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帯とけの枕草子〔百五十六〕むかしおぼえて不用なる物
言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。
清少納言枕草子〔百五十六〕むかしおぼえて不用なる物
文の清げな姿
むかし評判よくていまは不用なもの、うげん縁の畳がふしくれだっている(錦織の高級な縁の畳が擦り切れている)。唐絵の屏風が黒ずみ表面が損なわれている。絵師の目が暗くかすんでいる。七、八尺の(背丈より長い)かつら髪が赤くなっている。えび染(薄紫色)の織物、灰返り(色褪せ)している。色好みが老い衰えている。よい趣のある家の木立が焼け失せている。池などはそのままあるけれども、浮き草水草などが茂って。
原文
むかしおぼえてふようなる物、うげむばしのたゝみのふしいできたる。からゑの屏風のくろみおもてそこなはれたる。ゑしのめくらき。七八尺のかつらのあかくなりたる。えびぞめのをり物、はいかへりたる。いろこのみのおいくづおれたる。おもしろきいへのこだちやけうせたる。いけなどはさながらあれど、うき草みくさなどしげりて。
心におかしきところ
むかし評判よくていまは不用なもの、受けむ端の多多見が伏し出てきている。空枝の病夫、黒ずんで面が損なわれている。得しの女暗い。背丈より長い(わが愛用の)かつら髪が赤茶けている。ぶどう色の折り物、色褪せしている。色好みが感極まって気落ちしている。おも白い井辺の子立ちが情熱に焼け失せている、逝けはそのままあるが、浮きくさ見ずくさなどが繁っている。
言の戯れと言の心
「おぼえ…覚え…受け…評判…能力についての自信」「うげむ…錦の…高級な」「はし…縁…端…身の端」「たたみ…畳…多多見」「多…多情」「見…覯…まぐあい」「唐…大きい…空…むなしい」「ゑ…絵…枝…身の枝」「屏風…病夫」「おい…老い…ものの極み…感の極み」「くづほる…体が衰える…気が滅入る」「いへ…家…女…井へ」「こだち…木立…こ立…おとこ」「いけ…池…逝け…感情が落ち窪んだところ」「うき草…浮かれ女…憂き女」「みくさ…水草…見ずという女」「見…覯…媾」「草…女」「しげりて…繁りて…盛んで」。
この文は、主人を亡くした女房たちにとって不用なものは自分たちである。喪が明ければ去る女のうそぶき。
古今和歌集 巻第十六 哀傷歌 題しらず よみ人しらず
なき人の宿に通はば郭公 かけてねのみなくと告げなむ
(亡き人の宿に通うならば、ほととぎすよ、君を心にかけて、声に出して泣いていると、告げてほしい……泣きひとのや門に通うならば、且つ乞う、陰で根の身無く、泣くと告げておくれ)。
「宿…家…やと…女」「郭公…ほととぎす…ほと伽す…且つ乞う」「かけて…心にかけて…陰で」「ねのみなく…声に出して泣く…根の実無く…根の見無く」「根…おとこ」。
この歌は、男を亡くした女の歌。「心におかしきところ」が添えられてある。
伝授 清原のおうな
聞書 かき人知らず (2015・9月、改定しました)
原文は「枕草子 新日本古典文学大系 岩波書店」による