今日は曇天だと思ったら、午後から木枯らしになった。いよいよ師走だ。
そこで、この一年を振り返って少し書いてみようと思う。
5月に一人娘のNが全日空の客室乗務員として東京へ行ってしまってから、最初は肩の荷が降り、
精神的に寂しくなるだろうなと予想していた。
もしかしたら、いきる活力みたいなものさえ、乏しくなって、老け込んでしまうのじゃないだろうかと思っていたほどだ。
それが、意外や楽しい日々なのである。
まず、不思議なことに、定期案件が切れめなく舞い込むようになって寂しいなどと俯いている暇はなくなった。
ひとつの特集で「ウエルネス瞑想術」を取り上げたのをきっかけに、
10分ヨガと瞑想を習慣化するようになり、少しだが物事を客観的にとらえられるようになったのか、
自分の中に空間(ゆとり)のようなものができた気がする。
いつ誰と出会っても、たとえ物事が思わぬ方向で降りかかってきても、ガチガチに大慌てすることはなくなったのかもしれない。
毎日仕事に追われているのが、当たり前のような状況。
だけど、その案件によって沢山のことを学ぶし、うまく書けなければ書けないで、書くことができたらできたで。
草木が日一日、空を向いてのびのびと育っていくような楽しさと明るさを覚え、書く仕事をさせていただいてありがたいなと(宗教的な意味じゃなくて)そう、心から思えるのである。
またこの1年は、仕事と仕事のちょっとの隙間時間に、遠出をした。
たとえば、6月、7月には東京へ。出張取材をかねて娘のNのところに泊まり、久しぶりの学生時代の友達とも再会。
表参道や青山界隈へ、神楽坂へ、根岸や谷中や二子玉川へと友人たちと食べ歩き、街を探訪すること数日。
もうこんなの初めてと思うくらい、珍しいものや楽しいことに遭遇して、気持ちが軽快だ。
自分のワークフィールドが広がった。
9月にはご近所のお友達と台湾へ。
10月には松山の道後温泉へも行った。
今月などはNが週5度も大阪にステーするので、そのたびに夜は天ぷらや熟成牛のおいしい店や、
懐かしい京都のイタリアンへの出掛けていく(そのたびに仕事のやりくりが大変なのだが)。
週に一度会うというのも、なかなか新鮮なのだ。
また一人暮らしの85歳の母を実家に残しているので、月に1度は実家へ帰るし、毎日のように母へ電話を入れる。
Nにはまたの仕事への不安や楽しい出来事などを聞くためにラインも。
母とNと、その中間地点にたちながら、私は友人たちともいい距離を置きながら、コツコツと仕事をして過ごしている。
「自由さの中、積極的に生きる暮らし」。悪くない、むしろ昨年とまた違った新しさのなかに自分がいる。
今日はつらつらと、というような日記になったのでここまで。また明日!
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