「もくば」ではない「きんま」と読む。山から材木を運ぶ大きなそりのようなものだ。山に行くと木馬が通る道があった。一定の距離をおいて枕木のように材木が並んでいる。レールのない線路のようだ.材木を切り出すところを見たことはないが、木馬の道は子供の頃の遊び場だった。昨日のテレビ「ダッシュ村?」で放映されていた。懐かしかった。いま山が荒れている。熊がいつもと違う場所(人間の生活の領域)まで出現することと無関係ではないと思う。生態系が狂い始めている。
新幹線の中で「戦争という仕事」著者:内山節 発行所:信濃毎日新聞 定価:1800円+税 を読んだ。読了まではあと少しだ。その中に一部を紹介しよう。「間」
『時と間は一対のものであり、「間」があるからこそ「時」があると日本では考えられてきた。秋に収穫が終わると、農閑期に骨休み伝統行事や伝統芸能、、祭りや寄り合い、そして仕事の合間に、ふと空の動きや虫の様子を見ている瞬間。それらが村の生活を作り出し、村に暮らす楽しさを生んだ。』
仕事をしている時、「間」が生まれる。現場では特にその瞬間がある。その間を楽しむ。それは次の仕事の時につながっている。何かに向かう時、ちょっと息を抜く。仕事の進捗が思わしくない時がある。達成できず半ばなので、引き続きやり続ける。職員は辛い。そこには間がない。競争の時代、そんな悠長なことを言っていたらだめだと言う人がいる。そう言われると、思わずうなずいてしまう。でもね、経験的に言っても、ちょと腰を下ろし、一休みが結果的には良いことがある。一休みが長期の休暇になってはいけない。農村の一休みは、自然が「もう種まきの季節だよ」と教えてくれる。その時期になれば、おのずと田植えを始める。
自然との対話が自分の仕事のリズムを作る。現場でリズムを作るのはリーダーの役目だ。人は走り続けることはできない。一休さんではないが、「一休み、一休み」(間)を考えてみたい。
この本は信濃毎日新聞に連載されたものをまとめたものだ。仕事のありようについて語りかけてくれる。自分たちの仕事のありようや、自分の暮らし方が「当たり前」と感じている部分に切り込んでいる。歴史的に見ると、現代は極めて歪んでいる事に気づかせてくれる。お勧めだ。
内山氏は、群馬県の上野村に住み、畑を耕しながら、思索を深めている哲学者だ。立教大学大学院の特認教授でもある。釣りをしながら、自然と対話し、農民に学ぶ。会ってみたい一人だ。
『時と間は一対のものであり、「間」があるからこそ「時」があると日本では考えられてきた。秋に収穫が終わると、農閑期に骨休み伝統行事や伝統芸能、、祭りや寄り合い、そして仕事の合間に、ふと空の動きや虫の様子を見ている瞬間。それらが村の生活を作り出し、村に暮らす楽しさを生んだ。』
仕事をしている時、「間」が生まれる。現場では特にその瞬間がある。その間を楽しむ。それは次の仕事の時につながっている。何かに向かう時、ちょっと息を抜く。仕事の進捗が思わしくない時がある。達成できず半ばなので、引き続きやり続ける。職員は辛い。そこには間がない。競争の時代、そんな悠長なことを言っていたらだめだと言う人がいる。そう言われると、思わずうなずいてしまう。でもね、経験的に言っても、ちょと腰を下ろし、一休みが結果的には良いことがある。一休みが長期の休暇になってはいけない。農村の一休みは、自然が「もう種まきの季節だよ」と教えてくれる。その時期になれば、おのずと田植えを始める。
自然との対話が自分の仕事のリズムを作る。現場でリズムを作るのはリーダーの役目だ。人は走り続けることはできない。一休さんではないが、「一休み、一休み」(間)を考えてみたい。
この本は信濃毎日新聞に連載されたものをまとめたものだ。仕事のありようについて語りかけてくれる。自分たちの仕事のありようや、自分の暮らし方が「当たり前」と感じている部分に切り込んでいる。歴史的に見ると、現代は極めて歪んでいる事に気づかせてくれる。お勧めだ。
内山氏は、群馬県の上野村に住み、畑を耕しながら、思索を深めている哲学者だ。立教大学大学院の特認教授でもある。釣りをしながら、自然と対話し、農民に学ぶ。会ってみたい一人だ。
信濃川河口に架かる萬代橋に行った。アーチが美しい橋だ。2004年に国の重要文化財に指定された。知らなかった。この川が自宅の前の千曲川につながっていると思うと感慨深いものがある。
新潟市のあれこれ
①駅前のドトールに入った。当然のことだが、喫煙コーナーと禁煙コーナーがある。私はもちろん喫煙コーナー。周りと見ると異様に女性客が多い。8割は女性だった。空いた席にまたもや女性客が来た。偶然なのか分からないが、新潟は女性の喫煙率が高い(推定)と思う。
②市内ではないが、長岡から燕三条へ向かう新幹線の車窓からの風景。綿雲と言うのだろうか、小さな塊の雲がふわふわと漂っていた。信州では余り見かけないと思う。
③ハトに食パンを上げる女性。小さな公園で、通りがかり女性がハトを見つけると「おいで、おいで」をしている。しゃがむと、バックの中から食パンを取り出し、小さくちぎり、ハトのほうに投げていた。しばらくすると何事もなったように、パンをバックに戻し、去っていく。彼女の中にはじめから想定された行動なのか?タイミングができすぎている。
④歩道を歩いていると、(結構広い)後ろから自転車が何台が追い越していく。もちろんどこにでもある風景だが、高校生や大学生ではなくではなく、普通の市民なのだ。その数は、あれ!と思うくらい多かった。どうしてなのだろうか?
いくつかの疑問が生まれた新潟だった。不思議な街だ。
日本シリーズの総括をしないのは上手くない。日本シリーズ特有の雰囲気と言うより、札幌ドームの雰囲気と言ったほうが良いかもしれないが、流れに乗った日ハムと飲み込まれた中日と言う関係だった。当たり前のことだけど、野球は点を取らないと勝てない競技だ。日ハムの若さも魅力的だ。投手王国の中日だが、日ハムはそれ上回った日本シリーズだった。ご苦労様でした。
新潟市のあれこれ
①駅前のドトールに入った。当然のことだが、喫煙コーナーと禁煙コーナーがある。私はもちろん喫煙コーナー。周りと見ると異様に女性客が多い。8割は女性だった。空いた席にまたもや女性客が来た。偶然なのか分からないが、新潟は女性の喫煙率が高い(推定)と思う。
②市内ではないが、長岡から燕三条へ向かう新幹線の車窓からの風景。綿雲と言うのだろうか、小さな塊の雲がふわふわと漂っていた。信州では余り見かけないと思う。
③ハトに食パンを上げる女性。小さな公園で、通りがかり女性がハトを見つけると「おいで、おいで」をしている。しゃがむと、バックの中から食パンを取り出し、小さくちぎり、ハトのほうに投げていた。しばらくすると何事もなったように、パンをバックに戻し、去っていく。彼女の中にはじめから想定された行動なのか?タイミングができすぎている。
④歩道を歩いていると、(結構広い)後ろから自転車が何台が追い越していく。もちろんどこにでもある風景だが、高校生や大学生ではなくではなく、普通の市民なのだ。その数は、あれ!と思うくらい多かった。どうしてなのだろうか?
いくつかの疑問が生まれた新潟だった。不思議な街だ。
日本シリーズの総括をしないのは上手くない。日本シリーズ特有の雰囲気と言うより、札幌ドームの雰囲気と言ったほうが良いかもしれないが、流れに乗った日ハムと飲み込まれた中日と言う関係だった。当たり前のことだけど、野球は点を取らないと勝てない競技だ。日ハムの若さも魅力的だ。投手王国の中日だが、日ハムはそれ上回った日本シリーズだった。ご苦労様でした。
○日ハム6-1中日●
緊張感のある「日本シリーズ」らしい試合だった。投手の継投が明暗を分けた。でもね、それが上手くなかったと言うことではない。試合は一瞬で決まる。さっぱりとした負けっぷりだった。後に引きずる試合ではなかった。気持ちを切り替えよう。
喫煙室の会話は、結構気楽に、情報交換をしている場所だ。最近喫煙者が減り、寂しい気持ちもある。提案だが、喫煙しない人も休憩(安らげる)できる場所を各事業所で作ることはできないか。休憩室は閉鎖的だ。逆の作用を生む可能性もある。そうではなく、煙草のない場をつくる事を模索したい。いわゆるオフサイトミーティングの場作りだ。いままで大学ではそうした場所は余りなかった。某大学で経済学部ができた時、共同???(研究室)と言う、居心地の良い場所を作った。最上階で見晴らしよい場所に、誰でもがいつでも集える空間だった。研究者はどちらかと言うと個人の研究室の篭もりがちだ。それが開放された空間(場)の中で自然に交流や学部変革の流れが生まれたと私なりに解釈している。
組織は硬直化するのは容易い。場をどんな風に作るのかが問われている。人はそれほど気にしていないが、キャビネットの境が、人と人を結ばない壁になっている。もっとオープンな場を作らないといけないというのが私の提案だ。
タイトルの「千曲川」の写真をアップしようと、カメラ片手に散歩に出た。千曲川までは徒歩5分。穏やかな秋晴れだ。親子が胡桃の実を拾っていた。「こんには」と声をかけられた。千曲川は悠然な流れだ。千曲川は長野市内で犀川と合流し、新潟県に入ると信濃川になる。季節の変わり目に、千曲川の様子をアップしようと思う。以前お茶の北限について書いたが、長野県では、飯田・伊那までらしい。全国的には、秋田県の能代市の檜山茶らしい。でもね、商品としての出荷はしていない。岩手の気仙沼茶が商品としては北限か。
●日本ハム2ー4中日○とりあえず拍手1つ
幸先の良いスタートだった。どうして?井上を敬遠したの。満塁策のほうが守りやすいのは確かだが、回はまだ2回だった。逆に傷口を広げることになった。それだけ、中日に先制点を与えたくなかったのか。中日としてはラッキーだった。川上は万全ではなかった。1回のダルビッシュの投球を見た時、「やばい」と感じた。やっぱり、大舞台「日本シリーズ」は若者の心を乱した。相変わらず落合監督は「残り6試合のうち3試合勝てばいいんだから」と平常心を強調している。心の内は違うのだが、これが落合流。そういえばかつて、3連勝したチームが口を滑らせて4連敗で負けたことがあった。その点落合監督や選手は大人だ。今日の試合で中日には20歳代はいないと息子が言っていた。ベテランが頑張っている。年齢を調べてみた。荒木と福留そして森野は20歳代だった。
タイトルが「不覚」とあるのは、6回くらいまでTVを見ていたが、そのまま眠りについてしまった。今日は勝てそうという安心感がそうさせたのか。4時過ぎにふと、目が覚めインターネットで結果を確認した。予想通りなので安心して、このブログを書いている。
NHKで「プロフェッショナル」と言う番組がある。今日はローソン社長の新浪剛史氏だった。彼の生き様については少しの知識があった。改めて番組を見て、共感する場面があった。特に「経営者は孤独だ。」「プロフェッショナルとはぶれないことだ。」には「そう、そう!」とつい頷いている自分がいた。考えるのは社員だ。社員は社長の指示を待っていてはいけないし、社長はそこまでは出来ない。
47歳の彼は、自分は何者であるのかを失敗の中から学んだ。トップダウンは必要だ。問題はダウンのプロセスにあるのだと言った。核心だ。ここがなかなか難しい。それが出来るのは、部下への信頼だ。信頼がなくてはこれは出来ないのだ。なかなかの番組だった。◎ 2年後、ローソンカラーの水色はオレンジに変わる?
日ハムが名古屋入りした。いよいよ本番だ。谷繁は「1点取られても、それを次に繋げない様にしたい。」新庄など勢いの流れに乗る事を警戒している。的を得ている。第1戦が、どこまで行っても鍵になる。幸いにも「ホーム」での戦い。大いに期待したい。
47歳の彼は、自分は何者であるのかを失敗の中から学んだ。トップダウンは必要だ。問題はダウンのプロセスにあるのだと言った。核心だ。ここがなかなか難しい。それが出来るのは、部下への信頼だ。信頼がなくてはこれは出来ないのだ。なかなかの番組だった。◎ 2年後、ローソンカラーの水色はオレンジに変わる?
日ハムが名古屋入りした。いよいよ本番だ。谷繁は「1点取られても、それを次に繋げない様にしたい。」新庄など勢いの流れに乗る事を警戒している。的を得ている。第1戦が、どこまで行っても鍵になる。幸いにも「ホーム」での戦い。大いに期待したい。