうか。では、いまは袁紹の?」
「まさか。いまは天下に流浪する身だ。だが、かつての主家が滅んだとあっては、無視するわけにもいかん。おまえも同じ目的で戻ってきたのだろう?」

趙雲が怪訝そうにすると、夏侯蘭は、足音を立てないように、宮城の前にさらされた遺体のうちの、一体を指した。
それだけは、五体満足で焼けていなかった。
高々と×のかたちに磔にされた、傷だらけの男の身体。
その風貌は、まぎれもない。
「潘季鵬! 生きているのか?」
「ああ、かれだけは、自害せんとする公孫一族を諌めて、隧道を掘って押し寄せてきた袁紹軍と戦いつづけたのだ。捕らえられて、帰順を説かれたのだが、うんと言わなかったために、あのありさまだ。
袁紹という男、存外に器量が狭いぞ。礼を尽くせば、潘季鵬ほどの男だ。きっと仕官しただろうに」

趙雲は、夏侯蘭の声を、ぼんやりと聞いていた。
ただじっと、磔にされた潘季鵬の姿に見入っている。
こぬか雨に打たれつづけるその身体は、生きていることの証として、たまにぴくりと痙攣した。
「磔にされて、どれだけ経つ?」
「今日で二日目だ。そろそろまずい。おれひとりでは助けることはむずかしい。しかし天の配剤。ここには、おまえもいる。潘季鵬を取り戻すぞ」
「どうするつもりだ」
「じつは、懇意にしていた馬商人が協力してくれて、馬は調達してある。まず、宮城の警備兵を弓で射止め、その隙に、潘季鵬を下ろして救い出す。
斬り込むと時間がかかるからな。速さだけが武器となるが、これはおれたちが得意とするところだろう。子龍、弓はおまえに頼む」
「なんだと?」
「おれが、弓が駄目なのは知っているだろう? おかげで何度と潘季鵬にぶん殴られたか知れん。おまえなら大丈夫だ」
「待て。おれとて、弓はうまくない。ほかの方法はないのか」
「あると思うか? いちいち槍で刺して回っていたら、あっというまに連中の仲間に取り囲まれて、逃げることすら出来なくなるぞ。頼む、子龍。時間がないのだ。潘季鵬のためだぞ。頼まれてくれ」
勝手なことをと思いつつ、趙雲は、おのれを揺さぶる旧友の顔を見た。

迷っている間も、決断を促すように、腕をつかまれ、身体を揺すられる…


しつこいな。
わかった、やればいいのだろう、やれば。


つづく

臥龍的陣 雨の章 その1 敗残の国

2022年02月28日 13時59分02秒 | 英華伝 臥龍的陣 雨の章
建安四年。

ぬかるみの中を、趙雲は歩いている。
かつては、袁紹に早々に見切りをつけ、同郷の若者たちを率い、公孫瓚もとへ向かったときに使った道であった。
公孫瓚のもとへ向かうあの行軍は、なんと希望に満ちていたことだろう。
いま、雨にぬれた道の上には、無数の軍馬と兵士の足跡がのこされている。
目的地に近づけば近づくほど、死の匂いは濃厚となり、泥臭さにまじって、耐え難い臭気が漂ってきた。

敗残の国。
それがいまの幽州である。

兄の死をきっかけに、みずから官を退き、立ち去った土地とはいえ、たしかにここで、数年を過ごした、思い出の土地でもあった。
それがいまは無残に踏みつけられ、蹴散らされ、かつての姿の面影すら残されていない。
通りには家を焼け出された民の疲れた顔、顔、顔。
雨の中、だれもが途方に暮れていた。

公孫瓚を見捨てたくて見捨てたわけではない。
しかし、それでもおのれを責める痛みと、領民を滅亡の苦難に立ち会わせた、かつてのわが君への怒りとが綯い交ぜになって、咽喉の奥がひりついてくる。
戦に負け、滅ぼされた国というのは、これほどに無残なものなのか。

公孫瓚は、袁紹を防ぐために、膨大な兵力と人力を使って、巨大な要塞を築き上げ、そこに、幽州じゅうの民から搾り取った兵糧をたくわえた。
大軍を有する袁紹軍に対し、持久戦に持ち込む作戦であったのだ。
籠城し、機を待つ。
大軍の袁紹に対し、隙をうかがって、機会に乗じ、奇襲をかけて、一気に打ち破る作戦であった。

公孫瓚は、おのれの軍に絶対的な自信があったのだろう。
少数精鋭の騎馬軍団を有し、その強さは天下に知られていた。
趙雲も、その一角である白馬義従のひとりとして、大いに功をあげたものである。

しかし、籠城は、どう考えても受身にすぎる作戦であったと思う。
加えて、公孫瓚は、おのが軍は、中原でもっとも機動力があると、うぬぼれていたようだ。

いままで公孫瓚が戦ってきた相手というのは、もともとが烏合の衆である黄巾賊、あるいは、戦略を持たずに攻撃を仕掛けてくる異民族が主であった。
洗練された戦術と、指揮系統を持つ、漢の正規軍の後継者たちとは、あまりぶつかったことがなかった。
趙雲は、公孫瓚の下で、白馬ばかりをあつめた、白馬義従と呼ばれる軍団の一員として、おおいに勇名を馳せていた。
その煌びやかな過去も、これまで戦ってきた相手が相手であっただけに、たやすく築かれたものではないかと、自嘲気味に思う。

黄巾賊や異民族などとは比べ物にならないほど、袁紹軍は強かった。
情報を収拾し、戦術を駆使し、見事なまでに兵を動かした。
緒戦で袁紹と実際に矛を交えた趙雲は、いままでとは勝手の違うことに怖じた。
同時に、それでも戦略を変えない公孫瓚のやりように、疑問を感じるようになっていた。

たしかに大軍相手に引けを取らない公孫瓚の軍も、りっぱであった。
しかし、たとえ小競り合いに勝利しても、それは全体の勝利にはつながらない。
すべてにおいて圧倒的な物量をほこる袁紹側からすれば、小さな負け戦など、かすり傷程度のものでしかないのだ。
勝利しても得るものが少なく、将来の展望がまるで見えてこない。
しかも公孫瓚は、異民族に対し、あまりに苛烈にしすぎたために、南に袁紹、北に異民族、と挟まれてしまった。

趙雲は、何度となく、公孫瓚へ、意見した。
異民族への対策をあらため、和睦すべきである。
情報収集に力を入れるべきである。
軍師を採用し、戦略を用いるべきである。
だがどれも、若すぎるうえに、実績もすくない者からの意見、というので、ほとんど無視された。

公孫瓚、という男は、非常にきらびやかな風貌をもつ、いかにも飾り立てて将兵の前に立たせたくなるような、派手な容姿を持つ男であった。
もともとは寒門の官吏であったのが、その容姿によって、太守に気に入られ、娘婿となり、その後、どんどん力をつけて、群雄の一人にまで成り上がったのだ。
そのために、人を判断するときに、おのれがそうであったように、観相を用いて、容姿の良し悪しに重点を置いて登用する傾向があった。

趙雲などは良い目に遭ったほうである。
まだ少年であるのに、際立って容姿がよいことから、見事な白馬を与えられ、生え抜きの部下も与えられ、さまざまな場面で引き立てられ、公孫瓚の名を天下に轟かせるのに一役買った。
異民族たちは、趙雲の操る白馬軍団の、見た目の神秘的な美しさと、発揮される力の凄まじさに怖じて、その姿が見えただけで逃げていくこともあった。

だが、あまりに最初が良すぎたのである。
世間知らずな少年であった頃の趙雲は、素直に公孫瓚を尊敬し、その命令に従っていた。
ところが、成長してくるにつれ、主従の間に、不協和音が響くようになっていく。
公孫瓚は、だれであれ、人に意見されることを嫌がった。
一方の趙雲は、意見すべきときに意見しないのは、臆病のあかしと頑なに思っていた。
それでうまく行くはずがない。
趙雲は、次第に、おのれの身の危険を感じるまでになり、兄の死を理由に、腹心の部下を連れて、幽州を去った。


公孫瓚が、とうとう袁紹に滅ぼされた、と聞いたとき、やはりな、と趙雲は思った。
怒りはなかった。
ただ、巻き込まれた民や、公孫瓚の元で、最後まで忠義を貫いて果てた将兵たちが哀れであった。
気づくと、趙雲の足は北へ、と向いていた。
幽州へ。

つづく


夢の章につづく雨の章、はじまりです。
どうぞ最後までお付き合いくださいませ(^^♪

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