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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

青い玻璃の子馬 その4

2019年04月20日 09時44分46秒 | 青い玻璃の子馬


酒席の結果はといえば、馬超からすれば、収穫なし、であった。
酒というものは、人のこころをほがらかにしてくれる、楽しい飲み物ではなかっただろうか。
こんなふうに、葬式のような酒席は、はじめてである。
まず、趙雲は、ほとんどしゃべろうとしなかった。
馬超のほうが気をつかって、なんやかやと話題をみつけては、ことばをかけてみるのであるが、帰ってくる返事は、つれないものばかり。
会話は一度としてはずむことはなく、沈黙の間を埋めるためだけの酒瓶だけが増えていく、といったありさま。
最終的には、ここまで飲む予定ではなかったのにと、後悔するほど飲んでいた。

この男は、こちらに気を使っていないのかなと、ちらりと馬超は趙雲を観察するのであるが、ほとんど忘れたころに、ふと趙雲のほうが話題を振ってくるので、どうやら、ほんとうに単純に、話が合わないだけらしい。
これで、多少世知に長けた男なら、噛みあわないならば、噛みあわないなりの知恵をつかって、場をもりあげようとするものだが、趙雲はその知恵すらない様子だ。

馬超から観察するに、この男がいつまでも若々しく見えるのは、こうした、あまりよくない意味での、つたない、とも言い換えられる幼さが原因にあるのかもしれないと思った。
おそらくは、『人付き合いが得意ではない』という理由は、ほんとうで、自覚があるがゆえに、馬超に最初に示した態度でもって、老若男女のほとんどを拒んできたのであろう。
そういえば、こいつはめずらしく妻帯していない男だったな、とも馬超は思い出す。
妾を幾人ももつ馬超としては、信じられない環境である。
しかし、『人付き合いが得意ではない』趙雲には、それが楽なのであろう。

「それにしても気が利かなさすぎる! おのれの至らなさが不甲斐ないとか、そういう反省は、貴殿にはないのか!」
と、酔った勢いもあり、馬超は趙雲に詰め寄ってみる。
趙雲は対称的にざるであったらしく、頬をわずかに上気させたままの状態で、平然と答えてきた。
「気が利かないとはなんだ。酌をする回数が足りないというのならば、あらためて酌をしてやろう、ほれ、杯をよこすがいい」
と、酒瓶をかたむける趙雲を、馬超は手ぶりで払った。
「ちがう、ちがう、そうではない。わたしが言いたいのは、そんなことではないのだ! よいか、翊軍将軍、いま、貴殿の目のまえにいるのは、だれだと思う? 馬孟起! 錦馬超と恐れられた、涼州の英雄なるぞ!」
「そうだな。だからなんだ」
莫迦にしているわけでもない、その淡々とした問いかけに、馬超のほうは、かっと頭に血をのぼらせた。
「だからだな、ふつうは、以前のことをあれこれ聞いてくるものだ! おまえと親しい軍師将軍もそうであったし、揚武将軍も、ほかの連中も、俺が神威将軍と呼ばれていたときの様子をくわしく聞きたがった。
そうして、どのように軍を統率したのかとかな! あるいは、張魯のところにいたときの様子などもだ!」
「武勲を聞いてほしいのか。ならばたしかに気が利かなかったな。軍師から、あらかたのことは聞いていたから、いちいち口をひらかせて、貴殿に苦労をかけさせては悪いと思ったものだから、聞かなかったのだ」
「む?」
「そうか、ふつうは聞くものなのか。俺は、俺の武勲であれ、昔のことをあれこれしつこく聞かれるのは好まぬ。ゆえに、貴殿も同じだろうと勝手に思ってしまったのだ。なれば、聞こう。教えてくれ。ちゃんと聞こう」

趙雲は生真面目なところをみせて、威儀をただし、馬超の話を聞こうとするのだが、管を巻いていた馬超のほうが、かえって酔いが覚めてしまい、しらけてしまった。
「いい。どうも貴殿は『聞かねばならないようだから聞く』というふうだ。そういう相手にまで、押し売りのようにおのれの話を聞かせるほど、わたしも図々しくないぞ」
すると、趙雲は困ったような顔になった。
「となると、やはり、貴殿とは話題がないな。ほかの軍のことか」
ここで世慣れたものならば、たがいの出自のことや、親兄弟のことが話題になるのであるが、馬超が気を利かせてそれを聞こうとすると、趙雲はにべもなく、それは語りたくない、ときっぱり断ってきた。
では自分のこととなるわけであるが、それは、趙雲は人づてに、もういろいろ聞いている、というのである。

『こやつ、つまり、わたしにさほど興味が無いのだな』
というのが、馬超が引き出した結論であった。
新鮮といえば新鮮である。
天下の馬超の話である。
それを人づてのあやふやなものではなく、本人から聞ける機会にめぐまれたなら、たいがいは喜んで、場ははずむ。
しかし、この男は、もとより馬超に興味がないのである。
話にならない。

『いや、わたしは、この男に自慢話をしたかったわけではない。うむ。ほかの話題を探すか』
考えてみるものの、しかし、馬超と趙雲、それまでに接点はあまりにもなかった。なさすぎた。
立場もあまりにちがう。
華々しい経歴をもつ馬超にくらべ、趙雲の功績は地味であったし、いまの地位とて翊軍将軍という、なにをやっているのか名前だけではよくわからない雑号将軍だ。
噂では、軍師将軍の使い走りということだが。
それに、もともとの性格が『合わない』。
だから共通点もないために、話題がなにもないのである。
気疲れした馬超はそんなことを思いつつ、じつに白けた空気のまま、酒席はおひらきとなった。

そうして、ふと気づいた。この空気、なにかに似ている。
そうだ。わが屋敷の、いまの空気にそっくりではないか。
習氏と一緒に二人だけでいるときの、あの気詰まりな空気である。
山で思った、なにか気になると思ったあの感覚は、趙雲のなかに、習氏と同じものを感じ取ったからだったのか。
趙雲の考えのなかに、どこかよそよそしい習氏の真情、をつかめないかと考えたものだったのか。
それでは、なにか得られたかと問われれば、答えは、否、であった。やはり疲れただけである。





馬は邪魔なので、趙雲の従者が、先に気をきかせて屋敷にまでつれて帰ってくれている。
趙雲は酒につよい体質であったらしく、馬超とほぼ同等の量を飲んでいたにもかかわらず、まるで酔った様子ではない。足元もしっかりしており、顔もいつもとかわらず、なんというか鉄面皮である。
こういう、なんというか、でくの坊ともちがうが、何を考えているのか、掴みにくい男も、この世には存在するのだなと思いつつ、馬超は、二度とこやつとは飲むまいと思いながら、帰路をいそいでいた。

と、夕暮れの市場のなかで、ほかがほとんど店じまいにいそがしいにもかかわらず、それでもなお、客が集まっている店がひとつだけある。
覗いてみれば、どうやら玻璃細工の店である。
集まっているたいがいが、若い者たちで、店主は、成都ではあまりめずらしくない西域の、黒い縮れ毛に彫りの深い顔立ちをした男であった。
これが、たくみな漢語をあやつって、あつまった若者たちと交渉し、紙になにやらかきつけて、金を受け取っている。そうして若者は去っていく。

おそらくは、いま成都で流行しているという玻璃細工の店であろう。
予約注文・前払い、というわけだ。
興味をひかれた馬超が店をのぞいたので、趙雲も足を止めるが、若者のにぎやかさがうとましいのか、店内には入ろうとしなかった。
店のなかはずいぶんと質素であった。
見本か、あるいは受取人を待っているものとおぼしき、いくつかの掌におさまるようなちいさな玻璃細工がならべられており、中央に、店主の立っている台座があって、紙があり、ひとびとが並んでいる。
行列にはつい並びたくなる馬超は、その列につづいた。
趙雲はというと、困ったような顔をしていたが、馬超が無理にさそって列に並ばせた。
容姿も際立って目立つ、身の丈八尺の大男が、いきなりふたりも列に加わったのだ。周囲にいた若者たちは、なにごとかという様子で振りかえり、それまで、馬超たちのまえに並んでいた者も、なにをおそれてか、順番を先に譲ってくれた。
それを好意的にうけとり、馬超は、店主の前に立つ。

店主も、馬超が羌族の血を濃く引いた顔立ちであることには、さほど注意を払わず、気持ちよいほどに、ふつうに尋ねてきた。
「どのような形の細工物もお作りいたしますよ。お急ぎの方は、いま頼んでくださるなら、明日には受け取れるようにできます。ただし、料金は通常の倍いただきますが」
「商売上手だな、おやじ」
ちらりと店の奥を見れば、奥は工房に繋がっているらしく、たまに、店主とおなじく西域からやってきたとおぼしき職人らしい男が、『勘弁してくれ』『国に帰りてぇ』といった意味のつぶやきをもらして、ふらふらと横切っていくのが見えた。
不眠不休体制であるようだ。

そして馬超は、見本、あるいは完成品としてならべられている細工物をみた。
そのなかに、赤い馬の細工物があった。
おそらくは、どこかの娘が、武人に贈ろうとしているものではなかろうか。
娘のつたない知識で考え出した、玻璃の『汗血馬』というわけである。
そうしてふと、馬超は、いつか董氏が、赤い馬がいるのなら、青い馬がいたら面白いのに、という冗談を口にしていたのを、馬超は思い出した。
白でも、黒でもなく、青空をそのまま切り取ったような、真っ青な馬である。そんな馬がいたら、さぞかし美しかろうと、彼女は言った。
そしてその馬は、千里どころか万里をも駆け抜けることのできる馬だ。
そんな馬がもしいたら、部族間の争いも、漢族とのいさかいも全部捨てて、だれも追いかけることが出来ない土地へ、ふたりで行きたいと言っていた。

どんな馬であれ、追いかけることの適わぬところへ、あの女は、息子と共に行ってしまった。

「どんな造形でもよいのか。なら、青い馬を作ってくれ」
「馬でございますね。よろしゅうございます。どうぶつを作るのが得意なのが、うちにはたくさんおりますから、きっとお心に適うものをお届けいたしますよ。で、そちらさんは、如何なされますか」
と、店主が声をかけたのは、趙雲に対してである。
「ここの店の玻璃細工を、心に想ってらっしゃる方に贈ると、その想いは成就するのですよ。どうです、ものはためし、作ってみませんか」
馬超はおどろいた。
店主がそう言ったとたん、ほんの一瞬であるが、ほとんど表情らしいもののなかった趙雲が、さっと表情を変えたのである。
すぐに元に戻ったが、そのうろたえた顔を見て、馬超は直感した。
『こやつ、惚れた女がいるな』
こうなれば、もともと世話好き、お祭り好き。店主とともに口ぞえする。
「貴殿の俸禄からすれば、細工物に出す金など、微々たるものであろう。物はためし、なにか頼んでみたらどうだ。ん? 
たとえ、うまくいこうと、いくまいと、それは天を運にまかせろというものだ。しかし、たいしかに玻璃細工はうつくしいものだから、嫌がられることはないであろうしな。どうだ、ひとつ」
憮然と趙雲は言った。
「貴殿、何を言っている」
「この錦馬超に隠しごとなどできぬということだ。ほれ、あとがつかえておる。何か注文しろ」
事実、趙雲のあとにも、ずらりと人が並んでいる。
すでに夕暮れ、若い娘の姿もそこに見つけた趙雲は、引っ込みが付かない状況にいることを悟ったのか、やはり憮然としたまま、言った。
「では、白い龍を」
「白い龍、でございますね。龍は縁起物でございますからねぇ、お若いお嬢さんが、恋しいお方のために、よく注文されるものでございますよ」
「なんだ、貴殿、自分のためのものとして注文するのか、つまらぬ」
馬超が、つまらなく思って言うと、今度こそ趙雲は不機嫌そうに、
「貴殿には関係ない!」
と、つよく言い返してきた。




あの生きた人形のように見えていた趙子龍にも、なるほど、人の子としての気持ちがちゃんとあったわけである。
思わぬひみつを得た馬超は、なにやら思わぬ発見に、うきうきしつつ屋敷に戻った。
そうして、習氏の出迎えを受けるのであるが、上機嫌な馬超の顔を見ても、習氏の態度はいつもと変わらない。

馬超としては、習氏に、今日の顛末を聞かせてやって、一緒にあれこれ話してみようと思っていた。
これが董氏であったなら、話も際限なくつづき、趙雲の想い人がだれなのかと、あれやこれやと面白おかしく話ができたであろう。
しかし、習氏の顔を見るなり、馬超の機嫌はぱっと風が攫って言ったように失せ、あれこれ言おうと思って用意していたことばもなくなってしまった。

習氏は、馬超の身づくろいを手伝ってくれながら、家であったことを淡々と語る。
酒の匂いを全身からさせているというのに、だれと一緒だったかは尋ねてこない。
そういえば、この女は、自分からわたしに、なにか尋ねてくる、ということがあっただろうか。
さきほどの趙雲の様子と、習氏の姿がかさなり、とたん、馬超は嫌な気配にとらわれ、あわてて考えを振りほどいた。
錦馬超の、正妻の座はあたえていないが、同等の待遇を受けている女。
そこになんの不満があろう。
なのに、いや、そんなことはない。ないはずだ。

習氏が、このわたしに、まったく無関心などということなど、あるはずがない。

つづく……


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