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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

幻界古城~臥龍と残酷策士の地下迷宮 序章 その7

2021年07月24日 09時54分19秒 | 幻界古城~臥龍と残酷策士の地下迷宮
法正がごろつきを集めていると聞いて、まさか、敵対する軍師将軍、諸葛孔明に殴り込みでもかけるのかと想像したが、そんな幼稚な手をあの男が使うとは思えないと考え直した。
馬岱からすれば、いま劉備の寵愛をもっともあつめているのは法正だが、劉備の孔明を見る目も、また父が出来のいい子を見るような温かみのあるもの。
それだけいつくしまれている家臣を、あとから家臣になった法正が斬れば、さすがの劉備も黙っておるまい。

『そういえば、二日前の朝議で、劉備は法正と孔明を残して密談をしていたな。それと、ごろつきを集めるのとは、関係しているのであろうか』
馬岱のなかでは、いまだ劉備は主君という感じがしない。
馬岱のなかでは、あるじといえば、馬超なのだ。
自分たちは客将という意識が強い。
時が来れば、いずれ独立できるのではとすら、どこかでまだ思っている。
ただし、馬超が元気になった場合だが。

「法孝直がごろつきを集めているのは、バントウスイのあるコジョウへ行くためですよ」

娘と馬岱のあいだに割って入る声がした。
バントウスイ。
コジョウ。
聞きなれないことばに、馬岱は混乱し、顔を上げた。
小柄な、自分と同じく、よく日焼けした肌の青年が瓶子と杯をもって、いつのまにか背後に立っていた。
土塀に溶け込んでしまいそうな、地味な土色の衣をまとった、青年である。
目が合う。
馬岱は、その青年の落ち着いた瞳の表情におどろいた。
穏やかに微笑むその青年は、娘に席を代わるように手ぶりで示した。
娘はさして嫌がるふうでもなく、あっさりと席を立った。そして、蝶のように、また別の男を探して行ってしまう。

「お邪魔でしたか」
涼やかな声をしている。いきなりあらわれて、隣に座られたのだから、馬岱としても馴れ馴れしいと思っていいはずだったが、青年にはなぜか、こころを許したくなる不思議な魅力があった。
「もともと一人で飲んでいたのだ」
『二十歳を過ぎたばかりといったふうだな、つまり、一回り下、というところ』
馬岱は自然に青年の杯にみずから酌をしていた。
青年は過度にかしこまるでもなく、自然と杯を受けて飲む。
こいつ、かしずかれることに慣れておるな、と馬岱は推量した。
「きれいな耳飾りをされておいでだ」
と、青年は唄うようにいった。
揶揄するつもりはないらしい。
馬岱は、少年時代から身に着けている瑠璃色の石のはまった耳飾りに、つられるように手を伸ばしていた。
「これか。昔から身に着けているものだ。気になるか」
「いいえ、きれいなものだなと思っただけです。ところで、蜀の酒はうまいですね。司馬相如の酒場もこのあたりだったそうですよ。はやったんでしょうねえ」
「あいにくと、その、司馬なんたらを知らぬ」
「おや、そうでしたか。漢の詩人ですよ。武帝にかわいがられた男で」
「ふうん。そいつの話はいいとして、さきほど貴殿が言っていた、バントウスイだの、コジョウだのは、いったいなんのことだ」
「率直なお方だ。よろしい、わたしも率直にお答えしましょう。いま、成都には地下古城があらわれているのです。その古城の地下には、蟠桃水といって、いかなる病人のやまいも癒す、霊験あらたかな水が流れているのですよ」
「まさか」
「お疑いですか。まあ、それは仕方ありませんよね、荒唐無稽な話ですから。しかし、蜀郡太守の法孝直みずからごろつきを集めているのは、どう思われます」
「む。なにか出入りでもあるというだけではないのか」
「成都の治安は、いまは守られています。いかに強い権力を持つ法孝直とて、諸葛孔明という抑えがある以上、以前のような好き勝手はできません」
「では」
「古城がほんとうにあるのですよ。法孝直と、孔明は、今夜、その古城に潜るのです。法孝直のほうは、人を集めて急増の軍に仕立てて、数で押して古城を攻略しようとしているようですがね、ふふ、どうなるかな」
と、青年は人が悪いところを見せて、笑った。
「古城、古城というが、いったいそれは、どこにあるのだ」
「満月の日にのみあらわれる幻の地下迷宮です。そこには、さきほども申し上げた通り、蟠桃水が流れているほか、得れば天下を取れる天下一品の宝も眠っているとか」
「そんなまさか」
「そのまさか、ですよ。蜀の劉備は、天から、この大地を統一することを許されたも同然だと、おお喜びしているとか。まだお疑いですか、証拠に、ここに古城からくんだ蟠桃水があります。飲んでみますか」

青年は、竹筒を取り出すと、空になっていた馬岱の杯に水を注いだ。
おどろいたことに、その水はうっすらと赤く、嗅ぐとふわりと桃の香りがただよってきた。
「一口でも、だいぶ利きますよ」
青年は言う。
馬岱はもともと慎重な男だ。
しかし酒の勢いもあって、ついつい乗せられるまま、その水を口に運んでしまった。
しかし、とたん、おどろいた。
からだの底から、ぐっと力が押し上がってくるような感覚がしたのである。
間欠泉が大地から噴き出てくるのと同様に、元気がどんどん湧いてくる。
と同時に、馬超のことをくよくよ悩んで塞いでいた気持ちも、いっぺんに吹き飛び、軽くなってしまった。
背中に積んでいた荷物から解放された気分である。
もちろん、変わったのは気分だけで、現実はなにも変化がないのだが。

「これはすごいな。何という薬だ」
「ですから、蟠桃水です。蟠桃とは西王母が丹精込めて育てている、不老不死の力を授かることのできる桃のこと。その桃の木のふもとにある川の水が、この蟠桃水なのです」
「待て、古城とは、要するに古代の遺跡のことであろう。その遺跡のなかに、蟠桃が生えているというのか」
「実を言うと、わたしも見たことがありませんので、まちがいないものだとは申し上げられません。ですが、蟠桃水が本物ですよ。わたしは、劉備たちが古城に入るまえに、ひそかに古城に入って、蟠桃水の泉から、水を汲んできたのです。あなたも飲んでわかったでしょう。蟠桃水の効能は本物だ。とすると、ほんとうに蟠桃も古城に生えているのでしょうね」
呆れた話だ。
満月の夜にあらわれる幻の古城。
その古城の中に、不老不死の力を授ける蟠桃が生えている。
唖然とする馬岱に、青年は言った。
「まだ信用していただけませんか」
「いや、信じたいのはやまやまなのだが、まだピンと来ぬ。その蟠桃があれば、わが従兄の気鬱の病も治るかもしれぬからな」
「治りますよ、保証いたします」
「ほんとうか」
「はい。そこで相談なのですが、わたしとともに、古城へ行ってみませんか」
「いつ。いまからか」
「ええ。といっても、今日は古城の周辺に劉備の軍がいて、入り口を見張っているため、中にはいることは難しいでしょう。しかし、ほんとうに古城の入り口が開いているかどうか、あなたにお見せすることはできる。わたしのはなしを信じてくださったなら、次の満月の夜にいっしょに古城へ潜りましょう」
そう言って、青年は立ち上がる。
話がとんとんと進んでしまい、馬岱としては気持ちがまだ追いつかない。
あわてて、青年の手を取って、押しとどめる。
「貴殿の名を聞いておらぬ。いや、その前にわしが名乗ろう。わしは」
「存じ上げております。馬孟起さまの従弟の馬岱さま」
知っていて近づいてきたのか、といやな気分になりかけたが、青年はそれをやわらげるように破顔した。
「わたしの名は李星。世間では李大人などと呼ばれておりますが、若輩の身でこそばゆいので、ただ李星とお呼びください」

李星は、ここはわたしが持ちますから、といって、酒店の清算をすますと、馬岱をともなって、武坦山へとまっすぐ歩きだした。
馬岱は李星の横を歩きながら、果たして気分が高揚しているのは、蟠桃水とやらの効用か、あるいは馬超を助けてくれるかもしれない蟠桃のある古城へいくこと自体に興奮を感じているのか、どっちだろうとぼんやりかんがえた。
「しかし、李星よ、貴殿はなにゆえ、古城の存在を知ったのだ」
「南華老仙の夢のお告げがありましたので」
「ほう。南華老仙とはすごいな」
感心しつつも、やはり、大丈夫かな、という気持ちがつよい。
とはいえ、蟠桃水の効き目は抜群なことは、いま気分が高揚している自分で立証済み。
『蟠桃そのものを手に入れられなくとも、蟠桃水だけでも手に入れられたら』
馬岱はかんがえながら、李大人と呼ばれる青年のあとをついていった。
満月が、とくべつに大きく空からせり出しているように感じられる夜だった。


つづく

(Ⓒ牧知花 2021/07/24)


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