2021年2月17日(晴)
まるで桜が咲きそうな陽気の日だった。
2時からの取材にむかう電車の中で、とてもかわいい女の人に出会った。大阪の御堂筋線は梅田から中津を過ぎると、地上に顔を出す。のんびりとしたオフィス街と住宅地が交錯しはじめる。
わたしの隣に座っていたその人は、オレンジ茶色のかつらをかぶっていた。まるみをおびたヘアのライン。からし色のブラウスに、くるぶしまで落ちたAラインのフレアースカートをはいて、黒い靴には細いベルトがしまったヒールのない靴をはいていた。草の刺繍をしたベージュのソックスも美しかった。
女の人はきれいなおしろいをつけて、朱色の口紅をしていたが、その人はたぶん、80歳を過ぎているおばあさんだ。上品でこぢんまりとし、なんてかわい。胸がせつなくなるほどの距離感。おばあさんの、おばあさんだけの空気を隣に感じ、わたしはちょっと緊張していた。
というのは。
その人は。さっきから何回も、自分の鼻から口もとをしきりに、上げたり下げたりして手でさわっていらっしゃる。マスクを気にされているのだ。薄オレンジのフェルトでつくられた手作りのマスクには、カーブするツタに小花が美しく咲いていた。
マスクの下に、おそらく中国製の不織布マスクをいれておられるのだろう。
下から、白い紙のマスクがはみ出していないのか、気にされているのだった。センスのよいお洒落に加え、その少女のようなしぐさが、かわいらしくて、目が釘づけ(横目)になっていたのだ。
「かわいいですね、そのマスク」そう声をかけてみたいと思うのにタイミングを探しているうちに、二駅、過ぎる。
「新大阪」へつくと、紺色のビニール製のショッピングカートをカートをひいて、急いで降りて行かれた。
わたしは、彼女がおりたあと、お洒落なおばあさんの残していかれた気配を、しばらく味わっていた。なぜ、それほど気になったのだろう……。
ふと。一昨年、なくなった堺のおばを思い出していた、のかもしれない。背は低いがとてもお洒落な人だったのだ。
小さな足のサイズに、いつもぱんぱんにむくんだ左の手に、右の手にも、エメラルドやオパールや、ある時はほんの小さなダイヤモンドをしていた。おばは髪を何十年も一人で洗ったことはないとよく言っていた。それほど髪が長かったのだ。
黒柳徹子風に、くるりとボリュームのあるタマネギヘアを美容室でしてもらいにいくのだが、晩年には、電車の中でみたおばあさんみたいなカツラをしていたな、と思い出す。若い頃は田中千代さんに師事し、多くの生徒さんをもって洋裁を教えていたので、いつも身ぎれいにしていた。会えなくなって2年がたつ。気位は高い人だったが笑う時には子どものような表情をして笑った。
お洒落なおばあさんのマスクファッションに、たいそう気をよくしたわたしは、その日4枚マスクをもっていたので、(あんな可愛い手作りマスクはなかったけれど)、ブラックの布マスクを外側につけて、内側に不織布マスクをつけてみた。
わたしは、小さい子供やかわいいおばあさんをみると、とても親しみを覚える。とても深い興味を抱く。それは、理知的や合理主義とは無縁の世界にいる人たちと勝手に思っているからだ。素直で自由で、すくすく人生をいきている「弱い人たち」だから。
こどもっぽい、強情さは備えていても。その人の中に野の花をみる、そういう健気さがある、と思っている。だから、なのか。あんな個性的なおばあさんや子どもをみると、シンパシーを抱かずにはいられない。
その日の打ち合わせは、とてもうまくいったし、取材もよい内容だった。
帰りには、ひとりでグランフロントに立ち寄って、春水堂にて鉄観音のタピオカミルクティーをのみ、緑とピンクと白のだんごがはった、台湾ぜんざいをたべて帰る。