秋の日曜日。わが家はとてもいい静けさのなかで、
時間が過ぎていっている。
私がリビングのソファーに深く腰をおろして、ミルク入りのコーヒーを愉しみながら沈黙し、庄野潤三を愛読していると
ダイニングテーブルからは、
コンコン、コンコン
と鉛筆を走らせる音。
(なっちゃんが数学のクリア問題集を解き直している)
パパも、国内線から持ち帰った機内誌「翼の王国」を、
時々低い咳払いをしながら、静かにめくっていた。
網戸越しに、ひやっとする秋の風がゆっくりと入り込んでくる。
昆虫たちが羽をこすらせる音色が聞こえる。
静謐。気持ちよく満ちたりた午後の光景である。
先週末、なっちゃんは「研伸館」の内部選抜試験でようやく
1つ上昇することができた。
正確には2年の時の認定クラスに返り咲くことができたわけだが、
ここにくるまで本人にしてみれば、長く暗い道のりだったと思う。
5月のGW。
同級生のKちゃんのお葬式がしめやかに行われて以来、
なにかの、たがが、ほんのちょっと外れた。
ここでKちゃんことを公表することが、正しい選択なのかどうか、
実のところは私自身もわからない。
哀しみにふたをするどころか
再び、掘り起こすことになることのないように、心から願いたい。
だけど、Kちゃんの生きていた証を
お彼岸のこの時期に、ほんの断片でも綴らせてもらうことで、
その心根が、すくわれてほしい。
そんな願いを込めてみよう。
Kちゃんは、私の知る限り
何事にも熱心に取り組み、よく笑う、心のやさしい女の子だった。
毎年頂く年賀状も直筆の絵と心のこもったメッセージが添えられた
素敵なもので、
とても沢山のお友達に出されていたように拝見する。
実際に出会ったのは、
大学のオープンキャンパスで1度と、
「研伸館」の帰りの2度だけ。
明るい表情で、なっちゃんに笑いかけてくれ、
一度は別れ際に
手を振ってくれたように記憶する。
また、Kちゃんは英語の成績が素晴らしく、
「研伸館」の到達判定テストでも、ほかの生徒よりずば抜けていて、
高3の4月の時点で
すでに192点という信じられないような点数を叩き出す、
ほんとうに頭のいい子だった。
完璧主義の頑張り屋さん。
なっちゃんとは志望校の選択が近いこともあって、
よく塾で催されるイベントでは一緒に参加していた。
高校は違うのに、時々待ち合わせて塾に一緒に行っていたこともあった。
そして、Kちゃんには確かな夢があった。
夢の実現のために絶対に行きたい大学があり、
早くから高い志をもって、大学の受験勉強をしていらっしゃった。
一日に、2時間の睡眠しかとらず、
猛勉強に励んでいたそうである。
よく聞いていたのは平原綾香。
私の知るのはこれくらいのことだけだ。
あとは哀しい事実へと続いてしまう…ことになる。
ある日の夜のことだ。
Kちゃんは、
お母さんの代わりに、
黒いゴミ袋を持って
玄関を出た。
お母さん曰く、「普段となにひとつ、変わらない表情でただ普通に家のお手伝いをしてくれた」そうである。
そして、その日以来、何の前触れもなくただ忽然と
たった一人で新しい世界へと旅立ってしまったのである。
GW。そのニュースは
近所に住む女の子や学校を同じにする子供たちの間に、一気に
雷に打たれたような衝撃となって
ひろがった。
「河沿いに建つ、見晴らしのいいマンションの屋上付近に、
きれいに並べられたKちゃんの靴が二つ、残っていた」。
と新聞のゴシック記事では報道された。
それ以来、きれいなお花がそのマンションにはたむけられている。
遺書もなく、真意は誰も知る術すらない。
事実は、それだけ。本当にそれだけ。
だけど、
残された子供たちの胸には
決して消えない深い哀しみとなって
kちゃんのことが、
蓄積されていったのだ。
なっちゃんはお葬式の席で、
信じられないくらい大きな嗚咽をあげて、わあわあと泣いたようである。
お葬式の会場に行きながら
子どもたちだけは別室で。
モニターによって映し出された映像をみて、
両手をあわせたそうである。
私は、同じ子どもをもつ親として、
(どうしても母親の立場にたつことになるのだが)
その無念さを思うと、
(決してわかり得ないが)
悲痛で、ただ悲痛で
言葉にならない…。
一番かわいそうなのは、
それでもkちゃんだ。
目標も夢も楽しみも、笑いも、希望も、受験勉強も、日常のあれこれも、
全部振り切って
新しい世界に旅立つことを選ぶほかなかった、
kちゃん自身の無念を思うと、
いまだに時々涙がこみ上げる。
なっちゃんはそれから、
kちゃんのことを自分のなかに受け入れて
それでも先に進むのに、どれだけの時間を要しただろうか。
彼女の成績は、まっさかさまだった。
国語、数学は全国平均値以下になるほど
どこか体が悪いのじゃあ、と疑うほどに、
すさまじい落ち方だった。
私はそんな心配をよそに、「大丈夫よ、安心してね」という言葉を残して、
子宮筋腫の手術をして子宮を失った。
ここまで書くと、なんて悲惨!
そして、私たち親子は弱すぎる、と中傷されそうだが
なっちゃんはGW以降、一度もそのことには触れずに
持ち前の陽気さで
全く普段どおりに、明るく愛らしく
笑いながら毎日を送っている。
文化祭の舞台劇では「主役」を熱演。
同じクラスの男の子にも愛の告白をされたりして、
全力で高校生活を謳歌している。
本当にくったくなく明るすぎるから
心の闇が彼女のなかにあるのかどうかも正直わからない。
だから、ごめんなさい。
Kちゃん、ごめんなさいね。
この世に残った全ての人たちは
生きる選択をしている以上、前に進んでいかねばならないの。
本当にごめんなさいね。
そしてお友達でいてくれて、ありがとうね。
さようなら。
さようならは言うけれど
一生忘れない。
ありがとう。
明日から始まる、定期テスト。
なっちゃんは、いつも以上に集中して取り組んでいるようだ。
それを見守りながら
私は原稿を書く。
kちゃんの魂は癒されたかしら、
なっちゃんは、これからちゃんと前へ力強く進むことができるのかしら、
と同じ歳の子どもたちに、ただハラハラするだけの、
アンデルなのであった。
9月、すっかり夏は過ぎ去り
月のきれいな季節を迎えた!
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